日本語学校からこんにちは 〜水野外語学院日本語科〜

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「日本語学校での勉強は、言葉だけではありません」。

2014-09-26 08:51:29 | 日本語学校
 晴れ。
昨日の雨が嘘のように晴れ渡っています。青空。

 さて、学校です。
 「10月から勉強したい、させたい」という在日の方からの問い合わせが、夏休み頃から数件ありました。

 中には遠い所からの方もいました。その場合は、まず毎日が試練になります。日本語を『初級機戮らやろうという人の大半は、電車のラッシュになれていないのです。来日後すぐとか、一か月か二か月後という人が多いのです。そういう人が毎日、たとえ30分でも電車に揺られ、学校に通えるかというと、疑問符がついてしまいます。多くは友だちが欲しいからとか、異国で一人ぼっちで一日を過ごすのに耐えられなくなったからとかいう理由で、日本語でもという気になる場合が多いようですから。

 それで、(友だちがいて、ここがいいと言った場合は別ですが)近くの日本語学校を教えて、そちらに見に行ってみるように勧めることも少なくありません。

 その他にもご主人が、「今度来る妻に日本語を学ばせたい、ついては云々」という場合もあります。その時には「奥さんが来られてから、二人で考えて決めたほうがいい」と言うようにしています。一つは旦那さんが決めた路線のままに歩くのが嫌だと言う人もいますし、勉強が苦手の人もいますから。それに、同国人がいなければ嫌だという人も、もう近くに同国人の友達がいるから、寂しくないので勉強なんてしたくないという人もいますし。

 結局は、その人(勉強する)の気持ち次第なのです、こんなことは。学ぶと言うことを看板に掲げた留学生であっても、とにかく金もうけのできる外国へ行きたかっただけという人も少なからずいたくらいでしたし。

 もとより、卒業生であったり、他所で教えたことのある学生の紹介や彼等の身内であった場合は、そのまま素直に受け入れています。ここのやり方(私たちのやり方)を知っている人なら、大丈夫だろうということで。それでも、途中でどこかへ行ってしまったり、ここにいるときに真面目に勉強しなかったりした人の場合は、ちょっと確認をとってしまいます。「本当に頑張れる?」と。

 それでも、二度来たり、教材を買ったり、あるいは既に学費を払ったりしている人も、数人いるようです。その他にも、来ることを決めたら、9月の末にはもう一度電話をくれるように言っておいた人もいますから、もしかしたら、10月生クラスは、在日の人の方が多いということになるかもしれません。

 というわけで、「Aクラス」は、上の階の大きい方の教室を「10月生」に譲り、こじんまりとした東の教室へ引っ越しせねばならなくなりました。

 こう告げると、「ブウブウ」とお決まりの文句が出たのですが、「あの教室で勉強できるのは一番上レベルの人達だよ」で、一瞬、し〜ん。「だって、2年いたって、最後までついてこられる人ってのは少ないからねえ」で、また、し〜ん。「中国人が多かった時だって、1年で『一級』レベルへ行ける人ってのは多くはなかった。その人達も最後はここだったからねえ」。何となく化かされたかなと見渡すと、一人が、「先生、去年の『10月生』もあそこだったね」。よく覚えていましたねえ。そうでした。

 でも、不思議なもので、何となく一番上の人達はあそこへ行くのかという雰囲気になりましたから、よかったかも。

 勿論、慣れ親しんだ教室を出るのは嫌でしょう。けれども、小さい学校ですから、これまでにも、1,2度は移動しているはず。ある時は一階の教室へ行き、またある時は、三階へ。そしてまた一階に戻ったりと、みんなあちらへ行ったりこちらへ行ったりしていますからね、決めたら早いのです。いつまでも、言っても詮無いことを、諦め悪く、ぶつぶつ言うような学生は、多分、日本語がこのレベルまで来ているような学生のうちにはいないでしょう。

 言うまでもなく、人には様々な才能があり、皆が皆、語学に長けているから頭がいいというわけではありませんし、日本語の能力ですべてを決めてしまおうとしているわけでもありません。ただ、日本に来て、日本語学校に入り、そこで日本語を学んでいるうちに、日本のさまざまな事、これには、日本人の感じ方から考え方、ものの見方まで入ると思いますが、そういう知識も増えていくはずです。これが、2年いても、レベル的には「初級」から毛が生えたくらいでしかないと、私たちも話の持って行きようがないのです(つまり、そういうことを教えられないまま卒業と言うことになります)。

 日々のできごと、学生達との遣り合い(異国のもの同士では必ず摩擦が生じます)などを話し、それについての自分の考え方・見方を話すと共に、「あなた方はどう思うか」と問うて行かなければ、「N2」さえ合格できないでしょう。

 問題集をやらせながら思うのですが、「単語もわかる、文法も判る、内容も七分方わかる」であっても、最後の答えが違うのです。だから、またひきかえして内容を確認していかねばならないのです。どうしてそう思ったかを聞いていくと、そこには、「日本人ならそう思わないよなあ、絶対に」という感じ方をし、答えを出している場合が少なくないのです。それを一歩一歩磨り減らしていくようにしていかなければ、日本人の文章に対する答えは見いだせません。また、そうでなければ日本人とは、やり合えないでしょう。「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」ですもの。

 それが、下のクラスではそうは行かないのです。日本語のレベルが低いということは、そういう文章を読んだこともなければ、話も通じないということなのです(決まり切ったアルバイトの言葉は別です。同じことの繰り返しですから)。ある程度のところまで話せないし(判らせることは難しい)、まず、自分の国の尾っぽを引きずったままですから、それぞれの国の考え方で正邪を決める(己と違えば、「邪」なのです。)。それが1カ国であったら(一クラスが皆同じ国)、この国の人間はたまらんなあと、お互い(日本人と彼の国の人間と)、そう思い合っていれば済むことでしょうが、数カ国かあると、一つの国との間でそういうことが発生すると、他の国の人間は目引き、袖引きとなる。

 下のクラスで(クラスの中で)多少ともできていれば、こういう人は彼らの国でも上を知らない(自分より上のレベルの人を知らない)でしょうから、自国と同じことをやっていても、恥とも何とも思わない。「1年経っていてもこのレベルかよ」と思うのですが、欠席が多いので、学校としても手の打ちようがないのです。来ても寝ているか、携帯とにらめっこしているか、しかも一番前の席で。

 「『うっぷして寝る』くらいなら後ろに行くように」と言っても、「勉強するから前にいる」と言う。「でも、いつも、寝ているか、携帯で遊んでいるかでしょう(だから取り上げた)」。「私は夜寝ていない。あなたならこういう時どうするか」と言い返す。…だから後ろで寝ればいいのに。わけがわからない…。

 けれども、うっぷして寝たり、携帯でずっと遊んでいるなら、(2年目の学生)3列目か4列目に行くのが当然でしょう、他の人の邪魔にならないように。だって、どのクラスにも、どんなに眠くとも起きて勉強したい人がいるのですから。尤も、1年目の学生なら、4列目です。3列目までは真面目に勉強していますから、3列目で携帯を見て遊んだり、うっぷして寝たりしてはいけません。

日々是好日
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