自死遺族とうきょう自助グループ みずべの集い
大切な人を自死で亡くされた方へ。
私たちは自死遺族だけで、わかちあいの会を運営しています。
 



爽やかな秋風に誘われて、ちょっと遠出しました。
みずべの集いのミニ遠足でも何度か出かけた浜離宮庭園の散策が最初の目的地だったのですが、浜離宮の中にある水上バス発着場から、浅草行きの船に乗ってしまいました。
両岸の変化していく風景を眺めながら橋をいくつも潜り抜けて隅田川をゆっくり上り、浅草に到着。すると、今度はすぐ傍に東京スカイツリーが聳えているのを発見し行ってみることにしました。東京に住んでいながらスカイツリーに行くのは初めてで気持ちは高揚してきました。

そこまではとても気持ち良い東京散歩でしたが、スカイツリーに到着して、ショッピングタウンやサザエさん一家のキャラクターが描かれているカフェの窓絵が目に入るにつれ、なぜか気持ちがおちていきました。亡き息子のことがふっと心に浮かんできたのです。
その場に、幼い息子と共にいるような感じと、大人になった息子がガールフレンドと楽しんでいるような錯覚が同時におき、もうあの子はいないんだと現実の厳しさも加わり、急に寂しさに襲われたのです。子を亡くした私がこんなウキウキする楽しげな所にいてもしょうがないと気持ちが次第に沈んでいきます。

つくづくと、人により慰め、楽しみ、元気がでるものは違うことが身に沁みました。
私は自然の息吹が感じられる静かで爽やかな緑の多い場所に行くと、気持ちは落ち着き、頑張っていこうと元気も湧いてくるのですが、繁華街、にぎやかな所では、場違い感が湧き、元気が徐々になくなっていくのです。こうなったのはあの子を亡くしてからのことです。
目的を持って出かける普段のショッピングや外食は繁華街に出かけても今では平気なのですが、目的のない遠出だった先日の散歩は雑踏の中にいる孤独、喪失感、晴れの場での不釣り合い感を深く感じてしまいました。

でも、亡くした当初と比較したなら随分と気持ちは楽になってはいるのです。日常は普通に過ごしているので、急に湧いてきた心の痛みに、ちょっとびっくりし、少々うろたえたのかもしれません。

帰りには「東京ソラマチ」で亀戸天神のくず餅をお土産に購入し、久しぶりに江戸情緒たっぷりのひなびた味を楽しみました。寂しい、落ち込んだと言っても、美味しいものはおいしいと味わえ、楽しめる程度にはなっているのです。いろいろあっても、傍目から見るとまあまあ元気そうに生きてはいます。
生きていくしかないですし・・・ね。
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コメント ( 8 ) | Trackback ( 0 )


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コメント
 
 
 
Unknown (Unknown)
2016-10-31 20:39:40
スタッフさんには他にお子さんはいらっしゃらないのてしょうか…
そういう場所へはお友達と出掛けたらまた違うのかもしれないですね…
 
 
 
Unknown (こがらし)
2016-10-31 22:53:33
いつも、こちらのブログを読ませていただいております。
励まされたり、共感したり…

普段は(心の中はともかく)普通な感じで過ごされてるように思われるスタッフ様にも、
まだこのようにさみしさがこみ上げてくる時があるのだな…
と切なくなりました。

そうですよね。生きていくしかないのですよね。

コメントのお名前欄がunknown の方をお見うけしますが、
読んでいると混乱しそうになるので、ペンネームなどつけていただくと助かります。
よろしくお願いいたします。
 
 
 
ありがとうございます (スタッフ)
2016-11-01 20:39:32
Unknown様
こがらし様

こんばんは。寒くなってきましたね。
コメントありがとうございます。

息子を亡くしてからかなりの年月が過ぎ、日常はそれなりに生きてはいます。
どんな苦しさもいつかは薄れる時がくるとの実感はあるのですが、ふっと、「ああもういないんだ」と感じることもあります。そんな時に寂しさがこみあげてきます。
 
 
 
Unknown ()
2016-11-06 12:04:07
どこに行ってもいろいろ思い出して切ないですね。でもひきこもっていても更に落ち込んでしまうので、がんばって外へ行く、体を動かす、人と話す、ことを始めました。本当の自分を隠して、明るく生活するのもなかなかしんどいですが、すべてをさらけ出して悲劇のヒロインのようにならなくてもいいですよね。私は周りに気を遣われる方が辛いと感じています。
 
 
 
圭さま (スタッフ)
2016-11-07 06:18:23
圭さま、おはようございます。

自分の本音を隠して生きていくのは確かにシンドイですね。

急に辛くなった東京散歩のときも、心の動揺は同行者には一言も言わず、楽しげに過ごしました。

その葛藤があの日は辛かったのですが、
社会の中で生きていくには、そんなことが多々ありますね。
私も自分の苦しみを人にさらけ出すこと、その結果気を遣われることが苦手です。

ですから、日常はなにごともないようなふりをして淡々と過ごしています。

心のバランスは分かち合いの会で本音を聴いたり、自分も話すことでとっているのかもしれません。


 
 
 
Unknown ()
2016-11-07 18:45:09
辛い現実を隠し、何も知らない人たちと平気な顔で過ごし続ける事は可能なのでしょうか… 知られても辛いし隠していても辛い。でもやっぱり蓋をして過ごす方がまだその時間帯だけは逃れられているのかも知れないですね。罪悪感を持つ必要はないですよね…
私はわかちあいの会に行く勇気すらまだありません。
 
 
 
蓋をすることが必要な時もありますね。 (スタッフ)
2016-11-08 06:42:04
圭さま

隠していることに対して、罪悪感を持つことはないと思います。

話したいと思う人には話し、
話したくはないと感じる人には話さなくてよいと思うのです。

少しでも自分にとって、穏やかな気持ちになる方向を選ぶことが、辛い日々を生きていく上では大事で、必要なことだと私は思っています。
 
 
 
Unknown ()
2016-11-08 19:51:30
苦しい胸の内を身内に明かすのはダメだという事が私の結論です。
実母、実姉とは辛過ぎてお互いに連絡しなくなりました。
夫も私がおかしくなり独り言を言ったり取り乱したり泣き叫んだりすると、2階へ言ってくれと嫌な顔をします。
夫も辛いのは一緒なのですが、遺された家族の前では平静を装ってテレビを見て笑ったり明るくしているのです。
私は外で第三者の前では平静に過ごせるようになりましたが、家族の前ではおかしくなってしまうのです。
困ったものです。このままだと遺された家族も崩壊してしまうので踏ん張らなければならないのですが、ものすごく辛いです。
 
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