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♯620 東京の方言

2016年10月12日 | うんちく・小ネタ

 日経新聞の日曜版には、言語学者の井上史雄氏による「現代ことば考」というコラムが連載されています。

 言葉の専門家としての立場からの社会現象などに対する(意外な)切り口が興味深く、毎回楽しみに目を通しているのですが、7月31日のテーマは「今も残る東京都内の方言差」というものでした。

 このコラムにおいて井上氏は、流行語などとしてメディアに取り上げられることの多い23区の若者言葉も、「山の手言葉」と「下町言葉」を明確に分けて考えることができると指摘しています。

 一般に東京には方言がないと思われているが、実は今でも若い人の間に標準語や共通語と違う(地域独特の)言葉が使われていると井上氏は言います。東京23区内では山の手と下町の生活習慣の違い(隔たり)は一般に考えられている以上に大きく、そうした違いが現在でも言葉として再生産されているということです。

 氏によると、例えば今では東京中にあるように思われている「もんじゃ焼き」は、もともと「文字焼き」として生まれ、荒川区・台東区・葛飾区・墨田区・江東区などの下町の駄菓子屋などで育まれた食文化だということです。

 確かに私の記憶でも、「もんじゃ焼き」という名前が地域を問わず一般化したのはずいぶん最近の話で、「下町の味」などとしてメディアに取り上げられるようになった平成の初めごろまでは、少なくとも23区の西半分では通じなかったと思います。

 井上氏が1980年代に東京都の西から東までの8つの地点で言葉の使われ方を調査した結果では、「違(ちが)かった」「良(い)くない」「~みたく」などの言い回しは、特に下町地区に多く見られるものだったということです。そしてその背景には、関東の(特に頭部や北部からの)人の移動があると井上氏は見ています。

 また、地域的な広がりを見ていくと、割り込みを指す「ずるこみ」という言葉は、住民の交流とともに逆に下町から北関東にかけて広がった言葉と考えられるということです。

 一方、東京の中央部から西の地域を指す「山の手」は標準語の本拠であり、ますます方言がないと考えられています。しかし、例えば80年代に若者言葉として一般化されるようになった「うざい」は、東京都下(西部地域)の多摩地区で用いられていた「うざったい」が山の手地域に入ってきて、(短縮形として)定着した言葉だと井上氏は説明しています。

 さらに、「言葉の乱れ」としてしばしば例に挙げられる「ら抜きことば」は、明治時代に中部地方で発生したもので、山梨県から多摩地区を経て戦前に山の手に入り、戦後に入って都内全体に広がった言い回しだと氏は指摘しています。

 井上氏によれば、23区内の言葉の地域差の背景には、時代時代の人の動きが大きく関係しているということです。

 高度成長期のころまで、東京のデパートや盛り場の商圏は、かつて山の手と下町できれいに分かれていた。地方出身者が住むアパートにも、はっきりした地域差があったということです。

 氏は、東北や関東の出身者は下町を好み、中部地方・西日本出身者は山の手を好む傾向があり、これが東京の下町言葉と山の手言葉に大きな影響を与えていると説明しています。

 なぜそうなったかという理由について、井上氏はこのコラムで、「愛着心」という説明よりはむしろ、帰省するときの電車賃(と時間)が節約されることのほうが説得的だとしています。

 さて、「電車賃」については何とも言えませんが、確かに地方から東京に出る際に、その沿線上にある駅や街が(故郷につながっているという意味で)地方出身者に何となく安心感を与えることは想像に難くありません。

 上野は東北や上越の人々が最初に降り立つ都会であったし、池袋の盛り場は今でも埼玉県民でいっぱいです。山の手の人があまり立ち寄らない錦糸町も、千葉県の人には割と身近な存在だし、多摩や山梨、長野などの出身者が身近なのはなんといっても新宿でしょう。

 一方、渋谷ばかりでなく青山、六本木などという山の手の少し気取った街は、何となく横浜や湘南などの神奈川県民のテリトリーのような気がして、千葉や北関東の出身者にはハードルが高いという指摘もよく聞きます。

 転居するにしても学校を選ぶにしても、地方で身に着けた文化的なカラーというものが、東京のどこに親しみを感じるかに大きな影響を与えていることは確かなことのような気がします。また、そうした地方出身者が作ってきたのが今の東京だと言えるかもしれません。

 現在の東京を特徴づけているある種の「モザイク的な文化」は、言葉の使い方にも如実に表れているということでしょうか。

 ことばの動きをみると、人の動きが分かる。山の手と下町のことばの違いは日本全体の地域差を反映し、経済や心理を映し出すのだと結ぶ井上氏の指摘を、私もこのコラムから大変興味深く読んだところです。


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