こころの平和から社会の平和へ
水島広子の活動報告や日々思うことを述べさせていただきます。この内容はメールマガジンで配信しています。




2017年6月のツイートより(抜粋)

2017年6月のツイートのうち、反響の大きかったものを抜粋してまとめました。


 6月2日(金)

著書『「他人の目」が気になる人へ 自分らしくのびのび生きるヒント』増刷のお知らせ。この本が多くの方に読まれることは希望につながると思う。ありがたい。http://amzn.to/2rrbjop

私の人生における発生頻度は低いのだが、あるきっかけによって、私は昨夜から今日にかけて、結構落ち込んでいる。でも「自分最悪」と思っているときに限って「著書を読んで救われました」というメールがいくつも届く。私と距離が遠い人でも、励ましのメッセージはいつでも大歓迎です!

応援メッセージにも力を借りて言わせていただくが、私は政治を敬遠する気持ちがよくわからない。エセ三流政治屋を疎ましく思う気持ちは全く同感。しかし、政治こそ、自分の払った税金が首相の個人的親友に使われるのか、本当に必要がある子どもたちなどに使われるかを決めるもの。頑張らなきゃ。


6月3日(土)
今日は、ゆるしについて考えるAHワークショップの日でした。AHの中核でありながら、わかりにくい「ゆるし」についてみんなで考え、いろいろな発見をしました。涙あり、楽しい笑いありの、AHらしい温かい一日となりました。AH仲間の皆さま、ありがとうございました。

「頑張る」について私が思うこと。「頑張れ」も「頑張らなくてよい」も、その本質はアドバイスなのかなと。私が患者さんによく言うのは、「もう十分頑張っているんですよ」ということ。頑張りを認められることで、人は少しやすらかな気持ちになれる。

(1)「政治色が強い」と思って敬遠される、というのは、私がAH活動を真剣に始めるにあたってまずは党派を背負う国会議員をやめよう、と決めたことと共通します(そういう意味で郵政解散は本当に恵みでした。選挙は真面目にやりましたが。あまりにも選挙が急で、後継者を決められなかったので)。

(2)「政治色」ってなんだろうと考えてみると、「自分の正義を押しつける」「反対意見を攻撃する」というイメージなんだろうなと思います。でも今の私も政治にはものすごく関心が高くて、自分の政治活動はAHだと思っている。つまり、相互理解なしに、政治なんてあり得ないと思っているんです。

確かスタンフォードの研究でしたでしょうか。頑張った成果をほめられた群と、「頑張った」ことをほめれた群を比較すると、成果をほめられた群は、やはり「成果」にとらわれて臆病になる。でも「頑張った」ことをほめられた群は自由に頑張る。スタンフォードでなければ、訂正してください。


6月4日(日)
昨日の「ゆるし」のワークショップ参加者の方から。「みなさんの暖かさとかやさしさが伝ってくる安心安全な場所は、生きていく上で、あるとないのでは大違いだと、改めて感じました。」という感想が届いた。ここのところ自己嫌悪気味の私にはものすごく温かく効きます。


6月7日(水)
相手がした不適切なことを「大目に見る」ことと、AHで言う「ゆるし」とは全く違うものです。両者が同時に起こることももちろんありますが。この二つの違いについては、ワークショップで一日かけて皆さんに腑に落ちていただいたこと。書籍化できるとよいです。難しいテーマですが。

少し。相手のひどい行為を「まあ、仕方なかった」と「大目に見る」のは漢字の「許し」、それとは全く関係なく自分の本質が損なわれていないことを確認するのがひらがなの(AHの)「ゆるし」だと私は思っています。 http://amzn.to/2sfTBqu に少し書きました。


6月8日(木)
官僚になる人は、本当に国民のために働きたい人と権力欲ゆえの人と、それらの混合型がいる。今回の文科省の騒動は、その両者に辛い思いをさせているのではないか。前者はもちろんだけれど、権力欲の人も、こんなばかげたことを肯定した過去があったら、必ず出世に響くだろうな。


6月9日(金)
私が尊敬する米国の超一流精神医学者に相談があってメールしたとき、「お互いの国のリーダーがましになるといいですね」と書いたら、「Yours is bad. Ours grotesque. 」という返事が。笑ってはいけない深刻な話だが笑ってしまった。


6月10日(土)
(1)思春期の患者さんと話していて、AHと正反対の世界観・人間観を押しつけている教師がいることを知った。即刻教師をやめてほしい。でも無理だろうから、AHをもっと頑張りたい。執筆も。私は幸い(?)小3からあらゆる教師を信じずに生きてきたから、よい影響も悪い影響も受けていない。

(2)私にも「もっと素直に学生生活を楽しみたい」と思った時期はあった。今、まっすぐに学生生活を満喫している息子を見ると、羨ましい。でも、変な教師の価値観を素直に吸収してしまうということを考えると、自分という人間を確立する上で、教師不信はプラスだったのだなと妙に納得。

私は人間の本質は温かいこころだと信じている。AHやIPTをやっているのは、そういうエネルギーに触れる時間を増やしたいからだと思う。AHが温かいのは当たり前。症状に縛られている患者さんは怖れに満ちあふれているけれども、信頼関係の中で、本質である温かさに触れると「大丈夫」と思う。

AHでは、原則12により、「強く叱責して直そうとするような人」は、「助けを求めている人」と見ます。そう見ることで、自分自身の心の平和が保たれるからです。人を変えることはできない。責任が持てるのは、自分自身の心の姿勢だけ。人が変わるのは、その人のタイミングで。


6月11日(日)
不勉強な私が知る限り、時の中曽根康弘首相に堂々と「私は閣議でサインしない」と反対意見を述べて首相に断念させた官房長官が後藤田正晴さん(私がとても尊敬する政治家)である。そんな国会議員としての良心や胆力を菅官房長官に期待するのが間違いなのだろうか。


6月19日(月)
トロントの国際対人関係療法学会から帰ってきました。学術的参加に加えて理事としての会議やポスター審査などもあり、早朝から夜遅くまで、1分でもあれば眠りたい、という感じの過酷なスケジュールでした。でも学びも交流も濃厚で、よい集まりでした。

「国境なき医師団」で、現在バグダッドで活動しているブラジル人精神科医(女性)もイラクからの参加で、対人関係療法を「国境なき医師団」にも取り入れたいと意欲的でした。いろいろ話しました。

ポスター発表で私たちが最優秀賞に選んだのは、モザンビークでの研究で、同じくポルトガル語を話すブラジル人治療者が現地の治療者を4日間トレーニングする、というものでした。筆頭著者は日系ブラジル人で、見た目は日本人です(日本語は一言も話せませんが)。前からの友人です。

日本でもそうですが、対人関係療法を専門にしている人たちの集まりは、とにかく温かく気持ちがよいです。学術的なレベルは高く妥協はありませんが、「べき思考」がないのも特徴です。それぞれの人の現実をよく知って治療していく対人関係ならではの、他者尊重というのでしょうか。

基本的には学会の枠の中で行動していましたが、一夜だけ、創始者ワイスマン夫妻に誘ってもらって3人で食事しました。どちらの国も政治的な問題を多く抱えていて、そういう話をしたかったみたいです。いつも私の話を「おもしろい」と聞いてくれます。お孫さんの写真等もたくさん見せてくれました。

いろいろと新しいアイディアを持って帰ってきましたので、また仕事が増えそうです(いつも自発的に仕事を増やし、忙しい忙しいと文句を言うパターンですが)。とにかく、「ちゃんとした対人関係療法」を日本にしっかり普及させたいです。

対人関係療法家相手には政治を安心して語れるのは、基本的に皆リベラルだから。人の事情を知れば知るほどリベラルになる。今の政治的対立点はもはやイデオロギーなどにはなく「どれだけ知っているか」「知らないか」だと思う、と言ったら、兄貴分は「知りたいか、知りたくないか」だ、と。

実はちょうど30年前、19歳だった私はカナダ、バンクーバー近郊に3週間のホームステイをした。初めての、全く一人での海外体験だった。ホストファミリーとの親交は続いており今年の2月も東京でもてなしたばかり。カナダ30年記念であると同時に、カナダ東部初体験だった。

今回の学会の日本人参加数は過去最多。若い精神科医の参加もとても心強い。また理事会でチェックしたところ、ちゃんと会費を払っている人数は、英語が苦手なはずの日本でかなりの人数。国際学会の現在の認識では、日本は「かなり普及している国」。あとは治療者の養成と保険適応。


6月22日(木)
驚く嬉しいお知らせ。細川貂々さんとの共著「それでいい。」が発売後すぐなのに重版になったそうです。貂々さん、嬉しいですね! http://amzn.to/2sTCNWt

(1)デング熱。私の人生を大きく変えた病気です。2010年に罹患しました。ウイルスは4つあり、それぞれは終生免疫を獲得するものの、他のウイルスにかかると重篤化してデング出血熱になると。2010年の私はデング出血熱で、おそらく2つめのウイルスの感染でした。

(2)ものすごい出血量で、氾血球減少症となり、あと0.1血小板数が下がれば輸血、というところまでいきました。原因がよくわからない嘔気がひどく膿盆を抱え込む生活。血小板数が0.1上昇したところから出血はぴたりと止まり、生存の世界に帰ってきました。

(3)他の感染症の可能性も否定できませんでしたから、国立感染症研究所が私の抗体を調べた上での確定診断ができるまでは隔離されていました。頭痛と不眠がすごいので夜の巡回の際に看護師に伝えるのですが、私より若い当直医は何もできず。あらゆる薬が、血球を減らすリスクがあるからです。

(4)私は2回目だったのでデング出血熱でしたが(熱は40度くらいまで上がります。私はその状態で3日間の診療をし、その後1日CS放送に出演して、その2日後に済生会中央病院でデング熱?と言われ入院となりました。近医は「急性喉頭炎」と見事に誤診。「喉痛くないんですけど」と言ったけど。

(5)何よりもお伝えしたいのは、デンパサール空港に注意ということ。私はバリで、日本人など一人もいないひなびた漁村に泊まっていました。デング熱を媒介する蚊は都会暮らしだそうです。バリにずっと住んでいる人でも日本で発症している、ということからも空港が怪しいのでは、と思っています。

(7)ちなみに、WHOでは、「蚊」をとても重要な位置づけにしている。普通の日本人の感覚では、「刺されてもかゆさに我慢する」べきもの、という程度だが(私もそうだった)、病気の媒体として無視できない存在。日本の虫除けはパワーが足りないと聞いている。
まあ、デング熱で1週間強制入院になったおかげで、患者さんに迷惑をかけ、「身体を大切にしないと人に迷惑がかかる」ということをいやというほど学び、ランニングとかを始めたので、悪くはないのですが。


6月25日(日)
「ここまで言葉を尽くしても、どうしてそんなふうに受け取ってしまうのだろう?」とかなり悩んでいた問題があったのだが、言葉を尽くした上での相手の理解に悩むというのは、相手を変えようとしていることなのだなと気づいたら楽になって手放せた。


6月26日(月)

私は自分の文章のエネルギーへのこだわりが強く、どうしても「ライターに書いてもらう」という仕事ができない。そういう意味では初めてメッセージを託したのが貂々さん。もちろん漫画部分の文字のチェックはさせてもらったけれどもほとんど修正なし。それだけ信頼できたということ。


6月28日(水)
私が人の「事情」を強調するのは、あくまでも個人の心を平和にするため。組織におけるパワハラなどを、「まあ、上司にも事情があるから」と言ってお目こぼしするために使うようなことはくれぐれもしないでくださいね。

 



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