だれかと一緒に笑いたいなって思いました

3・11  あの日から一年が過ぎました   
今からでもわたしにできることは・・ 

頑張ってみたけど 負けた。。

2013年06月16日 | 日記

極力薬は飲みたくないので、痛いの我慢してましたが、痛すぎた・・ 

耐えてるだけで精いっぱいって感じで何もできなくなるし、諦めてお昼に鎮痛剤飲みました。

大体夜まで効いてくれ、やはり快適! あの痛みさえなければ普通にいろんなことできるので、効いてるうちにオクラ植えたり、買い物行ったり食事つくったり、はかどってよかったです。

が、切れたらトタンにまたあの激痛  

寝るために二錠目飲んで、ただ今効いてくるのまっているところ。

様子見ましょうってことだから、我慢したり鎮痛剤飲んだりしてしばらく過ごすしかないみたい。

いつまで続くんだろ。

そろそろ効いてきたみたいだから寝よ。

 

 


深夜二時から目が覚めて・・ - -;

2013年06月16日 | 日記

激痛の嵐に耐え切れず、深夜二時頃から眠れずにいたところです。

左耳の後ろピンポイントにズキッ!!と激痛、二日続いているので病院いってみたら頭痛というより神経痛といわれ、ちょっとびっくり。

頭の神経痛ですか? と思わず聞き返したのですが、あるんだそうですそういうの。

今は痛くて眠れないから、何とか痛みを和らげる方法ないかとPCで調べたりしてるんですが、温めるといいとか、冷やすといいとか・・ どっちなの? 

ついでに神経痛ってどういう事だろ? と色々みたら、後頭神経痛というのがあって、結局これのようです。

症状も痛みが走る場所も痛み方もまるでその通り! って感じなので。 CTで頭の中の異常ではないのは検査済みだし。

原因としてあげられていたのはストレスと疲労。 確かにそれが元と言われれば納得。 

 

 


今夜は飲み会 ^^

2013年06月14日 | 日記

中国語教室の先生からお茶をいただきました。 二種類の鉄観音です。 

先生もいただきものだそうですが、「きっと美味しいはずですよ!」 の言葉通りとても美味しいお茶でした。  一概に鉄観音と言ってもピンキリ。  これは高級なお茶だそう。  今は左側の方を飲んでます。

     

 

お茶請けは、かわいい金平糖。 娘のお友だちが京都方面を旅したおみやげに頂いたもの。 色が美しいです、これ実はトマトの手作り金平糖。 初めて食べました。  

          

器は三月に香港行った時に買った小さな陶器、葡萄の絵柄と色合いが気に入りました。

 

この前中国語教室に行ったら、中国語スピーチコンテストの話題が出てました。 

同じクラスの方も何か励みになるかもと、去年参加されたそうです。

このコンテスト、「全日本中国語スピーチコンテスト」といって、毎年開催されているとのこと。 朗読の部と自分で作文して発表する部とあって、後者の方だけは県予選を兼ね一位になったら東京の全国大会に出場。

同じクラスの方たちは自分のレベルにあった級の朗読に参加したと言っていました。

今年はわたしも挑戦します!(決意) 朗読の部で金賞目指します!(決意)   

スピーチはまだ・・・ ムリな気がするし、というのもスピーチ後に審査員からの質疑応答があるらしく。  自信ない。

 

最近思っているのは、通じる中国語を身に付けたいという事。 何年教室に通っても通じなければ意味がない!  聞いた中国人が想像力フル回転させないと何言ってるんだか分らないようじゃ、勉強してるかいもない。  残念ながら、現在わたしの中国語は中国人に通じない・・

だからやっぱり発音だと、只今基礎からやり直しています。 その勉強の成果を試したり、学ぶ励みにするのにも朗読ならいいかなと思うし。

 

最近娘も習い始めました。 わたしは自己流の癖がついてしまったので正しい発音に直すのが苦労ですが、はじめっから正しく教えてもらうと覚えるのも早そう。 今週は四声を褒められてなんて言ってました、ただ、、地道な復讐・練習をどれだけ出来るのか・・ 娘の場合そこが重要な問題です! わたしもだけど。 

来週から中国人のおんなの子が入所するそうなので、仲良くなれたらうれしいな。

 

 


肌寒い日曜日ですね。

2013年06月02日 | 日記

庭に出て花々の手入れをしたり眺めたりが、毎日の日課になっています。

ジョウロで行ったり来たりの水やりも、軽く1時間半くらいかかるくらいになりました。

 

アリッサムがかわいく見ごろ!  

         

この一帯で花や葉をむしゃむしゃ食べあらすナメクジには閉口中ですが。   

とうとう昨日ナメクジ退治薬まいてしまいました。  只今薬じゃない退治法研究中!  夜にライト照らして割り箸でとったりも・・ 気持ち悪いけど、確実に減る感じします。  

わたしが今一番待ち遠しく、楽しみにしているのが、これ。 芍薬です。 ポーラフェイという品種。

一昨年植えて今年で三年目、やっと蕾を付けこれくらい開きました♪  きっとそれはそれは、美しいはず!

   

 

今年は肥料もあげたせいか、ナスタチウムがいい感じにこんもりしてきました。 食べるとワサビみたいな味がします。

今のところは観賞だけになってますが、いつかお料理にも使ってみようかな。  

       

 

玄関の花を変えました・・ 

庭の花をちょっとづつ摘んできて、こんな感じです。 

  

 


ふたつの「てのひら」

2013年05月29日 | 伝えたいなって事

友人が自身のHPに・・・
ソーシャルワーカーの彼は、相談を受けてきたある青年の「自死」に衝撃を受け、果たして自分には「ソーシャルワーカー」として仕事をしていく資格などあるのだろうか!? と、この数か月自分に問い続けてきたようだ。  その打ちのめされるような衝撃から何とか立ち直れそうな気がしていた矢先、また新たなショックが襲った。  29歳になる女性が病気で亡くなった。 彼女は彼が3年前から色々と相談を受け、心に寄り添ってきた人。   彼の日記は、大量の文字で埋められていた。

         

~ この間、ぼくはいろいろなことを考えてきた。

彼は3年前に彼女と初めて会った時に、ある 宿題 を投げかけられたそう。
というか、彼は勝手にそう受けとめた。
よくぞ今まで生き残ってこれたと思うほどの彼女の人生。
「殺人以外のことは全部やってきたから」 と彼女は笑って語ったという。
そんな道程を抱えていた彼女に、彼は純粋にこう尋ねたくなった。

「教えて欲しいんだけど、あなたやあなたのもとに集まってくる女の子たちが、そのような哀しみと苦悩に満ちた人生の中で生き残っていく上で必要なものって、何なのかな?」

すると彼女は優しく微笑んで、彼に右手を伸ばし 「それは “これ” だよ。」って。
そのしぐさの意味がわからなかった彼は、もう一度尋ねたそうだ。
「だから、これだよ、 『手のひら』 だよ。」
そう言いながら彼女は笑い、次のようなことを話してくれたという。

「昼の世界から排除され、はじかれた私たちは夜の世界で生きるしかないんだよ。
そんな時に明らかに危険と思われる男たちが私たちに寄ってくるんだ。
『そうか、そうか辛かったんだね』 って言って 『手のひら』 を差し出して、頭をヨシヨシしてくれる。
わかっているんだよ、そいつらが何を求めているのかは。
でもね、心の奥にどうしようもない淋しさや哀しみを抱えている者にしたら、その危ない 『手にひら』 にすがってしまうんだ。
私たちが生き残るためにはその 『手のひら』 が、その時には必要なんだよ。」

そう話した後に、彼女は彼の眼をまっすぐに見つめて真剣な眼差しで、
「Kさん、 Kさんは私たちのような人間を支えることが出来るそんな偽りではない本当の 『手のひら』 を私に差し出すことができるの?」
こう言って、悪戯っぽく笑ったそうだ。

彼は彼女の生前の写真を眺めながら、今も彼女から問われている。

 “Kさん、あの時の 『手のひら』 の意味、わかった?”
 “Kさん、私が欲しかった 『手のひら』 を差し出すことができるようになった?” ・・・って。

   

わたしは久しぶりに本を読んでいた。   浅田次郎の 「昭和侠盗伝」。
その中に出てくる寅弥という男が、我が子のように可愛がっていた勲。
その子が召集されることになった。
絶対帰って来いと言いながら、出征の日 寅弥は思っていた。

「読み書き算術も教えることはできなかった。
そればかりか人並みの説教すらできず、肩車に乗せ、頭を撫でて十五年を寄り添った。
ほかにはなにひとつできはしなかった。   寅弥は俯いて掌を見た。
何もしてやれなかったけれど、この掌が勲の肌の温もりを覚えていた。」

   手のひら・・・   掌 ・・・
   ふたつの “てのひら” のこと  わたしも考えた。