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♯824 その医療は必要か?

2017年07月07日 | 社会・経済


 日本経済新聞に連載されている解説コラム「経済教室」では、5月10日から3回に分けて気鋭の識者による「医療費抑制に新たな視点」と題する論評を掲載しています。

 人口構成の高齢化に伴う社会保障費の増大が財政に及ぼす影響が危惧される中、団塊の世代が後期高齢者となる2025年を目前に控え、特に国民医療費の抑制がここ数年の大きな課題と目されています。

 こうした現状を踏まえ、5月12日の本欄では、医師でハーバード大学研究員の津川友介氏が「科学的根拠に基づく改革を」と題する論評において、エビデンスに基づいた支払制度の再構築を提言しています。

 津川氏はこの論評において、医療費の問題は常に医療の質とセットで考える必要があると指摘しています。

 医療費抑制だけが目的ならば、病院の数を減らすなどアクセスを悪くして、医療サービス(診察、検査、手術など)を受け難くすれば達成できる。政治的な意思があれば診療報酬点数を大幅に引き下げることでも達成できる。

 しかし結果として、(そうした手法は)医療崩壊を引き起こすリスクを伴うことから、国民の健康向上という医療の本来的な目的を考えれば(それでは)本末転倒であることは言うまでもないということです。

 米国での研究では、医療費の2~3割は無駄(に費やされている)と推定されており、当然、日本の医療でも(常識的に見て)一定の無駄は存在すると津川氏は考えています。つまりこのことは、医療の質を犠牲にせずとも、医療費を抑制は可能なことを意味しているということです。

 氏によれば、医療経済学で最も基本的(で重要)な数式は「医療費=P×Q」というものだということです。ここで言うPは医療サービスの単価(price)、Qは消費される医療サービスの量(quantity)を意味しています。

 米国では、Pが高いため患者は必要以上の医療サービスを希望しない。方や欧州の多くの国では、高額医療機器の数が限られていたり、専門医にかかるためにかかりつけ医の紹介が必要だったりすることで、Qをコントロールしている。

 一方、(日本は)Pが安いだけでなくフリーアクセスで、Qを直接コントロールする手段も導入していない珍しい国だというのが、我が国の医療制度に対する津川氏の認識です。

 そうした日本で医療費をコントロールする主な手段として用いられるのは、診療報酬点数(P)の調整だと氏は説明しています。

 ある技術が保険適用さると、当初Pは高めに設定され、医療機関にとっては利益が出るので積極的に提供されるようになる。その後Pは少しずつ引き下げられ利幅は小さくなるが、(差別化が求められる)医療機関にとってはQを引き下げるインセンティブがそれほど強くないため、結果として日本の医療は「低いPと高いQ」の状況となっているということです。

 例えば、日本ではOECD加盟国平均との比較において国民1人あたりの外来受診回数は約2倍、平均在院日数は約2倍、入院ベッド数は約3倍もあると津川氏は指摘しています。また、コンピューター断層撮影装置(CT)と磁気共鳴画像装置(MRI)の台数が世界で最も多いことも広く知られています。

 さらに言えば、人口あたりの薬代をみても(薬価の高い)米国に次いで多く、OECD平均と比べると1.5培近くに達しているということです。

 津川氏は、こうした日本独特の状況が生まれている背景には「支払制度」の問題があると説明しています。

 日本の外来診療は出来高払いで、入院診療でも(約1700の診断群分類別包括払い(DPC)対象病院を除くと)基本的に出来高払いが用いられる。出来高払い制度の下では、Qを高くするほど医療機関の収入は増える。このため、高度(過剰)な医療を「薄利多売」で提供し収支を合わせるという、日本の医療機関の現在の状況が形成されたというものです。

 氏によれば、こうした状況を避けるため、欧米諸国では既に出来高払いからより包括的な支払い方式へと移行しているということです。

 最も包括的な支払い方式は(英国などで採用されている)「人頭払い方式」と呼ばれるもので、かかりつけ医が担当する地域の住民1人につき一定の固定額が支払われる。この制度では住民が医療費を使うほど医療機関は損をするため、かかりつけ医はできるだけ住民の健康を維持して医療サービスを消費させないようにするインセンティブが働くということです。

 しかしながら、包括払い方式の下で医療機関が利益の最大化を追求していくと、患者が必要な医療サービスを受けられなくなるというリスクの発生も避けられません。これを予防するために欧米の多くの国では、患者の死亡率、退院後の再入院率など「医療の質」により、病院への支払額を増減させる仕組みが併用されているということです。

 いずれにしても、PとQを適正にコントロールできる完璧な仕組みが見つからない以上、 最も必要とされるのは、患者も当事者意識を持ち節度ある医療費の使い方を(自ら)志向することにあるのは間違いありません。

 (これを言ってしまうと身も蓋もありませんが)氏によれば、自己負担率が高まると医療サービスの消費量が低下することが、米国でのランダム化比較試験を用いた研究で明らかにされているということです。

 勿論、貧困で健康状態の悪い人に関しては自己負担が増えることによる健康への悪影響は避けられませんが、それ以外の人に関しては健康への影響はないことが分かっている。日本のデータを用いた観察研究でも、同様の結果が得られていると津川氏は指摘しています。

 しかし、そうは言ってもここで問題となってくるのは、自己負担が増えると患者は医学的に意味のある医療と意味のない医療の両方を控えてしまうこと。患者が、自分が購入する医療サービスの価値を正しく評価できないところにあるということです。

 こうした問題を解消するため、米国では現在、費用対効果が明らかな医療であれば自己負担が少なく、そうでない医療では自己負担が多くなる「価値に基づいた医療保険(VBID」というものが開発されつつあるということです。

 (こうした状況を踏まえ)氏はこの論評で、日本でもエビデンスに基づかない医療サービスは、保険適用対象から外すべきだと主張しています。

 例えば、風邪に対する抗生剤や風邪予防のためのうがい液など、エビデンスのない医療サービスは医療費の無駄だけでなく副作用などのデメリットもある。総合感冒薬、湿布薬、抗アレルギー薬など安価な薬も保険適用対象から外し、処方箋なしに薬局で購入するようにすれば不要な受診や検査が減る。

 さらに重篤な疾患に用いられる治療の中にも、実際はエビデンスが不十分で日本でのみ使われる薬が存在していると、氏は日本の医療の現状を厳しく指摘しています。

 日本は、(医療費抑制策として)歴史的に診療報酬点数や自己負担割合に頼った政策をとってきたが、こうした手法は、高齢化の伸展と医療技術の進歩の下で、もはや限界に達しつつあると津川氏はこの論評に記しています。

 医療資源や投下できる財源が限られている以上、(津川氏も指摘するように)日本でもエビデンスが確認されていない医療、費用対効果の低い医療などを整理し、科学的な視点から制度の再構築を進めていく必要があるでしょう。また、過剰な医療が、必ずしも老化や病気から人を解放し幸せにしてくれるとも思えません。

 そうした視点から、医療の質を下げることなく医療費抑制を達成するためには、医療経済学的な理論とエビデンスに基づいたより綿密に設計された支払制度が必要になるとこの論評を結ぶ津川氏の指摘を、私も大変興味深く受け止めたところです。


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