ALBINO 4 tell-told
サクラは湖面に反射する木漏れ日をぼんやりと眺めていた。
101号室から312号室まで、30部屋ある中でも、建物自体が円形なため、この小さな湖の見える部屋は多くはない。
ただ、どこから見ても違う風景が広がるのは、サクラがこの病院を好きな理由の一つである。
窓枠に手を置き、その上に頭を置いて、暖かさにうとうとしながら待ち人を待つ。
いつの間にか、眠ってしまったようだった
「サクラ、」
柔らかい声色が降ってくる
「ふにゃー…」
寝呆け眼で顔を上げると、そこには
「しゃ…小狼君!?」
サクラは飛び起きて背筋を正す
「よく眠ってたね。起こさない方がよかったかな?」
「う、ううん!そんなことないよ?小狼君とお話ししたいし」
少し頬を染めて言うサクラに小狼は可愛いな、と思う
「あら、私は失礼したほうがよろしいでしょうか」
小狼の背後で涼やかな声がした
「と、知世ちゃん!?」
現われたのは長く艶やかな髪をもつ、同じクラスの知世だった。
サクラは驚いて声が裏返ってしまった
「サクラちゃんが大分良くなってきたと聞いてきたのですけれど…」
頬に手を当て考える仕草は演技っぽいが可愛らしい
「ごめん、知世ちゃん!一緒にお話ししよ?」
こんこん
その時、ノックの音がした
「はい、どうぞ」
サクラが慌てて返事をすると
数秒の間を置いて
最早見慣れたセットのファイと黒鋼が入ってくる
「まぁ!」
「あぁ!?」
反応したのは意外にも知世
まぁ、ある意味一番反応しそうな人ではあるが
知世とハモった黒鋼は危うく(おそらくサクラの)薬を取り落とすところだった
「黒鋼?」
「知世か?」
黒鋼もファイやサクラ達そっちのけで呆気にとられていた
「え?え!?」
小狼とサクラは戸惑うばかり
同級生の女の子とこの病院に来て数週間程しか経たない黒鋼先生になんか関係でもあるんだろうか?
何だかファイさんに至っては凄い引いてるように見える
多分後から『黒たんってロリコンだったのー!?』なんて言われてそうな気がする
御愁傷様です
小狼が内心手を合わせたが
「久しぶりですわ黒鋼!」
「うぜぇ!ここどこだと思ってやがる」
「病院ですわ」
にこっといつもの笑顔ですっぱり答えた
「えっと、どういう関係なんでしょう…?」
サクラが控えめに、小狼もファイも聞きたかったことを尋ねた
「従兄妹ですの」
さらりと告げられた真実に
「ええー!?」
三人分の声が響いた
「ったく、んな偶然が起こるとはな」
「あらぁ、必然よ。会うべくして再開したのよアナタたちは」
侑子は黒鋼を指差し、口元には黒鋼の嫌いな笑みを浮かべてそう言い切った
「指差すな」
黒鋼と、知世の家柄は元々仲が良いとは言えなかったが、黒鋼の母親が病気で倒れた際に半年ほど預けられていたことがあった。
その頃から知世はお嬢様口調で、年下だというのにこき使われていた故に、出来ればこの先も会わずにいられればと思っていたが(さすがにそれは言いすぎか?)今日、その希望は打ち砕かれた
「わかんないわよ。いつか知世ちゃんに土下座してでも頼みたいことができたりして」
「やめろ!死んでもやらねぇ!それだけは」
黒鋼は侑子をぎろりと睨んで席を立った
「そっかぁ、もう体育祭の季節なんだ」
サクラはぽん、と手を打って言った。
知世、サクラ、小狼の三人は例の小さな湖の畔へと場所を変えていた
その湖は歩いても2分かからずに戻ってこられるだろうくらいの大きさだった
そんな湖から視線を外して言う彼女の手には種目表があった
「今年は、体調どうだろう?」
「うん、大分よくなってはきたんだけど…。まだ様子見の状態だから」
「そうか…」
小狼は少し微笑って、前を向いた。どこを見ているわけでもないけれど、何故かサクラには小狼の表情が淋しそうに見えた
「雨ですわ」
そんな二人の微妙な雰囲気を取り払うように知世が声を上げた
サクラがその声につられて顔を上げると、雫がぴちゃん、とサクラの頬を濡らした
「サクラちゃんが風邪を引いてしまうといけませんわ」
「部屋に入ろう」
知世と小狼の声に押されてサクラは湖に踵を返す
「ーっ」
突然、胸が締め付けられるような気がした
「けほけほっ!」
「サクラ!?」
ひゅーひゅーと、苦しそうな息
小狼はサクラに駆け寄り、その体を支える
本格的に降りだしてきた雨は3人の半袖からのぞく肌を濡らしていく
「サクラ!?」
小狼君の声はファイの部屋にも聞こえてきた。その切迫した様子に、ファイはどこか不安を覚え、窓から身を乗り出す
視力の弱いファイは、眼鏡をしていても外の様子がはっきり見えるわけではない。それに加えて、鬱陶しい雨がさらに視界を邪魔していた
けれど、ファイにはそんなことを気にしている余裕はなかった
「どうしたの!?」
上から、聞きなれた声が雨とともに降ってきた
「サクラちゃんが!」
知世が慌てて告げる
「サクラ、薬は」
「部屋のっ…机に…」
小狼がその事を階上の人に伝えると、彼の姿は窓から消えた
とりあえず、雨のあたらないところに移動する
サクラの発作は治まらない
辛そうに呼吸を繰り返す姿は、見ているほうが苦しくなりそうだった
「おい、どこへ行く?」
廊下を駆けるファイは黒鋼によって止められた
「サクラちゃんが、発作を、っ」知世以上に慌てて伝えると、黒鋼が医者の顔になった
「薬、渡さなきゃ」
黒鋼の手を逃れ、エントランスに向かおうとする
「落ち着け」
「いや、っ」
黒鋼が止めても尚、あらがおうとするファイの姿は明らかにいつもの彼ではなかった
「おまえが行ってどうする。薬の使い方がわかるのか!?何かしてやれるのか?」
ファイの動きが止まった
「ごめんなさい…」
ファイはゆっくりと薬を黒鋼に渡した
「でも、早く行ってあげて…」
「言われなくとも。」
黒鋼はファイを長椅子に座らせると玄関に向かった
「ごめんなさい…」
まだ、君を思い出してしまう
似たような状況になったときにパニックに陥ってしまうのは、いつものことで。
もう、大切な人がいなくなるのは嫌だから
「ファイ、大丈夫か?」
声をかけてきたのは耳鼻科の空汰だった。因みに奥さんの嵐も眼科として蓮翹に勤めている(眼科のほうが世話になることは多い)
比較的古株で、ファイと同じくらいに蓮翹にきただろうか
「空汰センセ…」
「随分と參っとるみたいやな」
えへへ、と無理に笑って見せると、俺は無邪気に笑っとるほうが好みやな、と言われてしまった
やっぱり、病院の先生は欺けないや、なんて考える
「ユゥイを、思い出しちゃって…」
ファイはうつむいて言った
「いつも、似たような状況になるとどうしても、っ」
目の奥が熱くなって、視界が霞んだ
「泣いてもええよ、誰にも言わんといてやるさかい」
一度こくりと頷くと、ファイはいつもの明るさが嘘のように、膝に顔を埋めて泣き出した
その頭を、空汰はふわりと撫でた「ファイがそうなるのは、ユゥイのことしっかり覚えとるからや。ユゥイは、覚えていてくれる人がいるだけで嬉しいと思うで」
ファイは顔を埋めたままもう一度大きく頷き
「ありがと…空汰センセ」
涙声で言った
しばらくして、黒鋼がサクラ達をつれて戻ってきた
涙の乾いたファイはばっ、と立ってサクラに駆け寄る
「心配をおかけして、すみません…」
「謝んなくていいから…よかった…無事で」
そして、ふわりとサクラを抱き込んだ
「ふ、ファイさん?」
サクラは驚いた様子で名を読んだ。無理もない。色素の薄い髪が、柔らかくサクラの頬をくすぐって、突き放すことなんてとてもできなかった
小狼も、二人を引き離すようなことはしなかった
ただ微笑って見ているだけだが、表情は安堵でいっぱいだった
「無事でいてくれて、ありがと」「そんな…大げさですよ、ファイさん」
そう言いながらも、サクラの顔はどこか嬉しげだった
無事でいてくれて、ありがと
その言葉は、サクラの心に優しく響いた
それから2週間後のサクラ達が通う堀鐔学園の体育祭には、元気なサクラの姿があった
激しい運動は避けているようだが、団体種目にはすべて出場していた
高校最後の体育祭であったのと、雨の日の発作以来は様子が落ち着いていたので、体育祭の4日前に退院が許されたのだ。
それを侑子から聞いたファイは、自分の事のように嬉しがっていた。
ファイの笑顔が脳裏にちらつく
(何考えてんだ。らしくもねぇ)
色々振り払うように、大きなため息を1つついた。
そこに、頭二つ分ほど低いだろうか。小柄な女医がむかってきた
「患者と近づきすぎないほうがいいですよ。自分が辛くなるだけですから」
そして低く意味ありげに呟き、横を通り過ぎた
はっ、と背後を振りかえると、彼女は廊下の角をまがっていく
八頭司颯姫
髪を後ろにまとめ、眼鏡を掛けた、無口なとっつきにくい性格の彼女の声を聞いたのは初めてに等しかった
ー患者と近づきすぎないほうがいいですよー
何故か、その言葉が黒鋼の気分をこの梅雨空の如く重くした
雨が3日つづいていた
6月○日
サクラちゃんは嬉しそうに、オレに向かってありがとうございました、と言った
どうしてかは分からなかったけれど。
オレもサクラちゃんには色々お世話になったし(患者さんの中では一番話相手になってくれたんじゃないかな)こちらこそありがとう、って返した
サクラちゃんにまた発作が起きませんように。

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