日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「初級」から「中級」へには、壁があるかも…。

2016-10-13 08:19:15 | 日本語学校
曇り。

今日は最高気温も20度を超えないそうです、ブルブルブルブル…。この分で行くと一気に秋が深まるかと思いきや、これは今日だけのことらしく、また明日からジワジワッと秋になるらしい。ジワジワッというのがいいですね。何事も急激な変化というのはいただけません。

さて、「初級」、「中級準備」を経て、やっと「中級」に入った今年の4月生。1課が終わっても、まだ戸惑いが隠せないようです。

「初級」の間は、具象的な単語を、「見て・覚えて・言えれば」事足りたものを、「中級」では、「なぜ」だの「どうして」だの聞かれ、果ては「だれが」「だれに」という質問まで飛び出してくるのですから、たまったものではありません。

「テキトー」にやって「テキトー」にできていた人たちは、戸惑ってしまいます。…こんなはずじゃなかった…というところでしょうか。おまけに、うろ覚えでも字数が少なかったのでどうにかできていた漢字の読みも、一日に勉強する数が増えてくると、現場で(みんなが言っているのを聞いて)覚えて、それをテキトーに口に出すという裏技が利かなくなってしまう。きちんと覚えていないというのがバレバレになるので、面白くなくなってしまうのでしょう。

結局は、今、「初級」での積み重ねがきっちりできているかどうか、それをやれるだけの忍耐力があるかどうかが見える形で試されているようなものなのです。「面白いからやっている。できるから面白くて言っていた。ただ、勉強は教室の中だけで」という、小学生のような勉強のやり方が通らなくなっているのです。

漢字一つ取ってみても、「N3」文法一つとってみても、教室の中だけでというやりっ放しは効きません。たとえ、毎日、復習作業として、(皆一緒に)既習の「N3」文法を読み上げていても、読めるようになろう、覚えようという気が無ければ、テキトーに誤魔化して読んでいる振りをしているだけということになってしまいます。まあ途中で疲れて声が出せなくなるという人はいますけれども。

アルバイトで時間がないからこそ、学校で復習の時間をとっているのです。もしそれすらやるつもりがないのなら、勉強したいという人たちだけに合わせてドンドン先へ進めていってもいいのです。ただ「初級」段階からそれをすると心が痛む。「中級」前段階であっても、まだ心が痛む。

日本の公教育のいいところ、あるいは弱点というのは、常に教師に底上げを要求するところでしょうか。下の人たち(これは何も頭が悪いとかそういうことではなく、諸処の理由で勉強していない、あるいはする気が無くて現在に至っているという人たちのこと。つまり結果として成績が悪いのですが、これはあくまで「成績」のこと)に判らせるために努力しなければならないということなのです。

だいたい、勉強する人はほっといても勉強します。…これもいけない考えですね。そうは言いましても、やはり指導した方が伸びは早いし、興味関心も拡がっていくものなのです。

私らもその癖が抜けきらないものですから、20歳を過ぎてもフラフラしている人達にはついつい、きつい言葉が出てしまう。なんと言いましても「勉強する」という誓いの下に、来ている人たちなのですから。

ということで、復習がその時間の4分の1から3文の1くらい。それが終わってさて、本時の授業に入るという段になっても、困ることが次から次い出てきます。

ベトナムやスリランカ、ネパールなどから来ている人たちは、どうしても知識などの幅が狭く、知っているものとして授業を進めていると、最後に「ええ!あれを知らずに聞いていたのか」と愕然とさせられてしまう。「道理で話が通じなかったはず(理解力、読解力不足と簡単に処理していた)」と慨嘆するのは、もう一度でいいと思っていても、何度も同じようなことをくり返してしまうのです。

「ここは知るまい」と想像できることは何とか準備するのでいいのですが、それと気つかぬことも少なくないので、困ってしまいます。私たちの常識が通じない事もありますし。で、結局は経験がものを言う世界になるのです。自分の時には気づかずに通り過ぎていても、ほかの人がその課をやったとき、あるいはほかの教材でもそのことについて、「聞いていくと何々を知らなかった」という話をしたりする。

(それを聞いて)「あちゃああ、しまった」ということになり、どこかでそのクラスにはその映像を見せねばと思って、準備をしていても、クラス替えなどで、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりしてしまいますと、もうどの人に何を見せていなかったかさえ、判らなくなってくる。おまけに、最短の人たちはここを卒業するまでに、一年三ヶ月ほどしかありませんから、余裕もない。

ただ、DVDを見せ始めると、それは勉強に関係がないとばかりに、寝る時間、あるいは雑談の時間と決めてかかっている人もいて、見せたからわかるようになる(知識も増える)というわけでもないのです。一概にそうとは言い切れない。本当いお国柄です。人民の教育、好奇心を持たせないように、作為的にしているのかとさえ思うことがあります。

日本だってそうでした。「由らしむべし、知らしむべからず」でしたもの。…今でもそうかな?

でも、きっと、まだそういう国は多いのでしょう。部分的に、でも。

日々是好日
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