ぎょうりやま

かいちょうさんの日記

11月 礼拝日 おはなし 

2017年11月22日 | 日記
子供さんを育てますのには、夫婦の中が本当に合っていないと子供 さんは育ちませんから、この点をしっかり申し上げておきます。

夫婦の心が真に合って、誠の尽くし合い、助け合いで通りましたら、その間の子供さんは立派に育ってくれます。夫婦が合わない中で育ちます子供は体は丈夫でなく、思想がくずれて来まして、年頃になりますと家にいないで、フラフラと出て行ってしまって勝手な道を通ります。

夫婦は一心同体と社会でも言っております。天理教ばかりじゃありません。社会の人が諺(ことわざ)で言っています。一心同体です。その夫婦が心を合わせることなく、腹の中でいがみ合い、嫌な事を思ったり、嫌な事を言ったり、嫌な言葉の吐き合い、嫌な顔を見せたのでは、全く夫婦の道が合っていません。そうした間の子供は、行く道を失ってしまって、子供の心までも倒れてしまいます。

夫婦は真の助け合い、真の思い合い、真のいたわり合い、誠の尽くし合いがあって夫婦です。少し気に入らんと睨み(にらみ)あいをして返事もしないで「えい、この野郎」と、拳骨(げんこつ)が飛ぶというようなことでは、全く人間ではありません。かように、夫婦はどんなに何百里離れていても精神は全く思い合い、助け合いで少しも離れる事のないのが夫婦です。

家内は家で、「この寒い中私達の為に働いて下さっている。大変ですなあ」と、寸時も頭から抜けた事なく思い合って通る。主人は主人で家内の事を「子供を連れて、よくやっていてくれる。よく丹精して見てやってくれる。苦労させて気の毒かけるなあ」。こうした思い合い、いたわり合いの美しい夫婦愛の心が当たり前なのです。

真の助け合いが欠けて自分勝手に通り、自分勝手の心、自分の都合のいいように好き勝手に金を使い、体を使ったりしますと、しまいに体の置き所がなくなってしまいます。使う金や物まで離れて行ってしまいます。金や物は家の為、人を助ける為、社会を助ける為に使うのであって、使い方を間違えますと、子供で苦労するようになります。

夫婦があわせる事なく家内をだましたり、夫をだましたりして、自分勝手な事しておりますと、ちゃんと子供が親の物や、家の物を持ち出し、家の外に出て、勝手に遊ぶようになります。

こういう事になってしまいますから、夫婦が治まらない程恐ろしい事ありません。金でも物でも身体でも、家内に嘘(うそ)をついて、使ってはいけない所へ使っておりますと、人にだまされて財産を無くしてしまいます。正しい所へ使っておりましたらそんなことはありませんが、間違ってますと必ず間違ってきます。子供は体が弱く、毎日薬を持って病院通い、金は入ってこず、家庭が立ちいかなくなってしまいます。

現今(げんこん)の人間は救かる余裕などありません。自分の思いを通そうとして無理をしたり嘘をしたりして、「真面目な事ばかりしていては損ばかりだ。欲の心で自分さえ良ければいい、自分さえうまい事すればいい」こういう目茶苦茶な精神で通っています。神様はそれを案じて何も知らずに通る子供が可哀想で、ほうっておかれん、と思召してつけて下さった道です。ただ単なる天理教だ宗教だという上調子(うわっちょうし)のものじゃありません。そこをしっかりお治めになりまして、自分の家の因縁を子供に流さないようにしっかりと因縁を切ってやって、何があってもどんな中でも立派に立ち上がっていくように信念をもってお通りください

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我が心より

2017年11月22日 | 日記
日本には約7万7千の仏教寺院がある
だが
約2万か所は住職不在のままである

キリスト教の教会
維持管理が出来なくなり
売りに出ている

数年前の事であるが
成長の家の本部の土地が売りに出た

どの宗派宗教教団も疲弊しつつある

一方
世界はテロや核の恐怖に怯えている
このままで良いハズはない
どうにかしなければならん

世界は欲と高慢の泥の海
お道以外に道はないと思う


せかいぢうをふくの人てあるからに
これすまするがむつかしい事
おふでさき 第五号75

いかほどにむつかし事とゆうたとて
わが心よりしんちつをみよ
おふでさき 第五号76

この心すむしわかりた事ならば 
そのまゝみゑる事であるなり
おふでさき 第五号77


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関根豊松 講話

2017年11月19日 | 日記
天理教愛町分教会創立四十周年式典記念講話


CDではなく、レコードです^^

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出直し

2017年11月18日 | 日記
喪中のハガキが届いた
大学の同僚の妻からである

彼は私と同じ教会長後継者であったが
教会を継がずに世上に出た
それから35年

一昨年の12月だったと思う
彼から電話があり会ってくれと言う
天理駅前で再会した

不治の病
肺がガラスのようになり
ヒビが入り
最後には呼吸が出来なくなる
絶望していた

それから何の連絡もなかったが
今年の夏にショートメールが入った

…貴方には、たいへんお世話になり命の恩人とさえ感じております。ありがとう。感謝…

連絡はそれきりだったが
出直したのが8月20日だと分かった
やはり、命の最後にメールを打ったのだと分かった

涙があふれた

歩んだ道は別であったが
天理教の教会で生まれた長男
同じ大学で学んだ友

安らかに眠って欲しい
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琴の音

2017年11月16日 | 日記
外回りから帰ってくる
神殿から琴の音が聞こえてきた
鳴物の練習である

とても清々しい気持ちとなった
何も言われなくても
自分から率先してやる

神様が一番喜ばれる事だと思う

高齢者が次々と出直してしまう
教会の信者が減る
おつとめ奉仕者が減少する
さみしい月次祭となる
勇みの心が消えて行く

そんな思いが募っていたが…

神殿から聞こえる琴の音

大丈夫、大丈夫
神様が出てきて働いてやるぞ

そんな神の声に聞こえた^^

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