MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯799 フランスに女性専用車両が無い理由

2017年05月23日 | 社会・経済


 フランスの人口は概ね6600万人で日本の半分よりやや多いといったところ。そして、昨年(2016)にフランスで結婚したカップルは約23万5000組ということですから、日本国内の婚姻件数は62万1000件(2016)に比べると「ずいぶん少ないなぁ」という印象は残ります。

 しかし、その実態は、「結婚」による収入や育児に関する差別がほとんどないフランスでは、婚姻届を出さないで一緒に暮らし子育てをするという(制度に縛られない)関係がむしろ主流であるため、こうした事実婚関係(の開始)も含めれば、この数の2倍以上のカップルが毎年誕生していると考えられるということです。

 昨年のフランスの合計特殊出生率は1.91人と、前年の1.96人を多少下回ったもののヨーロッパでもトップクラスの水準を誇っています。さらに興味深いのは、フランスの男女で将来持ちたい子供の数は平均で2.6人と、ヨーロッパ各国の中でもトップ3に入る高さであるということです。

 こうした数字からは、法律婚であれ、事実婚であれ男女が生活の中で関わって、子どもとつくり家族を持ちたいと考えるフランス人が多いことが判ります。

 徹底した個人主義者のもとで女性の社会進出が進み、自由な生き方をしているというイメージの強いフランス人ですが、実際には、人と関わり家族を持つことが人生を豊かにしてくれると考える人が多いということになるでしょう。

 そうしたフランスの異性に対する考え方を象徴するようなエピソードが、3月24日のYahoo newsに掲載されていたので、この機会に紹介しておきたいと思います。

 パリに在住するジャーナリストのプラド夏樹氏によれば、日本では1912年(明治45年)に初めて東京の中央線で導入されたという(歴史ある)「女性専用列車」のようなものが、フランスにはほとんど走っていないということです。

 氏によれば、フランスのフェミニズム運動は歴史的にもあまりアグレッシブではなく、政府が公共交通機関内でのセクハラ防止キャンペーンに取り組み始めたのも(たった1年半前の)2015年7月からに過ぎないということです。

 だからといってフランスには「痴漢」がないかと言えばそういう訳でもなく、87%(2016年Fnaut調べ)のフランス女性が公共交通機関の中で痴漢の被害にあった経験があるとされています。

 夏樹氏は、それでもフランスでは、日本をはじめとして、ブラジル、メキシコ、エジプトなどで実施されている女性専用ワゴンの導入に関しては、女性の方から総スカンを食っていると指摘しています。

 それは一体、何故なのか?

 公共交通機関内でのセクハラ法の採択に尽力したマリー・ル・ヴェルン社会党議員は、その理由を「女性は女性専用ワゴンに乗らなければ安全に移動できないというのでは、私たちが男女共存できる社会を可能にすることができなかったという無力さの証のようなものだから」と説明しているということです。

 また、公共の場での男女不平等を研究する地理学博士のエディット・マルエジュル氏は、そもそも男女平等を推進するためには、(その前提として)男性には女性が、女性には男性の存在が必要だと指摘していると、夏樹氏はこの論評に記しています。

 「女性専用ワゴンに乗ってしまったら、男性との関係性はそこではストップしてしまうし、男女平等も推進されない。」とマルエジュル氏は話しているということです。逆に「女性ワゴンがあるときに、男女共用ワゴンに乗った女性は痴漢されてもしかたないと言うのも、おかしくない?」と問いかける彼女の主張にも、(言われてみれば)確かに頷けるものがあるような気がします。

 夏樹氏によれば、この問題に関し、今、フランスの女性に最も影響力を持っているフェミニスト団体「Osez le feminisme」の代表マリー・アリベール氏は、「そうでなくても女性は子どもの頃から、公共の場で男性と眼をかわさないように音楽や本に集中しているフリをするように教育されている。それに加えて女性専用ワゴンに乗るようでは、自ら自分の権利と誇りを放棄するようなものではないか」と指摘しているということです。

 確かに、女性たちは、時間や行く場所によって服装や交通手段を前もって考えていると夏樹氏は言います。フランス女性の48%が服装を選び、54%が夜遅くメトロやバスに乗らないようにし、34%は自転車やタクシーを選ぶという統計もあるということです。

 それに加えて女性専用ワゴン? なんでそこまで女性がしなきゃいけないの?男女が同じスペースで共存することができるように(男が)努めるのは当然のことじゃない…そう考える女性が多いのは、女性が(女性として)自立していくことを当然と考えるフランスならではと言えるかもしれません。

 さて、かつて、フランスのフェミニズムの大御所シモーヌ・ド・ボーヴォワールは、「女だけのゲットーで暮らすなんてぞっとする。私にとってフェミニズムは、男女が一緒に暮らすのにはどのような可能性があるかを探ること」という言葉を残したと、夏樹氏はこの論評で述べています。

 こうした思想の流れをくみ、(男・女の存在や関係を肯定するところから始まる)フランスのフェミニズムは、(そういう意味で)あまりラジカルではなく非効率的かもしれないと夏樹氏は言います。統計上、痴漢を減らすだけなら、女性専用ワゴンを設置した方がてっとり早いに決まっているからです。

 それでも、フランス女性はその(効率的な)考え方に与しない。そしてそこには、確かにフランス流に考えれば、男の場と女の場がはっきり区別されていて無菌状態になった社会というものが、なんだかとてもつまらないものに見えてくるからだという指摘があります。

 男女が同じ場所にいるのが社会であり、その前提自体を壊すことは人間の英知の敗北を意味するという発想は、なかなか日本には生まれないものかもしれません。

 電車の中ばかりでなく、社会や家庭の在り方として、男女が同じスペースを分かち合うことができることを、共存できることをフランスの女性たちは望んでいるのだと思うと結ぶ夏樹氏の指摘を、私もこのレポートから大変興味深く読んだところです。


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