もっきぃの映画館でみよう(もっきぃの映画館で見よう)
年間100本の劇場鑑賞、音声ガイドもやってました。そんな話題をきままに書きます。ネタバレもありますのでご注意を。
 



この春、大きな期待をもってのぞんだ2作品のうちのひとつ『汚(けが)れなき祈り』。期待に応えてくれました。

【序】
まずなぜ期待をもったかなのですが、紹介記事の以下の部分。(実は、この一文ヤヤ誤解を招く表現あり。)
『2005年にルーマニアで起こった事件を題材に、2人の女性が悪魔祓いの犠牲になる悲劇を描いたドラマ。』

-2005年で「悪魔祓いの犠牲」としては、ずいぶん最近。
-ルーマニア(あまり知らない国に対する興味)
-2人の女性。ひとりではなく、二人も犠牲になったのか!!

そして、いままで「悪魔祓い」の映画と言えば「エクソシスト」「エミリー・ローズ」「ライト」と、いずれも
事実に基づいたといいながら、オカルト、ホラー的な雰囲気、宣伝が行われていましたが、
この作品は、ちらしにしても、ふつうの丘の上にある修道院という感じで、恐怖をあおる感じが全くない。
これが、興味をもった一番の理由です。

【事前の想像】
宗教施設や儀式のなかで、人が死ぬとなると、思い出すのは「オウム真理教」。でも、国家転覆を企てる
という感じでもないなあ・・・。そこで思い出したのが「成田ミイラ化遺体事件(ライフスペース事件)」。
主催者は、頭部を軽く叩く「シャクティパット」という方法で病気を治せるといい。信者が脳梗塞の家族を
病院から連れ出してホテルへ移送。4ヵ月後にホテルで警察に踏み込まれたときには、患者は既に死亡。
しかし、主催者も信者も、「まだ生きている。」「回復しつつある。」と主張したという事件。こんなことが、
ルーマニアでもおこったのではないか?

新興宗教、かね目的、隠蔽工作、敬虔な二人の信者が騙されて ・・・ そんな言葉が頭をよぎる。

【冒頭】
到着した列車から、ぞくぞくと人が降りてきて、隣の線路の車両とのあいだは人がいっぱい。そこを、両側を
みながら逆行してゆく黒服シスターの後姿。車両の端までゆくと、ひともまばらで、ここにはプラットフォ-ムが
なくて、線路の間の地面を歩いていたことに気づく。線路越しに待っていたのは、シスター姿ではない、
もうひとりの女性。二人とも二十代後半だろうか。二人は、抱き合い、感激の再会。

シスター姿の女性が誘導するかたちでなだらかな丘を登る二人。背景には、街が広がるが、丘には
枯れた草だけ。人里離れたというよりも、未開発の丘に踏み入れたという感じ。進行方向に、木の柵で
囲まれた、6つ7つの建物。柵には、『異教徒と何チャラは、入るべからず。』の警告の札。
いままで来たのと反対の柵の向こう側には、深い森。


【ストーリー 公式HPから引用】
幼少時代を同じ孤児院で過ごした二人の若き娘、アリーナとヴォイキツァ。ドイツで暮らしていたアリーナは、
修道院にいるヴォイキツァを訪ねて、一時的にルーマニアに戻ってくる。ヴォイキツァが入っている修道院は、
町から少し離れた丘の上にある。季節は冬。まだ雪は降っていない。修道院では復活祭の準備が
進められていた―。

アリーナの願いは、世界でただひとり愛するヴォイキツァと一緒に居ること。しかし、ヴォイキツァは、
神の愛に目覚めて、修道院での暮らしに満ち足りていた。彼女を取り戻そうとするアリーナは、
次第に精神を患っていく。アリーナは、突如、発作を起こし、病院へ運ばれるが、原因は分からない。
修道院では、アリーナの病が悪魔の仕業であるとみなし、彼女を救うために、ある決断するのだが―。


【アリーナのプラン】
二人がついたところは、ルーマニアの八割の人が信仰しているという正教会の修道院。派手な感じは
全くなくて、清貧という感じ。ヴォイキツァの部屋に入ると、あまりものはなく、持ち物のほとんどは出家
したときに捧げたとのこと、それに電気も通じておらず、アリーナのお土産(電灯?何か電化製品))も
使えないという。二人は無二の親友のはずなのに、はたしてこの日まで十分な、コミュニケーションが
あったのだろうかと不安になる。その不安は、十数名の黒服のシスターに、神父という修道院で、
そのなかにひとりアリーナが私服という、なんとも浮いた、微妙な緊張感のなかで、増長されてゆく。

久々に二人でひとつの部屋に入ったとき、アリーナは上半身裸になるが、ヴォイキツァの反応は鈍い。
どうも、アリーナは、この修道院からヴォイキツァを救うつもりで来たようだ。救いだして船でドイツへ行き
二人で自由な暮らしをするという夢。そのための船のチケットも買っていたようで、必ずやヴォイキツァは
自分についてきてくれるだろうとの思いがあったのでしょう。でも、神はアリーナを見放したのか?

発作で病院に担ぎ込まれたアリーナへのヴォイキツァの言葉が切ない。
『私の愛と神の愛を比べてはいけないわ』

※ここから<ネタバレ>あります。

【出家】
ヴォイキツァへの愛は届かず、病院からは追い出され、昔の孤児院にも戻れないというルール?があり。
里親の家にあった自分の部屋にも既に別の人が入っているのを知ったアリーナはなんと、修道院に
入る決意をする。

着地点として『悪魔祓いの犠牲になる悲劇』と知らされているので、そうなるのかなという気は
していた。だが、アリーナに信仰心というか、この修道院、特に神父に対する敬意があるとも
思えない。むしろ逆で、修道院は愛するヴォイキツァを奪ったところであり敵意あるのみ。
修道院の『ウソ』をあばくことによって、ヴォイキツァを取り戻そうとしたのか?
単なる、自暴自棄の暴走なのか?

怪しい新興宗教であれば、まだ止める人がいたかもしれないのではとも思う。いや、アリーナのことを
親身に考えてくれる人がいれば止めたか、少なくとももっとよく考えろと説得したであろう。でも、
アリーナも大人だし、横暴で、発作があり、人の意見もきかないとなれば、むしろ内心自分から
遠ざかることを望んで、心のなかで「あっちいけ」と、つぶやいていた人もいたかもしれない。だが、
出家というのは一生になんどあるかの重大な決断のはずで、安易な決断とおもわざるを得ない。

一方の神父も、どのような考えで受け入れたのか?映画を見る前に、想像していた、典型的な
詐欺師であれば、出家させてひと財産をものにしたあとで、事実上殺すという(どんな悪い奴や!)
ことになるのだが、どうもそうとも思えない。出家のときのアリーナの所持金は、ドイツで働いていた
給与を里親に送っていたもの。入院の費用を差っぴかれて数千ユーロ。いくら金にこまっている
修道院としても、これでは割りにあわんだろう。では、困った人を助ける博愛の精神か?どうも、
そうとも思えなかった。歓迎ムードはなかったし、しぶしぶというスタンスか?立場上断れないのか
あるいは、本当の意味で受け入れたのではなく、しばらく置いて置こうというつもりだったのか?
アリーナが神父に向かって修道女の前で『私とやりたいの』と、噛み付くシーンがある。これが目的?

【壮絶な、雪のなかでの闘い---連合赤軍の山岳リンチ事件の『総括』を思いうかべた。】
出家して修道院での暮らしが始まったアリーナだが、これでおとなしくなるという期待に反して
ますます凶暴化、常道を逸したものになってゆき、神父は最後の手段として悪魔祓い(映画
では、悪魔祓いという言葉は出てこず『機密』と字幕がでていました。)を、考えるようになる。
果たして、神父の意図は、なんだったのだろうか。

悪魔祓いといえば、いままで私が見てきた映画では、何かにとり憑かれた女性を救おうと、敬虔な
信者である家族が、いろいろな解決方をためしたが効果なく、最後の手段として、神父様、それも、
特殊な技術を身につけた特別な神父様にお願いして、1対1で対決するものとのイメージがある。
ところが、この映画では、神父自ら、『機密』しかないと考えて、唯一の家族であるお兄さんの許可を
とったものの、暴れるアリーナに手を焼いて、懲罰的に行ったように見受けられる。アリーナは、神を
冒涜(これは映画で確認いただくとして)した悪い奴だし、体力もあり暴力的なので、体(悪魔)を
弱らせてやろうと、思っていたのではないだろうか?それがみんなのためと思って。また修道女も
それには協力的で、これが宗教の怖いところななのか、アリーナの中に悪魔を見ているようだ。

なお、この映画は、『機密(悪魔祓い)』そのもののシーンは、売りにしていなく、ほとんどでてこない。
それというのも、もうひとりの主人公である、ヴォイキツァは、神父から『覚悟が足りない』と、その場に
いることを許されなかったからでる。だが、アリーナを、十字の板に貼り付けるシーン(あえて十字架
と呼ばないのは、まず長い板に括り付けて、暴れるアリーナを、シスターが何人かがかりで押さえつけ
板切れをもってきて、横向けに通し、腕を括り付けるロープがないので、犬小屋の鎖をもってきて
縛るという、ドサクサで十の形になったという感じだったから)といい、修道院にやってくる他の信者
に、見つからないように、雪の中を、シスターほぼ全員がが神輿のように、板の上のアリーナを
頭の上に掲げて別の建物へと移動するシーンといい、強烈な印象を受けた。

思い出すのは、古い話だけど連合赤軍の山岳リンチ事件。あのときも、雪の中で死んでいった
若者がいた。回りのものは、殺したかったのではなく、生きてほしい、ガンバレ・ガンバレと、思って
いたはずだ。だが、一方でその『総括』と呼ばれる儀式が、成功すると思っていた人は、いたのだ
ろうか?その場には、絶対的な権力者がいて、その権力者は、自分ではできそうにもないことを
やらざるをえず、同志に対して弱みをみせることもできない。そんなところが、似ているように思った。
あとは全然違うけれど。

【誰が、アリーナを救えたか?】
終盤、ヴォイキツァが、アリーナが監禁されている部屋の鍵を保管してある部屋に入り、十字を
切って、鍵を盗み出し、拘束を解いて『逃げて』というシーンがある。少し、ホットする場面だ。
真冬に、何日間も暖房のない部屋で拘束されていたアリーナは、もう逃げるどころか、
起き上がることも、できなかったかもしてないけれど、ヴォイキツァのこの行為は、どのように
うつっただろうか?ヴォイキツァのためにここに着たのに『逃げて』と聞いて、絶望したのか?
少しでも、ヴォイキツァのやさしさを感じたか?

翌朝、アリーナは死亡する。当然のことながら、神父には責任がある。優秀な、あるいはもう少し
まともの神父だったらこうはならなかったのでは?だが、見る前に思い描いていた、詐欺的で
拝金主義という人物像とは大きく異なった。もし、夏ならば、アリーナは少なくともこの時点では
死ななかっただろう。運命も味方しなかった。この映画に登場した、ひとりひとりを考えて、
もし自分がそのうちの誰かだったら、止めることができただろうかと考えると、私も同じことを
したかもしれないと思う。『私の愛』も、『神の愛』も、できることは限られているのかもしれない。

一方で、この映画で、もし救われた人がいたとしたら、ヴォイキツァかもしれないと思う。
ラスト私服になった、ヴォイキツァは、自ら神父達についてゆく。それは、何が起こったのかを
見直して、『神の愛』との決別を予感させるものであった。そう見れば、アリーナの『私の愛』の
勝利なのだが、アリーナは既に死亡という、やはりとんでもない悲劇である。

補足:冒頭の【序】で、『ヤヤ誤解を招く』と書いたのは、紹介文『2人の女性が悪魔祓いの
犠牲になる』の部分を読んで二人とも死ぬと思ったためです。

【追伸】
FilmoreのHPでの、本映画の紹介をみると、実際の事件の背景がいろいろと書いてありました。
えっ、そうなの と言う感じで、またまた驚きです。以下URL。
http://www.filmore.jp/2013/03/06/beyond_the_hills/

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