ぎょうりやま

かいちょうさんの日記

天理教の葬儀

2017年06月19日 | 日記
先日、天理教の葬儀に参列した
肩書がたくさんある某有名人の葬儀である
斎官は教服を着て葬儀を執り行った
あまりにも貧相で
葬儀の厳粛なムードを破壊していた

教祖は葬儀については
何も教えられなかった

つまり
人間に任された訳である

近年、教服による葬儀が横行するようになった
享年は満年齢になり
おくり名を付けなくなった

簡略化のすべてが悪いわけではない
だが、
葬儀に限っては
簡略化はやめた方が良いと私は思う

重複を身に纏い
すり足で動く
うやうやしく拝・礼を執り行う

葬儀とは人生の幕引きであり
遺族にとっては悲しみの乗り越え作業である
これを厳粛に執り行わなくては
葬儀の意味が失われてしまう…と私は思う

葬儀こそ
教義の枠に拘束されてはならない祭儀なのだ

神道からの脱却
天理教独自の葬儀
そんな事にこだわる必要はない

十のものなら九つまで教えてきた…と言われる
その九つの教えを真似れば良いだけの事ではないか
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