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♯785 移民を巡る議論

2017年04月29日 | 社会・経済


 メキシコとの国境に「壁をつくる」との公約を掲げる米トランプ政権の閉鎖的な移民政策に異議を唱える約1500人の経済学者が、4月12日、大統領と議会指導部にあてて連名で書簡を送り、「移民は米経済に大きな恩恵をもたらす」と主張したと4月13日のCNNニュースは伝えています。

 書簡には、共和党のブッシュ元大統領に仕えたダグラス・ホルツ・イーキン氏や民主党のオバマ前政権で最高経済顧問だったオースタン・グールズビー氏のほかノーベル賞受賞者6人も名を連ね、その重厚な顔ぶれが注目されています。

 報道によれば、経済学者らは書簡の中で移民が米国の競争力を大幅に高めているとの見方を示し、適切な移民制度が確立されれば「移民は我が国の経済と労働者にとって、脅威ではなくチャンスになる」と説明しているということです。

 また、移民の流入で低学歴層の米国人が職を失うといった懸念に関しては、プラス面はマイナス面を上回ると指摘し、高度な移民制度改革が実現すればなおさらだと強調。移民が最大限のチャンスをもたらすよう、議会は制度の「現代化」を図るべきだと呼び掛けているとされています。

 さて、こうした移民問題への対応は、現在、米国ばかりでなく欧米先進国における主要な政策課題の一つと目されていると言えるでしょう。実際、5月7日に予定されているフランスの大統領選挙(決選投票)においても、マクロン候補とルペン候補を隔てる最も大きな争点は、「EU加盟」の是非とこの「移民問題」と考えられています。

 移民の増加を社会問題として捉え、制限していこうとする(このような)反グローバル主義台頭の動きに対し、4月21日の日本経済新聞の紙面では、英オックスフォード大教授のイアン・ゴールディン氏と米MGI(マッキンゼー・グローバル・インスティテュート)ディレクターのジョナサン・ウォーツェル氏が、「移民を統合 成長生む」と題する論評において反論を試みています。

 この論評において両氏は、世界中で巻き起こっている移民を巡る議論の多くは、移民の受け入れは「寛大な」行為で、高いコストがかかるという誤った前提に基づいていると指摘しています。

 移民の受け入れは、経済的負担になるどころか受け入れ国に大きな経済的機会を提供する。移民問題に思慮深く長期的な視点から取り組む国は、目に見える大きな恩恵を得られるだろうというのが、この論評における両氏の主張の眼目です。

 MGIの新たな研究によると、国境を越える移民が世界人口に占める比率はわずか3.4%なのに対し、全世界のGDPへの寄与度は10%近くに上るとこの論評は説明しています。そして、移民の約3分の2は先進国に居住し、技能水準にかかわらず経済に寄与しているということです。

 移民により2015年の世界GDPは約6兆7000億ドル(約730兆円)増え、移民が自国にとどまった場合に生産したとみられる額を約3兆ドル上回ると両氏は言います。MGIの試算では、移民は2015年の1年だけで米国で約2兆ドル、ドイツで約5500億ドル、英国で約3900億ドル、オーストラリアで約3300億ドル、カナダで約3200億ドルを生み出しているということです。

 移民が革新と起業家精神をもたらす重要な源泉でもあることを考えれば、この推計でも控えめすぎると両氏は考えています。

 移民は特に、急速に高齢化が進む国で重要な役割を果たすことができる。必要な労働人口の伸びをもたらし、税収に寄与する。さらに言えば、多くの移民は地元の人がやりたがらない仕事に就き、地域社会に地歩を築く。移民が受け入れ国の財政はもとより、労働者の賃金や雇用に及ぼすマイナスの影響は無視していい程度であることを多くの研究が示しているということです。

 一方、こうした研究結果は、欧米ではたとえ同じ職業であっても、移民の賃金がその国で生まれた同程度の教育水準の労働者より20~30%低い可能性があることを示唆していると両氏は指摘しています。

 移民は言葉の壁や資格が認定されないなどの理由で有効な賃金交渉ができないため、受け入れ国に2つの雇用市場が併存することになる。格差は経済以外にも及び、例えば質の高い住宅や医療へのアクセスが難しく、子どもたちの学業に差が生じるケースも多いとされています。

 このような状況を踏まえ、両氏は、多くの国の問題は、移民を巡る議論が、どのような人を何人受け入れるべきかという議論に終始するところにあると説明しています。

 移民が全面的に同化する道筋をつくり、移民の経済的寄与を最大化するという議論に発展することは(極めて)稀だが、移民の統合に資源を投入することは新たな移民が潜在的な生産性を発揮する一助となる。さらに長期的に見れば、将来の労働力となる2世、3世の生活も変えることになると、この論評では指摘されています。

 もちろん移民は、(突然、大量に流入する場合には特に)受け入れ国の短期的課題やコストを伴うことは言うまでもありません。しかし、受け入れ国の政府が積極的に移民の統合を支援する限り、移民の中期・長期的利益が(いずれ)コストをはるかに上回るようになると両氏は説明しています。

 もとより、現在の相互につながり合った世界で(最終的には)移民を避けることはできないのであれば、残るのは、我々が孤立して不満だらけで政府に依存する移民の集団をつくり出すか、成長とダイナミズムの強力なエンジンをつくり出すかの「選択」の問題に過ぎないということです。

 島国という地理的な背景のもと同一性の高い日本の国民にとって、「移民」という言葉にどこか「他人ごと」の印象が伴っているのは事実でしょう。また、他国の「移民問題」に関する報道に対しても、社会的に「ネガティブ」なイメージをだぶらせていることも(ある意味)否定できません。

 しかし、少子高齢化の伸展に伴う生産年齢人口の減少はもはや確実なものであり、労働力不足が経済成長のネックとなることが懸念される今後の日本においては、遠くない将来、改めて移民受け入れ論が浮上するのはほぼ「間違いない」状態にあると言えるかもしれません。

 移民という言葉への抵抗が強いため、政府は「外国人材」といった言葉を使っていますが、厚生労働省によれば、実際、事業者から届け出があった外国人人材は2016年10月末時点で108万人と、初めて100万人の大台を突破したということです。

 こうした状況を踏まえ、政府も、優れた経営手腕や技術を備えた高度外国人材の定着を後押しするため、永住権を取得できるまでに必要な滞在期間を短縮化したり、医療通訳者が常駐し周辺病院に派遣もできる病院への補助金の枠を広げるなど、生活面もサポートするなどの施策を進めるとしています。

 また、労働者のみならずその配偶者や家族らの来日も増えつつあり、潜在的な消費の担い手としての期待が高まっているという指摘もあります。

 このような現実的な状況を踏まえれば、政府がもしも(国内の様々な意見を乗り越え)移民の受け入れに本格的に踏み切るのなら、(記事にもあるように)国民や関係者の間に「外国人を社会に統合する覚悟」があるかどうかが成功のカギを握ることになるのではないかと、私もこの論評から改めて感じているところです。


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