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♯828 健康格差を正視する(その2)

2017年07月13日 | 社会・経済


 毎日新聞では、今年1月に始まった「健康狂想曲」と題する連載において、日本の保険・医療が抱える問題を様々な角度から指摘しています。

 6月30日の紙面では、第2章「広がる格差」の第1回として、医療保険制度があってもその自己負担分の治療費が払えないという、所得(=生活水準)による「医療格差」の存在に焦点を当てています。

 例えば、民主医療機関連合会(民医連)が行った全国調査(2011~12年)によれば、主に生活習慣病(の乱れ)などが原因とされる「2型糖尿病」の患者は、年収200万円未満の人が57.4%と全体の6割近くを占めていると記事はしています。彼らを学歴で見ると、62.1%が中高卒で、無職やパートの人が多く正規雇用者が少なかったということです。

 また、こうした糖尿病の合併症としておこる網膜症が中高卒、非正規でより起こりやすいことも判明するなど、経済的な格差が健康格差を生んでいる実情が(データから)明らかになったと記事は説明しています。

 さらに、聞き取り調査の結果からは、健康に関する情報を入手、理解し評価、活用できるヘルスリテラシー(健康情報力)が低いほど肥満が多く糖尿病の管理も悪いことや、学歴が低いほど健康情報力も低いことがわかったとされています。

 記事によれば、東京大学などが2009年から13年にかけて約3400人を対象に行った調査でも、病院の外来受診と入院が所得の多い人に偏り、所得の少ない人では受診を控える傾向が強いという結果が示されているということです。

 健康格差に詳しい桜美林大教授の杉澤秀博氏は、このような結果から「平等と言われていた日本にも健康格差は存在する。それは個人の責任でなく誰でも負うリスクだ」と話していると記事は説明しています。

 記事はここで、(所得が低く)2型糖尿病の治療を満足に受けることができずに苦しむ関西の39歳の女性の例を紹介しています。

 彼女は幼児期から母親に虐待を受け続けてきた。離婚して苦しい生活を強いられていた母親は、女性が口答えすると顔が腫れるまで殴ったということです。

 女性が働き始めると、今度は母と継父は女性の給料を巻き上げパチンコに使い込んだと記事はしています。21歳で彼女に糖尿病が見つかっても、仕事を続けるよう強要され続けた。両親は、彼女名義で11枚もクレジットカードを作ってギャンブルに使い、彼女はやむなく自己破産したということです。

 その後、結婚した彼女の夫は鬱で仕事が続けられなくなり家賃も滞納。さらに夫との間に生まれた2人の子供は障害児で、彼女の継父は自治体から彼女の子供に出された(障害児の養育)手当を巻き上げる経済的虐待を繰り返したということです。

 そうした中、削れるのは彼女の(糖尿病の)治療代くらいしかなかったと記事はしています。

 現在も、彼女は治療を中断して体調を崩しながらヘルパーとして働いている。両親からは(39歳になった今でも)「怖くて逃げられない」と話しているということです。

 彼女ばかりでなく、一生懸命に働いても医療費にまで手が回らない人たちが、現在の日本にはたくさん生まれていると記事は指摘しています。

 就業世帯のうち生活保護制度の「最低生活費」以下の収入しか得ていない「ワーキングプア率」は1992年の4%に比べ2012年は倍以上の9.7%に上昇している。総世帯のうち最低生活費以下の収入しか得ていない世帯の割合を示す貧困率も、1992年の9.2%から2012年の18.3%へと倍近くになったということです。

 さらに記事は、これまでは京都府より西、秋田県より北の地域の貧困率が高かったが、現在、こうした地域間格差は急激に縮まっており、従来低かった首都圏、愛知県周辺などが急上昇しているとしています。

 構造改革や東日本大震災の影響もあってここ20年で子供の貧困率も上昇しており、将来、ワーキングプアはもっと増えるというのが、毎日新聞の見立てです。

 さて、このように貧困レベルが格段に高まっている中、医療の面についても公費による負担が大きくなることは言うまでもありません。

 例えばこの女性の場合、糖尿病の悪化によって人工透析が必要となれば、その費用は月に概ね50万円。さらに合併症などが加われば、医療費は年間で1000万円近くまで膨らみます。

 そうなれば仕事もできないでしょうから生活保護家庭として生活費の面倒も公費で見るとして、39歳の彼女が75歳で後期高齢者になるまでの35年間だけで5億円ほどのお金が彼女の生活のために税金で賄われる計算になります。

 一方、今の時代、生涯賃金で5億円という金額を稼げるサラリーマンは、ほとんどいないと言っていいでしょう。

 自己責任だからと言って、こうした医療費への給付を「おかしい」とか「やめるべきだ」と言っているわけではありません。これはもはや「福祉」の世界の話であって、医療の制度に手を付けることで片付く問題ではないからです。

 自らの健康や生活を管理できない人々を、社会全体としてどのように支えていくのか。

 そうした人々に寄り添い同情していくのは簡単ですが、財源が限られている以上、政策には優先順位の設定が求められます。つまり、そうなる前に手を打つ必要があるということ。

 例えやむを得ない事情があったとしても、納税者の支持がなければ国や自治体も制度を維持できないことを、私たちは肝に銘じておく必要があるでしょう。


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