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人が嫌がることをする

『サービスの達人たち』の中で、インパクトがあった一人が、新宿の老舗キャバレーで10年間ナンバーワンだった紅(くれない)さん(本名は近藤さん)。

彼女はなぜナンバーワンを続けられたのか?

それは、普通のホステスが嫌がる客をお得意にしたことにある。

「ホステスが嫌がる客というのは、初対面から嫌みばかり言う客と極端に無口な客の二通りしかない。「おい、お前、向こうに行け」「ブス、死ね」「やらせろ」…。素面のうちからこんなセリフを聞かされれば、どんな女性でも嫌になるものだが、紅さんはそうした客の心を開き、素直な常連客に育て上げることができた。母親のように客にわが子同様の愛情を注ぐことができる…、それが本当のナンバーワンだけが持つ力だった」(p.148-149)

普通の人が嫌がることを、愛情を込めて行うとき、誰も真似できない業績を上げることができるのだろう。

出所;野地秩嘉『サービスの達人たち』新潮文庫
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道しるべを置き、柱を立てよ

道しるべを置き、柱を立てよ
(エレミヤ書31章21節)

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『サービスの達人たち』(読書メモ)

野地秩嘉『サービスの達人たち』新潮文庫

さまざまな職業における伝説のプロフェッショナルを取材したのが本書。

カーディーラー、ウィスキーのブレンダー、天丼屋、銭湯の三助、ゲイバーのママ、電報配達、ホステス、興行師、靴磨きが登場するのだが、どのストーリーも迫力に満ちている

一番感動したのは、靴磨きの源ちゃんの話し。

源ちゃんの仕事場は、国会議事堂近くにあるホテル東急キャピトル。彼の人柄と腕にほれ込んだ人が、宅急便で靴を送ってくるほどだ。

音楽プロデューサーの金子洋明さんは、初めて源ちゃんに会ったときの驚きを次のように語っている。

「当時、私はまだ三十五歳で…。でも年のわりにはまあ成功していたというか、運転手付きの車で乗りつけて、きっと心が傲慢になってたんでしょうね。源さんの前にどっかと座って、新聞を読んでいたんですよ。そして、十分ほどして、もうおしまいだろうと思って、新聞をどかしたら、まだ片一方の靴を磨いてる最中なんですよ。私はいらいらしてね、パーティーの開始時間も近づいていたし、『君、時間かかるの』ってイヤミを言ったんですよ。でも、ひょいと靴を見たら、もう、それはショックでねえ。一方は自分の顔が映るくらいきれいで、もう一方とは全然違う。それもただピカピカしてるんじゃない。いぶし銀みたいな輝きなんですよ。『これは違うぞ』と。そしてこんなに一生懸命、手を抜かないで仕事をしている人がいるということもわかって、それからはもう、源さん一筋です…」(p.205-206)

では、源ちゃんはどのような気持ちで仕事をしているのか。

「靴を磨いているときにはお客さんの姿をイメージしながら仕上げるんだよ。だからその人の姿思い出せないようになったら、仕事したくないんだ、うん。それが人と人とのつき合いってもんでしょう」(p.208)

お客さんのために、全身全霊を込めて仕事をする。これができる人が真のプロフェッショナルなのだろう。


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諫め方いろいろ

『貞観政要』のキーワードは、上司を諫(いさ)める「諫諍(かんそう)」。

著者の湯浅氏によれば、この諫諍にもいくつかの種類があるという。

それとなく諫めることを「幾諫(きかん)」
枠にはめるようにきつく諫めることを「規諫(きかん)」
心をこめて強く諫めることを「切諫(せつかん)」
泣いて諫めることを「泣諫(きゅうかん)」
相手の思いにさからって強く諫めることを「直諫(ちょつかん)」「強諫(きょうかん)」
もうこれ以上ないというぎりぎりまで諫めることを「極諫(きょつかん)」
死んで主君を諫めることを「死諫(しかん)」
というらいしい(p.59-60)

『貞観政要』には最後の「死諫」の重要性が語られるが、現実には「幾諫」「切諫」「泣諫」あがりが現実的であろう。

諫め方もいろいろあるので、上司のタイプによって変えていく必要があるかもしれない。

出所:湯浅邦弘『貞観政要』角川ソフィア文庫
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わたしたちは、何も持たずに世に生まれ

わたしたちは、何も持たずに世に生まれ、世を去るときは何も持っていくことができないからです
(テモテへの手紙I・6章7節)

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『貞観政要』(読書メモ)

湯浅邦弘『貞観政要』角川ソフィア文庫

唐の第二代皇帝である太宗は、名君として「貞観(じょうがん)の治」と呼ばれる太平の世を実現した人。

ちなみに、「政要」とは政治の要諦を意味しているらしく、太宗の政治哲学をまとめたものが本書である。

現代の組織にも適用できるさまざまなリーダーシップのあり方が書かれているのだが、その中心は「諫諍(かんそう)」である。

諫諍とは、臣下が君主の不正を正し、「諫(いさ)める」こと。太宗は言う。

「もし詔勅(天子の命令)に不適当なものがあれば、みな必ず十分に意見を主張しなければならない。このごろ、ただ天子の命におもねり、天子の感情に従う傾向があるように思う。言われるままに文書を通過させ、とうとう一言の諫諍をする者さえいない。どうしてこれが道理と言えようか」(p.60-61)

リーダーに問題があればメンバーがはっきりと諫め、リーダーはそれに耳を傾けるべき。そうでないと、組織が立ち行かなくなる、ということだ。

さらに、問題が起こってから諫めるのではなく、問題が起こりそうな兆(きざ)しを諫めることが大事だという。

「だから諫諍する臣下は、必ずその兆しの段階で諫めるのです。ものごとが充ち満ちてからでは、もう諫めることはできません」(p.77)

ただ、良識のあるリーダーであればいいが、暴君の場合には諫めることは難しい。しかし、『貞観政要』では、逆鱗に触れるのを恐れず諫めよ、と言う(これはちょっと無理な話だが…)。

エドモンドソンという研究者が「何でも言える雰囲気」つまり「心理的安心(psychological safety)」がイノベーションにつながることを指摘しているが、まさに「諫諍しやすい雰囲気」づくりがリーダーに求められる、といえる。









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遺書としての小説

太宰治の『人間失格』を読んで驚かされたのは、小説はもとより、文芸評論家・奥野健男氏による解説。

太宰ファンでもある奥野さんは、ここで熱烈な太宰論を語っているのだ。

最も印象に残ったのは、以下の箇所。

「すべての理想をうしない、ニヒリズムの中で阿呆のように暮らすばかりであった。しかしそういう生活の中で一点希望の灯がともった。どうせ滅びるのなら、こういう愚かしい男もいたのだということを書き遺しておきたい。それを読んで、救われた気持ちになる読者もいるかもしれないと、幼い頃からのことを『思い出』に書きはじめたのだ。昭和七年、二十三歳の時である。遺書として小説を書きはじめる、自己の死を前提にしてはじめて小説を書くことを己れに許したのだ」(p.160)

これほど愛他的な動機はないだろう。

太宰の文体に接すると読者は「まるで自分ひとりに話しかけられているような心の秘密を打ち明けられているような気持になり、太宰に特別な親近感を覚える」(p.157)という。

これに関し、もう一点紹介しておきたい。

「海外の日本文学研究家たちが谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫などの文学を読むとまずエキゾチズムを感じてしまうが、太宰治の文学を読むと、作者が日本人であることなど忘れ、まるで自分のことが書かれているような切実な文学的感動にとらわれてしまうと口を揃えて語っている」(p.166)

太宰文学の普遍性は、究極的な読者への愛によるものだと感じた。


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人間を豊かにするのは主の祝福である

人間を豊かにするのは主の祝福である
(箴言10章22節)

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『人間失格』(読書メモ)

太宰治『人間失格』新潮文庫

30年前に読んだ本だが、すっかり忘れてしまっているので読み返した。

人間への恐怖からくる不安と戦うため、道化を演じる主人公・要蔵。生きる喜びがまったくなかった太宰の生活が伝わってくる小説である。

最も印象に残ったのは、中学の体育授業のエピソード。

いつものように自分の正体を隠すために道化を演じる要蔵だが、その正体をある劣等生に見破られる場面がある。

「その日、体操の時間に、その生徒(姓はいま記憶していませんが、名は竹一といったかと覚えています)その竹一は、れいに依って見学、自分たちは鉄棒の練習をさせられていました。自分は、わざと出来るだけ厳粛な顔をして、鉄棒めがけて、えいっと叫んで飛び、そのまま幅飛びのように前方へ飛んでしまって、砂地にドスンと尻餅をつきました。すべて、計画的な失敗でした。果たして皆の大笑いになり、自分も苦笑しながら起き上がってズボンの砂を払っていると、いつそこへ来たのか、竹一が自分の背中をつつき、低い声でこう囁きました。「ワザ。ワザ」自分は震撼しました。ワザと失敗したという事を、人もあろうに、竹一に見破られるとは全く思いも掛けない事でした。自分は、世界が一瞬にして地獄の業火に包まれて燃え上がるのを眼前に見るような心地がして、わあっ!と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で抑えました」(p.28-29)

「自分のことをわかってくれる」ということと「自分の正体が見破られる」ということは、近いようだが大きな違いがある。後者は、確かに怖い。

ただし、見透かされているがゆえに、体裁を整えたり、嘘をつくこともできないので、本音で語ることができるはずである。

竹一のような人とつながることも大切かもしれない、と思った。












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文明と天災

地震学者であった寺田寅彦氏は、文明と天災の関係について次のように述べている。

「しかしここで一つ考えなければならないことで、しかもいつも忘れられがちな重大な要項がある。それは、文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増すという事実である」(p.10)

つまり、人間が洞窟や掘っ立て小屋に住んでいた頃は、地震があっても被害は少なく、台風で飛ばされてもまた作ればよい。これに対し、文明が進み様々な人工物を作るようになると、それらが崩壊することで被害が大きくなるという。

「重力に逆らい、風圧水力に抗するような色々の造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群のように、自然が暴れ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うくし財産を亡ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないはずである」(p.11)

日本における津波や地震の被害をみると、まさにそのとおりである。
(ちなみに、このエッセイは昭和9年に書かれたものである)

自然や運命に素直に従おうとする気持ちも大切だと思った。

出所:寺田寅彦『天災と日本人』(角川ソフィア文庫)


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