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♯827 健康格差を正視する(その1)

2017年07月12日 | 社会・経済


 社会・経済的な地位などに起因する (1)生活習慣や(2)栄養状態、(3)健康への意識の差異や(4)医療アクセスの制限…などによってもたらされる健康状態や提供される医療の質の格差を、(総合して)「健康格差(health disparities)」と呼ぶそうです。

 昨年11月にNews week誌(日本版)に掲載された「貧困層の健康問題から目をそむける日本」と題するレポートにおいて、教育社会学者の舞田敏彦氏は、厚生労働省の調査で貧困と健康問題の間に明らかな関連性が認められているにも関わらず、(「自己責任」の風潮が強い)日本では公的対策が必要だという認識が低いことを厳しく指摘しています。

 厚生労働省の「国民健康・栄養調査(2014)」では、「所得の低い世帯では、所得の高い世帯と比較して穀類の摂取量が多く野菜類や肉類の摂取量が少ない。習慣的に喫煙している者の割合が高い。健診の未受信者の割合が高い。歯の本数が20歯未満の者の割合が高い。」などの傾向が明らかに示されていると、舞田氏はこの論評で説明しています。

 さらに言えば、世帯所得600万円以上の世帯では25.6%しかいない肥満者も200万円未満の世帯では4割近くに達しており、これは、カップ麺やスナック菓子などの穀類を好み野菜を食べないなど、食習慣の影響が大きいことが原因と推察されるということです。

 何を好んで食べるか、飲酒や喫煙をするかなどは個人の嗜好なので他人がとやかく言うことではないが、(傾向として見れば)そこには経済的事情から自身の健康に気を配る余裕がないことが窺えると舞田氏はしています。それがあまりに偏れば、必然的に健康に悪影響が出ることになる。そうした偏りが低所得層に集中しているとなると、社会的な啓発や支援も必要となるだろうという指摘です。

 非正規雇用者や無職者は職場で手軽な健康診断を受けられないこともあって、健康診断の未受診率の階層差も大きい。しかし、日本ではこうしたデータが余り公表されないため、日本では貧困に由来する健康格差への認識が薄いと舞田氏は説明しています。

 実際、国際社会調査プログラム(ISSP)が2011年に実施した健康意識調査でも、「貧困は、健康問題の原因となる」という項目に「そう思う」と答えた人の割合は、韓国65.7%、アメリカ54.0%、イギリス53.7%、ドイツ(旧西ドイツ地域)51.2%、フランス54.5%と総じて半数を超えている一方で、日本では29.7%に過ぎないということです。

 また、健康問題の解決に税金を投じることに賛成する国民の割合も他国にくらべて低く、例えば「肥満防止の施策に税金を使う」ことへの賛成率は40.6%と主要国では最下位であることからも、日本では「健康は自己責任」と考える人の割合が高いことは明らかだということです。

 さて、こうした我が国の状況を踏まえ、4月26日の毎日新聞の紙面では、千葉大学予防医学センター教授の近藤克則氏が「健康格差社会をどうする」と題する論評において、こうした健康格差問題に対する社会保障の機能強化を訴えています。

 近藤氏によれば、低所得の人や十分に教育を受けられなかった人、非正規雇用の人など社会的に困難を抱えた人たちはうつや認知症リスクなどの健康指標が悪く、その死亡率は(そうでない人の)3倍にも達するということです。

 こうした健康格差については、食生活の乱れや喫煙の習慣など本人の努力で変えられることがあるのだから「健康は自己責任だ」という声も多いが、一方で、子どもや新入社員の例に見られるように、自己責任論で括ってしまっては見落としてしまう部分も大きいと氏は説明しています。

 望んだのに学費が払えず大学進学をあきらめたとか、(性格に合わない)ストレスの大きい職業に就かざるを得なかったとか、たまたま生まれた家庭が貧困状態にあったという理由で健康が奪われている例は数多い。さらに、子供時代に貧困にさらされていた高齢者で、鬱の発症が3割も多いという報告もあるということです。

 さらに近藤氏は、一見、自己責任と思える行動選択の背景にも、成育歴などの経験の影響は根深く残ると指摘しています。

 例えば、犬に電気ショックを与える実験で、何度努力しても逃れられないという経験を与えると、犬はやがて「努力しても無駄」「運命は努力では変えられない」という無力感を学習してしまう。これは「学習性無力感」と言って、その後は例え電気ショックから簡単に逃れられる状況になっても、不幸な運命を受け入れるという選択をするようになるということです。

 当然、犬と人間は違うとしても、貧困の中で育った子供たちの自己制御や逆境を乗り越える力は(相対的に)低いと近藤氏はしています。そして、そうした彼ら(彼女ら)が、自己努力(コントロールできる限界)を超える環境要因によって健康を損なう可能性は、それだけ高くなるということです。

 近藤氏はこの論評において、公害や薬害で国や企業の責任が問われるように、大きすぎる格差や教育保障不足、長時間労働規制の不十分さなどの社会環境に起因する健康被害が確認された場合には、社会の責任も問われるべきではないかと主張しています。健康格差の問題を重く見たWHO(世界保健機構)も、格差を拡大させる社会環境の改善や経済格差の是正を(健康確保の立場から)強く提言しているということです。

 社会保障の財源は、一般に高所得者層ほど多く負担し低所得者層ほど給付を受けるため、所得の再配分効果が高いと近藤氏は説明しています。

 確かに、(医療や福祉にかかる負担の増大や健全な労働力の不足など)低所得者の健康不安が社会や経済にもたらすマイナスの影響を考えれば、社会保障機能の強化による健康格差対策が社会の安定や経済の拡大にもたらす効果は大きいのではないかと、こうした論評から私も改めて感じたところです。


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