マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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長安寺一心寺大師講の観音さん

2011年12月03日 08時04分04秒 | 大和郡山市へ
大和郡山市長安寺町にある一心寺(いっしんじ)は道路を隔てた五輪塔覆屋の南側にあたる地にある寺だ。

その寺は無住寺。

ひっそりとした佇まいをみせる。

大師堂とも呼ばれているお寺では毎月17日に観音講が営まれている。

勤めているのは大師講の婦人たち。

21日には大師講の営みをされるのだが、17日の夜は講中が勤められる観音さんの日となる。

かつてはここでお勤めのあとに会食をしていた。

三品のお供えもしていたが検約をしなければとより質素にされた。

当時使われていたと思われる大師講の御膳箱がある。

オカモチのような持つ手がある箱には昭和33年6月吉日の墨書が見られる。

大師講の人たちは9人。

それぞれの都合もあって、この夜は4人だった。

この日のお供えは洗い米にキュウリ、エノキにお菓子である。

お花も自宅で栽培されたものを飾っている。

本尊の十一面観音立像の前に座った二人の導師。

一人がお念仏をあげてもう一人はキンを叩く。

導師は「和州長安寺村 村中什物 西村和泉守作」の刻印がある三本足の鉦を叩きながら念仏を唱える。

西国三十三番のご詠歌だ。

この月は20番から25番までを唱えた。

それというのもご詠歌は長丁場。

半年間をかけて全曲を唱えているのだ。

2番から7番までは1月と7月、7番から8番までは2月と8月という具合だ。

14番から19番までは3月と9月、20番から25番までは4月と10月、26番から31番までは5月と11月で最後の33番までが6月と12月となる。

その月は番外の二月堂、信濃善光寺も唱えられた。

毎月のお勤めを分割されたのは先代の講中だった。

「1番は除くんや」というて、今でもその番だけはしない。

謎を秘めた月割のご詠歌。

それを終えると周りの人が拍子木を手にしてカチカチと叩きながら延命十句観音経も唱えた。

それは10巻も唱えた。

キン、キンとカチ、カチ音が混じって狭い堂内に響き渡る。

拍子木の音はお堂を突きぬけて少し寒くなった外気へと通り抜けていく。

その音は念仏が終わっても耳に残っている。

高野山(たかのやま)念仏、そもそも念仏や般若心経も唱えた大師講の人たち。

すべてを終えてお茶にする。

営みをされていたお堂の蔵にはかつて使われていた大釜に混じって墨書された箱がある。

それには「安政二(1855)霜月調 行基講中 御膳弐組入」の文字がある。



それには寄進された人のものと思われる名もあった。

一心寺に安置されている本尊脇には二体の座像がある。

一つは弘法大師であるのだがもう一体は見わけがつかない。

それは行基さんの座像ではなかろうか。

そうであれば行基講が営まれていたと思われるのだが、そのことを知る人はいない。

(H23.10.17 EOS40D撮影)
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