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♯621 2ストローク3気筒

2016年10月13日 | 日記・エッセイ・コラム



 少し前のことになりますが、今年の夏、第一京浜を羽田方面に向かって車で走っていた際に、(実物に触れるのは実に10年ぶりくらいにはなるでしょうか)信号待ちをしている古いオートバイ、Kawasakiのss500、いわゆる「マッハⅢ」を見かけました。

 これからツーリングに出かけるところなのでしょうか。タンデムシートにバッグを括りつけ、もう一台の大型バイク(これがなんとスズキのGT750←レアです)とペアで、炎天下を西に下っていく様子です。

 (レインボーラインが入る前の)赤いえぐれタンクのモデルですから、新車で発売されてからそろそろ45年もたっている車体のはずです。しかし、この日とばかりにピカピカに磨き上げられ、まるで昨日下したばかりの新車のような印象です。

 幸い、次の信号ですぐ後ろに付いたので、思わず車の窓を降ろして2台の2ストローク3気筒が奏でる特有のぼこぼことしたアイドリング音と、久々のカストロールのオイル臭を思い切り楽しんでしまいました。

 よく聞くと、(当たり前なのですが)ウォータージャケットをまとったGTの排気音は本当にスムーズで、幅広の巨体(?)に水冷2サイクル3気筒という、今ではとても考えられないウソのようなレイアウトにそれなりの重厚感を与えています。

 一方、マッハⅢの方はと言えば、冷却板の共鳴やメカノイズも(ギャンギャンと)にぎやかな、記憶していたよりもさらに軽く耳障りな感じです。

 1970年代の終わりころ、GT750の白バイというものが、(少なくとも警視庁管内では)たくさん走っていました。また、鮫洲や二俣川の大型二輪免許の試験車両がこのGT750を使っていて、バンパーをまとった車体の取り回しの悪さにずいぶん苦労をさせられた記憶があります。

 スズキのフロンテ(軽自動車)用のものを流用したとされるGT(Gナナ)のエンジンは、低速のトルク感と粘り強さが身上で、220kg以上の車重を白バイ隊員がぶんぶん振り回す姿は、それはそれで(CBよりもよほど)マッチョで格好良く感じられたものです。

 さて、一方(当時の)マッハⅢが纏っていたのは、「じゃじゃ馬」の異名が示す通り(もっと)スリムでアウトローなイメージです。

 大概のマッハの乗り手はいわゆる「走り屋」で、全開走行でまっすぐ突っ走ることを身上とする(たいがいは)白バイに追いかけられる方の存在でした。

 空冷の3気筒は結構神経質で、低回転のトルクは本当に500cc?と首をかしげたくなるような頼りなさなのですが、一旦5000回転くらいを超えてパワーバンドに乗ると後はもうムチャクチャです。

 ブレーキは前後ツーリーリングのドラム式で、渋いばかりで(時代を割り引いたとしても)決して効く方ではありません。フレーム剛性の不足も当時から指摘されており、前輪の荷重が少ないこともあってどこに飛んでいくかわからないとよく言われていました。

 また、そのころのKawasaki製のオートバイはどういう訳か総じて電装が弱く、(W1~W3、TR350などもそうでしたが)雨が降ればしばしばプラグキャップなどからリークして、そのたびに1時間ほどの雨宿りが必要でした。発火タイミングの狂いも頻繁に起こるので、ツーリングの際には多くのオーナーがタイミングライト(←既に死語ですな)を手放せなかったのも事実です。

 さらに言えば、キャブの調整が難しく、特に(真ん中の)2番シリンダーの冷却が悪いのかよくプラグがかぶりがちになっていました。実際、アルミ製の洗濯バサミを冷却板の追加としていくつも咥えさせているツーリングライダーを、公道上でもしばしば見かけた記憶があります。

 さて、ホンダでいえばCB750K0から始まるOHC4気筒シリーズ。ヤマハで言えばTX650などのバーチカルツインやDT1などのオフロード群。スズキからはGTシリーズやハスラーシリーズ.を中心とした2サイクル車の数々。そしてカワサキではCBに対抗しビッグバイクの礎となったZシリーズなど、1960年代の後半から70年代前半の日本のオートバイブームは、とりどりの個性的な名車たちに彩られています。

 しかし、中でもHシリーズから始まり、SS、KHと1980年代まで10年以上にわたって生産され、引き継がれていった「マッハ」の記憶は、空冷2ストローク3気筒の逸話とともに、これからも広く語り継がれていくのではないかと思います。

 これほど手のかかる、ある意味「やんちゃ」で未完成なこのオートバイのどこに、ライダーたちは惹かれてきたのでしょう。

 現在のオートバイと比べ驚くほど姿勢の立った(いわゆる「殿様乗り」の)ライディングポジションでシートにまたがり、少し後ろめにある軽いキックペダルを何回か踏みおろすと、3気筒のエンジンはあっけないほど簡単にアイドリングを始めます。

 そして、アップハンドルの端にある、襞のたくさんついた太くて重いアクセルクリップを手前に大きく回した途端、多くのライダーがそのエンジンの虜になってしまうことになるのです。

 スタンドを外してひとたび道に走り出せば、ライダーの視線はもう前方にしかありません。エンジンの回転数が上がるたびにしびれるハンドルとステップに気を取られながら、遅れてついてくる機械式タコメーターの針がレッドゾーンに入る前に(重いクラッチを握って)シフトアップを続けなければなりません。

 気が付けばほかの車たちは既に(ぶれてよく見えない)バックミラーのかなたに取り残されていて、次の赤信号がもう目の前に迫っているという具合です。

 東京湾に沿って、大井から川崎、横浜、湘南、そして箱根へと続く第一京浜は、(首都高速が整備されるまで)都内に暮らす若いライダーを東京という頸木から引き離し、週末の自由へと誘ってくれる大切な脱出口に見えたかもしれません。

 さて、そうこう思い出しているうちに、先ほどの西に向かう2台のオートバイは青信号になるや否や白煙とともに一気にダッシュしていき、あっという間に豆粒ほどの大きさです。

 「あー行っちゃったな」と、残されたうっすらと青いオイルの匂いをかぎながら、(不覚にも)ちょっと遠い目をしてしまった私です。


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