ぎょうりやま

かいちょうさんの日記

「御恩報じ」という教理

2017年03月09日 | 日記
信仰すればお金をお供えしなければならない
御守護を願うならば、お供えは欠かせない
信仰には何かとお金が付きまとう

お道ではどうであろう
一言でいうなら
すべてのお供え金は「御恩報じ」である
名目はどうあれ
要するに、「御恩報じ」の一言に帰結すると思う

人のものかりたるならばりかいるで 
はやくへんさいれゑをゆうなり 三 28

かしもの・かりもの世界
そこに「恩」というものが発生する
人間世界の貸借に例られ
「御恩報じ」の重要性を教えらえたお歌である

親神様からお借りしている身体
その身体は親神様の十全の守護によって守られている
その事への感謝の心を形に現す
それが御恩報じの姿だ

だから「御恩報じ」はお金に限った事ではない
神様の御用をさせて頂く
それが「御恩報じ」には違いない^^

たんへとをんかかさなりそのゆへハ 
きゆばとみへるみちがあるから 八 54

ジャンル:
ウェブログ
コメント (4)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 育てる道 | トップ | 悟りと教理 »
最近の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
そこまで、報恩を説かないといけない? (大和川)
2017-03-15 07:16:57
社会生活では借りたものにお礼をすることは良いことです。しかし、かりもののからだにお金でお供えするのはからだを、お金で買っているようにも思えます。主体である親神さまが、よふきぐらしを見て楽しむ為に人間を創られたのですから、かりもののからだが有料というのも可笑しな話、親神さまは私たち人間を通してよふきぐらしを見るのですから、私たちの為すことは人に対して布施や施し、奉仕を行うことで、その行為がさんざいであり未来の私たちにする行為であると思います。私なりのご恩返しは、社会の一員として働き、子どもを育て、育てた子どもを社会に返すことだと心得ています。
Unknown (かいちょうさん)
2017-03-15 21:34:12
悟り…とは神と人との間の…差を取る…作業だと言った人がいます。

差を取るとは言っても千差万別
であれば、悟りも千差万別

それで良いのではないでしょうか^^
わかりました (大和川)
2017-03-17 13:21:53
ありがとうございます。良い悪いは心の印象にすぎないと理解させてもらいます。それでも、この道に見出だされた私たちは救われなければなりません。しかし、無知の為に行くに行けない者が多すぎではないでしょうか?悟りに届かないという意味での無知ですが…
神さまが言う (大和川)
2017-07-31 15:35:03
ご恩報じは、自分がたすけられたと感じたら、人をたすけなさいと言われています。人から何かを、してもらったらうれしいです。そのうれしい気持ちを人に返したいなあと、思った瞬間に奇跡はおきるものです。心が第一です。お金の報恩は二の切りです。思い(心)が人を動かします。それが、奇跡を呼び寄せるのです。魅力という引寄せる力がそうさせます。二の切りと言っても、お金は尊いものです。千円稼ぐ苦労を思わない人が指導者だと、周りの人々は不幸です。いずれ人々は魅力を感ぜず離れていきます。指導者はお金の尊さを知る人でないとだめです。神さま事で金儲けした者は来世はミミズの様な無明の世界に生まれ変わらなければなりません。可哀想です。関根さんは、弟子にお札をアイロンがけさせていました。偉いと思います。

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事