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♯765 「こども保険」への違和感

2017年04月05日 | 社会・経済


 3月29日のことになりますが、自民党の小泉進次郎衆議院議員を中心とする若手議員のグループが、「こども保険」という名の、小学校入学前の幼児の保育や幼児教育無償化するための新しい社会保険制度の創設を提言し話題となっています。

 こども保険は、勤労者が負担している社会保険料に0.1%を上乗せし、それを将来的には0.5%まで拡大することで、およそ1兆7,000億円規模の財源を確保しようという試みです。

 もしもそれが実現できれば、新たに確保できる財源は年間1兆7千億円に達し、小学校入学前の子どもに対して概ね1人当たり月に2万5,000円の児童手当が給付できるということです。

 加えて、自民党の教育再生本部では、「恒久的な教育財源確保に関する特命チーム」を設け、教育無償化のために「教育国債」という新たな国債の発行を念頭に検討を進めています。

 こちらは、教育目的の国債を建設国債と同様(将来への投資と言う視点から)財政法4条(ただし書き)に明記されたいわゆる4条国債として発行することで、安定財源として確保しようというものです。

 首相周辺には、国債発行を増やしてでも財政出動を行ったほうがデフレ脱却には近道との意見も根強く、「渡りに船」とはかりにこの提案を後押しする動きもあるようです。

 しかし、一方の当事者である財務省は、「名称が何になっても借金に変わりはない」(財務省幹部)とのスタンスの下、財政赤字を助長する新たな国債の発行を求める動きを牽制しています。

 麻生太郎財務相もこうした財務省の意向を受け、「親の世代が子どもに借金をまわすものだ。極めて慎重にやらないといけない」とコメントし、際限のない国債発行に対する懸念を表明しているところです。

 一方、今回の「こども保険」の動きに対し、麻生大臣は31日に行われた記者会見において、「教育国債よりも、よほど建設的な提案だ」と前向きに評価しています。

 税金を上げたり国が借金をしたりするのでは困るけど、保険料として国民が支払うのなら財政赤字とは関係ないし…というのもかなりリアルで分かりやすいリアクションですが、それにしても今回の「こども保険」という発想には、何とも不思議な「違和感」が付きまとうのも事実です。

 言論サイト「アゴラ」発行人の池田信夫氏も、今回の小泉代議士らの提案にそうした違和感を抱くひとりのようです。氏は3月31日の同サイトに掲載された論評において、「こども保険」を「意味がよくわからない」と評しています。

 氏によれば、そもそも「保険」とは、予測不可能なリスクをヘッジするため(リスクを共有する者が)あらかじめ共同して資金を供託しておくもので、(言うなれば)万一の事態に備える「相互扶助」の精神から生まれた助け合いの制度だということです。

 そういう意味で言えば、年金保険は「長生きのリスク」を、また医療保険は「病気のリスク」をヘッジするものなので、「社会保険」の枠組みの中で(実際にリスクを負う)国民が「保険料」としてそのコスト負担することは(それなりに)納得感のあるものと言えるでしょう。

 しかしその一方で、「子供を産む」ことがリスクでも何でもないのは(当の)子供でも理解できることで、そこに保険の仕組みを組み入れるのはどうにも納得がいかないというのが、今回のこども保険の提案に対する池田氏の論点(疑問点)の基本にあります。

 氏はこの論評で、出産は自分でコントロールできるものなので、「保険」の対象ではありえないと言い切ります。民間で商品化されている「子供保険」というものもありますが、これは単なる貯蓄に過ぎないということです。

 そう考えれば、今回の「こども保険」の実態は増税に過ぎず、保険の名目は国民の目を増税から逸らすための(ある種の)「まやかし」と言えるかもしれません。

 さて、この論評において池田氏は、幼児教育を充実させるために新しい財源は必要ないと指摘しています。

 人的資本を厚くするため、政府として子育ての負担を国民が広く担うスキームを整えるのは、(若い世代の一層の)疲弊が見込まれるこれからの日本にとって確かに必要な政策となるでしょう。

 そこで氏は、現在、私学助成と国立大学法人への国庫補助金として支出されている約1兆5000億円の財源を、幼児教育にそのまま回すことを提案しています。

 その理由として池田氏は、大学教育が人的資本を増やす根拠がないことを挙げています。

 実際、現在の日本の大学教育が日本人の労働生産性にどれだけ寄与しているかについての明確な検証はなされていません。「大学に行く」こと自体が目的化された現状を鑑みれば、学生数に合わせた一律の私学助成や国庫補助金よりも、むしろ明確な目的を持った奨学制度の充実の方がどれだけ効果が高いか知れません。

 その上で、池田氏はこの論評において、幼児教育に関してはベーシック・インカム(BI)のような非裁量的な再分配が望ましいと主張しています。

 育児への投資がトータルとして減少傾向にある中、これは(学校にではなく)個人として分配されるものなのでその効果は大きい。そして、今ある財源をすべてBIに切り替えるだけで、年間36万円ぐらいの児童手当を支給できると氏は試算しています。

 いずれにしても、(将来の社会を背負って立つ)子供を広く社会全体で育てるという観点に立てば、最も必要な時期に保障された財源をもってきちんとした手当を行うことが重要であることは論を待ちません。

 こと子供の教育に関しては、保険や国債などを前提とした目先の対応ではなく、長期的視点に立って腰を落ち着けた財源の確保が求められていると、この論評を読んで私も改めて感じたところです。


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