ぎょうりやま

かいちょうさんの日記

礼拝日 おはなし

2017年06月20日 | 日記
神様のお言葉に「春が来れば花が咲く」という言葉があります。

家族の患いや自分の体調不良、職場や学校での人間関係の悩み、将来への不安など、心にかかる事柄があると、毎日の生活自体が重苦しく感じられ、明るい希望を持てなくなることもあります。しかし、冬が過ぎて春が来れば、必ずまた花は咲きます。

本当はどんな時でも、小さな喜びの芽が、そこかしこに顔を出しているはずです。教祖の教えをもとに、現在の自分と世界を見つめ直すなら、いまここに生きているという最も当たりまえのことでさえ、大きな喜びになるでしょう。

人間思案に曇った心の眼鏡を取り外してみれば、昨日と変わらない日常のいたるところに、たくさんの喜びの芽が出ていることに気が付きます。

たとえ喜びの芽の全く見えない厳しい冬のような日々であっても、土の中では新芽が春を待っています。そして春が来れば必ず喜びの芽が出てきます。どんな中も心を倒さず、こころ勇んで勤めさせて頂きましょう。
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天理教の葬儀

2017年06月19日 | 日記
先日、天理教の葬儀に参列した
肩書がたくさんある某有名人の葬儀である
斎官は教服を着て葬儀を執り行った
あまりにも貧相で
葬儀の厳粛なムードを破壊していた

教祖は葬儀については
何も教えられなかった

つまり
人間に任された訳である

近年、教服による葬儀が横行するようになった
享年は満年齢になり
おくり名を付けなくなった

簡略化のすべてが悪いわけではない
だが、
葬儀に限っては
簡略化はやめた方が良いと私は思う

重複を身に纏い
すり足で動く
うやうやしく拝・礼を執り行う

葬儀とは人生の幕引きであり
遺族にとっては悲しみの乗り越え作業である
これを厳粛に執り行わなくては
葬儀の意味が失われてしまう…と私は思う

葬儀こそ
教義の枠に拘束されてはならない祭儀なのだ

神道からの脱却
天理教独自の葬儀
そんな事にこだわる必要はない

十のものなら九つまで教えてきた…と言われる
その九つの教えを真似れば良いだけの事ではないか
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不思議な夢

2017年06月18日 | 日記
玄関幕
月次祭に玄関に張る幕である
これが紛失して18年が経つ
どこにあるのか
徹底敵に探しにかかった
だが、ついに発見できなかった
諦める他はない

ところが
この日の夜、不思議な夢を見た
出直した前会長さんが登場
この玄関幕の在る場所を教えてくれたのである

朝起きるとすぐ
夢に見た場所を探した
すると不思議、玄関幕が出てきた

不思議な事があるものである^^
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陰口

2017年06月16日 | 日記
人の陰口を言うのは重罪
陰口を言えば、その言葉通りの運命を発した人が通ることになる
人の欠点は土をかぶせて隠せば良い
人から陰口を受けたら、悪因縁を切る恩人と思って感謝すれば良い
人を陰でほめれば、ほめた人もほめられた人も栄えていく

ネットで見つけた話である

理屈は理解できる
だが、実行は難しい
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教会の再生

2017年06月13日 | 日記
イエロー作戦
聞いたことのある人は少ないと思う
これを提唱したのは
芥川作家・玄侑宗久
福島県三春町の某寺院の住職である

福島第一原発
東日本が放射性物質で汚染された
これを救うとした作戦
それがイエロー作戦である

イエロー作戦
放射性物質で汚染された場所
そこに「ひまわり」を植えようというものだ
ひまわりは放射性物質を吸い上げると言われていたからである
ひまわりの種が全国から寄せられた
我が教会の庭もひまわりで一杯になった
だが、この作戦は失敗に終わった
なぜなら
科学的根拠が無い事が証明されたからである

ひまわり
太陽を思い浮かべる花だ
太陽
女性は太陽である…と教えられる
女性が太陽のように輝く
そこに命が栄える

教会を預かる女性
果たして太陽のように輝いているだろうか?
輝けないワケが教会の中にある
太陽が陰る
すべてが腐ってしまう

教会を預かる女性が太陽のように輝いている
そんな姿こそ教会を再生させる唯一の道だ

どうすれば良いのか
それを考え、実行に移す
それが、天理教のイエロー作戦である

イエロー作戦
全国の教会をひまわり(女性の笑顔)で埋め尽くそう
教会再生、究極の一手である^^

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