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♯717 配偶者控除の意味するもの

2017年01月30日 | 社会・経済


 昨年の12月8日、与党自民党と公明党は「平成29年度税制改正大綱」を取りまとめました。そして、今回の税制改正大綱の目玉のひとつに、配偶者控除の見直しが挙げられます。

 財務省を中心として、いわゆる「103万円の壁」と呼ばれる配偶者控除の廃止に向けた動きが来年度の税制改正の焦点となっていたのは周知の事実です。しかし、(結論から言うと)配偶者控除が大幅に見直されることはなく、(驚いたことに)逆に控除の適用者が所得額にして150万円まで拡大される方向で決着を見ることになりました。

 そもそも、支持層にいわゆる専業主婦が多く婦人部の発言力が強い与党・公明党は、基本的にいわゆる「庶民」の増税につながりかねない税制改正には消極的で、中でも配偶者控除の見直しは「アンタッチャブル」なカードのひとつだったと言えるでしょう。

 そうしたこともあって、(配偶者制度自体が矛盾をはらんだ制度であることは広く議論されてきたにもにもかかわらず)その見直しは民主党も含めた歴代の政権にとっての(ある意味)「鬼門」であったと言うことができるかもしれません。

 今回の制度改正により、配偶者控除の適用要件が103万円から150万円に、特別控除の適用範囲が103万~141万円から150万~201万円に拡大されました。妻の収入が控除基準額の150万円を超えた場合は控除の適用額をその年収に応じて次第に減らしてゆき、201万円を超えると(夫に適用される控除額が)最終的に0となるという制度設計です。

 さらに、夫の課税所得が900万円を超えた場合には控除額が38万円から徐々に減少し、夫の課税所得が1000万円(同課税前年収が1220万円)を超えると夫の控除額が0円となる仕組みも、新たに導入されることとなりました。

 適用範囲に所得制限をつけ控除本来の趣旨を明らかにするとともに、(税額控除ではなく)所得控除であることによる不公平感を薄くし、併せて税収減分の財源を確保することを狙ったものと言えるでしょう。

 大山鳴動して、結局一匹のネズミも現れなかったと陰口をたたかれる今回の配偶者控除騒動ですが、1月16日の日本経済新聞の紙面には、お茶の水女子大学教授永瀬伸子氏が『配偶者控除「上げ」、非正規に打撃』と題する興味深い論評を寄せているので(ここで)紹介しておきます。

 女性活躍社会(いわゆる「ウーマノミクス」)を政策課題に据えた安倍政権は、2014年秋と16年秋の2度にわたり、既婚女性の働き方を制約している配偶者控除の廃止を検討してきたものの、その結論は控除の廃止ではなく、逆に控除対象を引き上げるという思いがけない方向への送球になったと、この論評で永瀬氏は述べています。

 この政策の効果をどう考えるべきか。氏は短期には経済に弱いプラスの影響がある一方で、これは「つなぎ」の政策」との方針を明確にしない限り、長期では大きなマイナスの影響をもたらすと見ています。

 実際、サラリーマンの夫を持つパート女性の多くは、①所得税の配偶者控除、②企業の配偶者手当、③社会保険の第3号被保険者の3つの恩典を受けるために、年収が103万、106万あるいは130万円あたりで就業調整をしている。(こうした制度的な制約により)主婦の年収が特段に低いのは日本経済の特徴だと永瀬氏は説明します。

 言うまでもなく配偶者控除の(所得限度の)引き上げは、就業調整が必要となるこの「壁」を少し動かすものであることは間違いありません。従って、(社会保険の壁もあるとはいえ)この制度改正で労働時間を増やす主婦は恐らくは若干増え、賃金もやや増えるに違いないと氏はしています。

 しかし氏は、その結果、短期的には家計収入を増やし、企業の労働需要に対応する点で経済にプラスとなることはあったとしても、この改革は働く主婦を年収150万円までの安価で、(一人前でない労働力として)労働市場の中で位置付け直すことを意味するものだと厳しく指摘しています。

 そしてこの問題は、労働市場における主婦の位置づけにとどまらない(さらなる)影響を労働市場にもたらすと永瀬氏は見ています。

 未婚女性の3割弱、未婚男性の2割弱を占める非正規雇用の労働者は今後、税と社会保険料を免除された上で今よりも長時間働くことが可能となった安価な主婦労働者との競争を余儀なくされる。その結果、未婚の非正規雇用者の賃金は家計補助的な水準から上がりにくくなり、安倍政権が目指す正社員と非正社員の「同一労働同一賃金」の実現を難しくする効果を経済にもたらすであろうという指摘がそこにあります。

 少子高齢社会の進展を考えれば、同一労働同一賃金を実現すると同時に、主婦も税金や社会保険料を負担する労働力と位置付ける制度改革が不可避だと永瀬氏は言います。低すぎる主婦の年収を引き上げるためのステップとみればプラスと捉えうるかもしれないが、それならば、あくまで2、3年の時限措置で考えるべきだということです。

 一見、「主婦のため」に見える配偶者控除。しかし、このままでは、いつまでたっても主婦は「一人前」の労働者とはなりえない。そして、一人前とはみなされない人たちが、お互いの足を引っ張り合うという厳しい状況が(そこに)生まれてくる可能性があるということでしょう。

 いつになったら、彼ら彼女らが労働市場で「一人前」と見なしてもらえるのか?

 主婦だろうと独身だろうと、労働者として生計が立つ水準の賃金を得られる社会を目指し、人的資本の蓄積を続けられる環境づくりが(これからの)日本経済にとって極めて重要になるはずだと考える永瀬氏の指摘を、私も氏の論評から改めて重く受け止めたところです。


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