曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・はむ駅長 (21)

2014年02月24日 | ハムスター小説
 
谷平駅の待合室は円形になっていて、本棚と出入り口を除いてぐるりと椅子が取り付けられている。中央にもベンチが置かれているが、リスさんはいつも取り付けの椅子に座る。そして足を組んで斜めを向いて、窓外の景色を眺めるのがスタイルだった。おそらく今日もそうするだろうと羽祐は思った。リスさんがいつものように座って酒を出したら、今日はちょっと控えてとお願いしてみるつもりだった。
 
しかし意外なことにリスさんは改札で切符を出すと、小部屋に入ってきた。
「羽祐クン、また休日出勤? 社長も心配してるわよ。でもホントは助かってますけど、ね」
そう言ってニコッと笑った。ふわりとやわらかい表情に、不意を突かれた羽祐は見入って固まってしまい、返答の言葉が出てこなかった。弟のどぎまぎする様を見逃さなかった姉の夕子が2人を交互ににらみつける。しくじったと思った羽祐だが、もう遅い。
しかしリスさんの方は夕子の視線も気にせず、黒のロングコートを脱いでマフラーを取った。下は丸花鉄道の地味な制服で、それを見た夕子の視線が、ほんのいくぶんかだが弱まった。とりあえずは夕子にとって、正体不明ではなくなったということだ。羽祐はほんの少しだが、ホッとした。しかしまだまだ油断はできない。
 
「これ、今週末の連絡事項です。土曜はまた駅長さんに活躍してもらわないとね。あと三崎山駅の補修お願いって社長からの伝言。この前西谷平補修してもらったんだってね。えっとね、直す箇所はここに書いてあるわ」
事務口調でリスさんが言う。もっともらしくクリアファイルに入れた連絡事項も渡される。羽祐は調子を合わせて神妙に受け取るが、そんなものを受け取るのは初めてのことだった。何がなんだか、よく分からなかった。
 
「もしかして、羽祐クンのお姉さんですか?」
リスさんが横を向いて言う。夕子はこくりと頷いた。
「先ほど本社にお電話いただきましたとき、受けた者です。いつも羽祐クンには助けられています」
夕子はどう返答してよいのか迷った。初対面の人間にこう丁寧にあいさつされては、まさか首根っこ掴んででも連れ帰るなんて言えたものではない。
 
リスさんは再び羽祐に向き、夕子の立つ横でこまかい連絡事項を続けた。そしてそれが済むと、
「じゃ、いつものように上り列車の時間まで待たしてもらうわね」
そう言って隅にある事務机に座り、カバンから書類を出して読み始めた。
同じ空間に本社の事務員がいて、しかも仕事をしている。これでは身内の話などできるわけがない。夕子はしばらく突っ立っていたが、どうにも煮え切らない雰囲気に、結局は諦めてしまった。
「じゃ、そう、ね、まぁまた来るわ。羽祐、とりあえずさ、家に連絡くらいは入れてよ。あの、すみません、羽祐のこと、よろしくお願いいたします」
歯切れの悪い姉の言葉に、羽祐は吹き出しそうだった。もどかしさが極まっていることだろう。そんな夕子の気持ちをさらりと受け流すように、リスさんは笑みをうかべながらスクッと立ち、こちらこそと深くおじぎをした。
 
夕子が駅から去り、いったいどういうことだか皆目分からなかったが、羽祐はとにもかくにも助かったとひと安心した。
 

小説・立ち食いそば紀行 立ち食いそばの心得(後編)

2014年02月20日 | 立ちそば連載小説
 
《主人公の「私」が、各地の立ち食いそば屋を食べ歩く小説です》 
 
 
立ち食いそばの心得(後編)
 
わたしはトレーを受け取り、代々木駅の改札が見える窓側の席に座る。そしていつものように基本どおり、肩を丸めて食し始める。この肩を丸めるというのは立ち食いそばにおいての基本中の基本スタイルで、食べ歩きをする人間であれば必ず身に付けていなければならない心得の一つだ。
この肩を丸めるスタイルというもの、味を引き立てる役にも立っている。このスタイルで食すと、どういうわけかそばがより美味しく感じるのだ。
立ち食いそば屋は街中にたくさんあるので、いついかなるときに入店するかも分からない。だから基本スタイルをサッと取れるよう、街を歩いている段階から肩を丸めているのがベストだ。わたしは何時いかなるときも肩を丸め、クセをつけている。
 
なので、わたしは季節の中で冬が好きだ。なにしろ寒いので、肩を丸める姿勢が不自然に映らない。肩が凝るということが難点ではあるが、酷寒の時期はおおっぴらに肩を丸めることができるのだ。
いやいや待てよと、そこでわたしは思う。肩を丸める格好は「おおっぴら」という言葉にそぐわないので、これはヘンな言い方というものだ。
ということで、頭の中で言葉を置き換える。そうそう、「誰はばかることなく」と言った方がいいかもしれない。しかし、これも待てよと思う。肩を丸くするのは本人の勝手なので、もとより誰はばかる必要はないはずだ。じゃあなんと言えばいいのだ、とわたしは悩んでしまった。日本語のなんとむずかしいことか。そして考えた末、そうか、「肩を丸めて歩いてもおかしく見えない」とすんなり言えばいいだけのはなしか、と気付く。そう、これでいい。安堵したわたしは、再びそばに集中する。
 
ミニ豚しょうが丼もなかなかだが、寒いのでそばの進みが速い。このままでは汁まで飲み干しても、丼が余ってしまいそうだ。
そこで食指を誘うために、丼にも唐辛子をかける。たっぷりと。寒い時期は、やはり辛味だ。
 
店内に機械音声の番号が流れる。外の券売機で誰かが購入したのだ。比較的若い番号だったので、入店してくる客はシンプルなメニューだろう。
わたしは丼を食し終え、次いでそばも片付ける。さぁ、残るはそばの汁だ。
汁そのものでも美味しいが、少し固形物があればそれに越したことはない。そこでわたしは、食しているときにちょっとした細工を施すことにしている。ほんの少しだが、プチプチとそばを切っておくのだ。そうすることによって、汁に切れ端が多く沈殿する。最後に汁を味わう段になって、その切れ端が生きてくることになる。
 
わたしは軽くかき回し、ネギと唐辛子とそばの切れ端が泳ぐ汁を、腹におさめていったのだった。
 
(立ち食いそばの心得・おわり)
 

小説・立ち食いそば紀行 立ち食いそばの心得(前編)

2014年02月19日 | 立ちそば連載小説
《主人公の「私」が、各地の立ち食いそば屋を食べ歩く小説です》
 
 
立ち食いそばの心得(前編)
 
ここのところ、わたしは歯医者にかかっていた。子供の頃から苦手なので多少問題があろうとも足を遠ざけていたが、このところ右下の奥歯の痛みが増してきていた。これはもう行かざるを得ないということで、泣く泣く通い始めたのだった。
何十年も歯医者から逃げていたせいで、痛みの出ているところだけでなく全体的にボロボロになっている。レントゲンを取ると、まもなく神経に到達! という進捗状況の虫歯が数本あるというのだ。よく今まで痛まなかったなぁと、歯科医にヘンな感心をされたほどだった。
 
8020運動などとっくに縁がなくなっているが、それでも片っ端から治すしかない。総入れ歯などということになれば飲食の味も大きく変わってしまうことになる。これからも立ち食いそばを味わうためには、最低限、口腔内のケアをしておくことは心得として重要なことだ。
 
この日の治療は犬歯ということで、根っこが長いのでかなり強い麻酔を打った。なのでかなりの時間、麻酔が切れない。治療が済んだら書店に入って時間をつぶし、その後に立ち食いそばとパターンを決めているわたしだが、この日はそうはいかなかった。麻酔の効いている間は食べてはいけないと注意を受けている。感覚がないので、噛んで血が出たりしても分からないという危険があるからだ。
 
そこでわたしは山手線に乗りこんだ。土曜の昼間ということですいていて、大きなターミナル駅に着く直前にがらがらになった。そこですかさずロングシートの端に座り、目をつぶった。しばらく眠って麻酔を切らし、目覚めた駅で立ちそばを食べようというハラなのだった。
このところの寝不足でぐっすり寝込んだようで、起きたら麻酔のあの曖昧な感覚が消えていた。これなら食せると思い、わたしは次の駅でさっと降りた。
 
歯の痛みはないが、今度は首が痛い。電車での眠りは首が前にたれ、それが固まってしまうのだ。普段から肩を丸めているわたしにはより負担となる。
降りたのは代々木だった。駅前に立って見渡すと、左側に富士そばと吉そばがあった。しばし迷い、富士そばがすいていたのでそちらを取った。
空腹だったので、珍しくセットにする。
 
富士そばの優れているところは、券売機が発券と同時に作り手に番号を伝えることだ。その機械の発する音声を元に、作り手はそのメニューにすぐ取り掛かる。客が食券を手渡すまでの時間的ロスを省けるということで、これは地味だが大きな効果を上げているのだ。すばやく、ということに価値を置く立ち食いそば屋ならではの、見事な改革だとわたしは評価していた。
 
(つづく)
 

小説・駄菓子ロッカー(20)

2014年02月15日 | 連載小説
(20)
 
スタジオで練習しているとき、なんとなく曲のあいだに間ができるときがある。話し合うわけでもなく、休憩の意図があってというわけでもない。「じゃあ次、これやるか」という声が誰からも出ず、なんとなく空白の時間となる。
そんなときカズはひまつぶしで『できるかな』という番組の曲をベースで弾きだす。「ドッ・ド・ドー・ドド/ドッ・ド・ドー・ドド」、と。しかも最後の「はてはてホホー」をイチが合わせたりする。キーボードで、さまざまな音色を使って。
そしてみんながくすくす笑う。しかしFとしては、緊迫感ぶち壊しでイヤだなぁと、その度に顔をしかめる。もしかしたら顔をしかめさせたくて、わざとやっているのではないかと疑ってしまうほどだ。
こういうことはクセになって、ついライブ中でもやってしまうかもしれないので、やらないでほしいなぁとせつに願っている。
 
しかしこの日はそれがなかった。雪でカズとイチが来られなかったからだ。
キャンセルしてもいいのだが、せっかく時間を空けたのだからと残りの3人で集まることにした。タクちゃんはドラムで手ぶらだし、Eはスタジオの目と鼻の先に住んでいた。Fは、この降りでは翌日は休業だろうからと、遅れだした電車で向かっていった。
 
Fは手ぶらで行き、スタジオでベースを借りた。Fがベースにまわれば、Eがギター兼ボーカルでスリーピースバンドができあがる。
Eの好きなビートルズを、続けてカバーする。ビートルズであればEはほとんどの歌詞を覚えているので、カバーが可能なのだ。
ビートルズよりストーンズの方が好きなFは、それほどしっかりと覚えているわけではない。しかも本職のギターでなくベースだ。だからブルースコードの曲を極力やってもらった。コード進行が分かればとりあえずは合わせられる。
ストーンズの方がブルースに近いイメージがあるが、ブルースコードはビートルズの方が断然多い。オリジナルアルバムからは、ストーンズは数えるほどしかないのだ。
 
ギターからベースへの変更は一向に構わない。むしろ臨時にベースを弾くのはいい気分だ。キース・リチャーズはダーティー・マックで、ロン・ウッドはジェフ・ベック・グループでベースにまわっている。大好きな彼らの気分に浸れるというものだ。
 
2時間演っていい汗をかき、スタジオを出ると雪が積もっていた。これは帰れなくなると、呑みはなく解散となった。とても残念だが天候には勝てない。もう帰るだけだから濡れてもいいやと、Fはラッセル歩行で駅に向かっていった。
 
(つづく)
 

小説・駄菓子ロッカー(19)

2014年02月14日 | 連載小説
(19)
 
ボーカルのEは何故「E」かというと、飯田だからだ。結成5年を迎えたとき、やっぱりバンドなんだからそれっぽい呼び方を決めようとなった。メンバー紹介のときに映えるというのだ。グループサウンズみたいでイヤだなぁとドラムのタクちゃんが言ったが、結局全員の呼び方を作った。
 
FはEに倣ってFとした。Fがギターで、位置付けとしてボーカルの次のポジションだからというのもあったし、彼の本名が笛田で、イニシャルがFというだけでなく笛の字を逆に読むとエフだからというのにも掛けたのだった。
「そうそう、逆さにするとギョーカイっぽくていいじゃないか」
「じゃあF田でいいじゃんか?」
と、F言う。
「いやいや、それだとおれもE田にしなきゃ揃わないじゃんか」
と、今度はEが反論する。
「ダメなのか?」
「だって文字ならいいけど、言われたときは名前と響きが一緒じゃんか。やっぱりここはフロントマンとして短くEとFにしようぜ」
「うーん……」
「そうだよ。おれメンバー紹介で、リードギター、Fコードが苦手だけど、エフ~! って紹介してやるよ。だから、な!」
と、カズが言う。通常、「な!」を付けて勧めるのはほめ言葉に続けるものだがなぁとFは思う。それにこのバンドがメンバー紹介するのはいつもボーカルであってベースではない。
しかしEの言う、短くビシッと、という意見は説得力があり、結局「F」ということで落ち着いたのだった。
 
EとFがいるんじゃ、Gも作るかという意見も出たが、まぁおれたちみんな爺だからなとイチが言い、ハハハと盛り上がらない笑いが起こる。好むと好まざるとに関わらず、おやじバンドの会話には、この盛り上がらない笑いが挿入される。
とはいえ、イチの腕は絶品だ。この中では唯一、どこに行っても通用するウデを持っている。
キーボードがしっかりしているバンド。これは「ひねくれたポップセンスを拡大しよう」を合言葉に結成されたバンドにとっては、ひじょうに強みだった。わりとキーボードの旋律と音色でしっかり聞こえてしまうからだ。
このバンドが初めてスタジオに入ったとき、合わせたのがロキシー・ミュージックの「トラッシュ」だった。キーボードさえしっかりしていれば、ちゃんとそう聞こえる曲。
 
分かる人は分かる。分からない人は分からない。そういうバンドなのだ。人間でもバンドでもフォローできる領域というものがあるから、分からない人にも分かっていただきたいという気持ちを完全に捨ててはいないものの、あえて狙ってはいかない。広く分かってもらおうとすると、今度、とても分かってくれている人を失うことになりかねない。領域というものは、大抵、広がることはなくて、ずれるだけなのだ。
 
プロ志向ではないので、まぁ自分たちの好きなコピーをやって、そのコピーに近いオリジナルをときおり作って、そういうのを好きなそこそこの客に観てもらえばOK。音楽的志向の拡大はいいが、活動の拡大主義は解散に繋がると5人で一致していた。今までそんな経験をいろいろとしてきている5人なのだ。
 
冬季オリンピックを観て寝不足のFは、その朝、目覚めても布団の中でもぞもぞとしていた。しかしはたと気づく。今晩はバンドの練習で、当然呑みに流れるから仕入れを今日のうちにしておかなければならない。Fは布団から抜け出ると暖房を付け、そしてバンドのコンセプト、「ひねくれたポップセンスの拡大」に合わせてベルベット・アンダーグラウンドを流す。練習のある日は、寝起きは決まってこれだった。
オルゴール調の一曲目が、部屋に響き渡ったのだった。
 
(つづく)