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最強戦闘機を生むキッカケとなったツナギ戦闘機

2012-05-29 08:01:48 | Weblog

サハラ砂漠で見つかった第二次大戦中のイギリス空軍戦闘機

38年、アメリカ陸軍はP-36「ホーク」を主力戦闘機として配備を開始したが、ヨーロッパでは戦闘機の高速化が進んでおり、早期の陳腐化は明らかだった。しかしP-38やP-39の高速戦闘機の実戦化までの技術的劣勢を回避するため、短期間で実用化できる新型戦闘機開発をメーカーに打診した。カーチスはP-36のP&Wの空冷エンジンをアリソンの水冷エンジンに換装したモデルを提案し採用され、P-40「ウォーホーク」となった。 

その頃ヨーロッパではドイツとの戦争が不可避となりつつあった。イギリスとフランスは自国の生産能力だけでは空軍力整備が追いつかないとアメリカの最新鋭戦闘機P-40に注目。第二次大戦が勃発するとイギリスは武器購入委員会をアメリカに派遣し、P-40の一部を英空軍仕様に合わせた機体を発注。フランスが降伏し戦局が悪化したため、イギリス空軍への引渡しはアメリカ陸軍と同時期の40年後期から開始された。しかし初期のP-40は原型のP-36と比較して速度以外の性能が下回っていた。イギリスへ渡ったP-40(トマホーク)も主力のハリケーンより性能は高いが最新鋭のスピットファイアより低く、ドイツ空軍のBf109などの迎撃には不向きとされた。だがハリケーンやスピットファイアの2倍近い航続距離と強力な武装を買われて地上攻撃任務をこなした。

カーチス社では空力性能を向上させた新モデルに生産を切り替え、イギリス空軍は「キティホーク」と命名した。キティホークは低中高度ではBf109と互角に渡り合えるまでに改善したが、高高度や新型のFw190には全く歯が立たなかった。それでもスピットファイアは本国防空に回しているため、アフリカ戦線では支える主力戦闘機として活躍した。

発見された機体も墜とされたのは戦闘機なのか?高射砲なのか?わからないがロンメルの機甲軍団と戦っていたのだろう。

イギリス空軍はキティホークを高く評価していたが、カーチス社の生産能力に不満を持っていた。そこで新興メーカーだったノースアメリカンにライセンス生産を打診したところ、P-40を上回る新型戦闘機開発を要望したためイギリスは120日以内の開発を条件に契約。完成した新型機は全ての性能でP-40を上回ったので、イギリスは正式採用し「マスタング」と命名した。当初のマスタングはP-40と同じエンジンだったため高高度では性能不足だったが、イギリスの「マーリン」をアメリカでライセンス生産したエンジンに換装すると性能は大幅に向上。第二次大戦の最強戦闘機P-51となった。

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