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♯795 財政赤字をチャラにする

2017年05月16日 | 社会・経済


 米国プリンストン大学のシムズ教授が提唱する、財政の「物価理論(FTPL)によるインフレ醸成政策」(シムズ理論)が話題を集めています。

 シムズ理論のエッセンスは、簡単に言ってしまえば
(1)ゼロ金利の制約で金融政策が有効性を失った場合は、財政政策の追加が有効となる
(2)その場合の追加財政は、将来の増税や歳出削減を前提にした財政赤字ではなく、インフレによるファイナンスを前提に財政政策でのインフレ醸成を促すものである
(3)公的債務を増税や歳出削減で賄おうとはせず、貨幣価値の下落によって国債の実質価値を低下させ、実質債務負担を軽減させることでインフレ醸成が可能となる、
というものです。

 最終的に「インフレによる(国債の)返済」を前提に、増税や歳出削減を予定しない財政政策を積み上げることを是とするシムズ理論は、財政規律を重視するこれまでの財政学の立場から言えばかなり乱暴なもののように映ります。

 しかしその一方で、2%のインフレターゲットを掲げる安倍政権が、この理論を支えにして財政健全化目標の実現や消費増税をさらに先送りするのではないかという見方が(一部に)広がっているのも、どうやら事実のようです。

 「逆転の発想」というか、何やらキツネにつままれたような印象のあるこの理論ですが、(この考え方に従って)もしも通貨の信用の低下によりインフレが先行する形で政府債務が「チャラ」にするとしたら、そのツケつけは一体誰れが払うことになるのでしょうか。

 折しも、3月16日の日経新聞の連載コラム「経済教室」には、早稲田大学教授の鎮目雅人(しずめ・まさと)氏が、「身の丈超す政策、破綻招く」と題する興味深い論評を寄せています。

 近代の日本においても(実は)一度だけ財政が事実上破綻したことがあると、鎮目氏はこの論評で振り返ります。それは、第2次世界大戦後の急激なインフレにより日本政府が発行していた国債が実質価値を失い、紙切れ同然となった時のことです。

 (その際の話は私も父母などからよく聞かされてきましたが、)これにより政府は債務の実質的な返済を免れたものの、多くの国債を保有していたのは金融機関であり、金融機関に預貯金を預けていた国民はその資産の多くを失うこととなりました。

 また当時の官吏の賃金や退職者の恩給は一定期間固定されていたので、生活物資の価格上昇に追いつかず、実質水準が大きく低下し生活が立ち行かなくなったということです。

 鎮目氏はこうした当時の状況を、(政府が意図していたかどうかは別にして)民間部門から政府部門への所得移転が起こり、政府の債務負担がインフレを通じて国民に転嫁された結果だと厳しく断じています。

 氏は、戦前の財政収支と国債残高の相関から、日本の財政は1930年代当初を契機に維持可能レベルから外れていったと指摘しています。数字を追う限りその後財政規律は大きく失われていき、最終的には戦火による国土の荒廃や生産力の喪失がとどめを刺したということでしょう。

 それでは、どのような経過をたどり、日本の財政は維持可能でなくなったのか。

 改めて指摘するまでもなく、財政運営に関する意思決定は、予算制度を通じてなされると鎮目氏はしています。

 行政府と議会を中心に様々な主体による政治的調整を経て、最終的に議会で成立した予算が執行される。毎年度の予算は、個々の政策に関する利害や政治的思惑が交錯する中で編成されるのが普通だが、より長い目で見れば、国家を取り巻く国際情勢、中長期的な社会の進路とそこに内包される国家の課題、それを支える政府機構の制度設計などが、通底する要因として(財政運営に)影響を与えるということです。

 この点を念頭に置いて近代日本の財政運営を振り返ると、幕末開港以降の日本にとっては、(何を置いても)独立を維持しつつ欧米先進国に追いつくことが国家の主要課題だったと鎮目氏はこの論評で説明しています。そして、そのための方策が「富国強兵」であり、財政運営の観点からみると最大の支出圧力は軍事費だったということです。

 一方で氏は、日清・日露戦争、第1次世界大戦を通じてアジアに権益を求め、欧米諸国に続く帝国の建設を目指した日本にとって、「富国(経済発展の促進)」と「強兵(軍事力の強化)」は相反する側面があったとこの論評で説明しています。経済の実力を超えた軍事費負担は国民生活を圧迫し、将来の税収の源泉となる経済発展を制約し、ひいては財政の維持可能性を危険にさらすことに繋がっていたという指摘です。

 しかし、1931年9月に満州事変が勃発すると、当初不拡大方針を採った政府は現地の軍隊の独断に引きずられるかたちで戦力の追加投入を追認していく。これ以後、国家全体として軍部に対する統制が効かなくなり、同年9月に英国が金本位制から離脱すると、12月に高橋是清蔵相の下で日本も金本位制から離脱を余儀なくされたということです。

 因みに、高橋財政の後期に一時的に財政の維持可能性が回復されたように見えるのは、軍事費を含めた緊縮予算を主導した高橋の個人的努力によるところが大きいと鎮目氏はしています。高橋は、制度的基盤を欠く中で、属人的な意志と勇気により財政規律の維持を図った。しかし、そのため彼は二・二六事件で軍事費抑制に反対する軍部の青年将校に暗殺され、その後の日本は軍事費増加に(さらに)歯止めがかからなくなったということです。

 鎮目氏によれば、その後、「富国」より「強兵」を優先し、主要貿易相手国だった米中両国を敵に回した日本の財政は、経済成長の源泉だった貿易の利益を欠く一方で、過度の軍事費負担から破綻への道を進むことになったということです。そして、実現不可能な夢に賭けた「ツケ」は、結局、(冒頭で示したように)将来の国民が払うこととなったと氏は指摘しています。

 氏はこの論評において、(さらに)その後の日本の財政運営の動きを追っています。

 戦後、吉田茂首相が掲げたいわゆる「吉田ドクトリン」と、その後継者である池田勇人首相の「国民所得倍増計画」により、日本は軽武装の通商国家への方針転換がなされた。財政規律に関しても、以降、今日まで対米協調を基調とする「強兵」なき「富国」路線の下で、軍事費の負担が財政運営の制約となることはなかったということです。

 そして、広く知られるように、1960年代から70年代初頭にかけて日本経済はその潜在力をフルに生かして高度成長を達成し、幕末開港以来の国家的課題ともいえる欧米諸国へのキャッチアップを果たしたと氏は指摘しています。

 しかし、その後にひとつのエポックが訪れた。高度成長が終わりを迎えつつあった70年代初頭に「日本列島改造」と「福祉元年」を旗印に田中角栄首相が登場することになり、高成長の持続を前提とした大規模なインフラ投資や社会保障制度の拡充により、国債の大量発行を招くことになったと鎮目氏は説明しています。

 氏は、社会保障費は戦前の軍事費に代わり、その後の日本の財政運営上の最大の支出圧力となったとしています。持続可能な社会保障制度の設計はその後も国家の主要課題とされてきたが、(結局)本格的な高齢化社会を迎えた今も(40年以上にもわたる)模索が続いているということです。

 財政の維持可能性を確保すること自体は財政運営の目的ではなく、国民の安全を守り国民生活を豊かにするという財政本来の目的を達成するための前提だというのが、財政運営の本質に関する鎮目氏の基本的な認識です。

 とはいえ財政の姿には、その国を取り巻く国際環境や社会が内包する構造的な問題、国家としての課題への対応のあり方が表れる。そして(繰り返しになりますが)、誤った対応があればその「ツケ」は将来の国民が支払うことになるというのが、この論評における鎮目氏の要諦です。

 さて、そう考えれば、高橋是清が命を懸けて守ろうとした「財政規律」は、厳しい社会情勢から国民の財産や生活を守るための(最後の)砦だったと言えるでしょう。

 翻って、これからの日本の財政運営に当たり、安倍政権は本当に財政規律をインフレにより自在にコントロールし、社会や経済の基本的な枠組みや国民の生活を本当に維持していけると可能だと考えているのか。

 「財政の維持可能性が問われたときには、常に中長期的な社会の進路とそれを支える政府機構の制度設計など『この国のかたち』が問われてきた」とこの論評を結ぶ鎮目氏の指摘を、そうした視点から私も改めて重く受け止めたところです。

ジャンル:
経済
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