ケン太とのprecious days

3度の不登校を経験し、どうにか高校を卒業しました。はたしてこの先は?自立を願う母のブログです。

親の影響

2016-10-15 23:38:51 | 思うこと
昨日、急遽、お友達とランチすることになりました。

お友達の仕事が終わる頃、お店で待ち合わせ。
いつもより少し遅めのランチです。

2人で話すことと言ったら、やはり子どものこと。

子どもの不登校を経験している私達。

やはり何かしら問題が起きたりするわけです。
なかなかもう大丈夫とは思えない。

常に、もしかしてまた・・・という不安が付きまとう。

子どもを信じなきゃと思っても、なかなか信じきれない。
時に、そんな自分が苦しくなってくる。

どうしてもこんなにも縛られるのか。
信じたくても、信じきれないのか・・・

今日のテーマはそれでした。
(テーマを決めているわけではありませんが



そもそも、なんで、我が子が不登校になったのだろう・・・

そんな話もしたりします。

子どもが元から持っている気質もあると思いますが、
自分の子育ての影響もあると思います。

不登校になって自分の子育てを振り返る。
自分の子育てはどこから来ているのか・・・

すると見えてくるものがあります。

少なからず、親の影響を受けている。

気がつけば、親と同じやり方をやっている。
もしくは反面教師?

どちらにせよ、親が基準。
それしか知らないしね。

自分が育った環境にも左右される。

親に著しく成長期を歪められ、それがトラウマとなり、
負の連鎖を引き起こしてしまうことも。

そこから抜け出せず、苦しんでいる方もいます。




我が家がどうだったかといえば、

親の満たされなかった思いが子どもに向かうことに。


学者になりたかった主人。
大学院に行きたかった。

でも、父親が友人の連帯保証人になり借金を肩代わりしていたこと。
亡くなった時、生命保険に入っていなかったため、住んでいる家が抵当に入った。

学者になる夢を断念しました。

その夢がケン太への期待となり、少し力が入り過ぎてしまいました。


私はひとりっ子です。

両親は私が幼稚園の時から共稼ぎ。
ずっと鍵っ子でした。

友達もあまりいなくて、母親が帰ってくるまで、
ひとりで留守番することが多かったです。

いつも寂しかった記憶があります。
夏休みや冬休みは1日が長くて嫌いでした。

自分に子どもが生まれたら、おやつを作り
「おかえりなさい」と迎えてあげられる親になりたいと思っていました。

それは叶いました。
でも、結果、子どもを見過ぎる、過干渉な親になっていました。


それがケン太の成長を歪めてしまったかもしれません。

でも、それはありがちなことかも。

子どもに期待が大きくなってしまっても、皆が潰れるわけじゃない。

過保護・過干渉だって、問題が起きない方が多いと思うし・・・

問題が起きれば、間違いに気付くけど、表面化しないで子どもの奥底に潜んでいくことも。

怖いことだと思う。

ケン太が不登校にならなかったら、
あの時の私はあの時の私のままだっただろうと思う。

間違っているかも・・・と気づき始めていたけど、止めることができなかったのだから。
問題が起きるまでは。


ケン太がもし結婚して、子どもが生まれたとしたら・・・・

何かが違ってくるだろうか。

あの時のままの私と。
ちょっとはマシになった今の私と。

ケン太の子育てに、私の何が影響するのだろう。







この日はお肉。



どうしてくれる?
太ってしまったではないの

私がこのお店にしようって言ったんだけどさ



「いったい何時になったら楽になるんだろう・・・そんな日は来るのだろうか・・・」
「来ないかもね

で、2人で笑い飛ばす。

そんな余裕があればよしです。


とりあえず、食べれるのだから。

ありがたくいただきます。




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