日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

二年生がきっちりと私たちの意味するところを伝えてくれたのには驚きました。

2017-04-21 11:28:08 | 日本語学校

曇り。

昨日、午前中は爽やかないいお天気だったのですが、午後になると雲が出始め、そして今日は一面、灰色の雲に覆われています。「所により雨」、ただの「通り雨」のようですが、言われて空を見てみれば、確かに水分の多そうな、ずっしりとした重そうな雲です。

さて、昨日は「入学式」でした。

式はまあ、いつも通りに、それなりに和やかに進んで終わったのですが、「う~ん」と感心させられたのは、その後の国別(ベトナム、スリランカ、ネパール、そのほかの国)に分かれての「茶話会兼入学後の諸注意、そして、後片付け終了後の入寮に際しての諸注意と誓約書のサイン」時における二年生の姿でした。

書かれていることだけではなく、そういう規則を作らざるを得なかった理由やら経緯やらも、各教員が話したのですが、それを二年生が彼らの国の人たちにわかるような言い方で、しかも説得するように話してくれていたのです。

新入生は、まだ彼らの国のやり方しか知りません。学校では、寮として近所のアパートを借りているのですが、例えば、ベトナムの学生は、二階と一階とで大声で話したり、あるいは真夜中に部屋で大騒ぎをしたりして、よく問題になっていたのです。そうしないようにいくら言っても、彼らの国ではそれは当たり前のことで、いえ、それよりも、そうできることが誇らしいこと、あるいは見せびらかすに値するようなことであり、決して文句を言われるような筋合いはないと思っているようなのです。彼らの態度から、それはうかがえました。

もちろん、これは、今年の4月生だけのことではなく、現二年生のなかにも、まだそういう人はいます(以前は本当に多かった)。ただ、こういう人は、あまり学校に来ていないし、日本語力も毎日来てきちんと勉強している人たちに比べ、劣っているのです、平均的に。

つまり私たちが日本の習慣や生活のやり方などについて説明しているときに居合わせていないのです。単語の説明やら、内容の説明やらをしているとき、突然、学生が、「これはいけないことですか」等と聞くことがあります。授業の流れとはあまり関係がなくともその都度、説明を加えていくことにしています。なぜなら、この一つ一つが、自分たちの習慣と違うことを知識として習得できる、好いチャンスだと思われるからです。

本当に「塵も積もれば山となる」。こういう日常の一つ一つは小さなことではありますし、どこまで理解させられたかはわかりません。しかしながら、彼らを変えていくきっかけとなっていくかもしれません。こういうことを聞いた後でのアルバイトでの作業は、聞く前とはきっと違うことでしょうし、その経験がまた重なれば、「納得」していけるでしょう。

ただいつまでも変われない人は、注意されること自体が不満なのです。それどころか、反対に、「私たちだって楽しむ権利がある」と噛みつかれたことさえありました。

真夜中に近所が寝静まっているときに酒を飲んで大騒ぎをすれば、それは近所迷惑ではおさまりません。警察沙汰になることさえあるのです。それなのに、「なぜそれがいけないんだ。私の勝手だ」となる。そういうことが全く理解できないのです。きっと国では、彼らの親も親戚も、周りの人たち皆が、そうやって騒いで楽しんでいたのでしょう。そのとき、通りがかった人がいれば、そういう人に声をかけ、一緒に騒ぐことだってあるでしょう。だいたい、農村部かそんなところで、騒いでも近所迷惑なんてことはないような場所で育っているのでしょうから。

日本では、そういうことは、よほどの田舎に行かない限り、なかなかあることではありません。

ここ、行徳近辺はいわゆる都心で働く人も多く、夜はシ~ンと静まりかえっています。みんな寝ているのです、翌日の仕事や勉強に備えて。友達と飲んだり、食事をしたりするのは、会社の近くの飲み屋でしょうし、あるいは戻ってきてするにしても、まず家でやるということはないでしょう。この近辺の居酒屋などでして、自分の家で真夜中に大騒ぎをする人など、まずいません。

で、それをしないように、毎回入学式の度に注意しているのですが、それがわからない。
もちろん、これはベトナムだけのことではありませんでした。以前、寮に住まわせていたスリランカの学生にもありましたし、中国人の学生にもそういう人はいました。

ただ今は、中国人の学生は少なくなりましたし、スリランカの学生は、スリランカの日本語学校のほうで、日本での部屋のことは考えてくれることになっていますので、問題はベトナムの学生だけになりました。

で、話は戻ります。

なぜ、感心させられたかと言いますと、二年生がこちらの意を汲んで、ベトナム人にもわかるように説明し、日本はベトナムとは違うということをはっきり言ってくれたようなのです。それは新入生のうち、一番文句を言いに来ていた、あるいは不満タラタラの表情をしていた学生の顔つきがどんどん変わっていったのを見てもわかりました。

「(クラス分けのことについても)学校で決める。学校で決めたことには従ってもらう。(また他の場所に住みたいということについても)、勝手に引っ越したりするのであれば、私たちは「留学したい」というあなたたちの希望を受け入れることはなかった。寮に住むという約束をしたから、この学校で申請をしたのだ」と、かなりきつく言ったのですが、そのころにはもうベトナムや中国流の「大声で騒いだ者勝ち」という様子は消え、大人しくなっていました。

反対に、私が強く厳しく言ったとき(多分語気がきつかったのでしょうね)、隣にいたネパール人グループが皆ギョッとした顔で私を見たのです。彼らの国では、こういう大声で叱責する、されるはあまりないのでしょう。彼らの方が緊張していたと、職員室に戻ったとき、ネパール担当の教員が笑いながら話してくれました。

お国柄、あるいは昔からの伝統、躾が生きているかどうかということも関係しているのかもしれませんね。

日々是好日
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