やっぱり、水ですよ!水!

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本年、最初の「水塾」が開かれました。

2017-05-17 13:08:27 | 日記
催したのは「この国、なんとかしなきゃ」と、それぞれの立場でいろんな活動をしているご婦人たち、女の人たちです。
その中のお一人は2年前の「水塾」で出会って、すぐに自宅に水つくりMZ-1型を付けられ、水の良さと大切さを出会った人に語り続けて来られたのが、実った集まりです。


前に、「いま、水について一番知りたいことは」「水について思っていることは」のアンケートを書いてもらったのですが、「そう言われると・・??」「そもそも水とはどういうものか?」「何故固体(氷)の方が液体(水)より体積が大きくなるのか」「水道水には何が入っているの?まずすぎる」「浄水器と活水器の違いは?」という基礎的なものから「TEN&TENを風呂に入れて入ったら不整脈が止まりました。どういうことですか?」「水が何かを記憶するとしたら、それは海まで残るのですか?」「カタカムナツールの仕組みの水への影響が知りたい」という奥深いものまでがありました。

まず最初に、会場の水道水に残留塩素が入っていることを確かめて、同じ水に野菜と人の指を入れると残留塩素が無くなる実験をしました。

「残留塩素はどこへ行ったのか?」→野菜と指の有機物と反応して別のものになった=細胞としての有機物はそれで死んでしまった=「塩素」は猛毒であることを説明しました。
そんな毒をなぜ飲み水に入れなければならないのか?
日本で水道水に「塩素」の添加が決まったのは、昭和31年(1956年)の水道法からで、濃度も末端蛇口で0.1ppmに規定。国際基準が0.03ppmなのに、日本の基準値はなぜこんなに高い数値に規定されたか?

「塩素」は「苛性ソーダ」とセットでソーダ工業で製造される。日本の経済発展を牽引した重工業には「苛性ソーダ」は必需品。その価格を下げるために「塩素」の確実な需要先が必要であった。
一方、農薬と化学肥料の使用拡大による水源の森の荒廃によって、本来の水ができなくなっていた。昔の日本ではどこの港で水を積んでも航海中に水が腐ることはなかった。それが、短期間に疲弊して本来の水が出来なくなり、腐敗防止のために「塩素」の添加が決められた。しかも、出来るだけ大量に、収入が確実な需要先を確保するために・・・・。

私のレポート「薄っすらとした毒との戦い」を使って話しましたが、明治時代に始まった殖産興業=産業優先の国策で日本中の山々が荒れてしまった歴史には触れませんでした。

次に、「本来の水」とはどんな水なのかを、冊子「水つくりのあらまし」を使って説明しました。


水つくりのリードコピーは「むかしむかしの湧き水をつくる」です。
水つくりで処理した水は水道水と水の分子構造が違い、生体の常在菌を活性化し細胞を甦らせる働きがあるので、人体には3段階の反応が起ることを、実例を元に話しました。

TEN&TENを入れたお風呂で不整脈が消えたこととカタカムナツールのプレートについては、
直接体験してもらいました。


写真は、TEN&TENの上に片手を置いた時と外した時で腕の力の入り方の違いを体験しているところです。
カタカムナプレートは、人のストレスをフリーにする。解消する働きがあるのです。
その理由はまだ解明できていませんが、普通の人には同じように働きます。
この調べ方はOリングテストと同じ原理ですが、素人には分かりやすい方法です。
この方法で調べると、添加物や残留農薬もキャンセルされることが分かります。

最後に、放射能汚染の問題を考えました。
テキストは「内部被爆と生き抜く」を使いましたが、持って帰ってよく読んでもらって、次回に詳しく話すことにしました。



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