自死遺族とうきょう自助グループ みずべの集い
大切な人を自死で亡くされた方へ。
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映画の中で、踏み絵をふむかどうか悩む神父に「踏むが良い」と聞こえてきた神の声は優しかった。

江戸での長い幽閉生活の後、死の旅路に出る神父の手には手彫りの素朴な十字架がそっと握られていた。
隠れキリシタンが拷問にかかる前に感謝を込めて捧げた十字架。
踏み絵を踏み、信仰を捨てた深い哀しみと孤独、転びバテレンとして屈辱的に異国の地で生きるしかなかった神父。
しかし、彼のその後の日々は達観した僧のような心の自由さがあったのかもしれない。超越者を仰ぎみるだけではなく、自分自身に問うて生きていった部分もあるかもしれない。
キリスト教と仏教が不思議な形で彼の中で融合しているような気がした。
転びバテレンになった神父は死後の世界で何をみたのだろう。

原作者の遠藤周作の親友だった井上神父の晩年の姿も映画の主人公の転びバテレンと重なる。
厳しい弾圧、抑圧を受けても、人の心までは誰も束縛することはできない。
自由な心は人間だけがもつ惠みに感じ、映画を見終わったあと、心にしみいる静かな感動、安らぎを覚えた。
小説と映画との違いもあるとは思うが、若いころ読んだ時には厳しさばかりを感じた小説が、30年以上を経た今回は、苦悩の行きつく先に微かな光明、静けさ、平安を見出すことも可能であるとの暗示の物語であるように、私には感じられた。
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