小川の小路でピアノの音

ピアノ、音楽を通して感じたことを綴っています。

ドビュッシーの雪の曲

2017-01-20 16:53:19 | ピアノ
今日はもしかすると雪が降るかも、という予報でしたが雪はふりませんでした。

雪というとドビュッシーの「子供の領分」の中の「雪は踊っている」、「プレリュード一巻」の中の「雪の上の足跡」、この2曲が思い浮かびます。

大人になった今では、雪が降ると聞くと嬉しさ半分、「雪だと大変だな~⤵」とウンザリしますが、子供の頃は雪が降ると真っ先に窓辺に行き、雪が舞う空や真っ白な非日常の景色を夢中になって眺めていた...、私を含め多くの人は経験があるとおもいます。
空から降ってくる雪はそれぞれ意思を持ってチラチラと自分のダンスを舞いながら地上に降り立っている...、子供時代に感じた雪の日の思い出を再び呼び戻してくれるのが「雪は踊っている」という曲です。小品ですがとてもかわいらしくて幻想的でわくわくする曲です。

対して「雪の上の足跡」はいかにも玄人が好みそうな、大人の曲です。エドガー・アラン・ポーの探偵小説からインスピレーションを受けたこの曲、音が少なくゆっくりとしたテンポで始まり、荒涼な雪一面の景色と凍てつくような寒さを連想します。まさに絵画を観ているような錯覚に陥る不思議な曲です。

ドビュッシーやラヴェル、フォーレのピアノ曲、音楽を聴く分にはとても素敵な曲が多いけれど、実際弾くと自分の肌には合わない...なんでだろうと疑問に思っていましたが、ドビュッシーの「雪の上の足跡」の曲を思い出して感じた事、それは作曲家自身の思いだとか感情が全く感じられない、この曲に限らず他の作品も個人的な感情を排除して、風景や空気をひたすら写実的に表現してたのだと思います。
ラヴェルの「水の戯れ」、昔先生に「あなたにはいつもとはまた違った勉強になるから弾いてきなさい。」と課された曲でしたが、どうしても曲に入り込めず断念しました。見た目は立派な構成で作られたこの曲、でも大元の柱(作曲家自身の感情や意志)が見つからず、曲に共感しながら弾くというのが出来なかったんだと思います。

軽やかでエスプリ感のある、しかしどこか他人事のような雰囲気を感じるフランス音楽を自分なりに咀嚼して弾ける日はいつになるのか...、弾けたら格好いいなぁ🍀

昨日は職場で、お互いの意見がぶつかり合う波乱な会議がありました。自分を見つめなおしたい、一人の時間がほしいけどそうはならないこの現状、きれいな景色や音楽に触れて少しでも心が癒されればいいなと思います。

最近

2017-01-15 22:07:58 | ピアノ
最近、Facebookにて母校卒業生の集まりのグループに参加させて頂き、色んな年齢層の方達の活動の様子や母校の色んな情報、講師依頼の情報などを見るのが楽しみになってきました。

欲をいうと直接会って、音楽の話をみんなで語りあえる機会があればなとも思います。母校卒業生で埼玉県在住と出身者による同調会のグループからもリクエストを頂き、身近な情報を共有しています。

有志で行うコンサートの演奏者募集の呼び掛けや興味のある講座や公開レッスン、参加したいのですがまだ子供が小さい事もあり踏み切れない自分がいます。

娘は来年の春には小学生、その頃にはきっと自分の行動範囲も広がる🎵と希望を持って暮らしていきたいです。

ピアノを半開にして譜面台を外して弾いてみました。(ご近所さん、ごめんなさい💦)開けたのは何十年ぶり、響きが全然違う💕音に広がりが出来た反面、普段弾いてて気が付かない雑な箇所も浮き彫りになり、いつもとまた違った練習が出来ました。

暖房の風の影響か、風が当たる位置の鍵盤のぼけた音が気になっていましたが、最近になって収まり良い音を返してくれるようになりました。暖房はピアノにとってはあまりよくない...💧なので暖房はある程度暖まったら極力切るようにしています。

ベートーベンソナタ、ワルトシュタインはある程度解釈出来たのでそろそろ違う曲に移ろうと思います。
思い切って後期の晩年時代のソナタを弾くか、それとも初心にかえって「テンペスト」あたりを弾くか、迷い中です🎵

久しぶりの練習

2017-01-03 00:21:07 | ピアノ
年末年始はとにかく忙しく、やっと今日落ち着いたので何日かぶりにピアノを練習しました。

結果、指が回らずイライラ...😩、何度も中断してため息をつきながらその都度部分的に練習をし、気がつくともう晩御飯を作らないといけない時間になっていました。

たまにこんな辛い時間になってしまうけれどピアノをやめられない理由は、

・素敵な曲を弾くと幸せな気持ちになる。
・自分の感情を出せるので心が発散される。
・少しでも理想の音に近づけられるととてもうれしい。
・いざ人前で弾く機会が出来た時、恥ずかしくない演奏がいつでも出来る自分でいたい。

いくつかこんな理由が思いつきました(((^^;)

歌やバイオリン、その他の楽器はほとんど単旋律を奏でますが、ピアノは10本の指を使ってオーケストラが出来るのでより複雑な奏法を求められる楽器だと思います。

ピアノのレッスンと、友達に声楽の伴奏を任されついていった声楽のレッスンとを比較してみると、声楽は、どちらかというと感覚的、抽象的な指導をされることが多かったです。

例えば、
「背中から頭の後ろを抜けて前に出す感じで歌って」
「🎶~」
「もっと🎶~、こんな感じ」
「🎶~」
「そう!」
(私はこの前後の友達の声の違いがいまいち分かりませんでした💧)

対してピアノのレッスンはとてもちまちましていて、一つの和音を弾くのに音の構成とバランスを考えて10分20分つきつめるような、細かくて緻密なレッスンでした。

そして、大学では試験日の半年前頃から試験曲が発表されますが、歌の子は試験日2カ月前前後からゆっくり試験曲にとりかかるのに対して、ピアノ科のみんなは発表されたと同時に先生と相談して曲を決めてすぐに取りかかっていました。つまり、ピアノの試験曲は半年以上かけないと間に合わない、完成に近づかないものだったんだと思います。

そんな事を思い出して、少しの事で一喜一憂せず、時間をかけて良いものに仕上げていきたいと思いました🎵

プロコフィエフのソナタ2番4楽章、音楽的にはそこまで難しくないのですが、テンポが速い中での範囲の広い音飛びがたくさんあり、苦戦中...、そして左手の左の端の鍵盤から一気に右の端の鍵盤に移る時、椅子から落っこちそうになる時が多々あります💧でも練習を重ねる内に体が慣れてくるのを信じてやっています🎵