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本質を見極める

チュツオーラは『やし酒飲み』の成功にもかかわらず、作家には関心がなかったという。

では、何になりたかったのか?

それは、鍛冶屋である。

訳者の土屋哲さんは、次のように解説している。

「しかし、この成功にもかかわらず、チュツオーラは職業作家になる意志は毛頭なく、依然カジ屋開業の夢を断ち切れず、それは執念に近いものになっていたといわれる。それでは、これほどまでに彼がカジ屋に固執するのは何故だろうか。もちろんそこには、自立したいという自由への憧れもあったであろうし、とりわけ技術が尊崇されるアフリカ社会の、中でも農業社会でのカジ屋のもつ社会的地位も考慮されなくてはならないだろうが、しかし何よりも、ハロルド・R・コリンズが「チュツオーラは、鉄を鍛える仕事が大いに気に入り、金属を曲げたり、型どったりすることに、一種の芸術的喜びを感じていた」と指摘している。鉄工という職業がもつ芸術性が、無口なチュツオーラの芸術家気質をゆさぶったからだといえる」(p.188-189)

これを読んで感じたのは、小説を書くということと、鉄器を作ることが、チュツオーラの中でほぼ同じ位置づけであるということ。

確かに、表現の仕方は違うが、モノを作るという意味では同じである。

表面的な違いではなく、本質を見極めて仕事をすることの大切さを感じた。


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