マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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アスファルト舗装の砂道

2017年09月30日 10時07分23秒 | 大和郡山市へ
大和郡山市に砂撒き風習が残されている。

今でも実施されている箇所は5カ所。

いずれも神社である。

これまで何人かの人からは「家の砂撒きをしていた」と聞いていたが、随分と前のこと。

神社付近は継承されてきたが、地区の各家がしていた砂撒きは消えたと思っていた。

神社の神さんから家に招き入れる砂撒きは砂の道。

家から家へと砂の道で繋がる。

集落全戸を見守るかのような砂の道はひっそりとどこかに残っていたら・・・あった。

この日は正月二日。

大晦日に砂撒きをしたとすれば2日目。

砂の量はそれほど多くはないが、撒いたとされる痕跡がある。

直線状に結ばれた砂の道が数本ある。

旧家と思われる建物の前の道はアスファルト舗装。



他の舗装路にはなかった痕跡である。

なんとなく、足で蹴り散らしたかのような痕跡もある。

たぶんにここであろうと思ってやってきた地は大和郡山市の筒井町。

今でも当地にお住まいの市職員は「昔は家の前の道から砂を撒いて砂の道を繋いでいた」というのはここでないかもしれないが、あるにはあったのだ。

なぜにここにあるのか。

お正月の三が日に家を訪ねるのは遠慮したいと思ったからはっきりとしたことはわからないが、あるにはあった。

ようやく見つかったここの砂の道。

知ったのは平成24年である。

あるブログに載っていた砂の道の在り方にはびっくりしたものだ。

当然ながら在所地は記載することのない個人ブログである。

さまざまな記事がある中に、ここはもしかとすれば大和郡山市内であるように思えた事項があった。

その方とは偶然にも奈良市称名寺の珠光忌の日にお会いした。

住職に著書の『奈良大和路の年中行事』を献本しに来たときだった。

見知らぬ女性が訪ねておられた。

要件はご住職にブログ掲載の許可願いである。

その時点ではきちんとした人だと思っていた。

その後にその経緯をアップされたブロガーさんの記事を拝読して、ご挨拶をネット経由で自己紹介をさせてもらったことを思い出す。

そのブロガーさんが住まいすると書きたいとところだが、書くわけにもいかないので町名を伏せて紹介しておくアスファルト舗装の砂の道。

今年の年末前には訪ねてみたい。

(H29. 1. 2 EOS40D撮影)
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