たそがれおじさんのガッチャキ人生(TOGZ) 

北海道「とかち」をこよなく愛する十勝原住民が自転車で巡る十勝野風景を発信(浦幌町昆布狩石方面)

美ら島センチュリーラン紀行 3

2017-01-24 22:24:24 | 日記

1月16日(月)

 

昨日の

美ら島センチュリーラン

ショートカットになってしまい

90kmの距離は

消化不良

 

シーサイドコース

おじさんが楽しみにしていた

古宇利島に行けなかったことが

唯一の心残り

 

今日の観光コースは

南に降りるコースを予定していましたが

急きょ

古宇利島をコースにいれることに.......

 

ホテルの朝食時

窓の外にかかる

写真では

よく見ないとわかりません

 

ホテルからは

カーナビにおまかせコースで

古宇利島手前に出ました

一日遅れになったけど

久しぶりの古宇利大橋

 

自転車コースの

折り返し地点まで行こうと

車を進めていたら

正面に見える建物

なんだろ?

行ってみようということで

着いた処は

古宇利オーシャンタワー

 

へ~

こんなところがあったんだ

3度目にして

新発見!

 

自動運転カートで

タワー入口に向かいます

カートを降りて

入り口に向かっていたら

 

どこかで見かけたような人が.........

旅の恥はかき捨て

Nさ~ん!!呼んでみたら

振り返りました

 

おじさんが

仕事で勤めていた

鹿追時代の2組さんでした

 

エッ

なんでこんなところで?

地元十勝に住んでいながら

しばらく会わなかった

N&Nさんご夫妻

南の沖縄で会うとは!

 

急きょコース変更したことで.........

 

再会を喜び合いながら

記念の1枚を

しばしの語らい後

お別れしました

 

タワーの上からの眺めは

決められた時間があるので

(午後4時半)

長居はできず

次なる目的地へ

 

このコースも

急きょ入れました

 

今帰仁村城跡の

寒緋桜観賞

沖縄に来たからには........

 

城跡に通じる路で見かけた

寒緋桜

やっと咲き始めたの感

 

せっかく来たのだからと

八重岳の寒緋桜も観たい!

 

今帰仁村城から下りの道から

 

やっぱり

今時期は

八重岳道の

寒緋桜だな!

満開ではありませんが

観賞には

十分です!

 

 

八重岳に向かっての道々は

今帰仁村よりは

花も咲いていると思われましたが

予定外なことばかりしているので

今日はここまでとし

 

一路

本来の予定コースに向け

高速道路で南下

 

着いたところは

 

梯梧(デイゴ)の塔

 

といわれても

初めて聞く・見るという人がほとんどと思います

 

おじさんも

初めての訪問です

この梯梧の塔

ひめゆりの塔のすぐ横にあります

 

写真から見て

左に100mもいかないところが

ひめゆりの塔です

 

梯梧の塔も

ひめゆりの塔と同じく

かつてあった

私立沖縄昭和高等女学校の生徒さんたちが

学徒動員で

犠牲になった霊を弔うために.......

二度と戦争を起こしてはいけなというメッセージを込めて.........

 

なぜに

おじさんが

梯梧の塔に来たか?

この碑が答えです

山梨のいとこさんと電話で話しているとき

なぜか

沖縄に行くことが話題になりました

平和祈念公園や資料館に行くと言ったら

 

沖縄戦で

いとこさんが亡くなっていることや

梯梧の塔へも行ってみてはと

 

梯梧の塔?

そこの学校の創設者

八巻太一校長さん

この方は

いとこの兄の奥さんの

叔父とのこと

(なんかややこしいですが)

 

おじさんにとっては

とても身近な話に思えたので

今回の旅行のコースに........

 

こんな句もありました

戦争は

国と国との仁義なき戦い

殺人事件?

一般市民をも巻き込む

(兵役に就いた人々にとっても被害者ではないか)

むごい

最悪の犯罪

と思う

おじさん心

 

語りようがありません!

 

約束の4時半が迫る中

ひめゆりの塔

資料館

見学

 

 

今日の最後の予定

いとこさんの紹介で

昭和高等女学校の卒業生

U原さんに面会すること!

 

午後4時半に

自宅へ着くということにしてありました

 

カーナビ住所案内で

午後4時40分

U原さん宅に到着

 

新たな出会いが生まれました!

 

初めまして!!

ようこそおいでくださいましたね!

お互いに

出会いを喜び合い

 

(サンエー?)デパート内

レストランで

夕食をとりながら

語らいの場に........

 

沖縄戦が

いかに惨いものであったか

U原さんは当時高女の3年生で

3・4年生が学徒動員としてかり出されていたこと

ご本人は

空襲のさなか

学校からの登校を促す通知に応じようと

自宅を出ようとしたところを

父親に首根っこをつかまれ

自宅監禁?にあったこと..........

 

現在は

高女の数少ない同窓生として

亡くなられた

同窓生の御霊を守られていること

 

U原さんたちの働き掛けで

県内の21の学校が

学徒動員にかかわっていたことがわかったこと

 

今一番心を痛め

強く行政に働きかけ活動していること

それは

県内すべての学校の

学徒動員の方々の

合同碑の建立を実現したいとのこと

 

同窓生の世代が

どんどん少なくなっていき

それぞれの学校ごとにある

慰霊塔を守る人がいなくなっていくこと

 

一部の人たちだけが

学徒動員にかり出されたとの認識に陥ること

 

昭和3年生まれとおっしゃる

U原さん

語り口も

表情も

エネルギーに満ち溢れておられました!

 

話は

午後8時半まで続きました

おじさんの文才では

書ききれません

 

出会いの記念に

充実した一日になりました!

 

自宅に戻って

1月21日

U原さんから電話が入って

 

合同碑の建立が決まりましたよ!

場所は

平和祈念公園の

池のあたりだとか

 

よかったですね!

本当に良かったですね!

 

合同碑は

今年度中にできるそうです

 

おじさんのブログに出会った方々へ

 

沖縄に行った際には

ひめゆりの塔に行かれたら

是非

梯梧の塔も訪問していただけると嬉しいです!

平和記念公園は

4月以降に行かれた人は

沖縄の学徒動員の碑があるかもしれません

 

 

 

 

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