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♯846 「私たち」と「こんな人たち」

2017年08月05日 | 国際・政治


 安倍晋三首相は7月24日に行われた衆議院の予算委員会において、東京都議選の街頭演説会でヤジを飛ばされた際に「こんな人たちに、私たちは負けるわけにはいかないんです。」と発言したことについて、「私を批判する人たちを排除するととられたのであれば、不徳のいたすところだし残念だ」と答弁したと各メディアが報じています。

 事の発端は、東京都議会選挙の投開票を翌日に控えた7月1日。秋葉原で初めて街頭に立った安倍首相に対して、政権を批判する人たちから発せられた「安倍やめろ」コールに対し、「憎悪や誹謗中傷からは、何も生まれない!」と語気を強め、声のするとおぼしき方向を指さしてこの言葉を放ったということです。

 テレビなどの報道やネット上の動画でこのシーンは瞬く間に拡散し、「こんな人たち」とは誰を指しているのかという非難とともに、(現在では)安倍政権の支持率低下の大きな要因の一つになったと考えられています。

 ジャーナリストの江川紹子氏も7月3日のYahoo newsへの投稿において、今回の都議選で閣僚や自民党幹部から出た様々な発言の中で、安倍首相が発したこの言葉が、私にとっては(そして多くの国民にとっても)最もインパクトがあった(のではないか)と評しています。

 その理由を、江川氏は、
(1) 内閣総理大臣は、安倍さんの考えに共鳴する人たちだけでなく、反対する人々を含めた全ての国民に責任を負う立場にある
(2)(なので)仲間や支持者だけではなく、批判勢力を含めたあらゆる国民の命や生活を預かっている
(3)(なのに)安倍さんは、自分を非難する人々を「こんな人たち」という言葉でくくってしまい、それに「私たち」という言葉を対抗させてしまった
ところにあると見ています。

 江川氏によれば、それで思い出すのは、俳優のアーノルド・シュワルツェネッガー氏がカリフォルニア州知事に立候補し、選挙運動中に演説会場で反対派から生卵をぶつけられた一件だということです。彼は、演説を続ける中でそうした行為も「表現の自由」の一環だと述べ、「ついでにベーコンもくれよ」と豪快に笑い飛ばしたということです。

 そんな風にユーモアで切り返すのは無理としても、(日本国の総理大臣なら)「批判を謙虚に受け止め」と大人の対応を示すか、あえて知らん顔で主張を述べ続ける冷静さを見せて欲しかったと江川氏は言います。

 でも、それは安倍さんには難しいリアクションだった。そもそも、「私たち」と「こんな人たち」を対決させるのが、安倍晋三という政治家の基本的なスタイルだからだということです。

 江川氏は、常日頃から安倍さんは、「敵」、すなわち「こんな人たち」と認定した人に対しては、やたらと攻撃的だと指摘しています。

 それは、首相でありながら、国会で民進党の議員の質問にヤジを飛ばして、委員長から注意をされる場面からも見て取れる。野党の議員の後ろにも、たくさんの国民がいるということを理解していたら、普通はこういう態度はとれないだろう。つまり、安倍さんにとって野党議員に投票するような人たちは、自分が奉仕すべき国民というより、「こんな人たち」程度の存在なのではないかということです。

 さらに、その発想は、「私たち」の中に入る身内や仲間をとても大切にすることからも見て取れると江川氏は言います。

 第一次政権では、仲間を大事にしすぎて「お友だち内閣」との批判を浴びた。今回の稲田防衛相や森友学園、加計学園への対応などを見ても、その教訓は(まるで)生かされていないよう見えるということです。

 敵を作り、それと「私たち」を対峙させることで存在価値をアピールするというこうした対決型の姿勢を、「決める政治」や「歯切れのよさ」「スピード感」として評価する人たちがいる一方で、無視され、軽んじられてきたられた人々の不満はたまりにたまっていたのではないかと、江川氏は昨今の安倍内閣の支持率の低下の理由を説明しています。

 菅官房長官は記者会見でこの発言について問われ、「きわめて常識的な発言」と答えていますが、(官房長官の立場で)これが政権トップの発言として「常識的」だと言ってのけてしまうところに、内閣全体の「分かってない」感が如実に現れているとこの投稿を結ぶ江川氏の指摘に、私も「なるほどな」と思わず引き込まれてしまいました。


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