もーさんのひとりごと

ここでは工作に関する話の他に趣味の家庭菜園の話、時事(爺イ)問題、交友禄など日々の雑感を気まぐれに更新していきます。

おちょぼさん

2017年04月09日 | 旅行記

 3月の終わりころに息子から電話があって「おちょぼさんへ串カツを食べに行くが、一緒に行かないか」と誘ってくれた。 
    

 おちょぼさんの通称で知られる岐阜県・海津市にある千代保稲荷神社の参道の名物の串カツを、わざわざ神奈川から食べに行くというほどの物でもないが、もう10年ほど前に私が息子の家族を案内したのだが、当時はまだ孫が赤ん坊だったこともあって、孫にはその記憶も無いことから、またおりしも、その千代保稲荷神社がNHKのTVで紹介をされたということで、息子の家族がまた行ってみたい・・・ということになったようだ。
*私のところでは、テレビをやめてもう3年以上にもなるので、その放送も知らなかった が・・・。

 孫の春休み期間のウイークディということもあって、東名高速の渋滞もなく、一宮から名神高速に入り、羽島ICで一般道に出てほどなく、広い田んぼ道のなかに忽然と姿を現す大きな赤い鳥居。
  
 浅草観音の3倍ほどの長さと思われる長い参道の土産物店は、キティグッズやポケモンに毒されておらず、浅草も昔はさぞ・・・といにしえの参道の姿を忍ばせてくれる生活感のあふれる品々が並んでいる。
 野菜、果物、衣料品、漬物、民具、植木、川魚料理店、川魚の佃煮などなど・・・。   
 
 

  

その中に数件の串カツ屋があり味を競っている。
  
 ここの串カツを食べに来たのが目的とは言え、まずは商売の神様・お稲荷さんにお参り。
 ここではお賽銭ではなく、参道の店でワラに通したおあげとローソク(両方で50円)を買って供える。
   

 お参りが済んだところで、いよいよ串カツとなる。
 どの店で食べるか・・・ここではSNSの
Facebook友だちからの情報が役に立った。
 四日市の美魔女からの情報によると、最近某店ではトイレを改装して金の便器を設置したということで、せっかく神奈川からやって来た身ではこれも見て帰らないわけにはいかない。 

   

 

 で、これが話題の金の便器とその店の店内である。
  来るまでは成金趣味の・・・を想像したいたが、いやいやそうではなくて便器だけではなく、店内の装飾も格調高くまとまっていて、違和感はなかった。
               
 またこの旅行には、足腰の痛い我が女房殿はパスをしたが、前回のブログに書いた「新品同様の身体」となった私にとって、このあと名古屋市内の観光と墓参りで2泊3日のハードな試運転となった
が、帰宅後 何の筋肉痛もなく、元気にこの夏のワークショップに備えての準備に取り組めています。

 

 

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新品同様・前編

2017年03月20日 | 健康・病気

 さて今回のブログもあまり面白くもない話ですが、長くなりそうですので、前・後編に分けてアップをします。

 但し、前段の話と後の話が逆転していると読みづらいのを考慮して、前・後編一挙掲載としますので、この項を読み終わった方はそのままスクロールして後編をご覧ください。 

                      

  24歳のとき絵の勉強をしようと東京に出てきたのは、今から50数年前の東京オリンピック(1964年)の前年で、10月10日間のオリンピックの開幕当日は有楽町の街で自衛隊のジェット機が澄み渡った青空に大きく5輪のマークを描くのを見ていた。

 そして、私はその年の春から花粉症に罹っていて、以来50年以上もこの時期には毎朝クシャミで目が覚めて、午前中はほぼ鼻をかんでいるだけで時が過ぎていく毎日が続いたいた。
 

もっともそのころは原因がスギ花粉であることが判明しておらず、アレルギー性鼻炎と言われていた。

 その頑固な花粉症が、今年はまだ私には発症していない。
 やっと花粉症から卒業できたかと思ったが、そうではなくて、あるラッキーな・・・ではなくてラッキーなのかアンラッキーなのか自分でもよくわからない出来事で、今のところ花粉症が発症していないだけのようだ。。
 *これから先の箸休め的に配置した写真は本文とは何の関係もありません。
 

  さてその、よくわからない複雑な事情をお話しというのは少し長い話になるが、私と同年代のあなたにも役立つかのしれない話だから、辛抱をして読んでください。

 *同年代ではない人でも、いずれは起こる可能性のあることだから、60歳を過ぎて奇病に罹ったらこのブログを思い出してくださいね。 

 私には7年前から脊柱管狭窄症と診断された病があり、長時間の歩行や農作業などは途中で休憩をはさまないと続かなかった。

 それが、昨年の秋を過ぎたころから病状が悪化したようで、12月になって世田谷のボーイスカウトの子どもたちが私のボランティア菜園に長芋、里芋、大根などの収穫体験にやって来た日には、腰を下ろすことすらつらく、一旦しゃがんだら、今度は立ち上がるのも一苦労で、風呂に入るのにも浴槽を跨げないまでになってしまっていた。
         
 内科で2~3か月おきに行っている血液検査にも異常は出ていなかったし、痛みの中心部は骨盤と大腿骨の接点付近だったこともあって、これは骨の異常と思って整形外科の方に相談をしたのだが・・・。

 とりあえずレントゲンを撮ってもらったが、骨には異常は見つからず、
腰のほかに痛むところはありますかと尋ねられ、私はそれは直接の関係がなさそうだがと思いつつも、首の筋が痛くて首が回らない、また背中の僧帽筋、ヒップの大殿筋などにも無理な運動をした後のような筋肉痛もあることを告げた。
 それは脊柱管狭窄症の悪化ではなさく、ちょっと私に2~3心当たりがあるから、血液検査をさせてもらえませんか?
             
 整形外科医はそう言って、普段の健康診断の血液検査では行わない検査をした結果、3日後に2つの検査で極端な異常値が出ている・・・と言い、まずこの薬を朝と夕方に分けて3日間飲んでみてくださいと言われ、飲んでみると痛みはピタリと止まった。

 

 4日目に再び医院を訪れて、薬の効き具合を報告すると、まず病名は略称をP・M・Rと言う「リュウマチ性多発筋痛症」であること、リュウマチ性という名はついているが、リュウマチとは関係のない病気だと告げられた。

 以下、ネットで検索をしてみたら、この病気は対処方法はあるが原因不明の65歳以上の高齢者に発症する奇病らしい。

クスリが良く効いて痛みがすっかりなくなったことを告げると、それでは薬の量を1mg下げて、また1週間様子を見てみましょう・・・。

 果たして1週間後には再び痛みは少し出て来たことを告げると、それではまた元の量に戻しましょうということになり、1mg、2mgの微妙な量の慎重なサジ加減が必要な薬だと、私にも判断ができた。

                 
 長文で私も疲れました。
 ここで一休みさせていただきますので、読者の皆さんも自分でお茶でも淹れてひと休みの後に、このままスクロールをして「続・新品同様」をご覧ください。 

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続・新品同様

2017年03月20日 | 健康・病気


 これまで脊柱管狭窄症の進行による痛みだと思っていた背中や腰の筋肉痛も別の
病気だと思っていた首の痛さも、すべて多発筋痛症によるものだったらしく、以来全身の筋肉痛が一切消え去ってしまい、77年間も使い古したこの身体が、まるで高校生のころのような新品同様な身体に戻ったような不思議な気分だ。
この話の中で、病名の他血液検査の種類と、処方をしてもらっている薬の名前をあえて書かなかったのは、薬の微妙な匙加減が必要な病気ゆえに素人判断で余計なことには触れないで・・・と思っているからです。
 心当たりのある方は、病名を言って医師に相談をしてください。 

 当初は素人判断で外科的な病気かと思い込み、たまたまかかりつけであった整形外科の医師にこの病気を見つけてもらったが、結果的にはどちらかと言えば内科的な病気だった。
 

 さて、ここでようやく冒頭のラッキーなのかアンラッキーなのかわからないラッキーな話に戻りますが、今処方されている薬の説明所によると「アレルギーに効く」と書いてあって、どうやら花粉症の発症もいっしょに抑えてくれているようだった。
                       

 さらに もう一つ、薬のせいではなくてリウマチ性多発筋痛症という病気は筋肉が痛むだけではなく、食欲不振という症状もあり、内科医の方から血糖値が高いので、体重を落とすことを厳命されていた私だが、我慢をして食事量制限をすることなく、無理なくこの2ヶ月で3kgの減量が出来ていて、これも多発性筋痛症の副作用?ともいうべきラッキーにめぐりあわせだと思っている。

                  
 後日普段かかっている内科の医院でこの話をしたら「よくその病気を整形外科の先生が見つけてくれましたね。
 この病気は、おそらくこのあたりの医院では見つけられないですヨ。
 それも内科の先生ではなくて、整形外科の先生が見つけられたとは・・・、その先生がすごい先生だね」
・・・としきりに感心をしていたが、先月数年ぶりに電話をしてきた埼玉県に住む友にもその話をすると、たまたまその友人も私と同じ病気にかかっていて、それが見つかるまで市内の医院をあちこち回されて、市民病院、大学病院での検査を繰り返し、1年近くかかってやっとリュウマチ性多発筋痛症にたどり着くことができ、やはり私と同じ薬で病気のコントロールをしているようだということが判明し、それほど見つけることの難しい病気を、レントゲンに異常のないことと、問診だけで多発筋痛症を疑ってただ1回の血液検査で、たどり着いてしまった整形外科医にはただ、ただ「感謝」の一言のほかはない。
 

 こうして、今回は原因不明という厄介な病気ながらラッキーな病気そのものの副作用?と薬の副作用に巡り合うことができたが、今度もしも、こんなラッキーに巡り合えるのなら、禿げ頭に効く薬のつもりで飲んでいた薬の副作用で、物忘れなどの脳細胞の劣化に効果てきめんという副作用に巡り合いたいものだ。

 お前なぁ、そういう薬が出来たら、それは副作用とは言わないンだよ。

 違げえねぇ!
 

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七〇の手習い

2017年02月23日 | パソコン

 語呂が悪いから、タイトルには70の手習いとしたが、正確に言うと77歳の手習いである。 
 私もパソコンを使いだしてもう20数年になるが、当時はイラストレーターという職業ながら、お絵かきソフトで絵を描くことはなかった。

 
 今更ながら、この歳になってお絵かきソフトを使ってみようと思ったのは、やはり時流に遅れまいとすることより、そんなことをして遊んでみたい・・・といった気持ちのゆとりのようなものである。

 フリーソフトのGIMPをダウンロードをしてみた。
 ちょっと気の利いた今どきの中学生でもこれで絵を描いているのであろうが、高齢者の私にはこの使い方が皆目わからない。

 私には線描きからパソコンで描くのは到底無理だから、冒頭のカヌーの絵は昔取った杵柄とやらで手描きの絵をスキャナーで取り込んだものだが、ベタ塗りの彩色ならソフトを使った方が早そうだ思っていた。



 バケツのツールで日焼けをしたO氏の肌色を流し込むと、面白いように顔も手も足も一瞬で色が着いた。
 ・・・と思ったのは間違いで、黒い線の際にかすかな白い部分が残る。
    
 画像をアップしてみると、原画では黒い線だけで描いたつもりの絵だったが、線の周囲のタッチのカスレなどは微妙なグレーゾーンとなって残ってしまっていた。 
 
 夜中の作業で、電話で尋ねる人もなく、とりあえずドットの一つ一つをブラシツールで肌の色に置き換えていく。
 数時間に及ぶ作業で、投げ出したくなるがここは執念で仕上げた。

 夜が明けて、近所のデザイナーに訊いてみると、レイヤーを使えばいいんだと教えられたが、電話でレイヤーの使い方を習うには私の技量が幼稚過ぎるので、やむなくここは時間がかかってもドットつぶし作戦に 徹することにした。


 
しかし、しかしだ。
 こうして執念で仕上げたイラストも、出来上がってみるとなんと上の絵のように、小さな小さな絵になってしまっていた。
 なぜだ・・・!

 パソコンの先生に通信教育(電話)で指導を仰ぐと・・・。
 それは最初に仕上がりサイズの設定をしておかなかったせいで、今から直しようはないから、また最初からやり直しと冷たく言われてしまった。

 ここで折れてしまっては、ここまでの苦労は何だったのかということになるので、気を取り直して再挑戦・・・あのドットつぶしの悪夢の再来だった。
 
 そして数日後、ついにやった!
 ついに克服をしたぞ。

 そこへ今度はO氏からメールが入り、カヌーの絵が出来上がったら、もう一枚ヨットの絵も描いてほしいという。

  今度はパソコンの先生の所に行って、レイヤーの使い方を習ってから描くことにしたが、今度も白黒の原画だけは先に手描きで仕上げておくことにした。


 さて、最後の写真は依頼主のO氏だが、似ていますか?
  

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トマトキムチ

2017年02月20日 | グルメ

「あー、食いたいなぁ、旨いキムチが・・・」
「トマトのキムチも旨いんだよね」
 入院中だったノンフィクション作家の阿奈井文彦さんと生前はそんな電話やメールのやり取りをしていて、一昨年だったか、12月の中ごろに療養先の焼津に、手製のキムチを持ってお見舞いに行ったことがあった。
 

  しかし、駅まで迎えに来てくれた阿奈井さんの弟さんから、病院食以外のものを食べさせてはいけないほどに病状は進んでいたことを知らされ、やむなくそのキムチは弟さんに持ち帰ってもらったが、阿奈井さんは翌年3月に旅立って逝った。
 
 上のイラストは約40年前に阿奈井さんと共に取材で半年間料理学校に通って掲載した一部で、一番手前、左側が阿奈井文彦さん。
*タイトルが韓国料理ではなく朝鮮料理とあるのは、たまたま取材に応じてくれたのが北系の学校だったというだけです。 

  さて、前置きが長くなったが、この冬もやはり畑の白菜の収穫を待ってキムチをつけることになり、年が明けて2度目のキムチは久々のトマトキムチとなった。
 
 さて、午後8時、昼のうちに買い求めて置いた材料と40数年前のボロボロになった取材ノートを広げ、YouTubeでグレンミラーのスイングジャズをBGMにかけて・・・
 万全の用意が整ったと思ったが、なんとしたことか大根がない。 
  
 やむなく、懐中電灯を頼りに畑に行く。
  自分の畑でも、真っ暗な中で大根を採って来るのは、誰かにとがめられそうで気が引ける。
   
 それぞれの素材を切ったり、すり下ろしたりして、さらにいろいろな調味料をもみ込むように混ぜ合わせる。
*韓国ではこのようにいろいろな材料を合わせて作る調味料をヤンニョムというらしい。 
 
 よく混ぜ合わせたヤンニョムを少し口に入れる。
 うまい!
  ヤンニョムが旨ければ、キムチはもう旨いに決まっている。
 
 白菜キムチはこのヤンニョムを下漬けした白菜に塗り付けるように白菜の葉の一枚一枚に挟み込んで、あとは冷蔵庫で数日寝かせるが・・・
 美味しくできたヤンニョムは右側の四角い容器の写真の中身のような色に仕上がる。
 トマトキムチは、出来上がったヤンニョムと一口大にカットした新鮮なトマトを和えるだけですぐ食べられる。

 ヤンニョムはそれだけを熱いご飯に乗せるだけで、たまらなくおいしい。
 それに大玉トマトの旨みと甘みが加わるのだから・・・
 名古屋弁で言うとどえりゃあうみゃあでいかんがねということになる。

 トマトキムチなんて見たことがない・・・という人がいる。
 そういえば、私も売っているのを見たことはない。
 おそらく、水分の多いトマトのキムチは日持ちが良くなくて流通に乗りにくいのかもしれない。

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YouTubeに・・・・

2017年02月03日 | 展覧会

 もーさん、前回のブログの更新をしてから、もう1か月になるけど、どうかしちゃったの?
 ・・・と友人のYさんが訪ねて来てくれた。

  いやいや、どうかしたってぇわけでもないが、人間、歳をとりますてぇと時の過ぎるのが気にならなくなるといいましょうか、あれから何日ってえことが・・・などと突然に六代目の圓生の口調になって弁解を始めたりしだしましたが、いえ、何、いろいろお話をしようと思っていましたが、1月はいろいろなことがありまして、何から話そうかと迷っているうちに・・・・その~早い話が・・・

 どこが早い話なんだい、本当にじれったいね、順番なんぞはどこからでもいいから、とりあえずなんか書いておくれよ。 

 
そんなわけで、私もつい先ほど聞いたばかりの新着ネタから・・・
 YouTubeでゴトー孟のおもしろ工作展ってぇのを検索すると昨年の夏の展覧会の様子が見られるということで、私自身も初めて見る話なんですが・・・。 
 
 私の友人のIさんてぇ人のそのまた知人という人がアップをしてくれたようです。
 

 私もYouTubeでグレンミラーをBGMとして聴きながら 仕事をしたり、昔の時代劇などを観たりしているが、自分の物が出てくるなんてぇのはちょっと気恥ずかしいような、怖いような・・・。
  
 次回はあまり間をおかないように更新します。
  

・・・というわけで、まずは私の展覧会風景でもご覧ください。 

 

 

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こちら側にいるうちにせねばならないことがある。

2017年01月04日 | 工作教室

 新年の目標だの誓いなどという歳でもないが、どこかの書き留めておかないと、まだまだいろいろな用の多い爺さんで、雑用に追われて肝心の目的を忘れてしまいそうだから、ここらで一旦忘備録にしたためておくことにしよう。

 

 このブログは6年ほど前までは、全く私の個人的な趣味である家庭菜園や子ども相手の工作教室の様子など日常的な出来事を書いているだけで、20人ほどの友人、知人たちに読まれているだけのブログに過ぎなかったものが、急にアクセス数が40・50と上がり始め、そして冬場になると100カウントを超える日も出始めた。

  このページに来た人の検索キーワードをアクセス解析でみると、高齢者工作・高齢者簡単工作などというキーワードによってここにたどり着かれる例が多いことがわかった。
  しかし、高齢者自身がパソコンのキーを叩いて検索されているとは思えないので、これは介護施設の人による検索だと察せられる。
 

 察しはついたが、さて、これらの人たちの要望に私がどのようにかかわればいいのか、どう応えられるのかがわからない。

 

 昨年、東京の町田市において、介護レクレーションに関する勉強会があり、これに2度参加をしてみて、私の持ちネタのおもしろ工作が、介護施設のデイサービスなどが求める要望にマッチしていることと察しはついたが、介護レクというのは何人くらいの人を対象にせねばならないのだろうか?
介護の程度は?
 また私自身がもうすぐ向こう側に行く身で、体力などからあまり遠方の所にはいかれないが・・・

 などなど介護レクに対して私が持っていたいくつかの不安が勉強会で解消された。

 

 まず介護施設でのレクレーションの実態を知ることが大事だが、まずは介護施設での経験を積んで、そのうえでさらにやらねばならないことがある。
 とりあえず、介護施設での講師の申し込みを済ませて来た。
   

 30年くらいの子どもたちのための工作教室から始まって、後継者の要請を目標に大人の工教室を3年前に立ち上げ、さらに今年は介護の中の工作にと足を一歩進めることにしたが、それが確立する前に私自身が向こう側の人になってしまいかねない不安が付きまとう。

私たちには時間がないのよ」といって解散した女の子のグループが昔いたが、私にもこちら側に居られるもう時間は限られているが・・・・・

 
 
私のおもしろ工作が介護のデイサービスの中で役に立つのなら、私が出かけられる範囲だけにとどまらず、ホームページを通して全国の介護施設で役立ててもらえるように、型紙などがダウンロードができるようにするなどホームページそのものを作り直さねばならない大事になりそうだ。

  

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明けましておめでとうございます

2017年01月01日 | 雑記

明けましておめでとうございます。
 
 昨年やり残したこと・・・年末に床屋に行けなかった。
 
 そんなこたあ、どうでもいいよ、第一お前の頭なんぞは床屋に行ってもいかなくてもあまり変わりがないじゃあないか。

  しかし、昨年はなんだか一年中あたふたと、忙しくって疲れてしまったから、正月くらいは少しお休みをいただいて、そのあとで今年の放屁を語らせていただこうという寸法なんです。

 放屁じゃあないよ!正月早々放屁を語っててどうしようってんだ!
 抱負を語ろうってんですよ。 

 ・・・・てんで、少し(2~3日)お休みをいただきまして、三が日明けころにあらたに顔を出させていただくこととします。 

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歳末・ブログの在庫整理

2016年12月18日 | 雑感

 このところ多忙でブログの記事がたまってしまった。
 そこで在庫整理のまとめ投稿ということで、失礼をします。


 
まずは前々回のブログでちょっと紹介をさせてもらったトンボバッジ
 地域のコミセンまつりの体験コーナーで行ってみた。 

   
 その作業のシンプルさ、素材の意外性、仕上がりの素朴な手作り感などなどが好評で、若い世代からお年寄りまで幅広い年代層に気に入ってもらえたようで、用意した25人分の材料は閉会時間の前に底をついた。
  
 
 ところで、このコミセンまつりには、意外なお客さんの顔もみられ・・・・ 
 
  私たちの大人の工作教のメンバーである伊東さん(代議士Aさんに説明をしている背中だけが見えている人)はこのあと、17日には隣の綾瀬市文化会館で開催された、昔懐かしい駄菓子屋さんのように 、自分の好きなものや得意なものをおみせ形式で見せ合う「だがしや楽校」に招かれて、大人の工作の面白さを披露してきました。

  
 上の写真の絵は、小学生のR君がこの夏休みに全農主催のお米に関する絵のコンクールに出品をして上位入賞をしたものですが、この絵のタイトルは「じいちゃんかかしとぼく

 実は彼が描いたかかしのモデルは昨年の9月に開催された地元のかかしまつりに 私が出品したものなのです。
   
 これがその時のかかしと私です。

 ところで、このR君は私が直接何かを指導しているのではなく、臨床美術という分野で彼の絵や立体などの指導をしているフェースブックの友達が、私が20年来ボランティアで世田谷のボーイスカウトの子どもたちを招いて、長芋などの収穫体験をさせているが、その芋掘りの仲間にR君も入れてもらえないかと連れてきたものである。

  
 そして、今年も12月4日、ボーイスカウトの子どもたちがやって来て、いろいろな野菜の収穫体験をしていった。
*上の3枚目の写真は、予定外の収穫物で、カブトムシの幼虫も出てきた。

 さて、これで今月の予定が終わり、残るは年賀状作りだけだ。
 今年も飽きもせず木版画にこだわろう。

 しかし、下絵までは描き上げたが、長年使い古した彫刻刀の切れ味が悪くて、そこから先の作業があまり気分が乗らない。

 年に一枚しか彫らない版画で、寿命からいえば今後10枚も彫るとは思えない。
 子ども用の物でいいから、今回は新しいものを買って来よう・・・と家を出て、ホームセンターに行く前に、リサイクルショップがあった。

 お店で尋ねてみると、店員は店の奥の方から長い時間をかけて探し出し、中古品ですけど・・・といって出してくれた。

「中古」と書いてはあるが、誰かが一度は使ったものではなく、単なる売れ残り商品で、6本入りで値札には398円となっている。
 

 今時彫刻刀などあまり売れるものではないらしく、この値段は少なくとも15年から20年前に仕入れられたままの在庫品と見受けられる。

 彫刻刀に賞味期限など聞いたこともないので、これは掘り出し物・・・と喜んで家に帰り、試し彫りをしてみると、版画の板は軽いタッチで彫れる。

去年まで使っていた古い彫刻刀では年賀状一枚を彫りあげるのに4~5日もかかっていたが、この分では2日もあれば彫りあがるであろう。

・・・というわけで、何かと遅れ遅れになっていた今年ですが、年末近くになってやっと帳尻があって来たようです。

 

 


  

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枯草や 野良者どもが 夢の跡

2016年11月30日 | 展覧会

 
 上の写真は、これまで10年ほど借りていた畑の昨年の写真で、下の写真はほぼ同じ場所を撮った今の写真である。
 わずかに、年内収穫予定のホウレンソウ、白菜、キャベツ、大根を残すのみで、あとは荒れ放題となってしまっている。

   

 ひどい荒れ地になってしまっている理由は、この辺り一帯は、都市計画で流通関連の倉庫街となる予定で、今年限り
で立ち退かなければならなくなった。

 もともと都市計画は以前からあったものが現実になっただけのことで、藪から棒に降って湧いた話ではない。

 したがって、この辺の家庭菜園は「雑草さえ生やさないようにしてくれれば・・・」ということだけで地代は払わず、「地主は必要な時にはいつでも明け渡す」という念書を入れて借りていたにすぎない。


 家庭菜園とはいえ、都会の家庭菜園と違って、5坪~10坪の菜園ではなく、一人で100坪前後を耕していた人もあって、 私でもここだけで50坪の畑を借りていた。

 上の写真をアップで見たいただくと、はるか彼方に白っぽいフェンスのようなものが見えるが、都市計画の予定地はそのフェンスの向こう側にも及んでいて、全部で何人いたのかわからないが、おそらく50人を超えるの家庭菜園難民が出たことだろう。


 私の場合は別の場所に10坪だけだが、別の畑を借りているので、全くの難民状態ではないが、ここは下北沢(世田谷区)から収穫体験にやって来るボーイスカウトの子どもたち用のボランティア畑として使っていた畑だから、なくなってしまう50坪の埋め合わせには狭すぎるのだが、全くの難民状態の人に比べれば贅沢は言えない。


 この10坪の畑は、全部で150坪ほどの田んぼを埋め立てた農地を12人で借りているのだが、いずれも高齢者ばかりで、昨年も二人リタイアした人が出て、新しい人と入れ替わっている。

 待っていれば、1~2年のうちに、また入れ替わりがあるだろう・・・と周りを見渡してみると、必ず歳の順とはいえないが、何と私が一番になる可能性が高いようだった。


 明け渡す畑の黄昏は、やはりわびしさが漂っている・・・。

 枯草や 野良者どもが 夢の跡(盗作)

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