日本語学校からこんにちは 〜水野外語学院日本語科〜

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「夏休みは『魔の期間』」。

2014-08-26 10:01:58 | 日本語学校
 曇り。

 昨日は、降る降ると言われながら(自転車で行くのはやめておこうかとも思っていたほどでした)、結局は雀の涙ほどしか降りませんでした。

 今日はどうでしょう。予報によると、今日はまとまった雨が降るそうで、大雨の被害を受けた方には気の毒ながら、雨というものは、降らなければ降らないで、その地の者にとっては、これまた辛いことなのです。

 さて、学校です。

 昨日は、三人、勉強にやって来ました。おそらく、真面目な先輩が「アルバイトが休みなら、部屋でうだうだしていないで、学校へ行って勉強しろ」とお尻を叩き叩き、連れてきたものと見えます。この後輩二人、何かと言えば「○○さんに聞いて…(から、答える)」と言っていましたから。

 とはいえ、来れば、そして、(教師に)質問されれば、自分の頭が「学校での日本語」から、かなり隔たっていることに気づくはずです。

 実は、ある意味では、夏休みというのは「魔の期間」でもあるのです。

 前に、こういう学生がいました。夏休み前までは一生懸命に勉強していました。本当は、下のクラスでもう一度勉強した方がいいのかもしれないが、ここまで休まず真面目にやっている学生を落とすのは忍びないと、そのまま、そのクラスにおいていたのです。

 ところが、休みが明けてやって来ると、「こりゃあ、ないでしょう。(やはり、もう一度やり直した方がいい)」。それで、その学生を呼んで、彼の今の状況を話し、どうしたいか聞いてみました。余程頑張らなければ、このクラスにおいておけないと言って。

 彼は、このクラスにいたいから頑張ると言い、まあ、本人は大変だったでしょうけれども、喘ぎながらも、どうにかそのクラスで頑張ることができました。休みが多ければ、まず、問答無用です。しかし、彼は休まなかったのです。それが一番大きい。

 高校生とは違い、彼等は休みの間は日本人と同じだけ働くことができます。経済的にあまり恵まれていない学生にとっては、これは願ったり叶ったりのことなのですが、その反面、日本語の勉強が等閑にされてしまうという危険性もあるのです。

 アルバイトの時は、聞いて、話すだけ。しかも、そこで繰り返される生活日本語とも言えないような、簡単な日本語の羅列でしかないのですが、それらだけには、反応が早くなります。ですから、そういうアルバイトに熱心に励んだ学生は、ちょっと見には、それなりに、受け答えが上手になっているように感じられるのです。

 そうすると、(本人が、なのですが)「これで、もう不足はない」という心の状態になってしまったりするのです。なにせ、アルバイト先ではうまく行っているわけですし、そこでは、「上手。本当に日本語が上手」なんて言われたりするわけですから。

 知識を吸収するとかいうのとは、全く別の次元で、自分は日本語が上手であるという思い込みが完成してしまうのです。

 ところが、学校に来てしまうと、「中級」(「N4」か、せいぜい「N3」くらいのものなのですが)で学ぶ日本語がわからない。それは、「漢字圏」の学生とは違い、一回でも休めば、学校での授業だけしか頼らざるを得ない学生は、(わからないので)もうそこで、「テキトー」となってしまうのです。

 「N3」レベルの文法でも、彼等にしてみれば、簡単といえるようなものばかりというわけではありません。おまけに、日頃、アルバイトなどで遣わないような単語がどんどん出てくるのですから。

 アルバイトの時のように、「これ、いくら」とか、「おいしいね」、「お水ちょうだい」なんて言葉ばかりでしたら、彼等も、店で出会った日本人が言うとおり、「日本語、上手だね」で通せていいのでしょうけれども。

 とはいえ、この「差」が判らないままの人も少なくないのです。一見、流暢に話せているようですが(表情も、堂に入ったものですし)、その実、正確なところは、あまり判っていないのです。学校でも、判らないので、寝ているか、騒ぐしか出来ない人もいるのですから(普通は、下のクラスでもう一度やってもらったりするのですが、午前から午後、午後から午前に替わるというのは、アルバイトの関係上、難しくて、出来ない場合もあるのです)。

 判った風をしていても、問い詰めると、テキトーに聞いていたということがすぐに判ってしまうのですが、そこはそれ、日本であろうが、どの国であろうが、そうやって、問い詰めて、その人の日本語のレベルを上げてやろうとするような、「親切な」人はそれほど多くはありません。

 そういう外国人と話している日本人にしてから、本当は、かなり「テキトーに聞いている」のです。だって、面倒ですもの。それは、どこの国であっても同じでしょう。

 耳と口だけで、終わりという人が今年もかなり出ています。残念だと思いますし、学校の授業の時には、ある程度は書かせているのですが、そればかりやるというわけにも行きません。その時間を長くすると、進度がどんどん遅くなっていきます。本当は家で、10分なり、20分なり書いてくれればいいのですが、家で勉強するという習慣のない人たちも少なくないので、進度を犠牲にしてもそうせざるを得ないのです。が、実際のところ、教えているこちらにしても、内心忸怩たるものがあります。この時間をもう少し他のところへ回せたらなというふうに。

 とはいえ、これは「気持ちの問題」なのです。

 わたしは、たとえ親切心からであろうと、普通は、「(頭ごなしに)これをやれ」とは、言えません。なぜそれをしなければならないか、判った上で自発的にやるのでなければ、続かないでしょうし、学生の方でもまた、犠牲者のような気分になって、少しも楽しくはないでしょうから。だから、うまく流れないときもあるのでしょう。またそれがわかるような相手には、だいたいいう必要もないのです。

 ところで、昨日、来月帰国するという卒業生がやって来ました。

 聞けば、日本に来てから、もう9年が過ぎているとか。話しているうちに、お互いに、まずい(できれば、忘れて欲しいような)ところばかり覚えているのが判って、大笑い。

 これから、母国で過ごすにせよ、あるいは他の国で過ごすことにせよ、日本で過ごした毎日は、きっと役に立つはず。さらなる発展を、教員一同、祈っていますよ。

日々是好日
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「夏休みでも、学生は来ますね。... | トップ | 「休み中、学校に勉強しに来た『... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。