MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯723 スイスの直接民主制

2017年02月05日 | 国際・政治


 ヨーロッパアルプスに囲まれた風光明媚な永世中立国として知られるスイス。

 一方、この国で17世紀から300年以上にわたり、国会に当たるスイス連邦議会の決議や国民から提案された法案ついて国民自らがイニシアチブ(国民発議)を行使し、レファレンダム(国民審議と国民投票)によってその是非を決するという「直接民主制」が取り入れられていることはあまり知られていないかもしれません。

 スイスの直性津民主制をもう少し詳しく見てみましょう。

 イニシアチブとは、その名の通り国民側が「主導権」を持って憲法改正や法案制定を議会に提案する仕組みで、有権者10万人以上の賛同があれば発議することができます。

 スイスの人口約800万人のうち10万人というのはそれほど高いハードルでないため、例えば「国民全員に6週間の有休を与える法案」や「安全のために道路の速度制限を30kmに制限する法案」など、かなり極端な提案も(国民サイドから)しばしばなされているようです。

 一方、レファレンダムとは、議会が決議した内容に反対を表明する署名が(3か月以内に)5万人以上集められた場合には、その決議を国民投票に諮らなければいけないという制度です。実際、このレファレンダムが発動された場合は、かなりの割合で議会決定が覆ることがあるようです。

 イニシアチブは、議題の内容を問わず現在でも年間500件以上行われており、レファレンダムの実施回数も世界の国々の中で多く実施されているということです。

 このため、スイス国民は1年のうち、平均すると3回から4回の投票所に駆り出されるのが普通であり、1回に3件から4件、ときにはもっと多くの案件の是非について投票による判断を求められるとされています。

 さて、11月27日、そんなスイスにおいて「脱原発」の加速の是非を問う国民投票が実施され、その結果、賛成45.8%、反対54.2%の反対多数(僅差)で否決されたとの報道が新聞各紙の紙面を賑わしました。

 2011年3月の東日本大震災による福島第1原発事故を受け、スイス政府は国内にある5基の原子力発電所の稼働を段階的に停止し閉鎖する方針を発表していましたが、脱原発への具体的なスケジュールは決まっていませんでした。

 これに対し、国内左派である野党「スイス緑の党」などは老朽原発の危険性を指摘。5基の原発のうち運転開始から45年に達する3基を停止させ、最終的な脱原発を2029年までに完了させる計画を提案し、国民投票実施に必要な署名を集めたというものです。

 一方、連邦政府や産業界は、総発電量の35%前後を原発でまかなってきた現状などを踏まえ、脱原発を急げば再生可能エネルギーの生産が追いつかず、ドイツやフランスからの電力輸入が増えることなどを理由に緑の党の構想に反対していました。

 仏語圏紙ルタンによると、スイスでは1979年以来、原子力を巡って既に16回の国民投票や住民投票が行われていますが、原子力技術の放棄や原発閉鎖につながる提案は16回の全てで否決されてきているというということです。

 原子力(=核エネルギー)に関してアレルギーの強い日本の感覚で考えれば、「脱原発は望ましい」という一点から、(国民投票をすれば)世論は大きく賛成に傾くような気がします。しかし、スイス国民はそうした理想論ではなく、きわめて現実を直視した理性的な判断をここまで繰り返してきているようです。

 国民投票にはどうしても(ポピュリズムといった)感情優先的なイメージがつきまといますが、こうした投票結果からは、地政学的に混乱するヨーロッパにおいて(国民皆兵の徴兵武装を是とし)永世中立を守ってきたスイスならではの、「判断を任された」国民ひとりひとりの「責任感」の一端が垣間見られるような気がします。

 日本のメディアによる街頭インタビューなどでは、社会の状況に対し、しばしば「政治が悪い」「国民不在」などという(自らを「庶民」と呼ぶ)国民の声を耳にします。しかし、見方を変えれば、そうした言いぶりはあたかも「自分には関係ない」「知らないところで決められている」といった、無責任で人任せな態度とも言えなくもありません。

 直接民主制には、当然、専門的な知識の欠如による誤解や政治決定におけるコスト増などのデメリットがあり、そして何より感情や雰囲気、短期的な利益に流されやすい大衆によって人権や科学的なエビデンスに反した決定がなされてしまうリスクというリスクが伴います。

 しかしその一方で、直接に政治に参加することにより、集団への帰属意識や連帯意識の向上に加え、政治の当事者としての責任の一端を担っているという自覚が醸成されるというメリットがあることも忘れるわけにはいきません。

 政治は、決して「他人ごとで」はありません。国民が当事者として的確な判断下すためには、有権者それぞれが勉強し、厳しい議論を尽くす必要もあるでしょう。

 (そういう意味で日本と異なる)スイスの直接民主制の在り方に、民主主義の何たるかを改めて考えされられたところです。




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