皆さん、またもやブログの更新が遅くなってごめんなさい。
さて、あれからのダンナはとっても元気です。
お酒も飲んではいません。
食欲がものすごいです。
最近、ようやくぐるたの散歩に出かけていくようになりました。
とは、言うものの、もちろん私も一緒です。
朝も一緒。
夕方は近所のコロちゃん(ぐるたの一番の仲良し柴犬です。)とコロちゃんのご主人、ダンナ、そうして私と、三人と二頭で出かけます。
実は、我が家の父が12日の朝、起きてきたときにどうもしゃべりかたがおかしかったのです。
ろれつが回ってないのです。
「お父さん、頭は痛くない?手足はちゃんと動く?」と聞くと、頭は痛くないけれど、字を書くとすごくへたになってしまった。と言うのです。
弟に、頭が痛くないようだから、きっと脳梗塞だと思うから、すぐに埼玉医大に連れて行ったほうがいい。と話しました。
弟は、じゃあ、俺が連れて行く。というので、日曜日だったので医大の救急に運んでいってもらいました。
時間がだいぶ経った頃、弟からのメールが来ました。
「やはり、脳梗塞でした。10日から二週間の入院が決まりました」と言うものでした。
私は、父の入院の準備をして、弟の帰りを待ちました。
そうして、弟が帰ってきてから、今度は私が父の入院に必要な荷物を持って行きました。
父は比較的元気でしたが、心臓のモニターがつけられ、点滴をしていました。
ああ、ダンナが退院したと思ったら、今度は父です。
それから、毎日、病院に通いました。
父の容態は比較的軽く、右側にマヒがきていました。
しかし、毎日しゃべり方が良くなっていきました。
幸いなことに手足のマヒはほとんどありませんでした。
退院の日取りが決まり、リハビリの必要もないとのことで、無事、11日間の入院を終えました。
退院する前日に主治医の先生と話ができました。
先生の話しでは、父は今まで何度か脳梗塞を起こしていたとのことでした。いわゆる隠れ脳梗塞というもので、症状が出ないものだそうです。
そして、父のマヒは若干右に出てしまっているようですが、もう退院したら、もとの生活を心がけるようにとのことでした。
私は高齢の父が自動車の運転をすることがどうかと思い、先生に運転をしてもいいかとたずねました。
すると、運転はさせてください。視野のほうはまったく問題がなく、マヒもほとんど認められないから、なるべく運転はさせるようにしてください。とのことでした。
退院してから、心配だったので父が出かけるときに同乗してみました。運転はまったく問題がありませんでした。私よりずっと上手です。
父はコレステロールの値が少し高かったので、私は医大で食事の指導を父と父が入院中に受けたのです。
これからは、脂質は少し抑えた食事を用意しないといけません。
今度は3月1日に父の受診。9日にダンナの受診があります。
今年も医大と仲良くしなければ・・・・う〜〜〜ん・・・・
そうそう、父が入院したのは、神経内科。
ダンナが去年脳腫瘍でお世話になった科です。
廊下で、ダンナの外来のとき、入院してからもとても気にしてくださった先生と会ったのです。
私は先生を呼びとめました。
名前を名乗っても、不思議そうな顔をされました。
「先生、脳幹に腫瘍ができて、ここでお世話になったのです」
すると、先生はびっくりされました。「あ〜〜、ああ〜、あのときの」
そうして、先生にダンナが自暴自棄になり、お酒を飲み続け、歩けなくなり、吐血をして、お正月に救急車で、消化器内科に入院したことを話ました。
消化器内科の先生が、脳が心配だからと急いで、MRIを撮ったことも話しました。
先生はうんうんとうなづきながら私の話しを聞いていました。
「そうしたら、先生、脳幹の腫瘍も側頭葉の腫瘍もきれいになくなってたんです!」と言うと、先生は本当に、びっくりされていました。
あのときのびっくりされた顔は忘れることができません。
先生もそんな経験はないとおっしゃっていました。
しかしながら、もう、病院ではだめでよく民間療法に頼る人もいるでしょう。本当にごくたまにだけれど、ガンが消えてなくなって、それのおかげだと勘違いする人もいるでしょう。そうじゃないんですよ。本当にご本人の力なんですよ。とおっしゃってました。
お世話になった先生はきっと「主人は亡くなりました」と言うのかと思ったのではないでしょうか。
先生にダンナがすごく元気だと言うことを話すことができて、よかったです。
その、お世話になった先生は今度の3月いっぱいで移動。金沢に移ることになるそうです。
先生、本当にありがとうございました。
父を診てくださった先生もとってもよくしてくださいました。
とにかく、我が家は医大の先生には頼るばかりです。
近くに大きな良い病院があって本当によかったと思っています。
父はしゃべりかたも以前とほとんど変わらなくなりました。
元気に母の世話をしています。
さて、あれからのダンナはとっても元気です。
お酒も飲んではいません。
食欲がものすごいです。
最近、ようやくぐるたの散歩に出かけていくようになりました。
とは、言うものの、もちろん私も一緒です。
朝も一緒。
夕方は近所のコロちゃん(ぐるたの一番の仲良し柴犬です。)とコロちゃんのご主人、ダンナ、そうして私と、三人と二頭で出かけます。
実は、我が家の父が12日の朝、起きてきたときにどうもしゃべりかたがおかしかったのです。
ろれつが回ってないのです。
「お父さん、頭は痛くない?手足はちゃんと動く?」と聞くと、頭は痛くないけれど、字を書くとすごくへたになってしまった。と言うのです。
弟に、頭が痛くないようだから、きっと脳梗塞だと思うから、すぐに埼玉医大に連れて行ったほうがいい。と話しました。
弟は、じゃあ、俺が連れて行く。というので、日曜日だったので医大の救急に運んでいってもらいました。
時間がだいぶ経った頃、弟からのメールが来ました。
「やはり、脳梗塞でした。10日から二週間の入院が決まりました」と言うものでした。
私は、父の入院の準備をして、弟の帰りを待ちました。
そうして、弟が帰ってきてから、今度は私が父の入院に必要な荷物を持って行きました。
父は比較的元気でしたが、心臓のモニターがつけられ、点滴をしていました。
ああ、ダンナが退院したと思ったら、今度は父です。
それから、毎日、病院に通いました。
父の容態は比較的軽く、右側にマヒがきていました。
しかし、毎日しゃべり方が良くなっていきました。
幸いなことに手足のマヒはほとんどありませんでした。
退院の日取りが決まり、リハビリの必要もないとのことで、無事、11日間の入院を終えました。
退院する前日に主治医の先生と話ができました。
先生の話しでは、父は今まで何度か脳梗塞を起こしていたとのことでした。いわゆる隠れ脳梗塞というもので、症状が出ないものだそうです。
そして、父のマヒは若干右に出てしまっているようですが、もう退院したら、もとの生活を心がけるようにとのことでした。
私は高齢の父が自動車の運転をすることがどうかと思い、先生に運転をしてもいいかとたずねました。
すると、運転はさせてください。視野のほうはまったく問題がなく、マヒもほとんど認められないから、なるべく運転はさせるようにしてください。とのことでした。
退院してから、心配だったので父が出かけるときに同乗してみました。運転はまったく問題がありませんでした。私よりずっと上手です。
父はコレステロールの値が少し高かったので、私は医大で食事の指導を父と父が入院中に受けたのです。
これからは、脂質は少し抑えた食事を用意しないといけません。
今度は3月1日に父の受診。9日にダンナの受診があります。
今年も医大と仲良くしなければ・・・・う〜〜〜ん・・・・
そうそう、父が入院したのは、神経内科。
ダンナが去年脳腫瘍でお世話になった科です。
廊下で、ダンナの外来のとき、入院してからもとても気にしてくださった先生と会ったのです。
私は先生を呼びとめました。
名前を名乗っても、不思議そうな顔をされました。
「先生、脳幹に腫瘍ができて、ここでお世話になったのです」
すると、先生はびっくりされました。「あ〜〜、ああ〜、あのときの」
そうして、先生にダンナが自暴自棄になり、お酒を飲み続け、歩けなくなり、吐血をして、お正月に救急車で、消化器内科に入院したことを話ました。
消化器内科の先生が、脳が心配だからと急いで、MRIを撮ったことも話しました。
先生はうんうんとうなづきながら私の話しを聞いていました。
「そうしたら、先生、脳幹の腫瘍も側頭葉の腫瘍もきれいになくなってたんです!」と言うと、先生は本当に、びっくりされていました。
あのときのびっくりされた顔は忘れることができません。
先生もそんな経験はないとおっしゃっていました。
しかしながら、もう、病院ではだめでよく民間療法に頼る人もいるでしょう。本当にごくたまにだけれど、ガンが消えてなくなって、それのおかげだと勘違いする人もいるでしょう。そうじゃないんですよ。本当にご本人の力なんですよ。とおっしゃってました。
お世話になった先生はきっと「主人は亡くなりました」と言うのかと思ったのではないでしょうか。
先生にダンナがすごく元気だと言うことを話すことができて、よかったです。
その、お世話になった先生は今度の3月いっぱいで移動。金沢に移ることになるそうです。
先生、本当にありがとうございました。
父を診てくださった先生もとってもよくしてくださいました。
とにかく、我が家は医大の先生には頼るばかりです。
近くに大きな良い病院があって本当によかったと思っています。
父はしゃべりかたも以前とほとんど変わらなくなりました。
元気に母の世話をしています。
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