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♯693 サービスの対価

2017年01月03日 | 社会・経済


 今年の2月に厚生労働省が発表した平成27 年賃金構造基本統計調査によると、産業別にみた賃金は、男性では金融・保険業(482.3千円/月額)が最も高く、教育・学習支援業(442.2千円)が続いており、建設業は341.7千円、製造業では318.0千円といった状況です。

 一方、最も低いのは宿泊業・飲食サービス業の270.0千円で、その他サービス業の276.2千円がそれに続いています。

 また、女性では、情報通信業(313.7千円)が最も高く、宿泊業,飲食サービス業(196.2千円)が最も低いということです。

 実際、主要先進国との比較においても、日本のサービス産業(医療・教育・不動産を除く第3次産業)の労働生産性は際立って低いとされており、米国の半分程度、イギリス、フランス、ドイツなどの7割程度の水準にあると言われています。

 なぜ、日本ではサービス業種の賃金が(このように)低い水準にあるのでしょうか。

 ビジネス関連の多くの著作を持つ作家の小暮太一(こぐれ・たいち)氏の『ずっと安月給の人の思考法』(アスコム)では、日本におけるサービスへの「評価」にその理由を見ています。

 日本人は、モノに対してはお金を払うがサービスに対してはあまり払わないと言われますが、小暮氏はその理由を、戦後の日本人に製造業の価値基準が刷り込まれていることの現れだと説明しています。

 モノには明らかに原材料費がかかっていて、さらに加工が必要なのでそこに「労力」がかかっていることがわかります。しかし、例えばレストランでウェイトレスが料理を運んできてくれても、その行為に対して特別な「価値」があるとは(普通の日本人は)あまり感じないということです。

 彼らの労働に対して「使用価値」は明確に感じているはずですが、そこに金銭的な「価値」を感じることが稀なのは、「かけた労力は、料理を運んできた数十秒だけでしょ?」と思ってしまうからだと小暮氏は説明しています。

 海外ではレストランのウェイトレスに(普通に)チップを支払いますが、日本では支払いません。食事に対する対価も日本では原材料を基準にすることが多く、料理人やサービスする人たちの腕、お店の雰囲気などはあまり考慮されないと氏は指摘しています。

 確かに、例えば多少値段が高くても、A5ランクの松坂牛だと言われれば(味はともかく)それなりに納得したり、少しでも値段が安ければバイキング形式も苦にならないのが日本人の(悲しい)性なのかもしれません。

 「おいしい店なら何度も通う。シェフの腕を考慮している」「店員さんの応対が大好きで常連になった」…そうした人も多いでしょうが、小暮氏は、これを料理やレストランの「価値(労力)」ではなく「使用価値(おいしさ、居心地のよさ)」を評価したに過ぎないとしています。

 つまり、一般的な日本人にとって、それ(サービス)はお金に換算できる特別な「価値」ではなく、だから高いお金は払わない(払いたくない)ということです。

 化粧品に何万円もかける人でも、美容院に毎週通う日本人は少ないと小暮氏は言います。また日本人には「アドバイスにお金をかける」という習慣がなく、(仕事でも趣味でもスポーツでも)「アドバイス料」を払いたくないために我流で試みて失敗する人が大勢いるということです。

 日本人は、形が見えないサービスに対して「価値」を感じにくいため、高いお金を払いたがらない。その結果、サービス産業の給料が安くなっているというのが、この問題に対する小暮氏の基本的な見解です。

 さて、国際医療福祉大学大学院教授で精神科医の和田秀樹氏も、8月23日の自身のブログ(「サバイバルのための思考法」)において、日本人に独特の「サービス」への認識に触れています。

 和田氏によれば、日本の場合、年収で3000万円(時給換算で2万円近く)ももらっている人が、日曜日に家の雑用を手伝わされたりしているということです。

 そんなことで疲れたら本業に影響が及ぶかもしれないのに、人に任せようとは考えない。アメリカなら、本人が庭の水やりが趣味とかリフレッシュになるとかいう場合を除けば、時給15ドルくらいの人を雇って雑用をやらせることだろうと和田氏は言います。

 飲食店についても、(おもてなし重視などと言いつつ)気が利く店員であっても実際はほとんど給料に反映されない。そもそも、食材が高級とか、内装が豪華だとかいうことで高い金をとるレストランは数多くあっても、サービスがいいから高いという店は(料亭などは例外かもしれないが)ほとんどないということです。

 一方、氏によれば、アメリカの場合、食事の総額の18%程度がサービスをする人(料理をする人やサーブをする人)の取り分に決まっているところが多いということです。

 レストランのスタッフの給料は決して高くない中、いいサービスが提供できるかどうかでチップは違ってくる。アメリカらしい競争原理も働くし、いいレストランほどいい人が集まるということです。

 そしてそれ以上に、売り上げの20%近くが確実に人件費に割かれることになるので、サービス業の給料は必然的によくなると和田氏は指摘しています。

 氏によれば、一般に先進国では、第一次産業から第二次産業に産業構造が変わっていくと国民は豊かになり、第二次産業から第三次産業に変わるともっと豊かになるものだということです。しかし日本では、第二次産業の従業員のほうが第三次産業の従業員より給料が高いので、産業構造が変わるとどんどん消費がシュリンクしてしまう。

 労働力調査のデータで、2015年の第二次産業の就労者数は平成22年の国勢調査のデータでは1548万人だが、第三次産業は4445万人に上っていることからも、昨今の構造不況の最大の要因は、日本人は人のサービスをタダ(同然)と思っていることにあると痛感させられると、氏はこの論評で述べています。

 そこで思い出したのですが、戦前の東京では、料亭街には芸者衆や幇間がおり、日本独自の文化やサービスを(高額で)提供していました。女中さんや書生さん、下働きの人がいる家も多かったし、なじみの植木職人や大工さんに加え旅の絵描きさんなどという人もいて、モノの形をとらない「価値」が社会にしっかり息づいていたような気がします。

 さらに庶民の間でも、銭湯には(背中を流してくれる)三助さんがいたし、駅のガード下には靴磨きのおじさんがおり、折々には門付けの芸人も多く見かけられるなど、金銭で評価される「サービス」が街中にたくさんあふれていたような気がします。

 日本人が形あるモノにしか「価値」を感じられなくなった現在、サービスへの評価をもう一度見直すということは、生活に精神的な「豊かさ」を取り戻すことなのではないかと(こうしたことから)改めて感じた次第です。


ジャンル:
経済
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