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♯797 文在寅(ムン・ジェイン)という人

2017年05月19日 | 国際・政治


 罷免された朴前大統領を擁護する「保守派」と改革を望む「進歩派」、そして「中道派」の3派に分かれ15人の候補(そのうち2人は辞退)が繰り広げた選挙レースの結果、革新系「共に民主党」の文在寅前代表が(圧倒的な支持で)当選し、5月10日、第19代韓国大統領に就任しました。

 5月18日のNewsweek(日本版)誌では、KDDI総研特別研究員の趙 章恩氏が「『国らしい国を作る』韓国・文在寅大統領に期待高まる」とのレポートにより、韓国国内における文新大統領誕生に期待をかける韓国の国民感情を伝えています。

 レポートによれば、韓国社会世論研究所が5月10日に19歳以上男女1044人を対象に行った世論調査では、回答者の83.8%が「文大統領が国政をうまくやっていくと期待している」と答えたということです。

 9年ぶりの革新系大統領の誕生に対し(このように)韓国国民の期待が高いのは、朴槿惠前大統領によって停滞した国政の再起動ということ以上に、国民自らが能動的に政治に関わるようになった(新しい)時代の大統領という意味があると、趙氏はこのレポートに記しています。

 氏は、文候補は選挙運動期間を通して「原則と常識が通じる国らしい国を作る」、「完全に新しい韓国を作る」、「国民のための国を作る」と繰り返し主張してきたとしています。

 大統領とその友人が、私利のために国の経済と外交、安全を破たんさせたとして国民が立ち上がり、朴前大統領を罷免に追い込んだ。この流れから、文候補はマスコミのインタビューに答え、「国民がどんな気持ちで氷点下のソウルでろうそく集会に参加し続けたのか、それを忘れない」と何度も繰り返してきたということです。

 文候補は、国内では不正腐敗勢力には容赦ない反面、「外柔内剛」を実践する、いつも謙虚でやさしい人物として知られてきたと趙氏は言います。そして、そんな彼が、選挙運動期間中も当選後も警護は最小限に止め、自ら市民に近づいて話を聞いたり、握手したり、「脱権威」的な姿を見せたことで、国民と文氏との距離は大きく縮まったということです。

 同レポートは、現在の韓国国内のオンラインコミュニティやポータルサイトニュースのコメント欄は「文大統領が就任してからニュースを見るのが楽しくなった」、「国民を守ってくれる大統領」などと文大統領を応援する書き込みであふれており、文大統領に投票しなかった人も、大統領としての仕事ぶりには満足している様子だと伝えています。

 一方、今回の大統領選挙に当たっては、韓国の若者の間に「ABP」という言葉があったと聞いています。「Anything But Park(朴でなければ何でも)」…確かに、基本的に物静かな文氏には、かつての盧泰愚氏や朴槿恵氏のようなカリスマ性は見られないということです。

 しかしその一方で、文氏には所得格差などに苦しむ20代、30代の若い世代を中心とした「ムンパ」と呼ばれる熱烈な支持者がいることも、選挙期間中から伝えられていました。彼らは、文氏に不利な発言や報道などに積極的に批判の声を上げ、敵対勢力に対しSNSなどへの書き込みにより厳しい攻撃を仕掛けることで知られています。

 朴(前大統領の)人気の凋落以降の短期間に韓国世論をここまでまとめあげた文在寅という人物の魅力は、一体どこにあるのか?

 5月11日の日本経済新聞の(1面コラム)「春秋」は、彼を「激動の現代史が歩いているような人」と評しています。

 両親は1950年からの朝鮮戦争で当時7歳の文氏を連れ(着の身着のままで)半島の北から南へ逃れたということです。戦後、父親は釜山で靴下卸しの商いを始めたものの最終的に失敗、母が救援物資として得られた服を売る屋台や練炭配達で家計を支えたとされています。

 貧しかった在寅少年は少年期を釜山で過ごし、1年の浪人後、特待生として入学した慶煕大学校では、折からの民主化運動の嵐の中、朴正熙大統領の独裁に反発するデモに参加するなどして逮捕・収監された経験を持つと報じられています。

 氏は、獄中で司法試験合格の知らせを受け取るものの釈放後すぐに徴兵され、軍隊時代には配属された空挺旅団が板門店での北朝鮮との軍事衝突(「ポプラ事件」1976年)に投入され、特殊作戦の任に就いたということです。

 除隊後、判事を目指した文氏は学生運動の前歴から任用されず、弁護士として活動をはじめたとされています。その後は故盧武鉉大統領と一緒に釜山で人権弁護士として労働者の支援に取り組む一方で、全斗煥大統領率いる軍事独裁に立ち向かう民主化運動の先頭に立ちました。

 そして、2003年に盟友の盧武鉉氏が大統領に就任すると、50歳の文氏は大統領府(青瓦台)の民情首席に就任。さらに2007年には大統領秘書室長となるなど、以降、盧武鉉大統領の側近として活躍するに至りました。

 文氏はその後、2009年の盧武鉉の自殺時に国民葬を葬儀委員会常任執行委員長として取り仕切り、さらに同年、死去の2か月前の金大中元大統領から「必ず政権交代を果たしてほしい」と懇願されたことで、政界入りを決意したと伝えられています。

 さて、こうして文在寅新大統領の人となりを追っていくと、彼が(その出自から言っても)いわゆる市井の「普通の人」であることが判ります。そして、社会に対する反発や挫折を繰り返しながら、それでも(自分の能力を信じ)屈折することなく進んできた氏の経歴に、まっすぐ前を見て育ってきた「青年」のような印象を抱くのは(恐らく)私だけではないでしょう。

 そうした文新大統領のイメージが正しいとすれば、文氏は朴前大統領や日本の安倍首相、米国のトランプ大統領などのように、人とは違った経験を糧に人々の先頭に立つ(ある意味「率いる」タイプの)権威的なリーダーとは異なり、人々との共通の生活感覚に基づき人々の声の中から策を立てる(「寄り添う」タイプの)リーダーであると言えるのではないでしょうか。

 さらに言えば、前者のタイプのリーダーが、走れる者には先を走らせることを是とし、社会全体にトリクルダウンの利益をもたらすことを期待する合理的な政策決定を行う(ことが多い)のに対し、後者のタイプのリーダーでは、結果よりも過程を、合理性よりも人々の感情や納得感を重視することが多いのではないかとも思います。

 そのような認識に立てば、強い個性を放つ権威的な日、米、そして中国、ロシア、さらには北朝鮮のリーダー達の間で、文新大統領のキャラクターは際立って異質です。そして、彼の人となりや感覚が極めて「普通」であるが故に、今後の東アジアの平和や安定のために、彼の果たすべき役割は(逆に)極めて大きいと言えるかもしれません。

 様々なタイプのリーダーが存在してこそ、英知は生まれ地域の安定は保たれる。

 「文人気」が報じられる中、このことこそが、私が韓国の新リーダー文在寅氏の感覚に強く期待する所以でもあります。


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