ねむたいブログ

パソコンの画面をみているとすぐにねむたくなる。やや内省的になったところで書き留めるブログ。

鳥羽街道 淀城跡から羅城門へ

2012年02月05日 | Weblog
 今日は「共走駅伝」があったけれど、すみません。お休みしました。



 京阪樟葉駅→京阪国道沿いを東へ→木津川と桂川を渡河→淀城跡公園→競馬場前(納所)→千本通を北へ→下鳥羽→上鳥羽→羅城門跡→京都駅八条口→京阪七条 合計19キロほど。

 前からこのルートは走ってみたかった。京都の職場から帰宅するまでのルートを確認できるし、歴史街道である鳥羽街道を実感できる。

 鳥羽街道は淀から羅城門に至る旧街道で、発祥は平安遷都以前に遡る。上鳥羽あたりまでは桂川沿いに進む。地図をみると全行程に「千本通」の名称がついている。千本通は平安京では朱雀大路にあたる。当時の中央大通りへの接続する街道というわけだ。

 出発は樟葉駅からにした。樟葉モールの横を抜けて、ゴルフ場側の河川敷に出る。


 河川敷は自転車が多い。自転車の練習にはよい道なのだろう。京都は桂川沿いを嵐山あたりまでいくのか?


 大阪から伏見までは豊臣秀吉によって「文禄堤」が築かれていた。淀川の治水を兼ねた陸の交通路である。今日走った樟葉から淀のあたりまでは、かつて文禄堤が築かれたとされるあたり。現在は堤の痕跡は全く無い。大阪寄りの守口市内にわずかに名残が残っている。

 ↓は橋本のあたり。街道沿いに遊郭があったといわれる。街道は京阪国道より東側か。


 東海道五十三次に伏見から大阪の高麗橋までを加えて東海道五十七次という言い方もある。加えるのは伏見宿、淀宿、枚方宿、守口宿の4つの宿場である。しかし京都までプラス大阪までのルートという単純な話ではなく、五十七次では、伏見宿の次が大津宿になり、京都市街を迂回している。参勤交代の大名が朝廷と接触するのを避けたルートだったようだ。

 このあたりのこと、守口の生涯学習資料館に行くと古地図とかいろんな資料が収集されていておもしろい。前に行ったときにコピーしてきた地域名を表す図面。


 淀城跡公園に到着。ここからがいわゆる鳥羽街道。大河ドラマの影響でおそらく沢山の人が訪れたことだろう。究極のがっかり名所だと思う。修学旅行の人、来ないでください。


 謎の建造物が出迎えます。


「千本通」といっても曲がりくねった川沿いの道。


 京都に近づくにつれて、旧家、名家らしき門構えの家がいくつもある。伏見区に入ると造り酒屋がある。寺も多い。浄土宗が多いようだ。やはりただの田舎道ではない。




 走っているといろんなものを目にする。案山子だけれど、これはあんまりだ。だいいち効果あんのか?


 羅城門跡に到着。これで鳥羽街道は終了。ここは有名ながっかり名所。一応、写真を載せておく。東寺が近いのでまだ救われている。


 羅城門近くの東寺に立ち寄る。がらくた市をやっているようだ。
 

 ほんとにがらくた。あえて写真はアップしない。ほんとにがらくた。
 

 京阪七条でお地蔵さんが迎えてくれる古風な銭湯で一風呂。番台のばあさんは93歳だとのこと。あれこれしゃべって楽しかった。ばあさん、また来るからね。


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