※平安・高彬×現代・瑠璃のパラレル設定です。苦手な方は閲覧ご注意ください。
「あら?高彬、今日は仕事、行かないの?」
いつも出仕する時間になっても、狩衣姿で邸内で寛ぐぼくに気が付くと、瑠璃さんが声を掛けてきた。
「うん。今日は物忌みでね。出仕は控える日なんだ」
「あ、そうなのね」
千年後の世界から瑠璃さんがやってきてから、すでに二週間が過ぎていた。
そろそろ長雨も終わりに近づき、晴れ間の続く日も増え、陽射しに夏の暑さが感じられる今日この頃である。
瑠璃さんは驚くべき順応性を発揮し、この二週間ですっかり平安の生活にも慣れ、田嶋を始め、ここ鴛鴦殿の使用人にも馴染み、それどころかちょっとした人気者になっていた。
元々が年嵩の者たちはあれこれと詮索してこないし、瑠璃さんのことも「楽しい姫」くらいの認識しか持っていないようである。
少し前、田嶋に
「高彬さま。あの姫さまはいつまでこちらにご滞在なさるのですか」
と聞かれ
「うん、まぁ、いずれは帰るけど・・」
言葉を濁すと
「おられなくなると、淋しくなりますなぁ・・」
独り言ちながら首を振り、そのまま下がって行ったことがあった。
淋しくなるのは、ぼくもだよ───
田嶋の背中に向かって呟き、密かにため息を吐いたりした。
実際、瑠璃さんのいる毎日は楽しかった。
宮廷でどんなに嫌なことがあってもくさくさすることもなかったし、嫌味を言われても聞き流すことが出来るようになっていた。
瑠璃さんはぼくが帰ってくると、必ず何があったかを聞きたがり、例えば嫌味を言われたことを話すと即座に笑い飛ばしてくれ、そうすると確かにどうでもいいことのように思えてくるのだった。
「ねぇ、高彬」
「何だい、瑠璃さん」
「物忌みの日って、どこにも出掛けちゃいけないの?」
「うん、まぁ、基本的にはそうだけど。どこか行きたいところでもあるのかい」
「ほら、いつかの三条邸。結局、それっきりになってるじゃない」
「・・・」
「何か手掛かりがあるんじゃないかと思って。今日、行けないかしら。高彬の友だちが住んでるんでしょ」
「あ・・。うん、そうだね。ちょっと聞いてみるよ。いけるようならお邪魔してみようか」
「うん」
瑠璃さんはにっこりと笑い、笑い返しながらも、瑠璃さんが千年後に帰る方法を模索していると言う事に、心が沈んで行くような気持ちだった。
(当たり前じゃないか)
自分の心を叱責する。
ぼくだって何か帰る手立てがないかを探してるつもりだし、ただ、何だか瑠璃さんのいる毎日は楽しくて、瑠璃さんも馴染んでるように見えるから、瑠璃さんはずっとここに居て、この先もずっと居てくれるように錯覚しているだけなんだ。
(瑠璃さんは千年後に帰る人)
そう言い聞かせる。
*******
融から折り返しの文があり、今日の夕方には在邸しているとのことで、少し早めに瑠璃さんと鴛鴦殿を出る。
開けた物見窓からは初夏を思わせる気持ちの良い風が吹き込んでくる。
「やっぱりこの時代の空気って綺麗なのねぇ」
瑠璃さんは大げさな仕草で入って来た風を吸い込み「おいしー」なんて言って笑っている。
「千年後はそんなに空気が汚れてるの?」
「うん、まぁね。この時代じゃ考えられないようなものがたくさんあるから」
「例えば」
「クルマとかバイクとか。今で言う牛車や馬の代わり。速い代わりに空気を汚すの」
「ふぅん。千年後なんて、想像も付かないな」
「付かなくて当然よ。景色も様変わりしてるもの。こーんなに高い建物とかあるの」
「へぇ」
「後、インターネットとかね」
「何だい、それ」
「うーん。何て言うのかな。目に見えない電波なんだけど。ほら、今は用があったら、会いに行くか、文を送るしかないでしょ」
「うん」
「それを、もっと簡略化したものって言うのかしらね。会わなくてもね、ポンってスイッチひとつで文を届けたり出来るの」
「便利だね」
「便利だけど、人と会わずに全てが事足りるようなところがあって良し悪しよ。一回も会わずにメール、・・文のやり取りだけで結婚しちゃうような人もいるし」
「へぇ、何だか千年後って今と似てるところもあるんだね。会わないで文だけで結婚するとか、瑠璃さんみたいに会ったこともない人と、もう結婚が決まってるとか」
そう言うと、瑠璃さんは何事かを考えるような顔で黙り込み
「千年後と今が似てるなんて思ったことなかったけど、言われてみたらそうよね。あたしがここに来たのも、案外、それでなのかしら・・」
難しい顔でぶつぶつと呟いている。
「あ、瑠璃さん。もうじき着くよ」
「うん」
「知り合いの姫、とだけ言うから、適当に話を合わせてよね」
「まかして」
瑠璃さんは胸を叩き、やがて牛車は三条邸の西門をくぐると車宿りに着いた。
<続>
次回、時空を超えた瑠璃と融の対面に、クリックで応援をお願いいたします。
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「あら?高彬、今日は仕事、行かないの?」
いつも出仕する時間になっても、狩衣姿で邸内で寛ぐぼくに気が付くと、瑠璃さんが声を掛けてきた。
「うん。今日は物忌みでね。出仕は控える日なんだ」
「あ、そうなのね」
千年後の世界から瑠璃さんがやってきてから、すでに二週間が過ぎていた。
そろそろ長雨も終わりに近づき、晴れ間の続く日も増え、陽射しに夏の暑さが感じられる今日この頃である。
瑠璃さんは驚くべき順応性を発揮し、この二週間ですっかり平安の生活にも慣れ、田嶋を始め、ここ鴛鴦殿の使用人にも馴染み、それどころかちょっとした人気者になっていた。
元々が年嵩の者たちはあれこれと詮索してこないし、瑠璃さんのことも「楽しい姫」くらいの認識しか持っていないようである。
少し前、田嶋に
「高彬さま。あの姫さまはいつまでこちらにご滞在なさるのですか」
と聞かれ
「うん、まぁ、いずれは帰るけど・・」
言葉を濁すと
「おられなくなると、淋しくなりますなぁ・・」
独り言ちながら首を振り、そのまま下がって行ったことがあった。
淋しくなるのは、ぼくもだよ───
田嶋の背中に向かって呟き、密かにため息を吐いたりした。
実際、瑠璃さんのいる毎日は楽しかった。
宮廷でどんなに嫌なことがあってもくさくさすることもなかったし、嫌味を言われても聞き流すことが出来るようになっていた。
瑠璃さんはぼくが帰ってくると、必ず何があったかを聞きたがり、例えば嫌味を言われたことを話すと即座に笑い飛ばしてくれ、そうすると確かにどうでもいいことのように思えてくるのだった。
「ねぇ、高彬」
「何だい、瑠璃さん」
「物忌みの日って、どこにも出掛けちゃいけないの?」
「うん、まぁ、基本的にはそうだけど。どこか行きたいところでもあるのかい」
「ほら、いつかの三条邸。結局、それっきりになってるじゃない」
「・・・」
「何か手掛かりがあるんじゃないかと思って。今日、行けないかしら。高彬の友だちが住んでるんでしょ」
「あ・・。うん、そうだね。ちょっと聞いてみるよ。いけるようならお邪魔してみようか」
「うん」
瑠璃さんはにっこりと笑い、笑い返しながらも、瑠璃さんが千年後に帰る方法を模索していると言う事に、心が沈んで行くような気持ちだった。
(当たり前じゃないか)
自分の心を叱責する。
ぼくだって何か帰る手立てがないかを探してるつもりだし、ただ、何だか瑠璃さんのいる毎日は楽しくて、瑠璃さんも馴染んでるように見えるから、瑠璃さんはずっとここに居て、この先もずっと居てくれるように錯覚しているだけなんだ。
(瑠璃さんは千年後に帰る人)
そう言い聞かせる。
*******
融から折り返しの文があり、今日の夕方には在邸しているとのことで、少し早めに瑠璃さんと鴛鴦殿を出る。
開けた物見窓からは初夏を思わせる気持ちの良い風が吹き込んでくる。
「やっぱりこの時代の空気って綺麗なのねぇ」
瑠璃さんは大げさな仕草で入って来た風を吸い込み「おいしー」なんて言って笑っている。
「千年後はそんなに空気が汚れてるの?」
「うん、まぁね。この時代じゃ考えられないようなものがたくさんあるから」
「例えば」
「クルマとかバイクとか。今で言う牛車や馬の代わり。速い代わりに空気を汚すの」
「ふぅん。千年後なんて、想像も付かないな」
「付かなくて当然よ。景色も様変わりしてるもの。こーんなに高い建物とかあるの」
「へぇ」
「後、インターネットとかね」
「何だい、それ」
「うーん。何て言うのかな。目に見えない電波なんだけど。ほら、今は用があったら、会いに行くか、文を送るしかないでしょ」
「うん」
「それを、もっと簡略化したものって言うのかしらね。会わなくてもね、ポンってスイッチひとつで文を届けたり出来るの」
「便利だね」
「便利だけど、人と会わずに全てが事足りるようなところがあって良し悪しよ。一回も会わずにメール、・・文のやり取りだけで結婚しちゃうような人もいるし」
「へぇ、何だか千年後って今と似てるところもあるんだね。会わないで文だけで結婚するとか、瑠璃さんみたいに会ったこともない人と、もう結婚が決まってるとか」
そう言うと、瑠璃さんは何事かを考えるような顔で黙り込み
「千年後と今が似てるなんて思ったことなかったけど、言われてみたらそうよね。あたしがここに来たのも、案外、それでなのかしら・・」
難しい顔でぶつぶつと呟いている。
「あ、瑠璃さん。もうじき着くよ」
「うん」
「知り合いの姫、とだけ言うから、適当に話を合わせてよね」
「まかして」
瑠璃さんは胸を叩き、やがて牛車は三条邸の西門をくぐると車宿りに着いた。
<続>
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>「なんだか、他人の気がしないのよねえ、あなた」などと言いながら、初対面の融の頬をプニッとツマミそうな瑠璃さんです。笑
確かに!
摘みやすそうなホッペしてそうですしねぇ。
>帰って欲しくないよねえ。私も帰って欲しくないもの!
うぅぅ・・。そうですよねぇ・・
帰って欲しくないよねえ。私も帰って欲しくないもの!