自死遺族とうきょう自助グループ みずべの集い
大切な人を自死で亡くされた方へ。
私たちは自死遺族だけで、わかちあいの会を運営しています。
 



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コメント
 
 
 
トーコさんへ (しんじ)
2011-05-15 12:51:04
メール拝見させて頂きました。
初めまして、スタッフのしんじと申します。

私は、暑い夏に妻を亡くしました。
生きてきた・・これから生きていく・・
すべてを持っていかれた様な強い絶望感におそわれました。

今もまだ、ドアを開けて帰ってくるような気がしています。
毎日何度も、何か出来なかったか、と思いめぐります。

想いに押しつぶされそうになる事もあると思いますが、そんな時は、ゆっくり休みましょう。

うまく伝える言葉はなかなか見つかりませんが、もたれる柱はどこかにあると思います。
ここも、その一つとして、いつでもいらして下さい。
お待ちしてます。

 
 
 
おはようございます (あやこ)
2011-05-24 07:22:09
また来てしまいました。
どうか暗い暗い気持ちを吐くことお許し下さい。


仕事もうまく行かず毎日潰れそうになりながら生きています。


朝が来るのが辛く、亡くなった母に会いたい気持ちばかりが募ります。孤独で辛い…


かといって安易に自殺の道は選べない。


生き地獄です。ぽっくり死ねたらいいのに。そればかり考えています。苦しくてしんどいです。
 
 
 
あやこさんへ (れい)
2011-05-24 21:56:17
肌寒く気持もどんよりするこの頃ですね。

あやこさんも朝が辛いのですね。

私も仕事を辞める前は朝が辛く、息子に会いたくて
生きていく気持が途切れそうで、苦しかった息子の思いに近づいたりして・・・


でも、少しゆったりと休むことが可能なら、


みずべに直接メールして気持が落ち着くなら、

少し話すことができたなら、


いつもあやこさん、お待ちしています。

温かな日差しのなかで大切なお母様を思い、
素敵な思い出とともに一歩づつ生きて下さるよう願っています。


私も、誰も切り捨てず、優しかった息子の思いを胸に大切に折りたたみ、時には広げて、強く生き続けたいと思っています。

 
 
 
あやこさんへ (ほたる)
2011-05-25 18:49:10
私もあやこさんと同じような気持ちで生きています。

今もなかなか、寝付かれず、色々考えては泣きながら眠りに入る日々です。

一日をやっとの思いで過ごしながら、一年という時間が流れましたが一周忌前後の2ヶ月は特に辛く苦しい毎日でした。

あやこさん、疲れたら無理せず休んでくださいね。


共に今日よりも明日、少しでも穏やかな時が流れるように願っています。

上手に伝えること出来なくて、すみません。
 
 
 
あやこさんへ お辛いですね (菜の花)
2011-05-28 01:25:54
あやこさん、はじめまして。
私は1年4カ月前に一人っ子を亡くしました。

繰り返し訪れる朝も夜も辛いですね。
私も毎晩「眠っている間にどうか・・・」
と祈りながら眠りますが、
毎朝「まだ生きていたのか」とがっかりしています。
「また今日も生きなくちゃならないのか」とむなしくてたまりません。

それでも、なんとか皆様に支えられて
地を這うようにここまで生きてきました。
今はただ息をしているだけでいいから、と
自分に言い聞かせています。
「なんとか生きていこう、と思える時がきっとくる」と以前、スタッフの方が書いて下さいました。
その言葉にしがみついています。

私は生きています。

一日一日を耐えて生き続けていけば
目に見えない何かが、ほんの少しずつでも
変わってゆくのかもしれません。

あやこさん、私たちはひとりじゃない。
日本の各地で、同じ苦しみを抱えた人たちが
また明日の朝を迎えようとしています。

―えらそうに書きましたが、
本当は私自身にそう言い聞かせているだけなのです。
辛い、苦しい、大声で泣きわめきたいです。

あやこさん、どうかご自愛くださいね。
お力にもなれなくて、ごめんなさい。


 
 
 
コメントを下さった皆様へ (あやこ)
2011-05-28 06:53:57
本当に心からの温かいお心が染みて涙が止まりません。
苦しい、苦しい、苦しい…そんな言葉を聞いて受けとめて戴けるだけで感謝しています。

どうしても朝は辛くて休日ですら早くに目覚めてしまう始末です。

潰れそうになりながら必死に生きることにすがっています。

もう疲れたから休みたいのに心はなかなか休めません。

這いつくばって今日も一日だけ考え生きます。どうかまた気持ちを聞いてください。お願いします。
 
 
 
初めまして (ここ)
2011-05-28 21:58:24
ケータイでサイトをみつけて読ましていただいてました。

私は3月に実の母親を自死で亡くしました。
葬式をして納骨もして…2ヶ月少したった今すごく辛いです。
ずっと信じられんかって…今でも信じたくない。
お母さんに会いたい…声が聞きたい…
最近よく思うのはお母さんが一番幸せだった時に時間を戻してあげたい。
それが、私が生まれてくる前でもいいから。
ほんまに何もできんでゴメン。
何でもっと優しくできんかったんだろう。
 
 
 
ここさんへ (れい)
2011-06-01 08:16:55
よくここまで来て下さいましたね

まだ2カ月程でどんなにお辛いことでしょう

私は3年前に息子を亡くしましたが、しばらくは亡くなった事実を素直に受け入れることはできませんでした。

息子と話した日々、思い出すとふっと穏やかな気持ちにもなるのですが、やはりもういない事実にとても
寂しい思いをしています。

納骨後、緊張感が途切れ、寂しさが募ってくることもありました。

どうぞお母様に沢山語りかけてあげてください。お母様が楽しく過ごされた時間は、ここさんといっしょに食事をしたり、テレビを見たりしたことかもしれません。

そして、ご自分を大切にされてお過ごしください。ここさんの温かい思いはきっとお母様に届いているかと思います。お母様の優しさはあなたの中に受け継がれているかと。

また、ここで辛い思いを沢山吐き出してくださいね。
 
 
 
れいさんへ (ここ)
2011-06-06 00:23:15
コメントありがとうございます
コメント下さったのに気づいてなくって返事遅くなりごめんなさい

何故かここ数日ゎ割と考え込む事もなく元気に過ごせてました
すごく波があって…何もできないぐらい辛い日があったり、逆に亡き母の分も精一杯生きていくんだと頑張ろうと思える日もあったり…すごく複雑で不思議な心境です

れいさんも辛いですよね…それなのに見知らぬ私の事励ましてくれてありがとうございます

今日夢で母がでてきて、生き返る夢でした。そして、自殺でゎなく殺されたと言う夢でした。
母が自殺するなんて…夢にも思わなかった…私の心境なんでしょうね。そして、生き返る夢ゎ2回目です。これも、きっと私の思いでしょうね。

今ゎ結構頑張れる感じなのですが…またそのうち折れてしまうでしょう。
そしたらまた吐き出させてください…
同じ様な方に聞いてもらえ、そして私も微力ながら支えあっていければと思います
 
 
 
ありがとうございました (菜の花)
2011-06-28 19:17:20
先週末に、ようやく「みずべの集い」に参加することができました。
スタッフの方々、苦しい心の内を率直にお聞かせくださった皆様、たどたどしい私の言葉を聴いて下さった皆様、本当にありがとうございました。

あれから一年半になりますが、いまだに息子の死を知人に伝えることができません。知人や親戚とも疎遠になりました。ただひとりの家族である夫とも、息子のことはほとんど話すことができません。かさぶたを剥がしあうようで、辛いのです。

表向きは何事もなかったかのように生活しながら、頭からつま先まで、息子の死の衝撃と混乱がいっぱいに詰まっているような感じがします。どこを切っても涙がぽろぽろ流れだして止まらなくなります。

でも、「みずべの集い」では、自死遺族の方々の輪の中に座っているだけで、大きな解放感を感じ、ほっと安心しました。ここでは息子の自死を隠さなくてもいい、元気なふりをしなくてもいい。背負ってきた重荷を下ろせるひとときでした。このような場を立ちあげて下さった方々に、心から感謝します。

「息子がもうこの世にいない」という現実は、母親には到底理解できるものではなく、今日も久し振りの青空をぼんやり見上げ、まだ東京の空の下で暮らしているのではないか、と愚かな妄想にとらわれていました。「あの時、ああしていれば、こうしていれば」と果てしない後悔はどうすることもできませんが、また皆様にお目にかかる機会を心の支えとして、なんとか2度目の夏を乗り切りたいと思います。お世話になり、ありがとうございました。


 
 
 
菜の花さんへ (ほたる)
2011-06-28 20:48:37
菜の花さん、私も息子を亡くして一年と一ヶ月が過ぎました。

同じ様に心の中は、息子のことでいっぱいで、何をしていてもいつも、息子のことばかり考えています。

息子のことを伝えるのが辛くて、誘いのメールにも返信をしていない友人もいます。本当に友人、知人とも疎遠になりました。親戚や家族とも息子のことを話すことが出来ません。息子の名前を他の誰かから聞くだけで涙が溢れ、声を出して泣き出しそうだからです。


いつも、息子に早く迎えに来て欲しいと思いながら生きています。

辛いとき、菜の花さんのコメントを何度も読みました。まるで、自分自身のようだからです。
心の中で話しかけていることもありました。
それだけでも、救われました。
助けられています。
ありがとうございます。






 
 
 
ほたるさんへ (菜の花)
2011-06-29 02:36:47
温かいコメントをありがとうございます。
ほたるさんも、一年と一カ月、このひりひりする地獄のような毎日を重ねて来られたのですね。私も四角をひとつずつ黒く塗りつぶすように、一日ずつ過ごして、なんとか一年半まで来ました。

あの日以来、私は、知人や親戚からのメールや電話の着信履歴を見ただけで動揺してしまいます。思い余って、今では知人からのメールは全部「迷惑メール」として自動削除されるよう設定してしまいました。以前の自分なら考えられないような非常識で失礼な行為です。でも、今はそのことで自分を責めるのはやめよう、と決めました。我が子を助けられなかったこと自体で、もう自責の念は限界ですから。喪中葉書も年賀状も出しませんでした。

いつか私が自然に「あの人には真実を話したい」と思える時期が来たら、その時に連絡しようと思います。

偽善や興味本位でなく、本当に私の苦しみに寄り沿ってくれる真の友人ならば、こんな私の勝手な引きこもりも許してくれると信じています。そうでなければ、それだけの浅い人間関係だったということで諦めます。一年半かけて、やっとそう思えるようになりました。

ほたるさんの息子さんと同じく、うちの息子も争いが嫌いな穏やかな若者でした。でも、私は息子の繊細さに気づいていませんでした。死後に日記を読んで、初めて息子の魂に触れた気がしました。

いつも穏やかな笑顔で、時にひょうきんで、底抜けのお人よしだった息子に、もう一度会いたいです。そして、「そのままの君が大好きだから、どうか死なないで!生きて!」と伝えたいです。本当に親の宝物でした。

今でもこれが現実とは思えません。死後の世界のことはわかりませんが、生きている限りもう二度と息子に会えないと思うと、茫然とするばかりです。

それなのに、スーパーに入れば、何事もなかったかのように、新鮮そうなきゅうりを真面目に選んでいる自分に、愕然とする日もあります。これも、一年半過ぎたということなのかもしれません。いろいろな気持ちを抱えたまま生きています。

私もほたるさんや皆さんのコメントに共感し、時には涙しながら、支えていただいています。こちらこそありがとうございます。
 
 
 
菜の花さんへ (ほたる)
2011-06-29 20:23:03
菜の花さん、こちらこそ温かいコメントありがとうございます。

菜の花さんと同じ様な状況のなか同じ様な心境でいます。

息子を亡くしてから、いろいろなことを考えます。考えようと思っているわけでもないのに考えてしまいます。今は何も見えず、何かをしたいという気力も無くなりました。考えることも望むことも普通の人とは違いすぎて、本当に違う世界で生きているのだと感じています。


逢いたいですね。
春の日差しのような柔らかな笑顔。
優しい声。
もう一度だけでも逢えるなら、命なんて惜しくないのに叶わぬ願いです。
本当に宝物でした。

それなのに守りきれなかった、救えなかった自分が生きていることが嫌になります。

ごめんなさい。
ありがとうとだけ伝えるつもりが思っていることを話してしまいました。

菜の花さん、本当にありがとうございます。
そして、みずべの集いのスタッフの皆さんにも感謝します。ここだけが救いの場所になっています。






 
 
 
小夜さんへ (EARLGLAY)
2011-07-01 08:49:30
ありがとうございます。 読ませていただいた後、思わず携帯を握りしめていました。
少しずつ子供が苦しんでいたことがわかり、気づけなかったこと、私が甘えていたこと、色んな節目に手を尽くしたつもりだったけど、肝心な事をしなかったこと、行動が遅すぎたこと。後悔ばかりです。
やはり、逝かせてしまったという気持ちが拭えません。救う手立てはあったから。
おそらく医療なりの力を借りなくては私はこの先生活は無理でしょう。そんなことして生きる自分がなんとも言えず憎らしいと言うか、おぞましくも思います。

簡単に逝くこともできません。この苦しみを抱いていくしかないのですね。
言葉が適切ではないかもしれませんが、私より先に進んでおられる方のお話を読ませていただいりして、ゆっくり進むしかないと自分に言い聞かせたりしています。
まだ先を見据えることができず、時には後戻りもしますが、ゆっくり、ゆっくりと進もうと思います。

 
 
 
また夏が来ました (菜の花)
2011-07-11 01:02:43
町の商店街で夏祭りをやっていました。
仏壇のお花を買いに行ったら、
親子連れでいっぱいでした。
ヨーヨー釣り、金魚すくい、かき氷・・・。
今は本当に子供の姿を見るのが辛くてたまりません。
幼い頃の息子の笑顔と重なって見えます。

主人は何事もなかったかのように、毎日、仕事に追われています。
私の時間だけが止まったままです。
多忙な主人にも泣きごとが言えず、主人が眠ってから別の部屋で泣いています。

自分がなぜ生きているのか、わかりません。
頭が爆発しそう、心が張り裂けそうなのに、
生き続ける自分の体が恨めしいです。

親戚、知人ともすっかり疎遠になりました。
ひとり息子を失い、いずれ主人にも先立たれたら、
身元引受人もいない孤独な老後が待っています。

一年半過ぎて、息子が亡くなったという現実が
ますます信じられなくなりました。
「死んだ、死んだ、死んだ・・・」とつぶやいてみたり、
傷に塩をすりこむように、失踪・発見当時の状況を無理やり思い浮かべたりしてみますが、
とても現実のこととは思えません。
あの子にもう一生会えないなんて、
わけがわかりません。
なんのことだか、さっぱりわかりません。

今までとは別の世界に投げ込まれてしまいました。
肉親とも長年の友人とも、言葉が通じないのです。
共通の苦しみを経験された方々としか、
言葉が通じないのです。

今夜は泣きごと全開ですみません。
でも、ここに書かせていただいて、
少し気が楽になりました。
明日も生きていきます。

ほたるさん、EARLGLAYさん、
そして、大切なひとを亡くされた方々に、
少しの間でも、
おだやかな時間がありますように。


 
 
 
菜の花さんへ (ラベンダー)
2011-07-12 20:40:52
ご無沙汰しております。

菜の花さん辛いですよね!
思い切り全開して泣いてください。

私も泣きながら書いています。

菜の花さんの暖かい言葉でどんなに救われたことか

私もあの時から時間が止ったままで、
今も娘の部屋に入ることも出来ず、
写真もまともに見ることも出来ず、
そして主人とも距離を置いています。

5月にやっと納骨しました。
出来るだけ会いに行きたいと思い
近くの納骨堂にしましたが
どうしても現実とは思いたくないので・・・

菜の花さんもみずべの集いに参加されたのですね!
私も一度参加させていただきとても心が解放され、
温もり感じ何故か安堵しました。
又参加したいと思っています。

菜の花さん、そして皆さんへ

今年も厳しい暑さになりそうなので
どうかお体大切にしてくださいね。
 
 
 
菜の花さんへ (ほたる)
2011-07-13 09:31:10
暑い夏が来ましたね。

青空を見上げては、息子は何処に行ってしまったのだろうと考えています。空を見上げるときはいつも同じ事を考えるようになりました。

夏祭り、花火、人が賑わう時期は特に辛いですね。
悲しさが増して、楽しめなくなりました。

何を見ても走馬灯のように思い浮かぶ息子の姿があまりにも鮮明すぎて、息が出来ないぐらい苦しくなることもあります。


買い物に出かけると店先にお盆コーナーが出来ていました。認めたくない現実がそこにあって悲しくなりました。家に帰ってから、息子の部屋で声を出して泣きました。お盆も辛いです。


私の時計も止まったままです。
周りが前に進んでいるのを見ながら、一歩も前に進めず後ろばかり振り向いています。
一人だけ、取り残されているようです。


ここを訪れては菜の花さんや皆さんのコメントに共感し、時に涙を流しながら読んでいます。
助けられています。
誰にも話せない思いを話すことが出来ています。


菜の花さん、皆さんに感謝しています。
ありがとうございます。


暑くなると食欲も落ちてきます。
どうぞ、お体ご自愛ください。









 
 
 
ラベンダーさんへ (菜の花)
2011-07-13 15:21:55
ラベンダーさんへ

御無沙汰しています。
温かいコメントありがとうございます。

ラベンダーは、娘さんのお好きな花でしたね。
私も、ラベンダーの鉢植えを育てています。
この猛暑のなか、けなげに紫の花を咲かせています。
とても良い香りがしますね。

ラベンダーさんは、納骨をされ、
娘さんは安らかな眠りにつかれたのですね。
私はまだ納骨していませんが、
三回忌をめどにしたいと思っています。
今でも息子の死が信じられなくて、
ときどき骨壺を開けてしまいます。

住まいが遠方なため、今まで「わかちあいの会」に参加できなかったのですが、
今回やっと参加させていただいて、
私もほっとしました。

誰にも話せずに胸に抱えている想いを
安心してさらけだせる場を、
同じ自死遺族の方々が設けてくださったことに、
心から感謝しています。

いつか「わかちあいの会」で
お目にかかれますように。

 
 
 
ほたるさんへ (菜の花)
2011-07-13 15:47:21
ほたるさん、私の泣きごとを聞いてくださって
ありがとうございます。

私もほたるさんと同じく、
夏の入道雲を見ながら、
あの子はどこへ行ったのか、
今、どこでどうしているのか、と
毎日考えています。

私は不信心な上に、大切な我が子のことなので、
「息子さんは、絶対に天国で幸せにしているわよ」と言われても、
「ああ、そうなんですか」と簡単には信じられません。
逆に「私の大切な息子のことを、なぜ、あなたが私より知っているんですか?」と、
心のなかでひねくれた考えに陥ってしまいます。
お坊さんに言われようが神父さんに言われようが、
納得できないうちは信じられません。

感性豊かだった息子の精神が、
肉体の死とともに無になって消えたのか、
どこかにあるのか、死後の世界があるのか、
何も答えは見つかりません。

でも、本当にあの青空の上にいてくれたら、
死後に再会できたら、
と心のどこかで願っています。

幼い頃の元気いっぱいの夏休み。
溢れる思い出が尽きることはありませんね。
楽しかった思い出が、今は辛いばかりです。
私も、賑わう場所が苦痛になりました。
楽しそうな親子連れが一番苦手です。

関東では今日からお盆ですね。
猛暑の中、ほたるさんも皆様も、
くれぐれもお大事にお過ごしください。
 
 
 
菜の花さん、みなさん (EARLGLAY)
2011-07-13 18:48:54

ありがとうございます。
私の投稿でつらい気持ちを思い出すことになった方、本当に申し訳ございません。


今はまだ周りが望むような姿には到底なれそうにありません。そんな日が来るのかどうかも。
けれど、時間は流れます。早回しになってくれないかとも思います。


静かに眺めてゆだねているしかない感じです。


暑さが厳しくなりそうです。みなさまもどうかお体を大切に。
 
 
 
はじめまして (あじさい)
2011-07-26 10:11:21
いつもみなさんのコメントをすがるように拝見しています。
4月に20歳の息子が自死により旅立ちました。
大学3回生になって5日目に鉄道により、もうこの世界からいなくなってしまいました。
信じられないし、いまだに、帰ってくるように思います。
母親である私がどうして、きずいてやれなかったのか、もう遅い、取り返しがつかないことに、身が引き裂かれるようで心がくるしいです。
今までの自分はくずれ、いまこうしていきていることに罪悪感を感じます。
とても純粋な子供で、やさしい子でした。
会いたい、声が聞きたい、抱きしめてやりたい・・・
 
 
 
あじさいさんへ (菜の花)
2011-07-29 00:05:09
あじさいさん、こんばんは。
大切な息子さんを亡くされて3カ月、
どんなにか苦しい日々を過ごされておられることでしょう。

私の息子は、1年半前の冬の夜、誰にも見送られずに、ひとりで逝ってしまいました。
あじさいさんと同様に、今も信じられません。
「息子がいない」という意味がわかりません。

自分の命と引き換えても守りたかった我が子に、
辛い死に方をさせてしまいました。
死ぬほど苦しんでいたのに、
どうして察してやれなかったのか、
後悔の想いは尽きず、
毎日毎日、息子のことを考えて、
頭が爆発しそうです。

身の置きどころもなく眠れない夜は、
涙で枕を濡らしながら、
スタッフの小夜さんが以前に書いてくださった
「何とか生きていこう、と思える日がきっときます」という言葉を、何度も何度も繰り返しています。
(小夜さん、勝手に引用してすみません)。

あじさいさんの息子さんは、
純粋で優しい心の方だったのですね。
私の息子も、私にはもったいない純なお人よしでした。
優しい人間には生き辛い世の中なのでしょうか。
良い人間ほど、早く亡くなるのでしょうか。

あじさいさん、本当に悲しいですね。
悲しい、苦しい・・・そればかりです。
何もお役に立てない無力な私ですが、
辛いお気持ちは、あじさいさんと一緒ですよ。







 
 
 
あじさいさんへ (ほたる)
2011-07-29 22:50:53
はじめまして、あじさいさん

私も一年前の同じ頃に息子を亡くしました。
息子も大学三年で21歳でした。
優しく純粋な子でした。
清廉な心を持った子でした。

突然の出来事に激しい衝撃と悲しみで、息子がいないと生きていけないと思いました。何ヶ月も食事が喉を通らず、体調を崩している事にも気づきませんでした。

そんな時にここに辿り着きました。
ここでみなさんのコメントを泣きながら幾度も読み返していました。
周りのどんな言葉よりも心に沁みました。


あじさいさん、菜の花さん
同じ思いでいます。
こんなにも悲しいことがあるんですね。
思えば思うほど、苦しくなります。




 
 
 
ほたるさん (菜の花)
2011-07-31 00:26:00
ほたるさん、
おっしゃるとおりです。
世の中にこんなにも悲しいことがあるとは
この歳になるまで知りませんでした。
この苦しみは、
私が受容できる次元を越えています。

今でも、起こったことが信じられないし、
信じたくないです。
私がこの無残な現実を信じなければ、
いつか息子の死を覆せるのではないか、と
一縷の望みを捨てきれません。
一夜の悪い夢に過ぎないのではないか、と
諦められないのです。

もう大学も夏休みだから、
8月になったら荷物を抱えて帰省してくる、
と思いたいのです。
息子のために、夏の寝具も用意したいのです。
久しぶりに手料理も食べさせたいのです。

現実がひとつしかないということは、
本当に厳しくて恨めしいですね。
 
 
 
菜の花さん ほたるさん (あじさい)
2011-07-31 12:48:22
はじめまして
お返事ありがとうございます。
現実とはしんじられない、信じたくない自分がいます。辛いです。
もう夏になってしまいました。
いつもならうちわを扇いで飲み物をのみにくるのに、待ってもきません。部屋を何度も覗いても、椅子に座ってパソコンをしていません。
ごはんはまだ?・・・ときいてきません。
こんなに悲しいことが急におこったことに、どうしていいかわかりません。
悲しいです・
 
 
 
あじさいさんへ (菜の花)
2011-07-31 14:07:38
あじさいさん、本当に悲しいですね。
今までいつもそばにおられた息子さんの姿も声も気配も、
消えてしまったのですね。
私も、食卓の息子の椅子を見ると、
泣けてきます。
家族揃って囲んだ食卓の時間は、
二度と戻りません。
本当の幸せは、失ってはじめて痛感するのですね。

今日で7月も終わります。
息子がこの世に存在していた時代から
どんどん遠ざかっていきます。
息子の名前を呼び続けても、
時間を一秒でも戻すことはできないのですね。

私もこれからどうして生きていくのか、
何もわからないままです。
仕事も趣味もお付き合いもやめ、
今は息をしているだけのような生活です。
世間や親戚にどう思われようと、
私は自分自身がまた歩き出そうと思うときまで、
ずっと「喪中」です。
世捨て人みたいにになりました。

あじさいさん、お辛い毎日とお察ししますが、
猛暑の折、どうぞくれぐれもご自愛くださいね。

 
 
 
あじさいさん、菜の花さん、みなさま (EARLGLAY)
2011-07-31 18:14:34
さみしいです。
日が経つにつれ、苦しさが増すように思います。
息子は暑いのが嫌いでした。だから5,6月の暑さに恐怖すら抱いていたかもしれません。皮肉なことに今年は去年のような暑さではありません。あの子が生まれた年も冷夏でした。

救えたはずなのにという思いが苦しさに被さるような感じです。

もう、手料理を作ることもない。今は食べさせてもらってる。本当に情けないです。

すべてから見放された思いです。
あの子もこんな気持ちだったのかなと。

今はまだなのかずっとそうなのか、本当の苦しみを感じないように、何かが私の頭の中でブロックしてるように思います。
真の苦しみを感じてしまったら、本当に壊れてしまうような気がして…。

まだそんな力が私にあるのですね。

みなさま、お身体を大切に。
 
 
 
みなさま (あじさい)
2011-08-01 10:25:03
本当にありがとうございます。

EARLGLAYさんはじめまして。
私も本当の辛さを感じたらどうなるか、怖くなります。心の何かが働いて蓋をしているような・・・。

みなさんの暖かいお言葉や、私の気持ちそのままの皆さんのコメントを何度も読んでいます。

こうして、この今も、辛い想いを抱えて懸命に生きておられる皆様がいる・・・・・そのことに支えられています。

何をみても、こうしたらよかったのに・・との考えが頭のなかでうずまいて・・少しして、もう遅いんだ・・・と我に返り、その繰り返しです。



自分の命より大切な我が子の命を守れなかった私は今まで何をしていたんでしょう、何をしてきたんでしょう・・

後ろ向きなことばかりでごめんなさい。
 
 
 
あじさいさん、みなさま (EARLGLAY)
2011-08-02 19:32:15

越えられない困難は与えられない…という言葉がありますが、だとしたら他の方々は越えられないから…?と思ったことがあります…。
すべてから見放された思いです。

でも振り返ると全部自分なんです。
今から思うとという後悔と自分の過ちの大きさにどう向き合えばいいのか、逃げてしまいたい思いです。

何をしても戻らない、自分を責めることで逃げているのか…。

どうしようもない自分にただ傍観してるだけのような…。


守ってるつもりが全然なっていなかった。
こんな形で思い知らされるとは…本当に辛いです。

申し訳ありません、自分の辛い思いばかり書き込んでしまって…。

 
 
 
EARLGLAYさん、菜の花さん、ほたるさん (あじさい)
2011-08-04 14:36:28
辛いです。EARLGLAYさんおなじです。
現実をつきつけられる毎日に、どこも行けず、なにもしないで引きこもっています。一日何回も掲示板をみて、かろうじて少しの家事をして、息子のことばかり考えています。家に1人いると本当に辛いです。

菜の花さん、ほたるさん、温かいお言葉をかけていただきありがとうございます。

息子のことは誰にも伝えていないので、ひっそりと家族だけで弔って・・・・・でも今になって、もっとお友達やお世話になった高校の先生にも連絡すればよかったのかと・・、息子は寂しい思いをしてるんじゃないかと、不安になってきました。

写真は見れないので。心の中で毎日謝ってばかりです。
 
 
 
猛暑の毎日ですね (菜の花)
2011-08-05 17:37:45
先日、地元で大規模なパレードがありました。
猛暑のなかを、子どもたちが元気いっぱいに、
踊りながら、行進していきました。
「あの子たちは生きているんだな」と感じて、
にぎやかな人ごみの中で、
ひとりだけ涙をこらえていました。
にぎやかな楽しそうな人たちがいる場所は、
本当に苦痛です。

EARLGLAYさん、
「違う、違う、嘘だ、これは現実じゃない!」と、
私が心で叫び続けるのも、
自分が壊れてしまわないように、
無意識にブロックしているのかもしれませんね。
「神は越えられない試練はお与えにならない」と、
私も耳にしたことはありますが、
私にはこの困難を越えることはできそうもないです。
残りの人生を、ずっとこの苦しみを背負っていくのかもしれません。
そうすることで、苦しんで命を絶った息子から離れずにいられる気がします。
辛い、苦しいと泣きながら、
一方では、息子を救えなかった自分が元気になって、
楽になることなど許せない、という矛盾した気持ちがあります。

あじさいさん、
私も親だけでひっそりと見送りましたよ。
義理と同情(と好奇心)で弔問しようとする方々は、
御遠慮願いました。
特におしゃべりな女性陣のランチのネタには、
されたくありませんでした。
息子の親しかったお友達には死因も告げ、
遠方からお参りしてくださったので、
息子はそれで喜んでいると思います。

でも、元気な友人たちを目の当たりにするのは、
親にとって本当に辛いものですね。
私もまだ中高時代のお友達には連絡できていませんが、
いつか自分にそのエネルギーができたら、と思っています。


猛暑続きですが、
皆様、どうぞお大事になさってくださいね。
私も、うずくまっている自分を押したり引いたり、
なだめすかしたりしながら、
一日一日を過ごしています。


 
 
 
花火の季節です (EARLGLAY)
2011-08-07 11:35:51
菜の花さん、あじさいさん、みなさま

小さいとき、息子は花火が好きでした。
近くの花火はよく行きました。
一緒に見たのは大分前でしょうか。

実家で15日に家から見られるのですが、今年からは見れそうにありません。

信じたくない気持ちが残ってて、いない、嘘、でもいない…。
最後の週に戻って心の中で言葉をかけ、あの時こうしていれば、こんな会話をしていたら、あの子は今もいてくれたのではないかと、妄想のような空想の中に閉じこもったようになって、苦しい気持ちをやり過ごしてみたり…。

悩みはあっても未来の話をしていたのに。なぜ…。なんであの時うまく会話ができなかったのだろう…。
見えないなにかに力ずくで連れていかれた思いでした。

毎日後悔ばかりです。
自分が苦しいと嘆いたら責めることになってしまう…。でも苦しい。

生きる作業に罪悪感が消えません。

これも生きてる以上抱えていかなくてはならないですね。
 
 
 
菜の花さんへ (yumi)
2011-08-15 10:09:24
はじめまして。お返事、ありがとうございます。
あたたかい言葉に、携帯電話を握りしめながら泣いてます。
まもなく四回目の祥月命日、今月末は15歳の誕生日なんです。
息子は、昨年夏休みあけから不登校でした。
息子が生きている時に、誰も連絡をくれなかったのだから…と葬儀は密葬にし、生徒さんには葬儀を済ませてから、死因は病気として伝えてもらいました。

わが家から中学校が見えます。息子は、亡くなる数時間前、部屋からずーっと中学校を観ていたと、二十歳の兄が教えてくれました。
何を思って学校をみていたのかな?

後から、たくさん手紙が出てきました。父、姉、兄、先生宛てには、色々とごめんなさいの内容だったのに…母宛ての手紙は無かった。
かわりに、お母さんはずるい人です。大嫌いです。あんな大人にはなりたくない…こんな内容が書かれていました。

嫌われていたのは解っていました。
でも、自死する程嫌われていたなんて、全く理解していなかったです。
駄目な母親です。

家族からいわれて、死後2週間で仕事復帰しました。地元スーパーでの接客業なので、売場にわざわざ来てくれて、あら、意外と元気そうで安心したわ。頑張ってね。と言葉をかけられます。その度に笑顔でありがとうございます、ゆっくりとご覧下さいませ!と伝えて…心の中はめちゃくちゃです。
心配して来てくれているのは、充分解っているのに、駄目なんです。
夏休みとあって、息子の同級生もたくさん来店されます。彼らの姿を見ると、勝手に涙があふれてしまう…仕事中なのに駄目ですね。

今日も、これから仕事です。しんどい事もあるけど、家で一人でいたら一日中泣きどうしなので、行ってきます。


菜の花さん、私のコメントを読んで頂いて、お返事まで頂いて本当にありがとうございます。
毎日暑いですね。お身体ご自愛下さいませ。
 
 
 
あじさいさんへ (yumi)
2011-08-15 15:18:23
はじめまして。
私のつたない文を読んで頂き、コメントまで頂いて 本当にありがとうございます。

あじさいさんも、この4ヶ月辛い想いをされてきたんですね。

何が起きたのか、未だよく解っていないですよね。

四十九日法要、遺骨を霊園に預かって貰って、新盆と…。
なんとかココまで辿りついた感じです。

息子のなくなった日にちは勿論、月曜日の20時頃になると、気持ちが落ち着かなくなります。
仕事中は何とか頑張れるけど、休みの日は どうしようもありません。

時間薬なんてないですよね。
日にちが過ぎていく程、哀しみが強く深くなっています。

長々とすみません。仕事の休憩中です。そろそろ売場に戻ります。

あじさいさん、コメントを本当にありがとうございます。

毎日暑いですね。体調に気をつけて、お身体ご自愛下さいませ。


 
 
 
yumiさん (EARLGLAY)
2011-08-15 18:00:47
はじめまして。


お仕事、お疲れさまです。


私の息子は最後にメッセージは残しませんでしたが、おそらく私を恨んだり憎んだりしていたと思います。実際に言われたこともありましたから…。
壁にぶつかったときに自分なりに一生懸命だったつもりでしたが、あの子にとってはなんにもならなかった。もっと脇目も振らずに、利用できるものは片っ端から利用するとか、別のやり方があったという後悔と、あの子が本当にして欲しかったことをしてあげられなかったという思いばかりで、贖罪の日々です。

時にふっと気が抜けることもありますが、そのあとで揺り戻されたりもします。

時間薬…はあるとはかんじませんね…。
今だからなのか、ずっとこうなのか。


私も仕事に出ています。休日はこもっています。
以前のような働き方はできていないと思いますが、子供の存在がなくても不思議ではない空間だから耐えられてるのかもしれません。退社するときは辛いです。現実に戻されますから。


日中暑いですが、夜はだいぶ涼しくなりました。
みなさま、体調くずされませんように。
 
 
 
EARLGLAYさまへ (yumi)
2011-08-15 23:30:14
はじめまして。
私の支離滅裂な文を読んで頂きコメント迄頂いて、本当にありがとうございます。

私は仕事の売場にいる時だけ、頑張れます。でも売場を離れると、全く駄目です。
仕事に復帰したばかりの頃は、退社すると あの日の事がフラッシュバックして、いてもたってもいられませんでした。

そのうえ、息子が起こしてしまった行動の直前の事を 勝手に想像して、頭の中に映像がうかんできてしまって…。

あまりに辛くなって、この事をお坊さまにお話をして聴いてもらいました。
そしたら不思議な事に、この頭の中にうかんでいた映像をみる事がなくなりました。

辛い気持ちは変わりません。でも、この映像がなくなっただけで 随分と楽になりました。


最近私は、息子の第一発見者という事は、息子に選ばれた人間なんだと思う事にしました。
他の誰でもない、母親である私…。

だから私の残りの人生は、息子の供養についやそうと思います。
そして明日は仕事が休みなので、息子の遺骨を預けてある霊園に行ってこようと思ってます。
まもなく祥月命日ですしね。

EARLGLAYさん、私の想いだけを長々と書いてしまって すみません。EARLGLAYさんの想いも聴かせて下さいね。


毎日暑いですね。体調に気を付けて、お身体ご自愛下さいませ。

コメント、本当にありがとうございました。

 
 
 
暑い夏ですね (ほたる)
2011-08-16 09:18:30
毎日暑い日が続きますね。
夏の強い日差しに心まで焼き尽くされているような、そんな夏です。
陽炎のように夢なのか、現実なのか分からなくなるようなそんな暑さです。


私も「元気そうで良かった」この短い言葉に強い痛みを感じたことがありました。どんなに時間が経とうと元気なはずなどあるわけがないのにと・・・。
経験した者にしか、分かるはずのない苦しみ、悲しさなのに、この人は何も分かっていないだと思っている自分がいました。
なんと答えていいのか、戸惑う自分がいました。精一杯、「ありがとう」と答えては、一人になったとき泣いていました。
子育てを一緒にしてきた友達ほど、会うのが辛く、会えなくなりました。考えてみれば、会話の内容のほとんどは子供のことばかりでしたから・・・。



夏休みで子供たちの楽しそうな姿をよく目にするこの時期は辛い季節になりました。

花火も見れなくなりました。
息子と一緒に見た花火を思い出すから。
それでも、音だけは聞こえてきて、胸が苦しくなります。


今はただ、時間が過ぎていくのをじっと待っているような生活です。私もまるで世捨て人のようだと思っていました。いつまで、続くのか自分でも想像が出来ないのです。

ここで、同じ思いに触れることで、なんとか一日一日と思いながら過ごしています。


本当に暑い夏です。

皆さん、体調にはくれぐれもお気をつけください。
 
 
 
Unknown (yumi)
2011-08-22 09:50:51
昨日、息子の同級生が大勢お店にやってきました。
息子の通っていた中学校とは違う学校の生徒さん達。
小学校が一緒でした。
保護者の方もいらして、元気?の挨拶から始まり…。
商品の説明をして、生徒さん達とたわいもない会話を笑顔でして、商品購入後さっきの保護者の方が、じゃあまたね!と手を振って帰っていきました。
接客業なんだから、ごくごく当たり前な会話,流れ…。
だけど、笑顔で会話中もずーっとしんどくて、みんなが帰った後 涙があふれてしまいました。
接客業,失格です。


何年先になるかわからないけど、同級生の彼らをみて、彼らの成長を嬉しく思える日が来る…そんな自分になりたいと、この文章を書き込みながら思えてきました。


文章を書き込む事で、こんなに落ち着く事が出来るのですね。
このサイトを開いて下さった方々に、改めて感謝します。
本当に、ありがとうございます。


今日は、朝から雨で寒いくらいですね。
みなさま、体調に気をつけてお過ごし下さいね。
 
 
 
少し涼しいですね (菜の花)
2011-08-26 00:08:28
yumiさん、
息子さんの同級生がお店に来られたのですね。
がんばって笑顔で応対されたのですね。
どんなにお辛かったことでしょう。
よく我慢されましたね。

yumiさんとほたるさんが書いておられるように
「元気そうでよかった!」というのは、
本当に辛い言葉ですね。

すっかり気難しくなった私は、
「その後、元気ですか?」
と手紙に書いてあるだけで腹が立って
「元気なわけないでしょおおお!」
と手紙に向かって叫んでしまいます。
元気なはずないのに、
なぜわざわざ「元気?」と気軽に聞くのでしょうね。
こちらは返答に詰まるだけなのに・・・。
当事者になって初めてわかる気持ちですね。

このところ少ししのぎやすくなり、
寂しい夏もそろそろ終わりに近づいているようです。
夜は虫の声が聞こえるようになりました。
息子のいない夏をあと何回迎えることでしょうか。
皆さまもくれぐれもお大事にお過ごしください。

 
 
 
ありがとうございます。 (yumi)
2011-08-27 11:48:40
菜の花さん、ありがとうございます。

菜の花さんの よく我慢しましたね…のコメントが とっても嬉しいです。

以前の私は、知人等に会うとコンニチハの代わりに、元気?と声をかけていました。
いまになって、初めてこの言葉の無神経さを感じています。
いままで、散々言い続けていた私です。反省しきりです。


菜の花さんの 他の人への思いやり、気遣いを 私も身に付けたいです。
菜の花さんのいままでのコメントを読んでいても、心がほっとしています。

素敵なコメントを、本当にありがとうございます。


 
 
 
こちらこそ・・・ (菜の花)
2011-08-28 15:21:28
こちらこそ、yumiさんのありのままのお気持ちを
聞かせていただいて、ありがとうございます。

私は思いやりのある人間ではないんです。
息子が悩みをぽろりと口にしたことがあったのに、
親身になって聞こうともしませんでした。
私さえ息子の気持ちを察してやれたら・・・。
親なのに・・・本当に情けないです。

私は仕事もお付き合いもやめて引きこもっていますが、
それでも、毎日の生活は針山の上を歩いているようで、
生き続けること自体が、我慢になってしまいました。
接客のお仕事を続けておられるyumiさんは、
なおさらにいっぱいの我慢をされていることでしょう。心から敬服します。

大切な人を自死で亡くされたこの掲示板の方々も、
毎日、たくさんの我慢を重ねて、
歯を食いしばって生きておられるのでしょうね。
私も苦しさを分かち合える皆様のおかげで、
今日も生きています。
ありがとうございます。


 
 
 
みなさま。 (EARLGLAY)
2011-08-30 19:04:55
8月も終わりですね…。
夜は随分と涼しくなりました。
昨日は少し喉の調子が悪くてうがいをしていました。


考えるのはあの子のことばかりです。今ならわかることが何故その時にと…、悔しくて情けなくて…。
一日一日が罰を受けているかのように、重いです。
時折、生きてる自分、生きていられることが不思議で、周りの人もそう思っているのではないかと考えてしまいます。

仕事で気をまぎらせて一日を過ごしているようなものです。けれど、どこか抜けていてミスばかりです。


私も接客業のような仕事です。以前はそれなりにやれていたつもりでしたが、今は気力が薄くなって、知る人が来ないで欲しいと思ってしまいます。けれど、あえて避けた人が来られたことがありました。自然に対応したつもりですが、もう二度と来られないと思います。会うのもつらいですが、避けられるのもつらいですね。じゃあ…単なるわがままです。

yumiさん、素晴らしいです。私は失格です。

台風の影響でしょうか、変な風が吹いています。
みなさま、お身体を大切に。
 
 
 
Unknown (yumi)
2011-08-31 00:15:31
EARLGLAYさん
一つも素晴らしくなんてありませんよ。

私の場合も、私の姿をみて商品を購入しないで帰るお客様は沢山います。

フルタイムで働いているので、お客様と接する時間が長いです。

このままでは、私自身の存在が 営業妨害になると思い上司に相談しました。上司には、息子の事は報告してあります。
上司からは、…貴女は警察に捕まる様な事をしていないでしょ!辞める必要はありません。今後も一緒に働きましょう!…と言われました。
そう言われても、未だにドキドキしながら売場に立っていますよ。

EARLGLAYさん、しんどいですよね。辛いですよね。
私も失敗の連続ですよ。本当は辞めたい。でも、生活の為には無理なんです。

毎回出勤する前に、今日も1日無事に終わりますように…と祈ってますよ。

お互い身体を壊さない程度に、お仕事頑張りましょう。



今日は1日早いけど、息子の15歳の誕生日をお祝いしました。
昨年は一緒にお祝いしたのに…。
なんで今年はいないの?
これから毎年、息子の誕生日が辛いものになるのでしょうか?
亡くなった子どもの年齢を数えていくのですね…。



みなさま、お天気がしばらく悪い様ですね。
体調に気を付けながら、お過ごし下さいませ。


 
 
 
ほたる (EARLGRYさん、yumiさんへ)
2011-08-31 15:23:53
EARLGRYさんへ

私も一日中、息子のことだけ考えています。
どうして、救えなかったのかと後悔ばかりです。
何をするのも気力が無くなりました。

生きていくことが悲しく辛くなりました。

それでも、生きていかなければならず、苦しい毎日です。


会うのも避けられるのも辛い、本当にそうですね。
辛いですね。


何の力にもなれず、聞くことしか出来ない私ですが、いつもここで聞いています。




yumiさんへ


息子さんの15歳の誕生日

「15歳、お誕生日おめでとう」と言わせてください。

「良く、頑張りましたね」と言わせてください。

子供たちは皆、人知れず頑張りましたね。

頑張りすぎたのかもしれませんね。





皆様、夏の疲れが出やすい時期です。
くれぐれもお体ご自愛ください。









 
 
 
ありがとうございます。 (yumi)
2011-08-31 18:32:56
ほたるさん。
息子へのバースデーメッセージを、ありがとうございます。
彼には、親しい友だちが少なかった為に、家族以外の方からの…お誕生日おめでとう!…のメッセージは保育園の先生以来です。

さっきの休憩中、何気なくサイトを覗いてみたら…思わず号泣で トイレに駆け込みました。

今2度目の休憩中で、少し落ち着いて書き込みしてます。

本当に、ありがとうございます。


サイトだけでの繋がりですけれど、とっても心強いです。

みなさん、いつもありがとうございます。
これからも、よろしくお願いします。


 
 
 
Unknown (EARLGLAY)
2011-08-31 21:16:36
yumiさん、

私からもお祝いに言葉を言わせてくださいね。

Happy Birthday.15th


良識のある方が上司で本当に良かったですね。
読ませていただいて、なんだか私もほっとしました。世の中にはそう言ってくださる方がいるんだなって。
私も仕事を辞めたいと思いましたし、今でも時々思います。けれど実際辞めることはできません。解雇されれば別ですが…。
無理をせずに自分と相談しながらやっていきましょう。


ほたるさん、
ありがとうございます。
とんでもないです。こちらで弱音しか出せないで、時にはみなさまを不快にさせてしまってるのではと思いながら、苦しかったり、さみしかったりするとき、お声をかけてくださることに、本当に救われております。
ありがとうございます。
夕べは蒸し暑くて、今日も湿度が高そうです。余計にどんよりするような感じもします。

一番体調をくずしやすい時期ですね。 気をつけましょうね。

 
 
 
ありがとうございます。 (yumi)
2011-08-31 23:20:11
EARLGLAYさん
ありがとうございます。帰宅後、またも号泣ですよ。

このサイトを開いて、息子の写真の前に置き、息子に読んでもらいました。

みんな、優しくしてくれるので、今晩は おもいっきり泣かせてもらいますね。

ホント、ありがとうございます。



 
 
 
会いたい (あじさい)
2011-09-06 09:26:24
yumiさんの息子さん、おくればせながら、お誕生日おめでとうございます。
記念日は辛いですが、お祝いはしてあげたいですね。

生まれてきてくれてありがとうという気持ちは・・そのまま・・ごめんねという言葉になり、苦しくて苦しくて、このままそばにいきたいと思ってしまいます。

毎日、先が見えなくて、今日だけと・1日だけとひきずるように生きています。
生きることがこんなにも難しい事とは思いもしませんでした。

急に激しい波にさらわれそうになりながら
家族のため、生きています。

会いたいです。
 
 
 
Unknown (yumi)
2011-09-06 16:16:39
あじさいさん
息子のために、ありがとうございます。
一年前の誕生日には、こんな事が起きるなんて全く考えもしませんでした。

生まれてきてありがとう…の思いは勿論あります。同時に、生まなければ良かったのかな?なんて残酷な事も考えてしまうのです。

生まれて間もなくから、ずーっと病院通いで、入退院の繰り返しで、3度も全身麻酔をしての手術をして…。
体力がついてきた頃に、発達障碍である事が解って…。


その発達障碍の事を考えての行動だったみたいなので…生んでしまってごめんなさいなんです。
本当に酷い母親です。

そんな事を思いながらも、哀しみの波が押し寄せてきて、気が狂わんばかりになり、昨日は息子の写真の前で、会いたいよと ずーっと泣いていました。
とっても矛盾した事を、考えたり行動したりの毎日です。

今日は、とっても落ち込んでいます。
すみません。



 
 
 
明るい月夜です (菜の花)
2011-09-07 00:24:52
夜はすずしくなりましたね。
こちらでは、半月ですが明るい月夜です。
あじさいさん、yumiさん、皆様のお宅の窓にも
月の光が射しこんでいるでしょうか。

わが子が生まれたあの日、あの産声。
親にとって忘れられない瞬間ですね。
私のもとに生まれてきてくれてありがとう。
ずっとそう思っていたのに、
息子に言葉にして伝えたことはありませんでした。
今は「ありがとう」「ごめんね」と伝えたいのに
もう伝える相手がいません。

あじさいさん、yumiさんが書いておられるように、
私も大きな波にさらわれそうな日があります。
足が立たない深い海を、
大波小波に飲み込まれそうになりながら、
必死に泳いでいるような毎日です。
あじさいさんと同様に「とにかく今日だけ」と
自分をなだめすかしながら生きています。

時々は何かにつかまって休憩しないと、
本当に苦しいですね。
ゴールが見えない長い長い旅ですから。

私にとって、この自由帖や分かち合いの会は、
そのようなブイ?ちいさな島?のような
ありがたい存在です。

私は少々遠方に住んでいますが、
9月の分かち合いの会には
参加させていただくつもりです。
同じ苦しみを分かり合える皆様と過ごす時間を
こころの慰めとしています。

夏が過ぎ、秋が訪れる気配を感じると、
寂しさもまたひとしおですね。
皆様、どうぞくれぐれもお大切に。




 
 
 
みなさま (EARLGLAY)
2011-09-08 13:36:36
気がついたら季節も変わって、日はどんどん過ぎていくのに、自分が生きていたという実感はあの日で終わってしまった思いです。

色んな言い回しでサインを出していたのに私は気づいてあげれませんでした。

自分で終えなければならないほど苦しんでたのに…。
あの子にあった接し方ができていたら、きっと今でも笑って過ごしていただろうに…。

本当に、足の着かない海を漂っているようです。 波に飲まれそうになったり、飲まれてしまってもいいかなと感じたり、どうしようもない思いが頭を駆け巡ったり。

私なんかから生まれなければ…。

生まれてきてありがとう。

きちんと言えたことがなかったです。

いなくなるなんて思いもしないから。
喧嘩してもまた戻ってたから。
無責任でも許される時期に残酷なことをさせてしまった自分を責めることしかできません。


すみません、このところ落ち込みがひどくて弱音しかでなくて…。

台風が去って、夜はだいぶ涼しくなりましたね。
みなさまも体調をくずされませんように…。
 
 
 
 (あじさい)
2011-09-15 12:25:53
大きな波に連れて行かれそうになります。
息子にすまない・・ごめんね・・・会いたい・・と
溢れる涙と気持ちを、ここに置かせてください。

どうか、今は幸せでいますよう・祈ることしかできません。
 
 
 
Unknown (yumi)
2011-09-15 16:28:38
まもなく5回目の祥月命日なので、今日霊園に行ってきました。

葬儀の時には、写真がなかなか見つからなかった為に、小学校4年生の頃のを使いました。

1ヶ月後位に、中学1,2年の頃の写真が出てきたので、その写真で小さい遺影を作りました。

その写真を持って行ってきました。

お線香をあげてる時から涙が止まらなくなり、しばらく霊園のベンチに座って気持ちを落ち着かせていました。

上を見上げると、青空に白い雲がポカポカ浮かんでいて…。息子は、あの雲の上にいるのかな?

葬儀の時にお坊さまが、息子は亡くなって直ぐに 阿弥陀様のもとに行ってるから、心配いらないと話てくれました。

でも、その阿弥陀様は 何処にいるのでしょうか?
息子に会わせてもらえないのでしょうか?



みずべのわかち合いの会に 行ってみたいなぁ~。
みなさんにお逢いして、一緒にお話したいなぁ~。


9月も半ばだというのに、真夏の様な暑さですね。
台風も発生している様ですし…。

みなさま、体調に気をつけてお過ごし下さいね。

私、ぎっくり腰をやってしまいました。

 
 
 
残暑が厳しいですね (菜の花)
2011-09-18 00:02:30
EARLGRAYさん、私も今日一日考えていました。
2年前の今ごろ、息子のつまづきに気づいたのに、
「もう二十歳を過ぎたのだから、本人が解決するだろう」、
「一人っ子だから、母親が心配し過ぎるのがいけないのだ」、
「子離れしなければ」、
「失敗もいつかきっと笑い話になる」、
「あの子はきっと大丈夫」。
そう自分に言い聞かせていました。

でも、三ヶ月後に、
息子は自分で一度きりの人生を閉じてしまいました。
後悔の念は尽きることがありませんね。

「あの時、もう一歩、私が踏み込んでいれば・・・」
今日もそうぼんやり思いながら、
私の手は勝手に動いて、洗濯物を干したり、
淡々とアイロンかけたり・・・。
「よくそんなことできるね!」と
自分自身に向かってつぶやいています。
これが、生きてゆく、ということなのでしょうか。
自分のしぶとさが嫌になります。

あじさいさん、
私は、いっそ大きな波に呑み込まれたら楽になれるのに、と思うこともたびたびです。
「眠っている間に死ねますように」と毎晩、願い事をして眠り、
「なぜ今日も生きているんだろう、何のために?」とのろのろ起き出す毎日を繰り返して、
1年9か月過ぎました。
おぼれそうになりながら泳ぎ続けたら、
いつか穏やかな凪ぎの海に出るのでしょうか。
先は見えませんが、同じように嵐の海を懸命に泳いでいる方々の存在が、この1年9カ月、私を支えてくれました。
苦しいけど、いっしょに泳ぎ続けましょう。

yumiさん、
息子さんが亡くなられて5カ月を過ごされたのですね。
私は今日が20回目の月命日でした。
青い空を見上げると、息子の笑顔が浮かびます。
今でも、すべてが夢のような気がします。
ある朝、この嫌な悪夢から目が覚めて、
「なーんだ、夢だったのか。あの子が死ぬはずないよね。あーびっくりした!そうだ、そろそろ新米でも送ろうかな~」
そう思いたいです。
夢であってほしいです。
諦められません。

私も亡くなった当時は受験用の写真しか見つからず、
それが厳しく暗い表情だったので、よけいに辛かったです。
あとでお友達から飲み会での笑顔の写真をいただき、今はそれを遺影にしています。

ぎっくり腰になられたのですか。大変ですね。
お仕事は大丈夫ですか?
どうぞお大事になさってください。
早く腰の痛みがなくなりますように。
そして、いつか「みずべ」でお話できますように、
と願っています。
 
 
 
Unknown (yumi)
2011-09-18 07:00:54
菜の花さん

いつもいつも、あたたかいコメントを ありがとうございます。
菜の花さんだって、いっぱい辛いだろうに…。
いつも甘えてばかりで、すみません。


18日,今日が月命日です。
菜の花さんは、20回目の月命日を迎えたのですね。
月命日でさえ辛いのに、一周忌はどうなるのでしょうね。


14歳の反抗期,思春期真っ只中の息子とのやりとりの中に、私達家族は 何一つ気がついていませんでした。

あとから…あの時パソコンを見ていて、家族が帰宅するとスイッチを消していた…その時見ていたのが自殺サイトだった様です。
勝手に、ちょっとエッチなサイトかな?なんて思っていたので、あえて履歴も調べたりしませんでした。
あの時に履歴をみていたら…後悔でいっぱいです。

児童精神科病院へ連れて行こうとしていた矢先でした。

子育てを 何処で失敗したのでしょうか?他の保護者の方と比べて、何が間違っていたのかが分かりません。

息子の悩み,苦しみを思えば、ぎっくり腰の痛みなんて…と思いながらも、生活に支障があるので病院へ通ってます。随分と自分勝手な私です。

今日も仕事です。気持ちをシャキっとさせて行ってきます。

皆さん…いつも皆さんの書き込みを、読みながら涙しています。
一緒に手を取り合いながら、過ごさせてもらってます。

皆さん、いつもありがとうございます。
これからも、よろしくお願いします。
 
 
 
菜の花さん、yumiさん、みなさま (EARLGLAY)
2011-09-18 14:45:20
9月の後半だというのに、暑いというか秋晴れですね。

息子も暑いのが苦手でした。というか、挫折したのが6月が始まりだったようですから、立ち直ったかのように見えて、トラウマだったんだと思います。想像でしかありませんが、あまりにもいろんなストレスがかかっていたと思います。その中で私は彼が欲するような反応ができませんでした。 思春期の反発と心の病の区別がわかりませんでした。気がついてから…待ってくれませんでした。どこで何を間違ったか…考えたらすべてになってしまいます。

もっと自分の家の中さえ良ければ他人なんか何を言おうが知らないって、そんな風に過ごせばよかったのでしょうか。
今まで自分がしてきたことが全て誤りだった…としか思えません。
ごめんなさい、私が親で…。

yumiさん、腰の具合はいかがですか?
私はすっと腰痛持ちでヘルニアの手術もしていますので、気をつけてくださいね。


若いときはいろいろ病気をしました。けれど今は不思議で憎らしい程、メンタル以外はなんともないんです。
ご飯は食べられるし。
先日、友人と話していたらあちこち病院通いをしてるんですね。
ただ、病院通い、特に待ちは苦痛なので行かなく幸いです。


9月に入り、誕生日と3回目の月命日を終えました。

あと何回、何十回数えなくてはいけないのでしょうか…。


すみません、ネガティブな書き込みばかりで。
 
 
 
Unknown (yumi)
2011-09-19 03:17:06
EARLGLAYさん

息子さんのお誕生日が 今月あったんですね。
遅ればせながら…お誕生日おめでとうございます。
高校3年生だと、18歳になったのでしょうか。

命日反応、行事反応がありますから、今月はEARLGLAYさんにとって辛い月でしょうね。
大丈夫ですか?眠れてますか?

私は今から、来春の高校受験、中学卒業式、高校入学式の頃の事を 心配しています。

同級生の生徒さん達の姿を見かける度に、落ち込んでいくのだろうなぁ~と想像しています。

EARLGLAYさんだと、大学受験、高校卒業式、大学入学式でしょうか…。

かえって、余計な心配を増やしてしまったとしたら、すみません。

お互いに、ここで吐き出しましょう!
私でよければ、しっかり聞きますから…。


腰痛持ちは辛いですね。私も10代の頃からの付き合いです。ヘルニアではないけれど、坐骨神経痛があるので これから寒くなると大変です。
ぎっくり腰もクセになってます。
仕事で棚卸があったので、いつもより無理してました。


EARLGLAYさんも、お身体ご自愛下さいね。


長々とすみません。

 
 
 
yumiさん (EARLGLAY)
2011-09-22 08:12:54
お礼が遅れてしまって、申し訳ありません。

ありがとうございます。
18まで3ヶ月たらずだったんですね。
毎年、部活のシューズを前倒しで買ってあげていました。今年は必要ないのでは多分違うものななっていたと思います。

いつも利用していたケーキ屋さんがお休みで、別のお店にしました。生クリーム系が大好きでした。
ミルクティーもよく飲んでて、家には買い置きしたティーバッグが残ってしまいました。
香りでつらくなるので、作ることができなかったんです。最近やっと飲めるようになりました。
ガラスのポットにたくさん作っておかわりして…。時々ストレートで。
実はそれがアールグレイなんです。


感傷的になってしまってごめんなさい。

涼しくなると腰、やばいですから気を付けてくださいね。私は手術で除去したら普段はなんともないのですが、昨日は職場で大きな棚の移動をしたので、今朝から何となく違和感があります。今日は湿布かな…。

台風がが去ってこちらは雨です。ひんやりしてます。

みなさまも体調崩されませんように。
 
 
 
追伸… (EARLGLAY)
2011-09-22 11:27:32
yumiさん、
私は眠るとき、お薬は欠かせなくなってしまいました。それでも朝までとはいかず…。
yumiさんこそ書き込まれた時間が早いですが、いかがお過ごしですか?

菜の花さん、
私は子離れと見守りとの区別というか、何もできていませんでした。
結局黙っていても、たまに口にする言葉が追い詰めてしまっていたのでしょう。
なにもかも反対のことをしていればよかった…と思わざるをえません。

先日、夢に現れたのですが、憎らしいくらい自然な様子で。本当に苦しかったんだなと。
目が覚めたときなんとも言えず言葉にならない気持ちでした。
母親失格…としか浮かびません。


このところ、いろいろあったりで不安定なままの書き込みですみません。
台風のあとで雨が降り続いています。

 
 
 
ごめんなさい (あじさい)
2011-09-22 12:32:18
もうすぐあの時間です。むすこが逝ってしまった時間・・毎日あの子を想います。
辛く苦しい思いを抱えて、あの子は最後までがんばって生きました。
やさしい、やさしい子で、何かを選ぶとき いつも最後でいいと言っていました。
あの子の清い心を私はだめにした・・ひどい人間です。やりなおしたい・・・。

後ろばかり見ている毎日で・・・。
 
 
 
みなさんへ (ほたる)
2011-09-22 15:28:46
みなさんのコメント何度も読んでいます。

同じ事を考えますね。

私の心の中を映している鏡のようです。

私もいつ、どこでで何を間違えたのだろうと考えては、心の病と思春期の心の揺れの区別が付かず、対応を誤ったのでは?
受験のストレスと思っていた頃も心の病の延長線上だったのでは?
全てが間違っていたような気がします。

見守っていたつもりが、大事なことを見逃し、その何かが息子の心の中で少しずつ大きくなってしまったのでしょうか?


繊細で優しい子でした。
争いごとが嫌いで喧嘩もしたことがありませんでした。
いつも、正しいことを言いました。
間違ってはいませんでした。
世の中は綺麗で正しいことだけでは通らないことも多いから、この子には生き難い世の中かもしれないと漠然と感じたことがありました。
清廉すぎる心は、自分が傷つくほうが多いから、この子はしっかり見ていかなければと思ったことがありました。

それなのに、大学生になり随分成長したとどこかで、安心していた自分がいました。

少しの油断でしょうか?
母親失格です。

息子を失い、私には何も無くなりました。
抜け殻のような自分がいます。

みなさんから生きる力を少し貰い、今日を過ごしています。


EARLGLAYさん

秋の花を買いました。

桔梗、コスモス、吾亦紅・・・どれも野に咲く素朴で可憐な花です。子供たちに届くでしょうか?

私たちがここで出会ったように子供たちもどこかで出会い、息子さんの誕生日を一緒に祝っていると信じています。









 
 
 
みなさまへ、お彼岸ですね。 (EARLGLAY)
2011-09-23 10:35:09
ほたるさん、
あたたかいお言葉、本当にありがとうございます。


毎日後悔しか浮かびません。

これは私が人生を終えるまでなくならないのでしょう。

あの子も傷つきやすい子でした。けれど傷ついたことをの不平や不満を率直に出せなかったんですね。
あの時もこの時もと、今から思うと…そんなことばかりです。
争いを嫌い、傷つくことを避けるあまり、いろんなことを抱えてしまっていたんですね。
けれど、その時に私は気づいてあげられなかった…。
情けないです。



数日前に見た夢というのは、

いつものように駅へ送って行くんです。当然駅前で降ろすだけのはずが、何故か見知らぬ駅の中かではぐれて構内を探していました。
そしたら、会ったことのない聡明な大学生くらいの女の子が自己紹介のようなスピーチをしていて、終わると周りの人が拍手をしていました。すると次に息子が恥ずかしそうに自己紹介を始めて。そして拍手をもらっているところで終わりました。
その姿は何の苦しみもない、本来のあの子の本来の姿に見えました。


ほたるさんの書き込みを読ませていただいて、先にいる息子よりお兄さんやお姉さん、そして年下のお子さんたちに温かく迎えてもらえたのかなと思いました。
きっと同じような心を持つ方と会えて、気軽に話せていると信じたいです。
もっとわがままを言えば、生きているときに出会えていたら…。ごめんなさい、独りよがりで…。

朝からすみませんでした。


今日は肌寒いですが、久しぶりのよい天気です。


 
 
 
Unknown (yumi)
2011-09-23 14:29:51
あじさいさん。
毎日、辛いですよね。私も、ずーっと その時間迎えるのが辛いです。
ただ幸いに、その時間,仕事中の事が多いので 助かっています。

私は、今回の事が起きる前から、仕事関係の為にウツ気味でした。それで、クリニックにかかっています。
お医者さまに、今回の事を話しました。
そしたら…頑張る必要はない。しっかり生きれば良い。しっかりする事と 頑張るは違う。自分の心を偽って頑張る事はないんだよ!辛くて泣きたい時は、泣いた方がいいよ!…と話してくれました。

私達は、これ以上ない辛く悲しい出来事を 経験した仲間です。
勝手に仲間扱いして、すみません。
でもあえて仲間と言わせて下さい。
あじさいさんは、けして独りではないですよ。
一緒に手を取り合って、いっぱい泣きましょ。そして、ちょっとずつ笑える日を作っていきましょ。

EARLGLAYさん
素敵な夢をみましたね。ちょっと羨ましいです。
息子は、最近全く出てきてくれません。EARLGLAYさんのお察しの通り、眠れないんです。夕べは、さすがに薬に頼ってしまいました。

ほたるさんがおっしゃる通り、子ども達は向こうの世界でたくさんの仲間と一緒にいると思いたいです。
何の苦しみもなく、穏やかに過ごしているって思いたいです。


みなさん、いつも素敵なコメントを読ませて下さって、ありがとうございます。

 
 
 
あじさいさん (EARLGLAY)
2011-09-24 13:59:23
同じです。

私は出勤してしまった後逝ってしまったので、駐車場から100mほど歩くときが辛いです。あの日、なぜいつもと違うと気がつかなかったのか、誰か、私が出勤するのを止めてもらえなかったのか…。
頑張ってたのに、私は結局追いつめていました。
一人にしてはいけなかった…。

あの日からの私の人生は消化試合のように、昨日はあの日。明日になっても前日はあの日。明後日もその次の日も…。そんな思いです。

夜人が寝静まってからほぼ毎日目が覚めます。時々あの子の処へ…と強く思ったりすることもあります。
でも、嫌がるだろな…とか。簡単にできることではありませんし…。

なんのために生きてるのかわからないまま日が経っていきます。
ふっと軽くなったり、落ちたり。自分の素の姿がさっぱりわからなくなりました。

すみません、連日の 書き込みの上、支離滅裂で…。
風が寒くなりましたね。

あじさいさん、みなさま、どうぞご自身を労ってあげてください。

 
 
 
みなさま (あじさい)
2011-09-24 15:07:56
EARLGLAYさん、yumiさんあたたかいお言葉ありがとうございます。

私の息子もEARLGLAYさんの夢のように、皆さんの仲間に入れてもらっているといいな・・
無口だからちゃんと自己紹介したかな・・・と思いました。
そして、ほたるさんのおっしゃるようにみんなが出会ってると信じたいです。

あの日から、この世のことは遠いことのようで・・・、まるで透明人間になったみたいで、ふわふわ地につかず、後悔と懺悔、自責の念でいっぱいで、いつも考えてしまいます。日常のこと、1つ1つが後悔につながります。私が、仕事をしていなければよかったのか・・・とか・・。
生きている意味がわかりません。

ほたるさん、大学生なのだから・・もう20歳だし・・と私も思っていました。見守っているつもりが見ていなかったんです。取り返しがつかない、代わりになりたい・そばにいきたい・・と心で叫んでいます。


みなさんの仲間に入れていただいて、皆さんのコメントに癒されています。

 
 
 
十月ですね (菜の花)
2011-10-02 00:37:22
田んぼでは稲穂が黄金色に実り、ススキの穂が風に揺れています。
息子がいなくなったのに、時間は以前と変わりなく過ぎていきます。
あと2カ月で2年になります。
死んだ息子の時間はあの瞬間で止まっているのに、
生きている私の時間はどんどん過ぎていきます。
息子との距離が開いていくようで、あせりを感じます。
なんとか時計の針を止めたいのですが、
どうにもなりません。

ほたるさんのコメントを読んで、私も今日はコスモスを買ってきました。

EARLGRAYさん、香り高いアールグレイは、私もいちばん好きな紅茶です。

yumiさん、「しっかりする事と頑張るはちがう」―そうですよね。
「頑張る」は苦手な言葉になりましたが、「しっかり生きる」ことを心に留めたいと思います。

足元の大地が崩壊したような経験をしたのに、
コスモスを眺めて「きれいだな・・・」と感じている自分が恐ろしいです。
当時の衝撃から遠ざかるにつれ、
息子の死がますます信じられなくなってきました。
ただ長い長い悪夢を見ているだけなのでは?
自分のこれまで積み上げてきた人生自体が
誰かの一夜の夢なのではないか?
そもそも自分は自分なのか?
そんな混乱した感情にとらわれて、
何が現実で何が幻なのか、わからなくなることがあります。

こんなことがあるはずがない!と、
ただ現実を否定したいだけなのでしょうね。
息子の死を認めたくないだけ。
自分の一度きりの人生が崩壊したことを認めたくないだけ。
未練たらたらです。

あじさいさん、私も生きている意味がわかりません。
毎朝目覚めるたびに
「なぜ、私は今日も生きているんだろう」と思わずにはいられません。
ただ、自死が家族にもたらす苦しみは、
一流の精神科医よりも骨身にしみて知っています。
だから「このまま死ねたらどんなに楽だろう」と思いながら、
這うように生き続けています。
こんな地獄の苦しみを味わうのは、もう私で最後にしてほしい。
切実にそう思います。


わかちあいの会では、共通の悩みや悲しみを分かち合って、
心からほっとできる時間を過ごさせていただき、
ありがとうございました。
次に参加できる機会まで「あそこまで泳げば休憩できる」と
自分に言い聞かせて泳ぎ続けます。
皆様もくれぐれもご自愛ください。

 
 
 
菜の花さん、みなさんへ (ほたる)
2011-10-03 14:02:32
菜の花さん

同じ様に、幻を見ていたのだろうか?今も悪い夢の中にいるのだろうか?わからなくなるときがあります。
どうしても、息子の死を認めたくなくて、息子はどこか遠くで暮らしているんだと言い聞かせている自分もいます。

そうすることで、壊れそうになる自分の心を守っているのでしょうか?
息子を救えなかったのだから、悲しく苦しいのは当然のこと。そうでなければ、息子に申し訳ないと思ったり・・・
忘れることなど出来ないのに、苦しくて何もかも忘れてしまいたいと思ったり・・・
逢いたくて逢いたくて、胸が張り裂けそうになったり・・・

心はいつも揺れ動き、複雑になりました。




あじさいさん

この世のことは遠いことのようで・・・本当にそうですね。
私もあの日から、人とは違う時空の中をさまよっているようです。
日常のどんな小さなことひとつにも息子に申し訳ないと思うようになりました。
毎日、息子の側に逝きたいと思いながら生きています。




EARLGLAYさん

争いを嫌い、傷つくことを避けるあまり、いろんなことを抱えてしまった・・・、息子もそうだったのだと思っています。
今なら、もっと息子の心に寄り添い、違った対応が出来きたのに・・・後悔ばかりです。

アールグレイ・・・昔々、遠い昔に好きな小説の中に出てきたその響きに惹かれ飲み始めました。私も一番好きな紅茶です。



yumiさん

仲間です・・・。
そう思ってくれる人がいるだけで心の支えになります。
眠れぬ夜、心の中で話しかけています。





少しだけ自分を保てていられるのは、みなさんのおかげです。
ありがとうございます。
急に寒くなりました。
お体ご自愛ください。









 
 
 
みなさま (EARLGLAY)
2011-10-12 08:46:11
すっかり秋になりました。息子の苦手だった暑さの気配もなくなりました。
記憶は片隅になってしまったわけではないけれど、息子と過ごした時間が幻だったかのように、いえ、今の瞬間以外はまるで実感がないかのようです。記憶はあるのに。
自己防衛なのでしょうか。
突然断たれてしまった普通の暮らし、失った大切なもの、なくなるなんて思いもしなかった。そんな現実から逃げることでしか今を過ごすことができないのかもしれません。
ただ、たくさんの後悔ばかりが募ります。普通の暮らしといってもよい思い出ばかりではありませんでした。思春期だから…と流すこともありました。


菜の花さん、
時間の流れって本当に残酷ですね。過ごした日々が遠くなる。どんどん…。
それでも自分は生きている。これ以上の苦痛はないという思いです。


ほたるさん、
私もおそらく逃避してると思います。特に最近は思考が止まってしまったかのようです。真正面から受け止めようとしたら…。自分がどうなってしまうのか、今だって普通ではないのに…と、逃げているのかもしれません。情けないです。

あじさいさん、
生きている意味、私もわかりません。わかりたくないのかもしれません。こんなんになって意味なんか…という思いです。 ただ、子供たちが今はたくさんの同士となって、手をとり合って笑っていてくれていたらと信じたいです。

yumiさん、
上司の方もクリニックのドクターも、好い方のようで何よりです。
頑張りすぎない。そうですね。いなくなったあの日から生きていること自体が頑張りでもあるわけですから、その上に頑張ることは…。自分と相談しなからしかないですね。

みなさまへ、
このところ沈みがちでネガティブな書き込みばかりで申し訳ありません。
アールグレイがお好きだと言ってくださる方がいてうれしいです。
私がなんぞがHNに使って申し訳ありません…。
私の家の前には野生化した?コスモスがひっそりと咲いています。

寒暖の差があり、体調崩しやすいので、みなさまお気をつけくださいね。
長文失礼いたしました。
 
 
 
半年すぎました (あじさい)
2011-10-14 10:51:46
いつも見ていましたが、書き込むことができず、毎日気持ちをごまかしつつ、蓋をしています。
でもすぐに、原因を探し後悔し・・の繰り返しです。


昨日は息子の月命日でした。月命日・・・この言葉だけで、もうだめになります。息子と結びつかないのです・・。6ヶ月も会っていません。

カレンダーも時計もおかず、捨て、なにも考えないようにして・・淡々と過ごすことで今はいっぱいいっぱいです。私も逃げています。

息子の机の上の日めくりのカレンダーは13のまま。誰も次の日にめくってくれません。
もし今帰ってきたら、あなたは14にして、パソコンをひらいて・・・そうそう・・その前に、靴下を脱ぐよね。いつものように。

早くあなたがいつもそばにいるように感じたい。自分のことばかり考えている、だめな母です。
あなたが今、安らかでいますように・・苦しみのない夢で見た笑顔のままいますように・・祈ります。
そして皆様の大切なかたが、やすらぎのなかにおられますように、祈ります。

 
 
 
みなさまへ (ハーベスト)
2011-10-17 19:07:54
久しぶりにみすべにお邪魔します。

 8月末に3回忌の法要を済ませました。
2年が過ぎ、時間の経過とともに悲しみは心の奥深く沈みこんで行くようです。

 友人や親戚のみなさんも最近は話題から意識的に外してくれるので、それはそれで助かるのですが、その分暗く、深い片隅に、淀んで、日が当たらず、より一層悲しみを増幅させるのです。

 みなさまの書き込みを毎日必ず一度は読み、涙し、息子を失った当時の自分に置き換えても少しも前に進めていない私がここに居ることを再確認するのです。

 生きることの意味を見出せぬまま、だだ天命により生かされている自分が疎ましくさえ思えることが最近特に強く感じるようになりました。人生の終焉の頃を迎えたこの年齢からは残された時間の使い方がまったく見えてこないのです。 遺された家族の為にも頑張ろうと思って進んでみた思いの裏には比較にならないくらいの重苦しさが潜んでいて今や押し潰されそうになるんです。でも、もう少しだけ、ゆっくり、穏やかに、前を見据えて、そう遠くない息子に逢えるその日まで、歩いてみようと思います。

 今日は皆様に暗い私の独り言で申し訳ございませんでした。

 

 

 



 


 
 
 
 
初めて書き込みます (おか)
2011-10-18 11:10:17
ハーベストさん、私も毎日毎日、みずべの掲示版を見させていただいております。

息子が一人で逝ってしまってから一年八ヶ月が過ぎました。
体中の細胞が浮き上がり吹き飛び、崩れ去るような感覚はなくなりましたが、救えなかった親として申し訳ないという思いと、取り返しのつかない事を何とかしようとする空回りを、飽くことなく愚かに繰り返しております。

無念な思い、自責の念、何で…
の繰り返し
全部背負って今日も息をして、生活しております。

息子のバイト先に行った時、年頃だから照れるだろうし、嫌だろうと、すまして通り過ぎようとした時
「僕のお母さん」とバイト先の仲間に紹介した息子を思いだします。

君に「お母さん」とまた言ってもらえるように生きていきます。
涙を流す事も多いけれど、それは許して下さいね。
親とはそういうものだと堪忍して下さい。

何時でも、何時までも、君を誇りに思っています。
君に心配をかけ過ぎないように…
と思っています。
その時、その時のありのままの自分の姿で生きていきます。

みずべのこの掲示板に、皆様にどんなに助けられているかお伝えしたく、書かせて頂きました。
感謝しております。
 
 
 
おかさんお久し振りです (ハーベスト)
2011-10-18 18:45:47
 
 おかさん お久し振りですね。
おかさんは第四日曜日は参加されていらしゃいますか?

私も当日の朝までは参加しようと思うんですが、昼ごろになると何となく足が向かなくなり、結局家で何もしない一日となってしまいます。

 時間の経過とともに表面上は何とか繕う術は覚えましたが一人になるとその分虚しさが大きくなって跳ね返ってくることも最近覚えました。

 重い十字架を背負い、急な、長い階段をゆっくりと
上り、息子が待ってる丘の上を目差し、鞭で打たれ、沿道で見ている他の神々からは罵声を浴びせられ、「当然の罰だ」「もっと苦しめ」「まだまだ足りない」「お前の命が終わるその日までこの長い階段はあるぞ」と聞こえます。


 でも、きっと息子が待ってくれてる丘の上は綺麗なところなんでしょうね。

 息子に逢えるその日まで苦しい階段をゆっくりと登って行こうと思います。

 皆様の苦しみ、悲しみをこの場で皆様と一緒に少しだけの時間を享受できることが私の心を落ち着かせ、ゆっくり歩く礎になっております。

 ありがとうございました




 
 
 
 
出来る範囲で自然に (おか)
2011-10-19 09:29:52
ハーベストさん、会には参加できる時は出かけております。
10月は無理ですが、11月は参加させて頂くつもりです。

最愛の我が子が先に逝ってしまったこの現実は、両手を広げようが、全身で背負い込もおうが、あまりに大きく我が身には溢れてしまいます。

自虐的になったり、辛さに打ちのめされたり、悲しみに溺れたりしながら、心を折りたたんだり、粉々にちぎったり、時に吹き飛ばそうとしたり、我ながら呆れる程様々にあがいております。

そして、その何倍も息子に微笑んでいます。
話しかけています。
悲しみは、骨の奥深くに入り込んでいます。
これからはミクロ、マクロの次元で沈殿していく様な気がます。

そして、寿命がきて息子に会ったら「お母さんの骨はしっかりしているでしょう、並の鍛え方ではないかね」と言ってみるつもりです。

ハーベストさん、急な長い階段をご一緒に歩かせて下さい。






 
 
 
冷たい雨が降っています (菜の花)
2011-10-21 22:22:00
こんばんは。
もう来年の手帳やカレンダーが店頭に並んでいますね。
年賀状やおせちの広告も目に入ります。
また、次の年が来るなんて・・・
また、針の山を登る365日。
ため息が出ます。
もう、あの新年の晴れがましい気持ちは、
一生、味わえないでしょう。

昨年の年末は、スーパーに溢れかえる正月用の食材に、いたたまれない思いをしました。
今年は早目に保存食を買いこんで、世間のにぎわいに耳をふさぎ、
年末年始を引きこもってやり過ごそうと思います。

2年前の今日が、息子の生きている姿を見た最後の日でした。別れ際に珍しく、地下鉄の駅へ降りるエレベーターまで送ってくれました。
「じゃあ、お正月にね!元気でね!」「うん」と息子は言いました。
けれども、その年末に、
息子は、たくさんのご馳走と親が待つ実家には帰らず、
私たちの手の届かない遠いところに行ってしまいました。

今夜、あの駅に走って行ったら、
息子に会えそうな気がします。
あの時、息子の手を強く引き寄せていたら・・・。
息子の目をしっかり覗き込んでいたら・・・。
なんとか時間を巻き戻せないものか、
と諦めきれません。
あの夜、エレベーターの扉が閉まるまで、
息子は笑顔で手を振ってくれました。
あれが最後でした。

息子に会えなくなって2年、
体全体に悲しみが浸み込んで、結晶化してしまったような気がします。
ハーベストさんやおかさんがおっしゃるように、骨の髄まで悲しさが浸透していきます。
これから何十年がんばって生きても、
生きている息子に会えることは絶対にないのです。

たまらなくなって、仏壇の脇の骨壺を開けてみました。
息子の骨を手に取ろうとしたら、
思いがけず、触っただけでほろほろと崩れ、
粉になって指の間から落ちました。
息子が骨になって1年10カ月が過ぎたことを、
思い知らされました。
息子の人生も早すぎた死も、
このように風化していくのでしょうか。

息子が亡くなってからの1年10カ月、
足に重い鎖を引きずって血の池地獄を這いまわっているような時間が続いています。
信仰もなく精神的に強いわけでもない凡人の私がよく持ちこたえているものだ、よく頭がおかしくならないものだ、と自分で少し驚いています。

でも、このような掲示板や集いでの出会いがなければ、どうなっていたか自分でもわかりません。
皆様が分かち合ってくださる深い悲しみ、苦しみが集まって、
ちいさな灯となって、
世界にひとりだけの大切な人を失った私たちを照らし、温めてくださっていることに感謝します。

皆様に少しでも心安らかな時間がありますように。

 
 
 
菜の花さんへ (まりお)
2011-10-24 16:33:23
久しぶりに皆様のコメントを読ませて頂き、気持ちを吐き出したくなりました。

菜の花さん、こんにちは。もうすぐあの日が来る、そのお気持ち、どんなにお辛いかと私自身も同じ悲しみを噛みしめています。

私は今でも最後の日に息子と一緒に立った場所を踏みしめてから仕事に行きます。あの日に戻れないかと思いながら。

外出していて、私は夕食の買い物をするために先に息子を返したんでした。「疲れたよ。」って言った息子に寄り添って一緒に帰る事もせずに。息子は先に家に帰っていましたが、ソファにボォ~ッと座っていました。疲れた様子でした。

それでも気付かずに。。。最後に息子の姿を見たのは、お風呂上りの背中でした。「疲れたでしょう?」と抱きしめてあげればよかった。誰かに救いを求めていたのに。。。

私ももうすぐ息子に会えなくなってから2年が経とうとしています。なぜ会えないの、いつ会えるの?と毎日自問自答しています。

菜の花さんが息子さんのほろほろと落ちるお骨を手にとって、月日を感じ涙している様子を思い浮かべるだけで、お気持ちが伝わってきます。私は今日お墓に行き、何故こんなことをしているんだろう、何故息子がここにいないんだろう、と変な感覚に襲われました。

いつか息子が迎えに来てくれるまで、皆様の温かい心に支えられながら、よく生きたね、って息子に迎えてもらえる様に何とか気持ちを持ちこたえながら一緒に歩いて行って下さいますか?
 
 
 
まりおさんへ (菜の花)
2011-10-27 00:22:20
まりおさん、ありがとうございます。
まりおさんも大切な息子さんが亡くなられてから
2度目の秋を迎えておられるのですね。
秋の早い日暮れは、寂しさが体中にしみわたりますね。

私も仏壇の遺影を見るたびに、
「なぜ、ここに息子の遺影があるの?」と
非現実的な感覚に襲われます。
「こんなことがあるはずがない!」と現実を否定し続けたら
そのうち現実が根負けして、現実を覆せるかもしれない
―そんな馬鹿げた妄想にとらわれる時もあります。
奇跡が起きて、息子が生きて帰ってくるかもしれない。
息子の自死という「絶対にあり得ない悲劇」が起こった以上、
亡くなったはずの息子が元気で帰ってくる、という
「あり得ない奇跡」も起こり得るかもしれない。
―そんなかすかな望みを捨てきれないでいます。

まりおさん、
私は2度目の秋も引きこもったままで、
この先に喜びも希望もないのに、
なぜ生き続けているのか、
その答えもまだわかりません。
でも、皆様と悲しさを分かち合えることを支えとして、
「今は息をしているだけでいいから」と自分を甘やかして
一日一日を生きています。
まりおさん、皆様も、
どうぞくれぐれもご自愛くださいね。




 
 
 
奇跡 (Unknown)
2011-10-27 09:53:00
菜の花さん、みなさん、こんにちは。

昨日、息子に背格好のよく似た青年とすれ違い、もしかして急に、その角を曲がって、息子が歩いてくるかもしれない・・・と奇跡が起こることを願っていました。
まぶたを閉じれば、ちょっと猫背の息子がすぐに現れるのに、現実には歩いてるはずないのに・・・。
菜の花さんと同じように、あるはずもない奇跡をすてきれない。



悲しみ、辛さ、自責の念があふれます。ここに書かせていただいて、また今日を生きていきます。
 
 
 
菜の花さん、皆様へ (ほたる)
2011-10-27 12:26:18
私も菜の花さんと同じ時間を過ごしています。
同じ時間を過ごしているから、どうすることも出来ない苦しい時、側にいてあげられないことがもどかしく感じます。
最後の姿を想うと胸が張り裂けそうになりますね。
私も取り戻せるはずもないのに、取り戻したいと考えてしまいます。
どうしても、諦め切れないのです。
どんなふうに想ってあげたら、いいのでしょう。
いろいろな想いが渦巻いています。


溢れる想いの全てが悲しみに変わり、どんなときも悲しみが付いてくるようになりました。

夫の実家に帰省したときのことです。
その日は息子と同い年の姪の結婚が決まり、華やいでいました。
おめでとうと笑顔で言いながら、息子を想っていました。

和やかな雰囲気の中で語られる甥や姪の結婚、仕事・・・輝く未来の話は眩しすぎて、つぎつぎと胸に矢を放たれているようでした。

誰もが息子の名前を声にしませんでした。
気遣ってくれてることは十分に分かっているはずなのに、忘れ去られているようで悲しくなりました。

しっかりと時を刻むその場所にいると、責められているようにも感じたのは、何故でしょう。
すっかり、心が歪んでしまったのでしょうか?

私も引きこもったままでいます。
今もまだ、自分には必要な時間なのだと自分に言い聞かせています。


まりおさんへ
お久しぶりです。
抱きしめてあげればよかった・・・。ただ、それだけで・・・同じ想いがあります。
温かい言葉をいただいたこと、感謝しております。ありがとうございました。


翔子さんへ
翔子さんのたくさんの愛情で、優しいお嬢さんに育ったのですね。
悲しいですね。


皆様へ
寒くなりました。
お体くれぐれも、ご自愛ください。









 
 
 
ありがとうございます (菜の花)
2011-10-28 17:22:58
Unknownさん、
そういえば、数年前に大ヒットした韓流ドラマに、
そのような奇跡のシーンがありましたね。
交通事故で亡くなったはずの初恋の人との奇跡の再会―でしたね。
そんな奇跡が私たちにも起きないでしょうか。
どうかどうかお願いします、と天に祈ります。

でも、本当はわかっているのです。
あの子は死んだのです。
それなのに、
もし帰ってきたら何を食べさせようか、と
妄想にふけってしまうときがあります。

息子が亡くなってから幾つもの嘘をつきました。
周囲にも自分にも。
現実を否定し、人の幸せに嫉妬し、
不義理を積み重ね、善意の慰めに憤りました。

でも、そんな惨めでどろどろの自分を
許してやりたい、と今は思っています。
そうやって自分の殻を守らなければ
生きていけない気がしています。

ここに懺悔させてもらって、
私もまた生きていきます。

ほたるさん、諦めきれないお気持ちは私も同じです。
私は「諦めたら負けだ」と
意地を張っているのかもしれません。
何に負けたくないのでしょうか?
「我が子の自死という現実」にです。
絶対に絶対に諦めないぞ!と心で叫んでいます。

あの子は100%死んでいるのに、
親が諦めなければ1%でも命が残りつづけるかも、
という希望を捨てきれません。
1%でも希望の糸がつながっていたら、
少しずつでも、数十年かかってでも、
息子をこちらの世界に引き戻せるのではないか、と。

あり得ない夢だと、頭ではわかっているのです。

ほたるさんは、姪御さんのおめでたい話を
笑顔を装って、じっと聞いておられたのですね。
楽しい雰囲気に水を差さないように、と
暗い顔をして周囲の人に気を使わせないように、と
精いっぱいこらえておられたのですね。
心の中で、どれほどの涙を流されたことでしょう。

息子のいとこも最近、結婚しました。
誰にも悪意はないとわかっていても、
本当に辛くて恨めしくて、
とても祝う気持ちにはなれませんでした。
親戚ともすっかり疎遠になりました。
引きこもっているのも、
今はその「とき」なのだと思います。
ご自分に優しくしてあげてくださいね。
書き込みありがとうございます。


 
 
 
これからは此方で・・・ (翔子)
2011-11-03 18:17:00
皆様、初めまして。
これからは此方で時々お邪魔させて頂くことにしました。

こちらに来ると、あぁ~私だけではないのだ!
みなさん、同士なんだと思えてきます。
子供に先に逝かれてしまった母親同士・・・

去った1日に1年と1ヶ月を迎えました。
衝撃のあの日から、既にこんなに時間が経過してしまったのに、私の時間は止まったまま・・・
朝、目覚めて直ぐに言う癖がついてしまった
「○○ちゃん・・・お母さんは今日も生きているよ。ごめんね」取り返しのつかない過ち、懺悔、自責、悔しさ一日たりとも涙が出ない日はない・・・

どんなに愛しくても、懺悔してもあの子の側に逝くことも許されない。
そういう母親の生きていく術はどんな事なんだろう・・・

皆様、こんなにネガティブな投稿で場を濁してしまっていたらごめんなさい。
 
 
 
翔子さん、こんばんは (菜の花)
2011-11-04 17:33:20
翔子さん、はじめまして。
私は息子を亡くしてから、
1年と10カ月になります。

翔子さんの書き込みを拝見して、
私と同じだなあ―と切なくなりました。

私は毎晩、部屋の明かりを消す時に、
「ごめんね、○○、今日もお母さんは生きていたよ、助けてあげられなくてごめんね」
と言わずにはいられません。
朝は「あー、今日も生きなくちゃならないのか・・・」とがっかりです。
「なぜ、こんな私が今日も生きているのか」と、
天井を見上げてぼんやりしています。
毎朝毎晩同じ思いを繰り返して、
空白の日々が過ぎていきます。

近所では、イチョウが日に日に黄色く色づいています。
今日はスーパーで、
早くもクリスマスソングが流れていました。
「早すぎる!」とひとりで腹を立てていました。
これからクリスマスまで、
にぎやかなクリスマスソングを聞かされるのですね。
陽気なメロディを聞くたびに、
幼い息子との楽しい思い出がよみがえって、
耳をふさぎたくなります。

翔子さん、大切な娘さんが突然に旅立たれ、
お辛い日々をひたすらじっと耐えておられることでしょう。
安心して辛い気持ちを打ち明けることで、
底なしの海を泳ぎつづける毎日の「息つぎ」のように、
少しでもほっとできる時間が得られるかもしれません。
私はこの息つぎの機会を与えていただいて、
とても救われています。

この過酷な現実を前にして、
お気持ちがネガティブだったり暗かったりするのは、
少なくとも今の私には「普通」で「当然」のことに感じられます。
私もあれからずっと、涙と後悔が日常になりました。
逆に明るい幸せな世間の人たちを見るほうが、私は辛いです。

まわりがなんと言おうと、今はとことん暗くていいのです(勝手にそう決めました)。
「元気になるべき」「立ち直るべき」と理想像を描いて頑張っていたら、
私はとてもやっていけない気がするのです。

秋も深まりますが、翔子さんも皆様も、
どうぞくれぐれもご自愛くださいね。
 
 
 
菜の花様へ (翔子)
2011-11-15 18:51:18
菜の花さんこんばんは。
随分前にお返事頂いていたののに
お返しが遅くなって申し訳ありません。

最愛の娘を逝かせてしまった日から1年と2ヶ月に入ろうとしています。
苦しさや懺悔の心は当時よりも重くのし掛かりますが
それでも彼女の処へ逝けない自身の
ジレンマと葛藤しながら、今日も生きてしまいました。

菜の花さん、まったく同じなんですね。
寝る前と朝のお仏壇での一言・・・
「ごめんね、お母さんは今日も生きておくね、でも
早く迎えにきてね・・・」
そう訴えることで自身が安らぎます。
いや、安らぐというのではなくて無理にもそう思わなくては過ごせないからですよね。
助けてあげられなかったあの子・・・
守ってあげられなかったあの子・・・
独りぼっちで逝かせてしまったあの子・・・
懺悔は数え切れないくらい溢れてきます。

街でのクリスマスモード、そして郵便局からの
年賀状云々の広告車、
あの子達が存在しなくても世間は時が流れるんですよね。
時間が止まったのは私達母親だけですね。

我が家にはあの日以来カレンダーを置いていません。
新年もありません。
あの子が大好きだった日捲りを置けません。
そうする事がせめてものポリシーなのです。

慰めているつもりの心ない隣人や友人達は
口を揃えていいます。
「そんな事は娘さんは望んでいないはず・・・」と
”でもあなた偉いわねぇ~私なら無理。耐えられない”と。
それじゃ生きている私は何??

あの日以来心がすさみきって尖ってしまった私ですが
此方で唯一の「息継ぎ」を教えて頂きました。
苦しい母親同士のお友達にも恵まれました。
私達のあの子達が引き合わせてくれた哀しく尊いご縁だと思っています。

今はこのご縁を心の糧にして、あの子の処へ逝ける日まで
そうやって一日々を過ごしていくことにします。

これからやってくる心身共に過酷な季節・・・
菜の花さんもどうかご慈愛くださいますように。
お返事ありがとうございました。


 
 
 
菜の花さん、翔子さんへ (ほたる)
2011-11-16 12:38:27
お二人のコメントを読んで、私と同じだと思いました。
私も息子に「ごめんね。お母さんを早く迎えに来て・・」と毎日、話しかけています。
今すぐにでも、息子の側に逝きたいけれど、それも叶わず、一年六ヶ月も生きています。
生きている実感のない、悲しく苦しい日々です。


菜の花さん

私も元気で明るい幸せそうな人を見るのは辛くなりました。
そんな幸せな人の慰めや励ましの言葉に、なおさら落ち込むのです。
いつも誰かに責められているように感じるのです。
だから、菜の花さんの「ネガティブでも暗くても・・・」を読んだとき、ありのままの自分を受け入れてもらえたように感じ、心が少し解れました。



翔子さん

私にも同じ様なことがありました。
「子供と違う世界で生きていくなんて私には出来ないこと・・・」
「子供が自分より先に逝くなんて私には一生分からない悲しみ・・・」
残酷な言葉でした。その後に続く、慰めの言葉も虚しく響き何も聞こえなくなりました。



「息継ぎ」本当にそうですね。
ここで「息継ぎ」をしているから、悲しみの海の中、なんとか必死に溺れまいと漂っていられてるようです。
皆様に助けられています。
ありがとうございます。



これから、本当に辛い季節ですね。
輝くイルミネーションが切なく、目を背けるようになりました。
クリスマスもお正月もなくていいのにと勝手なことを考えています。


皆様へ
寒くなってきました。どうかお体ご慈愛ください。







 
 
 
ほたるさんへ (翔子)
2011-11-16 15:18:41
コメントありがとうございます。

隣人や友人達の言葉にナ-バスになった時期は辛いもんがありましたが
でも、今ではあの子がその人柄を教えてくれてるような気がします。
こんな事が起きなければ、ずっとこれからもずっと
この人達は心ある誠意ある人達だと思いこみ
もっと々大きな裏切りが遭ったかもしれませんから・・・
同じ苦しみを抱える母親同士、此方を教えて頂いたお友達や、こんなに心強い絆に感謝です。

クリスマスやお正月や、その他の年中祝日、自分の誕生日もあの以来、封印しました。
あの子の不在な空間でとてもその気にはなれませんもの・・・
もっと卑劣な考えをしてしまいます。
(さすがに此方では文字にして書く事はできませんが)
不謹慎極まりないのですが、逝くことも叶わないのならいっそ。。。と毎日々思わない日はありません。
 
 
 
百寺巡礼 (ハーベスト)
2011-11-24 18:26:25
 先日家族で奈良の寺巡りをしてきました。
朝一番の新幹線で日帰りの強行旅でした。室生寺、長谷寺,当麻寺の三寺をじっくりと時間をかけて、穏やかな気持ちで拝観してきました。紅葉のは少し早かったようです。

 亡くなった息子の遺影を持って、仏像に手を合わせ、
ただひたすら、彼の極楽浄土を願い、安らかに仏の近くで安息しているであろう彼の姿を思い浮かべると涙が自然と流れて止まりませんでした。

 境内を散策し、数多くの仏像の中から息子に似た像を必死に探しましたが、今回の三寺のなかにはありませんでした。でも、これからも、必ず彼に似た仏像に出会うまでは寺巡礼を止めないと強く心に決めた旅でした。

 観光バスのあまり来ない落ち着いた雰囲気の此処が今の私には心を安らかに息子に近ける唯一の場所になってしまいました。

 
 
 
 
ハーベストさんへ (小夜)
2011-11-29 09:12:10
ハーベストさん、こんにちは。

奈良のお寺で仏像に手を合せる静かな時間を持たれたのですね。

息子さんのご冥福を願い、心安らかに静かに手を合わすことができる場に出会えてよかったですね。

いつかきっと息子さんに似た仏像に巡り合われることをお祈りしています。

私は昨年、息子の面影を求めてギリシァの小さな島へでかけました。残念ながら短い滞在期間の間では、息子の面影にはであえませんでした。

でも小さな島の小さな教会でローソクを灯して祈ることでハーベストさんと同じように、息子に少し近づけたような気持ちにはなれました

お寺であれ、教会であれ、海や山の頂きであれ、どこかその人にとっての心の聖地で静かに穏やかに亡き人を思う時間を持つことが遺された者にとって安らぎの時になるのですね。

ハーベストさんのお話をうかがい、私も奈良へ行きたくなりました。
一人でいつかそっと訪ねてみようと思います。
 
 
 
厳しい寒さですね (菜の花)
2011-12-10 01:33:40
刻々とあの日が近づいてきます。
あの日、昼過ぎにインターフォンが鳴るのを楽しみにしていました。
インターフォンを聞き逃すまいと気をつけながら、
台所で、黒豆を煮たりお雑煮の材料を用意したりしていました。
まもなくインターフォンが鳴るはずでした。
「ただいまあー」と息子の顔がモニターに映るはずでした。
私はドアを開けにバタバタと走っていくはずでした。
そして、ドアが開くと、
荷物を抱えてよれよれの格好をした息子が
照れくさそうに笑いながら立っているはずでした。
「お帰り~!うわっ、ヒゲ伸ばしてるんだ!疲れたでしょ、お風呂入る?お腹空いた?」と、私は浮かれてしゃべりつづけるはずでした。

夜になっても、インターフォンは鳴りませんでした。
わけがわからなかった。
窓に吹きつける激しい北風の音を聞きながら、
あの子はどこにいるのか、外で寒い思いをしていないか、とおろおろするばかりでした。
翌朝になっても、息子は姿を現わしませんでした。
なぜ、あの子が帰ってこないのか、
あの子の身に何が起こったのか、
全くわけがわかりませんでした。

今でもわけがわかりません。
平凡な家族の人生に何が起こったのか。
頭でわかっていても、心ではわかりません。

ずっと、わけがわからないまま、
あの日から凍りついた心を引きずって
生きてきました。
今でも夢のなかを漂っているようです。


クリスマスやお正月が近づき、
いろいろな思い出がよみがえるたびに、
いっそう悲しさが募りますね。

どうぞ少しでも皆様に穏やかな時間がありますように。


 
 
 
菜の花さんへ (ほたる)
2011-12-10 22:08:45
菜の花さん

人知れず涙を流されているのですね。
言葉では言い表すことの出来ない悲しみ。
苦しく辛い時間を一人で耐えていらっしゃるのですね。、
同じ想いの中で生きているから、
痛いほどに分かるのです。
どうして、子供たちは帰って来ないのでしょうね。


気が付けば、いつも息子の姿を追い求めています。
街を歩いているとき、走る車窓から、ドアの向こうに・・・。
いるはずもない息子の姿を捜しています。

あの日から、悲しみ、寂しさ、後悔、自責、絶望・・・の中で生きてきました。
どんなに硬く心を閉ざしても、堪え切れない涙がありますね。
誰にも気づかれぬように涙を拭いては街を歩く、そんな季節です。
悲しいですね・・・。



寒くなりました。
どうぞ、お体ご慈愛ください。









 
 
 
ほたるさんへ (菜の花)
2011-12-11 14:59:47
ほたるさん、私の泣きごとを読んでくださって、
ありがとうございます。

ほたるさんも宝物の優しい息子さんを亡くされて、
毎日毎日、痛みに耐えて生きておられるのですね。
私も、無意識のうちにいつも息子の面影を探しています。
あの日から、ベビーカーの赤ちゃんを見ても、
ランドセルを背負った元気な小学生を見ても、
うつむき加減に歩く若い人を見ても、
その時々の息子に重なって見えます。
本当にどこに行ってしまったのでしょうか。

今でも信じられない、信じたくない気持ちでいっぱいです。
仏壇の息子の遺影すら、
誰かが仕掛けたブラックジョークのように感じることもあり、
素直に手を合わせることができません。

そんな毎日でも、遠いどこかで、
ほたるさんが私とお気持ちを分かち合ってくださることは
私にとって何よりの慰めです。

世間が華やぐ時期ですが、
ほたるさんも皆様も、
どうかくれぐれも、お大事にお過ごしください。

 
 
 
おなじです (あじさい)
2011-12-12 15:39:58
菜の花さんやほたるさんのお気持ちと同じです。毎日、何を見てもあの子を想い、いないことに落ちて、何も考えないようにしようとしても、すぐ結びつくのです。
あの子の部屋はがらんとして、手に取ってくれるのを待つ本だなの本、教科書やノート・・。いつ帰ってくるのでしょう。心の中で、まだ待っています。どうして写真になったの・・?いつも笑ってばかりの写真の前にいると、まだ信じられません。時間は過ぎても、私の時間はあの時で、止まりました。悲しい・それだけです。
 
 
 
菜の花さん、あじさいさんへ (ほたる)
2011-12-13 00:20:45
菜の花さん

優しく温かいお言葉、ありがとうございます。
私にとっても、何よりの慰めになっています。

菜の花さんの細やかな愛情の中で、優しく真っ直ぐに育った息子さんのことを感じ取っています。
世の中は不条理ですね。
優しい心を持った人間が一番大切で、一番必要なのに・・・。



あじさいさん


目に映るもの、聞こえてくる音のひとつに
一瞬にして蘇る思い出。
その度に悲しくなりますね。
後悔と自責の念が溢れます。
私の時間もあの日のまま、止まっています。

悲しいですね。
同じ涙を流しています。





少しでも静かで穏やかな時間が流れることを、祈っています。



 
 
 
厳しい季節ですね (菜の花)
2011-12-14 20:34:59
あじさいさん、
大切なお子さんの遺品は、どんなに小さな物でも、
なかなか整理できないですね。
私も同じですよ。

机の引き出しのちびた鉛筆や落書きのある筆箱、
学生証に携帯、
お気に入りのTシャツ、ボロボロのジーンズも、
みんな息子の帰りをずっと待っています。

私が生きている間になんとか片付けなければ、
と思いますが、
手にとっても涙が出るばかりで、
どうにもなりません。
私の時間もあの日から止まったままです。

ほたるさん、
人生の厳しい冬の過酷さに耐えかねて、
いっそ身も心も凍えて息が止まってしまえばいいのに、と思うこともありますが、
離れていても、悲しい心を寄せ合って、
なんとかこの季節をやり過ごしましょうね。

心が凍りついたような私たちでも、
寄り添えば温かいですよね。
 
 
 
早春ですね (菜の花)
2012-02-28 12:29:36
皆様、御無沙汰しております。
この冬はことに寒さが厳しい日が続きましたね。
北の地方では積雪も多く、大変なご苦労もあったこととお見舞い申し上げます。

相変わらず、毎朝目覚めるとまっさきに、
あの子が死んだ?もういない?
本当?うそ!
と、布団を頭からかぶって心で叫んでいます。
それから、
「あの時、ああしてやればよかったのに」、
「こう答えたらよかったのに」、
「親なのに、なぜ息子を守れなかったのか」―
もうどうにもならないと頭でわかっていても、
ぐるぐる考えるのは息子のことばかりです。

私は無力で弱い凡人です。
この2年間の悲しみに翻弄され、本当に疲れ果てました。
この生き地獄の闘いに疲れ、もう楽になりたいと思うこともあります。
でも、「もう終わったこと」「そろそろ前を向いて」という声には、
もどかしい苛立ちが湧いてきます。
私を、亡くなった子から引きはがそうとしないでほしいのです。
この悲しみから引きずりだそうとしないでほしいのです。
私はもう絶対に会えないあの子と、ずっと一緒にいたいのです。
孤独に苦しんで世を去った我が子を、
もう二度とひとりにしたくないのです。
自分自身の今後の日々に、希望も喜びも楽しみも求めてはいません。
宗教の教えも立派な格言も要りません。ただ、
冷たくなった子のそばで、おろおろと泣いているだけです。
今の私にはそれしかできないし、
それがありのままの私であるように感じています。

梅が咲きはじめ、バラの新芽が伸び、
仏壇の花も、チューリップやスイートピーになりました。
家にひとりで籠っていて、いたたまれなくなると、
郊外の広々とした田園地帯を歩きます。
先日は、ひばりが空高くさえずっていました。
私が農道を歩いている間、ずっと澄んだ声で歌を聴かせてくれました。
ありがとう、春の歌を聴かせてくれて・・・そう思うと、
ふと「あのひばりは、あの子?私に歌を聴かせてくれたの?」と思ってしまい、
現実的な私ですが、ぼろぼろ涙がこぼれました。

さくらさん、
御主人様との突然のお別れに、
息をしているだけでも辛いお気持ちが、伝わってきました。
私も、自分だけ透明なカプセルに入っているようで、
通りを笑いながら歩く人たちを見ても、
ガラスを隔てて見ているようでした。
起こったことが、今だに現実とは思えません。
私もあの日から、別の世界に投げ込まれてしまいました。
でも、この世界にもたくさんの優しい人が暮らしていますよ。
どん底の苦しさは言葉では語り尽くせないですね。
でも、さくらさんのお気持ちは、
共通の辛い経験をされた方にはしっかり伝わっていますよ。
またお気持ちをお聞かせくださいね。

悲しみをこらえて日々生き抜いておられる皆様に、
少しでも心安らかな時間がありますように、
早春の日射しが凍えた心をそっと温めてくれますように、
掲示板の向こうからお祈りしています。
長々と書いてすみません。
 
 
 
さくらさんへ (しんじ)
2012-02-29 13:55:23
さくらさん、続きです。

叶わなかった想い・・・

せつないですね。

大切な人が亡くなること・・
どう受け入れればいいのか・・
私もいまだ考えています。


 
 
 
Unknown (さくら)
2012-03-03 11:57:36
苦しくて苦しくて どうしようもなくて
ひたすら もがき続ける毎日
身体中が痛い…
誰か…助けて欲しい
少しだけでも 楽になりたい

そんな想いで この場所にたどり着きました…

言葉にならない
苦しみ
痛みを共有されている方々がいる…

私だけじゃない…

ズタズタな私の心に
寄り添ってくださった…
心から
静かに寄り添ってくださった…

私は嬉しかったです
しんじさん
ありがとう

でも こんなふうに言葉を考えるだけで 涙が止まらなくなってしまいます…

私はまだ自分のことだけで なんの余裕もなくて 本当にごめんなさい…

 
 
 
さくらさんへ (しんじ)
2012-03-03 21:06:58
言葉にできない苦しさ・・・
それは、さくらさんだけではなく、多くの方が
感じて、そして、もがき苦しんでいます。
私もそうです。

苦しい・・・
涙がとまらない・・・

その一言だけでもいいですから
こちらに書き込んで下さい。

いつでも、待っています。

そうしていると少しは、まぎれる時間ができる
のではないかと思います。
まだ、余裕などなくて当然です。

悲しい・・と涙を流しましょう。
私もこれでもかと言う位、泣きました・・・

人間の感情としてとうぜんではないでしょうか・・・
そうしている内に少し余裕も出て来ると思います。
 
 待ちましょう・・・。
 
 
 
Unknown (さくら)
2012-03-07 18:03:56
しんじさんありがとう

みんな同じ想いで苦しんでいるんですね
本当に辛いですね

夕べも 息するだけでしんどくて…肩で呼吸をしながら… 眠れず 夜中に薬を飲みました。
それでもすぐには寝付けず 辛かった…

でも、今日も一日、仕事頑張ってきました。

笑顔で。

笑顔になっているかわかりませんが…

なんだか疲れました…。

 
 
 
閏年でした (水菜)
2012-03-10 15:13:16
もうあの子とさよならして5年半。
もうすぐ丸6年になろうとしています。
7回忌は、1年早く、父の7回忌に併せてもらいました。
あの子のためだけの、その法事は辛すぎるので。

以前にある遺族の会でお会いしたお母さま。
息子さんを亡くされて5年経つとのお話で
とてもゆったりとした、とても落ち着いたお声で
また会える日を想って暮らしています。と
お話されていました。

そんな日が私にも来るとは、とても思えませんでした。
そんなに落ち着いて話ができるなんて、考えられませんでした。

でも、同じように年月が経つと、あの頃の激情に翻弄されてる
私ではなくなっていました。
慣れたわけではないのです。
仕方ないと諦めたわけではないのです。

声を限りに叫んでも、
どんなに神様仏様にお願いしても、帰ってこないんだな。と
なんとなく、ただ、なんとなく、
今は会えないんだな。と、淡々と心のどこかが認識した
そんな感じです。

昨年は、その日は木曜日でした。
ついに、今年はその日が金曜日でまさに一緒に揃ってしまう。
自分はその日にどうなってしまうのかしら
何か奇跡が起こって、会えたりするのではないかしら。
あり得ない期待をしてしまったり。

でも、カレンダーを見たら、1日通り越して
土曜日でした。
今年は閏年だったのです。
では、次に、その日が金曜日になるのはいつなのかしら?
何年後なのかしら?
計算する気にもなれず、その日が巡ってくるのを待ちます。
私は何歳?あの子は何歳になっているのでしょう。

さよならした頃に、母に”もうずっとママの傍から離れない”と
思ってるんじゃないの?って言われたことがありました。
そう、同じお墓に入れます。ずっと一緒です。
これから先ずっと。

いつの日か、会えることを想っています。
 
 
 
さくらさんへ (しんじ)
2012-03-14 10:10:41
眠れなかったり。
眠りが浅かったり、
なかなか疲れがとれませんね・・・

今日は、この辺りは晴れています。

目に入る景色も以前と違って見えたり・・・

無理しないで下さいね

ゆっくりいきましょう。


 
 
 
はじめまして (みき)
2012-03-14 18:33:14
初めまして。私は昨年の秋に弟を自死で亡くしました。亡くなってから時間が経ってからの発見でしたのでさらに苦しさと悲しみと後悔が途切れることはありません。最後に私に電話が来ていたのに、何度か自殺をほのめかす電話もあったしその都度大丈夫だったので、どこかで「いつものことかな」と思ってしまいました。弟は望んで1人暮らしをしましたが、私も転職したばかりだったこと・お付き合いを始めたばかりの人がいたことで弟の様子をあまり気に掛けてあげることが出来ませんでした。生活費を全部使ってしまったりしたことで「仕事しなよ」と強く言ってしまいました。甘やかしてはいけないと思って何回か掛かってきた電話もあえて出たりしませんでした。そして弟は最後の留守電を残し亡くなりました。あの時、私がちゃんと弟の様子を気にかけていればこんなことにはならなかったと思えて仕方がありません。自分を責めるしか気持ちを保てません。彼も何回も同じ事を言う私に対して呆れてるようです。経験していない人に全てを理解してもらったり背負ってもらうことは違うんだと思います。でもせめて「心配してる、力になる」って言ってくれれば嬉しかったのに・・最後の電話は彼といました。だから彼を選んで弟を死なせてしまったとしか思えないんです。私の責任なんだと思います。前を向くことは出来ないし誰にも理解されません。どうしたら良いのでしょうか…自分の思いやりのなさに家族を大切に出来なかったことに自分への怒りを感じます。どう償ったら良いのでしょうか・・
突然、申し訳ありませんでした。
 
 
 
みきさんへ (シロ)
2012-03-14 20:08:34
みきさん初めまして。
私は父親で、みずべのつどいに参加したことはありますが、書き込みは初めてです。

みきさんの後悔と苦しみ、悲しみのお気持ちが良く分かります。

わが家の息子は昨年の7月30日に自死しました。
息子は私を避けており母親とべったりでした。
私が勉強させて統合失調症に追い込んだからです。

でも、母親が暴力に耐えかねて2回家出をした時には私に話しかけてきました。
そこで、今回も妻と話し合って妻が家出をして、第三者に入って貰って私との関係を修復しようと思いました。

案の定、母親がいなくなると息子は私の部屋に来て、母親を捜しに行こうと言ってきました。
「義姉達の所にいるに違いないから電話をかけてくれ」、「車を買って捜しに行こう」と訴えてきました。

しかし、私はすぐに行動しませんでした。
息子は母親の家出から三日目に自死しました。
私が息子の訴えを無視して、息子の入院の相談に病院と消防署に行っている間に家を出て、11時間後にマンションから飛び降りました。

私が家を出るときに、私のベッドに仰向けに寝て寂しそうに天井を見ていた姿が忘れられません。

何故、あの時にすぐに捜しに行こうと言ってやらなかったのか、みきさんと同じように自責と後悔ばかりです。

あの日から自死の本を読んだり、癒しの会に出席したり、精神科にかかったりしておりますが、私も前向きになれず、この掲示板で皆さんがお書きになっているように、いろんな場面で息子のことを思い出して涙が出ます。
毎日、自死の掲示板やブログを見てばかりです。

私もどうやって償えば良いのか分かりません。
今は毎月の月命日の墓参りと毎日仏壇に焼香して手を合わせて泣いて謝るしかありません。

私のことばかりで、みきさんへの気持ちが伝わらずにごめんなさい。

でも、みきさんが弟さんのことを思っておられるお気持ちは弟さんにきっと伝わると思います。
あまり自分を責めないで下さい。そしてご自愛下さい。
失礼致しました。
 
 
 
Unknown (さくら)
2012-03-19 20:55:23
しんじさん

静かに寄り添ってくださる あたたかい言葉
ひとときでも安らげます。


お彼岸がやって来る

そう考えるだけで 胸が苦しくなって 息をするのもしんどくて こめかみが痛い

首も 頭も 締め付けられるように痛かった

夕べは薬を飲んだけれど それでも寝付けませんでした

いつになったら楽になるのでしょう…

人前では 一生懸命取り繕っている自分がいる

そのことに 気づいている人が いるのだろうか…

これだけ日にちが過ぎたのだから

だいぶ時間も経ったのだから

周りは次第に 元の生活を取り戻して行く
まるで何事もなかったかのように…


お彼岸なのだから…

あの人は ここにいるのだろうか…

魂というものは

存在しているのでしょうか…


毎日 ひたすら
ただ 会いたいんです

会いたいんです…
 
 
 
水菜さんへ (あけ)
2012-03-22 15:34:02
水菜さん

お返事が遅くなって誠に申し訳ありません。
折角、書き込んでいただいたのに10日以上も経ってしまいました。

閏年だったのですね。オリンピックの年でもありますね。
ちょうど今年がそうだけに、なおさら思い出されるのでしょうね。

私たちの娘は、昨年8月が七回忌でした。
今月が誕生月なので、同級生がお線香をあげに来てくれました。
彼女は昨年の8月に、娘が逝ってから初めて来てくれました。
「やっと、Kちゃんに報告できるようになりましたので」と。
彼女は高校2年生で転校し、いろいろ回り道して昨年9月やっと大学卒業の目途が立ったと。
今年は、「アルバイトですが就職できて、週5日働けるようになりました」と。
恐らく彼女は、娘の自死が他人事とは思えない状況だったのではと、推測しています。
それだけに彼女の訪問はうれしいのですが、やはり娘がいなくなったこと現実を思い知らされます。
なぜ、娘が…と。

水菜さんと同じように、
私も、向こうで必ず娘に会えると信じています。
その日が来るまで、なんとかかんとか折り合いをつけながら生きていきたいと思っています。

水菜さんにも、なんとか折り合いをつけながら生きていただきたいと願っています。



 
 
 
さくらさんへ (しんじ)
2012-03-23 18:41:56
周りがにぎわう時はつらいですね。
ついこの前までは、あんなに楽しかったのに・・。

今にも帰って来るのでは・・
そんな想いにかられます。

体調はいかがですか
お子さんはどうですか

できるなら
もう一度会いたいですね

そんな日が来るといいですね。
 
 
 
シロさんへ (みき)
2012-03-26 17:02:57
シロさん

こんにちは。返信が遅くなり申し訳ありません。

息子さんを亡くされたとのことで、家族を失う深い悲しみ・苦しみお察しいたします。

シロさんが勉強をさせて追い込んだとありましたが、シロさんはその時は息子さんのために良かれと思ったのではないでしょうか?息子さんもお父さんの期待に応えたくて頑張っていたのではないでしょうか。

私も最後に弟に会ったなんとなく甘えたいしでも自分がしてきたことを思うと素直に私たちに甘えられない何とも言えない表情(振り返ればですが・・・)をしていたことが忘れられません。

シロさんと同じで色々なサイトを見たり本を読んだり話を聞いてもらうこともありますが、どれを見ても「誰のせいでもない」「その人の寿命だった」とか遺族は自分を責めないで欲しいというような記述もたくさんありますが、ではどうして死んだのか?という最後は本人にしか分からない究極の思い・答えを探してしまうのです。

それでも気持ちが晴れることはないし、時間が経てば経つほど苦しくなって、周りとの思いの深さにまた悩みます。

どうやったら償えるのか分かりませんよね。でも生きて自分の生き方をしていくことが償いなのかも知れません。


私は怖くて自ら死ぬことは出来ないと思います。弟が私に何か課題を与えてくれているような気がします。
私も弟も性格が似ているところがあったし、2人とも強くはなかった・・・強いフリを私はしていましたが、とんでもなかったです。。

弟の本当の性格とか理解してあげられなくて、無理矢理頑張る方向に持っていってしまった。。私は親ではありませんが、弟は母よりも私を頼っていたので私は大きな責任を感じています。

そして2度と弟に会えないと思うと本当に辛くて仕方がないのです…。

シロさんも少しずつ前を向くにはもっと時間がかかると思います。無理しないで、気分が良いときは散歩したり空を見上げてみたり、たまには自分の好物を備えて自分も食べるなど、罪悪感があるかも知れませんがそうするのは間違いではないと思いますし、息子さんだってそれを責めることはありません。

本当に少しずつ生きていくことが償いでもあり、息子さんに心配させないようにしていくことだと思います。

簡単にそうも出来ない気持ちも私は分かった上で書かせていただきました。

シロさんは睡眠や食事は取れてますか?お仕事は行ってますか?

どうかご自愛ください。一緒に少しずつ歩いて行きましょう。
 
 
 
みき さんへ (シロ)
2012-03-28 21:53:58
みきさん

ありがとうございます。

食事は睡眠導入剤のせいか、味が少し感じられませんが食べております。
眠るのは、前述のように導入剤のお世話になっております。
でも、3時過ぎに目覚めることが多く、新聞が来るのが待ちどうしい時が多くて困ります。
目覚めると息子のことを思い出してしまいます。

私は70歳です。
仕事は一度定年になり家にいましたが、息子が統合失調症で家にいて心配することや私も家にいると息子の
ことが気になるので、2009年2月から有料老人ホームの業務の仕事で火曜、木曜の週2日の1日5時間勤務しております。

サラリーマンの時は息子を顧みない訳ではありませんでしたが、仕事一筋でした。
しかし、私を受け入れてくれなかったとはいえ、息子に自死されてみて私にとって息子がどんなに大きな存在だったかを身にしみて感じています。
娘がいますが子供がいませんので、私達夫婦が死んだら我が家は誰も居なくなってしまうと思うと寂しくて仕方がありません。

娘も息子が自死した日に携帯に電話したようですが出なかったといっていました。
みきさんと同じように苦しんでいますが、妻も娘も息子が自死したことは忘れようとしており、私が泣くと怒ります。

私は妻が外出している時などは一人で家の中にいると耐えられない時がありますので、老人ホームに5時間でも勤務できて助かっています。
仕事人間は駄目ですね。

私も、みきさんと同じように息子の自死について気持ちが行ったり来たりで「何故?」の答えが出ません。
亡くなって8か月になっても、息子を思い出して涙が出てしまい気持ちが前向きにならず困ります。

みきさんも辛く苦しいなかで温かいお言葉をかけて頂いて本当にありがとうございます。
本当に少しずつ歩いて行きましょう。
暖かくなってきましたが、お身体をお大事にお過ごし下さい。




 
 
 
シロさんへ (みき)
2012-03-30 14:52:02
こんにちは。

私も最近は夜中の3時ころ目が覚めて起き上がりますが、弟の遺影を見るたびに苦しくなります。

働かれているとのことでその間だけでも少しは気が紛れますか?
味がしなくても少しでも食べないと体力もたないですし、シロさんが倒れてしまったら奥様も娘さんも悲しいと思うので、苦しいのは私も痛いほど分かりますが食べられる時は食べてくださいね。

家族がいなくなるということは本当に大きなショックと悲しみと喪失が伴いますよね。ましてや自ら…残ったほうは救えなかったことを悔やみ、最後はどんな思いだっただろうと想像しては苦しくなって、想像を絶するほどです。

だからシロさんが大きな存在だったと思うことも、だからこそ今でも泣いてしまうことは当然です。その辛さを閉じ込めてしまうともっと苦しいと思います。なのでここで吐き出しても良いと思いますし、カウンセリングもありますから我慢しないでください。

奥様も娘さんも苦しくて悲しくて仕方がないけど、閉じ込めないと前に進めないから無理矢理、忘れようとしているのではないでしょうか・・・

私は35歳です。弟は33歳でした。この5年くらいは姉弟として生きてきた中で一番、仲良しで濃い時間を過ごしてきました。
なので余計にツライです。最後の最後に力になれなかったこと、電話に出なかったこと…

父親はいないので3人家族でした。家族の中で一番優しくて真面目で繊細な弟がいなくなってしまいました。殺したと同じようなものだと私は思った時期もありました。

シロさん、無理に前向きにならなくても良いと思います。だって無理に前を向こうとすると余計に苦しくなって辛くなりますから。。

なので本当に無理せず1日をゆっくり大切に生きてください。私は仏壇に毎日毎日、ごめんなさいって謝ると同時にご本像様にはどうか魂が成仏して生まれ変わったら良い人生を送れるように守ってくださいと手を合わせています。私にはそれくらいしか弟に出来ません。

人間って生きているときに何も出来ないなんて残酷ですね。でもそうやって何かを学んでいるのかも知れません。

本当に苦しいですよね。苦しいってたくさん言って良いと思います。

とりとめのない内容ですみません。
 
 
 
Unknown (たぬき)
2012-03-30 18:29:52
こんにちは。私は、20 代の女性です。半年前に妹を自死で亡くしました。私は、学校の関係で海外に行っていましたので、妹とは一年くらい会っていませんでした。年も近く性格もそっくり、趣味も同じで双子のような大事な大事な妹でした。
電話は時々していましたが、そのようなことは一切相談もなく突然逝ってしまいました。なぜ?
その思いで毎日とてもつらいです。
帰国して、しばらく呆然として過ごしていました。両親もとてもショックを受けており、私が元気にならないとという思いで、就職して働いていますが、とてもつらくなる時があります。妹のいない世界でこれから何十年も生きていくのかと思うと耐えられない思いです。
私と妹の年の差が開いていくのが辛過ぎます。
私は、少し離れたところに就職したので、周りはこのことを全く知りません。
本当は、つらく元気もないのですが、職場では明るく振舞おうと頑張っています。
なので、時々ふとした会話に傷つくこともあります。
こんなつらい思いで、働き続ける事ができるのか不安です。
まさか自分がこんなことになるなんて今でも信じられません。
自死遺族って生き地獄だと思います。
毎日、思い出しては涙を流しています。
 
 
 
しんじさんへ (さくら)
2012-03-31 21:53:27
3月も終わりですが まだまだ寒いですね

このまま春がこなければいいのに…
そんな気持ちになってしまいます

さくらが大好きでした
和かくて 優しくて 華やかで 美しい

昨年春 ちょっと早すぎて見られなかった枝垂れ桜

今年こそ見に行きたかったのに…


桜が咲いたら悲しくなってしまう…

どんなに美しい風景も 何の意味があるんだろうと思ってしまう

しんじさん
娘は元気にしています
お父ちゃん子だった娘でしたが、思春期を迎えると 主人と話をしなくなりました
ウザイ と言う時期です
でも 小さい頃から変わらぬ父親の愛情は常に感じていたと思います

だからこそ
娘は傷付いてしまっているんです
その気持ちは計りしれません…

私の前では笑顔でも 夜布団の中で泣いているのがわかりました

それでも 私を支えようと頑張る娘

切ないです…

 
 
 
みきさんへ (シロ)
2012-03-31 23:55:23
みきさんへ

温かいコメントありがとうございます。

昨日は息子の月命日でお墓で泣いてきました。
今日はテレビで世界卓球を観て、また泣きました。
息子は中学の時から卓球をやっており、病気が一時的に回復した時に「お父さんの子に生まれて良かった」と色紙に書いて部屋の壁に貼ってくれました。
その時には、あれだけ避けていた私と区民館に卓球に行ってくれたのです。
そのことを思い出してしまいました。

「シロ」という名前は息子が飼っていたシーズー犬の名前なのです。
息子は犬を自分の傍から離しませんでした。そして可愛がる反面、窓に投げつけたり尻尾を折り曲げたりして苛めました。
私に反抗できない分を自分より弱い犬を苛めることで
晴らしていたのだと思います。
そんなことも、その時には気が付きませんでした。本当に馬鹿な父親でした。

みきさんはお母様と弟さんの3人家族だったのですね。
真面目で繊細で優しい人ほど心の病になったり自死したりしてしまうのですね。
統合失調症の家族会に加盟していましたが、病気の当事者はみんな優しくて真面目な方ばかりでした。
どうして、高望みもせず小さな幸せだけを思って生きている者に悲しく辛い試練があるのでしょうか。

みきさんがおっしゃるように、妻も娘も前に進もうと悲しいのを我慢していると思います。
娘はIT会社のSEをしていましたので、息子は統合失調症で大学進学ができなかった後、コンピュータ専門学校に入り卒業しました。
息子は娘にコンピュータのことをいろいろ聞いておりました。
みきさんと同じように仲良しでした。
そんな娘が悲しくない訳がありません。
でも、私がその幸せを奪ってしまいました。
私も何度も、何度も謝ることしかできません。

仕事は一日5時間でも気が紛れて本当に助かっています。でも、3年の間に6名の方を見送りました。
その他には視覚障害者の方の介助で登山、行楽に行っています。
2月の連休には雲取山(2050m)に1泊2日で6時間かけて登りました。朝夕は零下12度の世界でした。
それとハワイアンのウクレレを8年間習っています。
しかし、これは息子が亡くなった昨年7月から休んでいます。とても歌など歌う気になれませんので。

本当にみきさんのお話のように、苦しく悲しいですが無理をせず、70歳を過ぎて後何年かの命をゆっくり大切に生きて行くしかないと思っています。

また、自分のことばかりでごめんなさい。
本当にお返事ありがとうございました。
また、ここに来させて頂きます。
みきさんのお心が休まりますことをお祈りしております。




 
 
 
さくらさんへ (しんじ)
2012-04-07 16:43:02
風がつよい日が続きました。
でも、辛い気持ちは飛んでいかないですね。

好きだった景色が以前のように見れなくなったり
楽しかった思い出が消えてしまったり・・・

家族の中でも少し感じ方が違ってきますね・・・

いつか桜がきれいだと思える日が来るといいですね。

そんな日が来ることを私も待っています。

少し肩の力を抜いて行きましょう。


 
 
 
はじめまして (クローバー)
2012-04-19 16:29:58
間違って①に投稿してしまいました。

二年前に実姉を、昨年夏に次男を二人とも自死で失くしました。
こんなことが私の身に起こるなんて思ってもみませんでした。
次男のことはまだまだ受け入れられない私です。

夫や長男とその家族のためにも、しっかりと?生きていきたいと思ってはいますが悶々としていて、やっとホッとできるところにたどり着いた気がして感謝です。
 
 
 
クローバーさんへ (あけ)
2012-05-05 15:55:41
クローバーさん、はじめまして。
スタッフの「あけ」と申します。
ご投稿ありがとうございます。そして、スタッフのレスが大変遅くなってしまって、申し訳ありません。

決してあってはいけないことが連続して起きてしまったのですね…言葉もありません。

「受け入れられない」のは当然です。
私は2005年8月に19歳の一人娘を喪いました。
去年は七回忌でした。

クローバーさんがおっしゃるように、
しっかりと生きていきたいとは思っていますが、何年経っても、危うい自分がいます。

なんとか折り合いをつけ、
「淡々とお迎えを待つ」ようになりたいのですが‥‥。

よろしかったら、また近況をお聞かせください。
ゆっくり歩いて生きましょう。

 
 
 
北村さんへ (れい)
2012-05-06 09:59:31
 
はじめまして。れいと申します。
20歳の息子を4年前に亡くしました。

 突然の死は、様々な憶測を呼び起こし、心を不安定にしますね。経験しないと分からないかもしれません。
連休は家族連れが多いので、私は親子連れにふと羨ましい気持が湧いてきてしまいます。家族が一人亡くなるというのは多方面に影響を及ぼしますね。

思春期の多感な頃、やり場のないどうしていいかわからない辛いお気持ちだったのではないでしょうか?

私はいつも平常心でいても、何かのきっかけで谷底に突き落とされることもあります。辛い気持を自覚するとともに亡き人の遺した宝物をふと手のひらに広げて再確認しています。

少しずつでも、歩いて行けたらいいですね。

 
 
 
あけさんへ (クローバーU+1F340)
2012-05-06 14:09:09
ありがとうございます。
七年忌を迎えられたのですね。でも特に母親にとっては、受け入れられない事実ですよね。

初めてこのサイトであけさんのメッセージを読んだ時、暖かいものを感じました。
私も同じ経験をしましたよ。ーと手を広げてハグしてくださるようなー。
先日出会った言葉を紹介しますね。

シルバー バーチの霊訓
死んだ人達は、あなたのもとから去ってしまうのではありません。
死という名のドアを通り抜けて、新しい世界へ入っていくだけです。
その人達にとって、死は大きな解放です。
決して苦しいものではありません。
彼らにとって唯一の辛さは、地上に残した人々が自分のことで嘆き悲しんでいることです。☆

もう一つ、言葉のプレゼントです。
[強くあれ! 雄々しくあれ!!]









 
 
 
たぬきさんへ ()
2012-05-07 13:10:57
愛と言います。レスが遅くなりました。申し訳ありませんでした。


自分は、数年前に、兄を亡くしてます。兄の歳に近づくのがコワいです。普通なら歳をこえるはずはないんですよね。でも、もう数年で歳が同じになりこしてしまいます。逆に、たぬきさんのように、歳をとり、ひらいていくというのも苦しいですね。遺族になるって、本当辛いですよね。外からは、元気に見えてても、仮面をつけて、頑張って無理して生きています。どんな事をしてても、亡き人を忘れる事はありません。自分は、お盆や正月などで、家族が揃った時に、兄がいない淋しさを一番感じます。何で、ここに兄がいなんだと。未だに、兄がいない人生なんて楽しくないと思っています。たぬきさんも話されてるように、いない人生なんて考えられません。色々、孤独を感じられてて、たぬきさんも、ご両親に心配かけさせたくないというような気持ちもあるでしょうから無理されてる部分があるかもしれません。ブログでも、今の想いを吐き出すって大切だと思います。また、ここで宜しければ、遠慮なく書いてみてくださいね。なんか、答えになっていなくてすみませんが。
 
 
 
五月・・・ (ほたる)
2012-05-23 14:15:58
息子を亡くして、この五月で二年になりました。

二年という月日が経つと

「そろそろ、前を向いて・・・」

「いつまでも、悲しんでいると・・・」

周りから、そんな声が聞こえてきます。

あの日から毎日
息子に早く迎えに来て欲しいと願って生きていることなど、誰も気づきません。

どうして、息子を守れなかったのか
いつも、そればかり考えてしまいます。
考えるほどに後悔、自責、悲しみが増して苦しくなるのは分かっているのに・・・

息子のいない世界で生きる
母親としてこんなに悲しく辛いことはありません。
息子を守れなかった罰でしょうか

この棘の道を何処まで歩いたら、息子のところに辿り着けるのでしょうか

光の見えない毎日が続いています。

それでも、いつかまた、きっと逢える
それだけは信じていたいと思います。









 
 
 
愛さんへ (たぬき)
2012-06-26 19:50:28
コメント遅くなってごめんなさい。
そして、私にコメントを下さって本当に感謝しています。
愛さんもお兄さんを亡くされたのですね。
辛いを超えたもっともっとひどい思いがしたことと思います。
おたがいに大変でしたね。
こんな思いをした人が他にもいて、しかもコメントまでくださった。心配してくれる仲間が日本のどこかにいるんだって思っただけでも、本当に励まされました。
ありがとうございます。
これからも、忘れることはなく辛いけど、でも私たちは生きていくしかないんですよね。周りの人に分かってもらおうとは思いませんし、遺族じゃないと分からないと思うけど、それも仕方ないことですよね。
頑張って生きていきましょうU+2669
まだまだ傷は深いけれど、いつかそのようなことも含めて理解してくれる人と出会う事が私のいまの一番の願いです。
 
 
 
ほたるさんへ (小夜)
2012-06-27 06:17:31
ほたるさん、6月に入りましたが、いかがお過ごしでしょう?

ほたるさんと同じく、5月に息子を亡くした小夜と申します。
あの日から6年が過ぎました。

守れなかったことを考えると、後悔、自責の念が増して本当に辛いですね。
私もそのことを思うと今でも苦しくなってきます。
もうどうにもならないことだから、なお一層苦しいですね。

ほたるさんが投稿をくださった5月23日が息子の誕生日、その3日前に息子は旅だってしまいました。
それ以来、1年で一番爽やかな季節の5月が一番苦手な月になってしまいました。
いつの日か、この季節を息子の誕生した月と喜べる時がくればいいなあと思ってはいますが・・・。

6年が過ぎ、日常はそれなりに平穏に暮らしています。
日々の慰めや、楽しみも大切なことと思えるようにはなりました。

でも心の奥深くには、どうしても溶けない悲しみの塊を抱えています。
それでいいのだと思っています。
塊は当初の押しつぶされそうな大きさから、何とか自分で抱えることができるくらいの大きさになりました。

この塊は息子が確かに生きていた証だと思い、排除しないで、大切に慈しんでいければと願っています。

ほたるさんの言われるように「いつかまた、きっと逢える」それだけを願い、今日も一日を過ごしたいと思っています。
それが、私にはほのかな灯り、光のような気がしています。

ほたるさん、どうか少しでも穏やかな時間がありますように。

 
 
 
たぬきさんへ ()
2012-07-03 16:27:19
いえいえ。こちらこそ、たねきさんの文章を読み色々感じる所が沢山ありました。同じ遺族ですからね。自分も、たねきさんのコメントで助けられて、元気を貰えてます。ありがとうございます。本当、お互いに辛いですよね。でも、そんな中でも、たぬきさんが書かれてる通り、生きていかないといけません。想いをためると苦しいですから、毎日でも、気がむいた時でも良いですので、遠慮なく、書き込みしてくださいね。自分も、苦しい時には書き込みをしますので。お互いに、自分のペースで進んでいきましょうね。
 
 
 
たぬきさんへ ()
2012-07-03 16:32:37
大変、申し訳ありません。前のコメントの文章の中で、「たぬきさん」を「たねきさん」と二カ所とも間違えてしまいました。大変、申し訳ないです。ごめんなさい。
 
 
 
3回目のあの日を迎えました (ハーベスト)
2012-08-31 17:18:42
 昨日、3回目のあの日を迎えました。
前日から、重たく、沈んでいました。

でも、一昨年、昨年と比べると少し心に変化を憶えました。  6月の小夜さんのコメントのように私の心の中の重たい塊がほんの少しだけ縮小したようです。

 私の誕生日に彼からのプレゼントされた調理道具を引っ張りだして、スズキのムニエルをメインにコース料理を作り、彼を交えて4人で食しました。

 昨年までは作った料理も涙で喉を通らなかったのに今年はしっかりと味をかみ締めていただくことができました。妻や娘は美味しいと言ってくれたのですが
 彼は美味しかったのでしょうかね?
料理が彼の分だけ、減っていないのです。

 親父うまかったよ!って聞きたかったです。


 
 
 
 
6年経ちました (水菜)
2012-09-05 12:18:13
夏が来て
あの子とさよならしてから、もう6年経ちました。

近所の家並みが変わり、街が変わりました。
あの頃、まだ建てていたビルも歩道橋も
できてから何年も経ちました。
一緒に見るはずだった、一緒に行くはずだった、
変わった風景の中、普通に暮らしています。

笑顔の裏の
私の悲しみも苦しみも、誰も知らない。
私の悲しみも苦しみも、誰にも話せない。

こんな”さよなら”を
どうしてあの子は選んでくれたのだろう。

どうして?どうして、こんなことになってるの?

以前の激情の悲しみではなく、
静かな、大きな悲しみの中で。
たまに来る大波の悲しみに潰れてしまう日もある。

もう、次のビークル( からだ) に乗って、
元気に過ごしているのでしょうか。
どこかですれちがったりしているのでしょうか。
実はもう会えているのでしょうか。

とりあえず、日々過ぎて行きます。
会いたい。
会いたい。
会いたい。
 
 
 
何時も傍に (ハーベスト)
2012-09-29 19:06:30

 最近とても強く感じます。
天に旅立った息子が、何時も傍に居るように思えて
なりません。彼が生前から可愛がっていたワンコの
仕草に時折驚かされることがあるんです。

 きっと、彼が乗り移って何時も私たちの傍に居てくれているように思えてなりません。

 私たちの悲しみを少しでも和らげようと、彼も必死におどけているような動きを見せるんです。

 仏壇の前で私たちが涙を流すと、すぐ、飛びついてきて涙を舐めてくれたり、彼のことを思い出していると直ぐに傍に近寄り、体を摺り寄せてくるんです。

 我が家には3匹のワンコが居て、2匹が雌、一匹が雄でこの雄のトイプードル(黒)がいつも私たちの表情をいち早く察知し、まるで、亡くなった息子のように思えてなりません。

 あと、もう一つ、亡くなるその日まで彼が持っていた携帯電話をずーと電源を入れたまま仏壇の傍に置いてあるんですがこれが、不思議なことに何時も充電状態にしているんですが、充電完了の時にP音が鳴って知らせてくれるんですが、これが私たちが仏壇の前で涙を流す時、とても悲しくなる時に必ずといって、鳴り出すんです。それも、2回も3回も激しく鳴り出すんです。

 こんな時、”ごめん” ”哀しまないで”と言ってるように聞こえます。

 天に還った彼が一番心残りなことはきっと私たちが何時までも哀しんでいる姿を観るのが辛いのだと最近思うようになりました。

 そう遠くない将来、彼に会えるであろうその日まで
彼の分も一緒に生き抜いてみようと思い始めた私です。 

 何時も傍にいます。



  
 
 
 
Unknown (水仙)
2012-10-03 15:24:05
こんにちは
約2年前に30代の息子を亡くしました。
私もハーベストさんのように息子を感じることはあるんですが、やっぱり会いたい。
以前の生活は思い出せるけど、以前には戻れない。
この先は? 
そう思ったらとても嫌だったけど、今では、この先はどうしたら? 考える時があり、
そう思った時、息子に悪い。そう思い
何でもっと気づかいしてやれなかったか
あの子のことをしっかり考えて、そうできなくなっていたか、そう思う時、子供に申し訳なく思います。
 
 
 
時間がたつほどつらい (いっせい)
2012-10-18 22:28:28
こんにちは。4か月前に兄を自死で失った22歳の男です。精神的な不安定さをごまかすためにインターネットを使っていたところこのサイトに辿り着きました。幼い頃から一緒に育ち仲の良かった兄が突然亡くなってしまい、数カ月は気が張っていたり、自分がしっかりしなくてはという思いからなんとか普通の自分を演じていましたが、ここ最近で限界を迎えつつあるように感じています。家族もボロボロでこれから先が非常に心配です。将来を考えたところで不安は無限にわいてきても、一寸の希望も見出すことができずにいます。自分は何をよりどころにし、生きる意味を見つけ出したらよいのでしょう。
人によっては、「元気になることが供養になる」「きっとあなたのそばで故人が見守ってくれている」といったことをおっしゃります。純粋な気持ちからそう言われているのだろうし、そのようにとらえることがプラスになるとは思います。しかし頭ではわかっていても、都合のいい解釈ではないのか、根拠のない慰めで寒々しいなどと思ってしまう自分もどこかにいます。自分がひねくれている、もしくはそのような考え方しかできないほど現在の自分は視野が狭くなっているのかなとも思います。
自分はどうしたらよいのか、何をしたいのか、とにかくなにもかもがわからず頭の中はぐちゃぐちゃです。
このように気持ちを吐き出させていただく場を提供していただき感謝いたします。
 
 
 
いっせいさんへ ()
2012-10-20 03:09:45
いっせいさん、初めまして。書き込みありがとうございます。愛と言います。4年前に、同じく兄を亡くした男性です。4ヶ月という事で、まだまだ苦しい時ですね。自分も、その頃は、頭の中がゴチャゴチャでした。そして、いっせいさんと同じような事を、周りから言われ苦しい思いをしました。決して、ひねくれてるという事ではないと思います。遺族の気持ちは遺族にしか分からないですからね。それほど、あの衝撃は、とてつもなく苦しいものですからね。自分も、山あり谷ありです。気持ちが、落ち込みダメな時があります。しかし、当時よりは気持ちが、少しは楽になっています。いっせいさん、将来の事が心配などの気持ちも凄く分かります。ただ、ぼちぼちのゆっくり自分のペースで良いと思います。また、いつでも、遠慮なく、書き込みしてくださいね。宜しければ、一緒に歩んでいきましょう。
 
 
 
愛さんへ (いっせい)
2012-10-20 11:42:19
コメントをいただき心から感謝いたします。
同じ境遇の方と接触したのは今回が初めてで少し気持ちが楽になる部分がありました。どれだけ苦しくても自分は死ねない。仮にそうなった場合、周囲の人がどうなってしまうのかもう知ってしまったからです。だからこそ、生きていくために自分で自分をあまり追い詰めないようにしたいと思います。愛さんからのお言葉で気づくことができました。本当にありがとうございました。
またこの場をお借りすることがあるかもしれません。よろしくお願いいたします。
 
 
 
命日です。 (のぞみ)
2012-11-07 18:06:20
姉を亡くして今日で4ヶ月経ちました。
あれから毎日前を向いて生きようと思い、いつも通り暮らしていたものの突然抑えていた感情が溢れてしまい、仕事にも行けなくなりました。
私が、家族が、姉を追い詰めて見殺しにしてしまいました。
楽しい事、幸せな事が沢山待っていたはずの姉の人生を思うと、言葉では表せない感情になります。
ごめんなさい。
苦しかったでしょう、辛かったでしょう、悲しかったでしょう、悔しかったでしょう、寂しかったでしょう。
葬儀の時にお寺さんから、こんなに悲しい葬儀は久しぶりだ、と言われました。
強くて大きな父が大泣きしていました。
母親はまた痩せました。
落ち着いた頃、心無い人から嫌がらせの手紙もきました。
ひとごろし、と書いてありました。
誰かはわかりません。
生前病気の姉からもらった手紙が出てきました。あんたは私の分まで幸せになってね、と書いてありました。
両親の気持ちを思うと悲しんでる姿は見せられません。
仕事も早く見つけて再出発を早くしなくてはいけない。
友達にも普通に振舞っています。
恋人は、唯一悲しい時には寄り添ってくれます。救われます。
でもなるべく見せないように見せないように暮らしています。
この感情と、どう付き合っていけばいいかわかりません。
今日ばかりは、とても辛いです。
 
 
 
のぞみさんへ (しんじ)
2012-11-07 23:35:59
こんにちは、しんじと申します。

お辛いですね。
様々な想いに押し潰されそうだと思います。
私自身も言葉で上手くあらわすことが未だに出来ません。
以前の生活にも、なかなか戻れないでいます。
どうしても自分の責任と感じてしまいます。

落ち着くことはなかなかむずかしいと思いますが、
また、ここにいらして下さることを
お待ちしています。









 
 
 
しんじさんへ (のぞみ)
2012-11-08 00:26:50
コメント下さりありがとうございます。

姉の遺影の前で、ひとしきり泣いてしまいました。
元の生活、なかなか戻れないですよね。
周りはいつも通りの生活なのに、何だか現実味がないというか、、抜け殻のような感覚です。

今まで同じような遺族の方とお話した事が無かったので、ここを見つけた時ようやく素直に吐き出せる場所を見つけた、と思いました。

姉が安心して休めるように、しっかり生きていかなければ、という気持ちと、深い哀しみと不定期に入れ替わります。


またどうしよもなくなったらここに来ますね。

しんじさんも、ここにいらっしゃる皆様も、無理はしないで時には感情に素直に従って、心穏やかに過ごせますように。。
 
 
 
のぞみさんへ (しんじ)
2012-11-09 23:43:43
そうですね。
何だか違う世界に来たようで、
感情は揺れ動き、
以前のような気力もなく、
抜け殻のようですね。

ご自分のペースでこの場に来てください。
私は、無理せず感情にしたがっています。

返信ありがとうございます。




 
 
 
のぞみさんへ ()
2012-11-10 08:32:11
初めまして、愛といいます。自分は、20年の2月に兄を亡くしました。昨日は月命日でした。亡くして三年ぐらいまでは、月命日を毎月意識してました。とても苦しかったです。ただ、徐々に自分の中でも、少しは月命日も気持ちが楽になりました。のぞみさん、4ヶ月という事で苦しい最中ですね。自分も、兄を亡くして両親が一番心配で気になる所でしたので、元気にしようと頑張って無理した所もあります。兄を亡くしてますので、あと数年で兄の歳を超えます。それが、今、自分にはコワいです。普通では有り得ない、弟(下)が兄(上)の歳をこす事は有り得ない。遺族の気持ちは、波があります。今は、苦しい時こそ、同じ境遇の遺族と分かち合える事で、力を貰えます。少しずつ、ぼちぼちと歩んでいます。とはいえ、正直、凄く焦りもありますが、引き続き、カメのペースでも一歩ずつ進んでいかないとと思っています。また、いつまでも書き込みしてくださいね。
 
 
 
のぞみさん・追伸 ()
2012-11-10 08:37:05
追伸です。兄の遺書に「自分の分まで生きてくれ」と書いてありました。何とも言えない気持ちで、これを読んだ時の事は一生忘れられません。あの時の涙も。
 
 
 
夢で会えたけど (会いたい)
2012-11-30 17:04:32
昨日、今日と夢で会えたけど、
会いたい。。。。。
昨日は中学くらいの時の姿で会え
今日は亡くなったころのときの姿で会え
元気いっぱいで居た。。
「帰って来いよ」
言いたかった。目が覚めた。

主人に
「良いじゃない。少し位甘やかしたって」
そういった。。。
目が覚めて、はっきりと覚えていて
あのこのところに逝きたい。。
早く逝ける日が来てほしい。

会いたい
 
 
 
会えるとどんなにいいでしょう (小夜)
2012-12-05 09:12:35
「会いたいさん」、こんにちは。
 今日はいかがお過ごしでしょうか?
 苦しい毎日なのですね。

 遠くへ旅だった人に、
 会えるとどんなにか、いいでしょう。

 いつか、必ず同じところに行けると信じたいです。

 大切な亡き人はきっと見守ってくれていますよ。
 そんな「会いたいさん」を。

 いつでも、つらいお気持ちを吐き出してください  ね。
どこにも言えない辛い気持ちを少しでも言える場所 があることを祈っています。
 
 
 
 
Unknown (みみ)
2012-12-07 19:18:24
こんばんは。
最愛の妹を1年前に自死でなくした
みみと言います。
相変わらず毎日辛く、街で姉妹を
見かける度にどうしようもなく
辛い気持ちになります。
ああ、生きていれば私達もあんな風に
仲良く歩いていたはずだったのに、、、。

もう死んでしまおうか。妹と同じ所に逝ってしまおう。楽になれるから。
何度こう思ったか分かりません。
本当に本当に辛い1年を過ごしてきました。

でも、きっと妹が巡り合わせて
くれたんだと思います。こんな私に
支えてくれる大切な人が出来ました。
そして結婚します。

それから、私は少しずつ前向きな
気持ちになり、今ではもう死にたい
なんて思いません。

最初はどん底でした。もう生きていても
仕方ない。なんて不幸なんだろう。

でもそれでも必死になんとか生きていたら
救ってくれた人がいました。
本当に感謝です★

自死遺族にしか分からない辛さがあります。
でも、みなさんも諦めないで下さい。
生きていればきっといい事があります。








 
 
 
みみさんへ ()
2012-12-09 06:07:09
おはようございます。自分も兄を亡くしてます。本当、街を歩いてて、兄弟姉妹の方を見かけたりすると羨ましくなりダメですね。この先、一緒に歳をとって、まだまだ沢山話がしたかったです。あと、2ヶ月すれば、五回目の命日がきます。


こうして、遺族になり分かち合いに参加するようになり、沢山の遺族の方と出会えました。哀しい出会いでしたが、このご縁を大切にしたいと思っています。人生山あり谷あり、良い事もあれば悪い事もありますよね。私たちは、辛い経験をしてますが、良いことも、きっとあると信じて、ぼちぼちと進んでいます。


ご結婚、おめでとうございます。
 
 
 
Unknown (のぞみ)
2012-12-09 16:32:40
私のコメントにメッセージを下さった方々、お返事が出来ず申し訳ありませんでした。
しっかり読ませて頂きました。

月命日前後はやっぱり不安定ですね。。

お姉ちゃんの居ない年末年始を迎える事も不安な気持ちになります。

会いたい。
どこに居るんだろう、何で居ないんだろう。
お姉ちゃん、会いたいです。
不器用だけど優しくてしっかり者で、私の憧れだった美人で自慢のお姉ちゃん。

私の先をいつもいつも歩いていた人が居なくて、これから誰を見て生きて行けばいいんだろう。
 
 
 
のぞみさん ()
2012-12-09 18:34:18
いえいえ、気になさらないでくださいね。ご自分のペースで大丈夫ですからね。


自分は、家族が集まる、正月やお盆とかが、兄がいないのを一番色々考えてしまいます。本当、逢いたいですね。自分も逢いたいです。今、何してるのかなと思ったりします。


今日は、月命日です。
 
 
 
愛さんへ。 (のぞみ)
2012-12-09 21:54:04
ありがとうございます。

月命日が2日違いなのですね。
今月は、仕事でしたので考えないようにしていました。

いつもお休みで気が抜けた夕方になると、突然ふっと姉の事を思い出して、反射的に涙が出ます。悲しい、という感情は後から湧いてくるような感じです。

年末年始は両親と、時間を大事に過ごそうと思います。何と無く、姉に会える気がして早く実家のお仏壇の前に座りたいです。

一日一日が、やっとの思いで、年末年始までもうすぐだというのにとても長く感じます。

愛さんも、ご無理なさならいようお身体ご自愛下さいね。
穏やかに日々を過ごせるよう、祈っています。

 
 
 
息子 (無題)
2012-12-13 22:12:00
一人っ子だった息子が逝って2年と52日
辛くてどうしようもなかった時
両親のことで市の福祉課に電話した
その時息子がなくなったことを言ってしまった
とても平然と
「あッ、そう」
そんな言われ方だった
その後、ケアマネの人に連絡があり電話した時
市の福祉課の人が、息子のことを
「愚息?具足?」
と言っていたと教えられた。
市役所はお偉いさんだから、
ナンとでも人を馬鹿にして言える
その後話をしていた時
息子の事は、お通夜に来てくれた人が
「大好きだったんだ」
「そう皆言ってくれたんだよ。。。100人以上の人が」
そう伝えた。人から
「恨まれるような子じゃない。優しい子だったよ」
そういわれた。
でもそれを伝えても
市役所さんはお偉いさんだから変わらない
ご立派な人たちは、へいきで人を痛めつける。。。
 
 
 
会いたい (一人っ子)
2012-12-19 22:32:50
家も一人っ子
逝ってしまい、孫は諦め
納骨も諦め
納骨できますよ
そういう人は居るけど
後をやってくれる人がいなければ
お寺は。。。。。。。。
と言われ、
納骨は諦めたから、それでいいはずなんだけど
そして、孤独死を受け入れられるようになったはずだけど
子供のことはとても悲しく、寂しい
時々、将来なんか考える必要は無くても
納骨は出来ないのはしょうがないし
孤独氏もしょうがないし
そう思いながら、それを認めているのに
あの子が逝っていなかったらどれだけよかったか
みなそう思っていると思いながら
思い出しては会いたいと思う
 
 
 
「息子」、「会いたい」 さんへ (シロ)
2012-12-22 12:24:39
我が家は息子が逝って1年5か月を迎えました。

私は生まれてすぐに父親が出征して亡くなり、母親は若かったので実家に帰って再婚しました。
育てられた祖母が亡くなってからは親戚の家で育ちました。
たくさんの家族に囲まれて老後を迎えたかったのに、人生はうまく行きません。
娘(長女)が一人いますが、孫はいませんので逝ってしまった息子が一人息子のように思えます。

息子が亡くなって区役所に届けた時は、やはり事務的な反応でした。経験したことのない彼らにとっては
一個人の普通の死と同じなのでしょう。
でも、死者の尊厳を傷つけることはないですね。

我が家も跡を継ぐ者が居なくなり、息子を実家のお墓納骨しても誰もお参りしてくれません。
東京で妻の実家のお寺にお願いして合同墓に入れて頂きました。でも、妻の実家には息子が逝ってしまった事は話していません。
亡くなった義父母に可愛がって貰っていると思って自分を慰めております。私もいずれそこに入る日が来ます。

誰も子供の方が先に逝くとは思っていません。年老いた親なら悲しくても順番で諦めもつきます。
家も家具も食器も、小さな思い出の品も、みんな私達が死んだら住んだり使ったりする者が居なくなってしまうと思うと切ないです。

でも、息子が逝ってしまって悲しいのは私一人では無い。妻も娘も同じ気持ちなんだ。
いや、2年近くも心の病気を患っていた息子の面倒をみてきた妻はもっと悲しんでいます。
そう思いながらも、いろんなことで息子を思い出してしまいます。

本当に還って来てほしい。会いたいですね。
自分のことばかり書きすみません。
お二人とも寒さが増して来ましたので、ご自愛下さい。









 
 
 
シロさん、ありがとうございます (息子)
2012-12-26 01:25:16
シロさん 今晩は
後を継いでくれる人が突然居なくなる
優しい子だったので信じられない

25日の昼間
まるでタイムスリップのよう
20年位前に戻っていた
息子の姿、家族の元気な声
その中に私も居て

気がついて、今が現実
そういうこともあった
そう思い、又辛くなって

一昨日、近所の家で、よその人がよその家の庭で
救急車が来て、
その後、女の人の引きずるような泣き声

今日の新聞に、
近くの道の植え込みに、赤ちゃんを捨ててあった
それを見て、家の所に捨てていってたら
届けは出さないで、そのまま家の子として育てたかった
なんか凄い不謹慎だけど
そんなことはきっと通用しないと思うけど
私達の年齢を見たらとても産める年じゃないから
笑われる, 
これを読んだ人もなんて人だろうと思うだろう
貰いっ子したい。大事に育てるから
そう思ったこともあった
「この年で小さな子を育てられますか?」
そういわれたことも

世の中は騒がしい
いろんな意味で

よその家で亡くなった人の心を思うと
気の毒、
残された家族はどうなるんだろう。。。

今の世の中は、何だか殺伐としているような気もする
そんな世の中から逝ってしまったあの子を思うと
今度こそ幸せになってほしい  と思う
 
 
 
同じ想いです (シロ)
2012-12-30 21:22:22
何処からか、我が家にも孫の様な子供が現れてくれないか、と思います。
今度こそ、子育てを間違えないように育てることを心から誓います。

今朝のNHKの「小さな旅」で佐渡のご婦人が一人暮らしで、お孫さんからの電話を生きがいにしておられ、お孫さんと楽しそうに会話されているのを放送しておりました。
自分には、もうそんな願いも叶わない、これが現実と分かっていても諦めきれない。

息子が逝ってしまって、私が生きているのが不思議な気がします。
自分はこんなにも元気で死ぬということがあるのだろうか。

早く死にたいという気持ちと何時までも生きて息子のことを思い続けたい気持ち。
私達が死んだら息子のことを思い出してくれる人は居なくなってしまいます。

こんな想いばかりをぐるぐる回っています。


 
 
 
息子へ (Unknown)
2013-01-01 01:51:17
00、おやじが00が逝って、
今頃になって随分、親切になった。
手術して、先生に
「今までどおり、こきつかってください」
おかん、、そういわれた
どうしてこき使っていたのがわかる?

こき使うつもりは無いけど、
動けなくなったから自然と頼んでた
だけど、今まで散々おかん世話してきたし
悪いことしてたのもあったよね?
これからは罪滅ぼししてもらわんと
そう思ったこともあったけど
病気になって、私より先に逝くんか、
そう思って慌てたけど
初期、

今テレビで1チャンネル、さだまさし

00が中学の時、さだまさし、長淵剛 
ファンだったよね
その後いっぱい、増えて

おかんが好きだった 南こうせつ や さだまさしも
結構 00とダブってた
好みって、親子だからか似るね。。。。。

又 1年が始まった
どうなるんだろう
大好きだよ 00
おかんが00のこと 子離れできてない
って言ったことがあった
00のことおかんが大好きなの 00は知ってたから

さだまさし 面白いね
 
 
 
Unknown (ハーベスト)
2013-01-05 18:13:45
また、辛い新年を迎えました。

 彼が旅立ってから3回目の正月

我が家では初日の出を待ってお寺に彼らを迎えに(お盆と同じように私は決めてます)行き、祖父母、父母、そして息子を車に乗せ我が家に帰り、皆でおせちを一緒にいただきます。

近くの神社に初詣、破魔矢や御札そして懐中お守りも息子の分も買い求め、彼の位牌の裏側に貼ります。

一年間の無事を願いを込めてこれから毎日祈リ続けるんです。                      鏡開きの1月11日にお墓に送りに行きます。
春の彼岸にまた会える日を楽しみに。

 このような書き込みを見れば多分皆様からは傷口も癒え大分楽になったかのように写ることでしょう。

 3年半の苦しみは減ることは決してありません。

ただ哀しみや苦しみをストレートに表現する技を全て使い果たし、静かに、内に秘め,小さな重い塊が何時も左の胸ポケットの隅にあり、取りたくても取れないように縫いつけられているように思えます。

そしてまた、この、重みが逆に心地良い重みに感じられることもあるんです。
              
何時も一緒に居ることを感じさせる重みにもなるんです。そう感じたいのです。

 でも、やっぱり生きて欲しかった。
  生き抜いて欲しかった。
 
 
 
 

 
  

 
 
 
 
ニャンが帰ってきた (一人っ子)
2013-01-06 10:26:46
一昨日の夜中に、一人歩きをしたニャンこ
昨日も寒く、午前中は泣き声も聞こえていたが
見に行くと隠れ
夜10:00ころ もう一度見に行き
とうとう見つからず
息子に頼んだ
「帰ってくるようにさせて、寒いから」

夜中寝ながらずっと頼みながら。。。。。。。朝
もう一度外を見に行こうと
6:00には明るくなっているから
そう思い着替えて
廊下に居る。ん? 
見ると廊下で私のほうを見ている
帰ってきていた

ありがとう。。。。。。。。
 
 
 
シロさん、元気ですか? (息子)
2013-01-06 16:49:16
こんにちは、シロさん元気ですか?
たくさんの家族に囲まれたい
私は今までそう思っていました。
息子が逝った時、まだ何が起こったのか
頭が理解をしていなく
横たわって、司法解剖されて
頭を切られ、あごから、おへその横をとおり
切られていても、それを見て、指で触っているけど
「何でこんな所に居るの!さあ、帰るんだよ」
そういってました。
あれから二年、
息子の死後、中々信じられなかった私
夜夢の中で、全く知らない男から
「。。。は死んだんだ!!!。。。。は死んだんだ」
その夢を何度も見て
死んだことを散々夢で聞いて
やっと
一人っこ、まだ結婚しておらず
そして皆、「これからだったのに」
そういってくれた
大勢の人から
「優しい子だった。大好きだった」
そういわれたことが、あの子への応援歌
(よかったね)
そう思って、あのこのためには何が出来るのか
それだけを考えるようにしています。
寒い毎日ですが、体を大切に過ごしてください。
 
 
 
成人式 (シロ)
2013-01-14 18:44:39
雪の中をカルチャーセンターまで行って帰りのバスを待っていると、近くに区の文化センターがあり成人式帰りの若者がやってきました。

我が家の息子の20歳の時は統合失調症の真っ最中といったところで、大学受験にも失敗して予備校bにも通っていましたが病気の急性期で成人式どころではありませんでした。
若者の姿を見るにつけ、そんな息子を思い出してしまいます。

私が今、言われて居るような虐待のようなやり方で勉強をさせなければ病気にもならなかった。
(息子)さんがお書きになっていますように、人を好きになって恋をして、結婚もして、可愛い子供も生まれて。
考えても思っても還ってこないことばかです。分かっていてもこの想いばかりです。

私の息子も病気の症状が出ない時は優しい子でした。
病気が暴力を引き出していたのです。
毎日お線香をあげて仏壇の前で謝ることしかできません。

本当に息子のために何ができるのでしょう。
今日は天気予報が当たりましたですね。
雪道を気をつけて下さい。


 
 
 
シロさん、寒いですね~ (息子)
2013-01-15 12:57:57
昨日、爆弾低気圧?そのおかげで雪の大量収穫。。
屋根からものすごい勢いで、ド~ド~ド~ド~ド~ド時々,バキバキ っと賑やかです。
小さな子が居たらきっと喜んで 雪だるま 雪合戦
息子が小さい時は、雪で周りを囲んで、友達同士で雪の投げあい。。思い出すとその時に戻りたい。
もう一度やり直したい。。。。。
子供のために何が出来るか、それを子供のために考えていることも、あのこのためになるだろうか。
一つは決めてあるけど、実現には相手のあることだから、中々実現は出来ず、
あの子のことを思い出し、泣き続けていることも、
安定剤のお世話になることや、アルコールのお世話になっていたり、そんなこんなで毎日を過ごすことしか出来ないです。
いつか、そのうち、何かあのこのためになることが見つかるかも、そう思って過ごしています。
寒いですね~。
子供達は寒くも暑くも無い所に居る。
とりあえずそれだけが今は救いです。
 
 
 
知り合い?友達? (息子)
2013-01-15 21:30:49
子供が亡くなったとき、知り合いに話をしたら、わかってくれているように思えた。
1年後、彼女は「これからは今までと同じと思うな」
そう突然言い出した。
「子供はもう諦めちゃえ。帰ってこないんだから。」
それからは考えられないような言葉の連続
彼女は一度も結婚はしたことは無く、当然?お子さんも居ない。
「自分は子供も無くてあんたが羨ましかった。優しそうな子で、ああいう子がいたらいいなと思っていた」
そういわれたけど、それからは、独身のその人と私は同じか、またはそれ以下のような言い方をされるようになった。

私も主人がこの先亡くなって、私一人が残されれば、独身の彼女と同じに一人。子供も亡くなっているから。
それを言いたかったらしい。
女同士と言うのは本当の友達はできないといわれていたことを思い出す。
その人は友達と思っていた人にだまされていた。
友達。。。。。
自分が友達と思っている。相手も友達と言う。それで友達関係は成立? 生きている限り突然変わることもある。皆環境が違うから。
今は本当に不景気。。。今彼女は高齢の母親の看病中。
そして、母親が亡くなったら、弟二人が。
相続、弟にはやりたくない。今のうちに。。と
皆いろんなことに必死。
優しいことを私に言いたい?かもしれなくても、
余裕が無い。だからそんなつもりでなくてもあたる。
人間関係は難しい。。。
でも最近は、最初からそういう人だったのをこちらが気づかず、のんびりしていた、人を見ることも大事だったんだ、そう思う。私自身もっとしっかりしていたら、あの子を死なせていなかったと思う。
いつも「死なせてしまってごめんね」それだけは忘れられない
 
 
 
平気でいられるかわからない (のぞみ)
2013-02-09 22:47:41
先日、姉の7回目の月命日でした。
あと数カ月で一周忌を迎えます。
何故か、不安で怖いです。
あの日が鮮明に蘇ってくるようで、怖い。
実家に帰っても、家にいても、姉は居なくて動かない写真しかない。
声も聞けない。
最期の姿がまた最近脳裏に出てきます。
辛いなぁ。独りぼっちみたいな気持ちで怖い。
姉はその何倍も独りぼっちみたいな気持ちを抱えて何倍も苦しい思いをしたんだと思うと涙が止まりません。

 
 
 
のぞみサン こんにちは (むすこ)
2013-02-10 18:08:42
辛い、
私はもう数年経ちましたが、まだ人と話すにしても中々話せません。
望みさんはまだ1周期だから、辛くてどう身をおいたらいいのか、なのかも知れず、

無理はせず、事情が許せば自然でいいのかもしれません。
体に気をつけてお過ごしください。
 
 
 
のぞみさん ()
2013-02-17 17:17:26
まだまだ、辛い真っ最中ですもんね。自分は、9日が五回目の命日でした。本当、今でも会いたいです。そして、兄は、あの当時の遺影のまま歳をとりません。自分だけ歳をとります。先日、自分の誕生日でした。誕生日が過ぎて、虚しさと寂しさも感じます。お互いに、ゆっくりと進みましょうね。
 
 
 
はじめまして。 (なち)
2013-02-28 08:29:51
はじめてコメントします。

先月の1月25日に兄が住んでいたマンションで自死しました。

会社の方から出社しないとのことで実家に連絡があり、私とお母さんで兄のマンションに行き、兄を発見しました。


兄はうつ病と戦い、回復し始めてきていた矢先のことでした。


今更ながら、うつ病を勉強し、何でもっと力にならなかったのだろうと。。。


私は兄の生前、兄の苦しみを理解せずに、手を差し伸べようとせずにいたのだと思います。

今年の正月も実家に帰ろうか迷っていましたが、祖母の家に2日親戚一同が集まる約束になっていたのでそこで挨拶しようと、かえりませんでした。兄は結局風邪をひいた、と一実家で寝ていたそうです。

帰って会えばよかった。そう思えてならないです。一言でも声を掛けていれば違っていたのかもしれない、と。ごめんねお兄ちゃん。

とにかく今は生活を送るために感情を無くし、兄と向き合えずにいます。

それもそろそろ限界で、泣き叫びたい衝動にかられます。

苦しいものですね。
 
 
 
なちさんへ ()
2013-03-03 16:21:51
コメントありがとうございます。初めまして。愛と言います。自分も、兄を亡くしてます。お兄さんを亡くされ間もないんですね。そして、第一発見者でもある。大変、苦しいですよね。自分も、第一発見者でした。

どうしても、自責の念を色々感じますよね。自分も、兄が苦しんでたのを助けれなかった後悔が、今でもあります。

ただ、日常生活もあり、そちらに気持ちが向いてても、時たま無償に涙したくなる時があります。大切な家族を亡くしたんですもんね。泣いて良いですもん。涙してます。

お互いに、ぼちぼちと歩んでいきましょう。本当、遺族は苦しいです、苦しくなったら、いつでもコメントでも良いので吐き出してくださいね。
 
 
 
愛さん (なち)
2013-03-04 20:16:08
コメントありがとうございます。

愛さんも自分と同じようにお兄ちゃんが亡くなっているんですね。。

泣いてもいいんですよね。泣きたいんだろうなぁ、と思う半面、上手く感情を出すことができなくなっています。

もう少し時間がたったら自然と泣けてくるんでしょうか?

家族みんなが今は明るく振る舞い、お兄ちゃんの遺影に向かって、楽しげに話しかけています。

無理しているのはわかっているんですが、真っ向から向き合うのが怖いんだとも思います。

いつか私も分かち合いの会に参加してみようかと思います。体力と踏み出す勇気が必要ですね。

 
 
 
なちさん ()
2013-03-05 19:28:38
こんばんは。コメントありがとうございます。本当、私達は、あのとてつもない衝撃を、突然に受けてしまいましたから、感情の波がありますよね。焦らず、ゆっくりが大切だと思っています。今は泣けなくても、自然に泣けると思います。他のご家族も、それぞれの個々の哀しみ方があります。一人一人違います。一緒にぼちぼちといきましょう。なちさんのペースで、いいですから、分かち合いにも、宜しければ来てくださいね。では、無理はせず、ゆっくりと歩みましょう。また、いつまでも、コメントしてくださいね。
 
 
 
あけ (「引越しやさん」について)
2013-03-08 17:12:29
スタッフのあけです。
「一人っ子」さんに投稿していただいた以下の書き込みですが、会社名と電話番号は削除させていただきました。

「一人っ子」さん、申し訳ありませんが、何卒ご理解ください。



引越しやさん (一人っ子)

2013-03-06 19:00:53

先月やっと引越しを済ませ

荷物を主人が片付けてくれて

子供のパソコンは何処に?

探してみると無い

パソコンだけでなく目覚まし時計や

子供のお仏壇周りのものが

何度か引越しやサンに伝えても

全て降ろした  の一点張り

諦めるしかないかと思う毎日です。
 
 
 
あけさん こんにちは (一人っ子)
2013-03-10 06:07:12
電話番号 引越しの業者名

削除はされてもかまわないと思い入れていましたから

只引越しの最中に

「こんな所にパソコンがある!」

そういっていたので

そのパソコンは息子のパソコンで

あの子はなくなった、それは遺品

伝えてあったのに取って行った

削除されてもかまわない

でも一度くらい入れておきたい

それで入れました
 
 
 
一人っ子さんへ (あけ)
2013-03-15 12:14:48
一人っ子さん

とても傷つかれたことと、思います。
誠に申し訳ありませんでした。
これからも、よろしくお願いいたします。
 
 
 
島根県から全国 (ハーベスト)
2013-04-13 18:01:59

4月から島根県は公式文書等、全ての文言を全国に先駆け、従来の使用していた自殺を全て自死と改めるとのニュースの配信を知り、今少し気持ちが軽くなったようにおもいます。 昨晩も、帰り道、車の中でJ-WAVEでもこのことを番組内で取り上げておりました。

 私達、遺族に対して世間が少しだけ気配りを表明してくれ始めた証しの第一歩と捉えております。

 しかし、まだ、充分とは、言えません。
私達遺族に対する偏見を払拭するまでには、長い道のり
を越えなければなりません。

 賃貸住宅での地裁での判断【独居老人の孤独死に対しては、原告の訴えを却下し、自死の案件に対して遺族、保証人に対しての損害賠償請求を認めた)の判決は偏見以外の何物でありません。

 この、島根の始まりが全国に、そして、全てのメディアに広がるよう願ってます。
 
 
 
ハーベストさんへ (あけ)
2013-04-16 18:52:06
ハーベストさん、ご無沙汰しています。
書き込みありがとうございます。
状況は少しずつ変わっています。良い方向に。

「自死という言葉は自殺を美化しかねない」という自死遺族支援関係者がいたり、「自死遺族という言葉は遺族の敬語のようだ」というメディア人がいたり…。
これまで眼が点になるような話を聞いてきました。

でも、ここに来て状況が変わりつつあります。

単に「自死」という言葉に変わっても、偏見は変わらずタブー視されるだけという状況にはなってほしくありませんが…。

偏見(人の心)を変えるのは時間がかかりますが、具体的な差別的取扱いを一つひとつ取り上げ(表面化し)て改めるように働きかけることが、大切だと思っています。



 
 
 
コントロール (のぞみ)
2013-05-11 22:45:02
姉の遺影に飾るお花を、もうずっと枯れたまま放置している。
買いに行こうと思いつつも、疲れてヘトヘトでなかなか買えない。
なんでそんな簡単な事すらしてあげれないんだろう。自分に都合の良い言い訳ばっかり作って、結局人の為に何かをするのは面倒なんだろう。
ごめんね。
でもどんなに似合うお花を飾っても、それも結局自己満足と思うと嫌になる。
今さらこんな事しても姉は帰ってこないよ。

何だかだめですね、今日は。心が物凄く塞ぎこんでいて、誰にも心を開けないのに、誰かにわかって欲しいとも思ってしまいます。
 
 
 
のぞみさんへ ()
2013-05-13 18:14:03
愛です。お久しぶりです。そうなんですね。実は、自分も同じなんです。最近、仏壇の花も枯れてるのに気づくのが遅くなっています。気づいても…そして、前は、朝晩、仏壇で拝んでましたが、最近は、あまりしなくなりました。でも、色々しなくなったからと言って、兄の事を忘れたわけではないし、常に想っていますから。


のぞみさんの自己嫌悪になる気持ち分かります。遺族には、波がありますから、そういう時期が、のぞみさんにも来てるんだと思います。また、いつでも、気兼ねなく、ここに書き込んでくださいね。
 
 
 
息子 (あまねく)
2013-06-06 19:10:36
先月、息子が逝ってしまいました。
帰ってきて欲しい。
帰ってきて欲しいです。

1人で逝ってしまうなんて、
恐がりだったのに。
どんなに怖かっただろう。

帰ってきて。
母ちゃんも一緒に行ったのに。
ゴメンよゴメンよ。

探しに行けば良かった。
あんなに近くにいたのに。

帰ってくれば良かったのに。
帰ってきて。
 
 
 
あまねくさんへ (小夜)
2013-06-11 22:03:22
あまねくさん、今日はいかがお過ごしでしでしょうか?。

きっと今日も辛くて、苦しい日々なことでしょう。

お体の具合はいかがですか?

みずべの集いのスタッフをしている小夜といいます。
私は息子を7年前に亡くしました。
自分自身もその日に死んでしまったような不思議な感覚、あきらめきれない苦悩の中で日々を過ごしていました。

7年過ぎた今はそれなりに、折り合いをつけて日々を過ごしてはいます。
それでも戻ってきてほしいと心から願う日があります。

無理なことは分かっているんですが、でもどうしても会いたい!と思う日があります。

あまねくさん、残念ですね。無念ですね。
もうあの子に会えないなんて。
もしも帰ってきてくれたら、どんなにか嬉しいことでしょう。

私、一度だけですが、生きかえってくれた夢を見て、本当に嬉しかったです。

あまねくさん、せめて夢の中ででも、いつか息子さんに会えるといいですね。

私たち遺された者の激しい苦悩とは異なり、息子様は、今は穏やかで安らかに休んでおられるのではないでしょうか。
息子様のご冥福を心からお祈りいたします。

どうぞあまねくさんもお体ご自愛くださいね。

 
 
 
Unknown (あまねく)
2013-06-11 23:10:22
小夜さん
コメントありがとうございます。

昨日が月命日でした。
本当に残念で残念で。

息子の孤独を思うと、どうも、してやれなかった、自分が恥ずかしいです。

私の苦しみは、息子の苦しみに比べれば、なんてことはないのです。

私は苦しいという価値はないのです。
ましてや、生きていることさえ恥ずかしい。

帰るよ、
って言ってくれたのに、

バカの言うことはきかないで、
帰ってきてくれたら良かったのに。

待ってたんだよ。
帰ってきて欲しいです。
 
 
 
あまねくさんへ (ハーベスト)
2013-06-13 17:36:12
 あまねくさん初めまして
私も、34歳の息子が天に還ってもうすぐ4年になります。

 あまねくさんのお気持ちを痛いように響きます。

その頃、どう過ごしてきたのかあまり思い出せません。ただ、辛く、悲しく一日が長く、暗い想い出しかありませんでした。
毎日、仏壇に手を合わせ、助けられなかった悔しさ、親より先に旅立った息子の運命の悪戯に神仏をも恨み、愚痴り、涙を流した日々でした。

 時間の経過と同時に胸いっぱいだった悲しみ、苦しみも少しずつ形を変えて小さい塊となっていつも胸ポケットに収まる位の大きさにまでになりました。

 3回忌が過ぎたころから、息子が何時も傍に居るように感じるようになってきたのです。



 私たち夫婦は今でも、毎日仏壇の前で先に天に還った息子の極楽浄土を願い、一日も早く私達夫婦のもとえ戻ってきてほしいと願い,毎週墓参り、月に一度はいろいろな寺巡りををし、息子に似た仏像や地蔵を探す旅にでています。

 今年の3月に伊勢方面のある寺で息子に似た地蔵仏を見つけることができたんです。今月に再度息子に家族全員(彼が可愛がっていた3匹のわんこも)会いに行こうと計画しております。

 あまねくさん今一番お辛い時期と思いますが、無理に頑張らないで、時に身を任せ、いっぱい泣いて、大声で息子さんの名を呼んあげてください。

私は悲しいとき、何時もこうして気持ちを落ち着かせてきました。そして、このみずべの集いに救われたんです。

 
 
 
いまだに、苦しいです。 ()
2013-06-14 20:56:56
初めまして。

私は、約10年前に母を、約2年前に兄を自害で亡くしました。

母は、父が病死したことでの後追いの自害でした。

兄は、遺書も無く一人暮らしだったので分かりませんが、2人共実家で亡くなりました。

その、実家も今は跡形もなくなり、ただの空き地になっています。

私は、子供がいるので、忙しくしていると忘れている事もありますが、なによりその我が子が両親の写真に話しかけている時に、本当に悔しいというか、残念というか。

父は、病死だったので仕方ない。とは思うのですが、母にはそう言う思いが消えません。

我が子は、母が亡くなってから産まれた子なので、もしかしたら母はあのまま生きていれば孫に会えてたかも知れないのに。子育てで聞きたい事や、親になったから分かる事など、話したい!話したいのに!なぜ居ないの?と、どうしても思ってしまう時があるのです。

兄に限っては、同じ思いを二度と家族にさせない!!と約束したのに!連絡もよこさずに!!という怒りがまだあり。。。

頭では分かっているんです。

SOSを、出せないくらいの何かあったから自害をしたんだろうと。

でも、どうしても気持の整理がつかなくて、いまだに兄が亡くなってからはお墓に行けなくなってしまいました。

実は、こころない親族からの一言『もう2人も...呪われてるね。次はないよね?』という言葉から脅迫観念というか、いつまた同じ事がおこるのか?!と言う恐怖心にもかられています。

子供の為にも、主人の為にも、早く立ち直らないと!と思いますが、空回りばかりでそれをつくろう為の笑顔、もう疲れて来てしまいました。

ずっと、目を背けて来た自分の気持ちにそろそろ正面から向き合おうと、探していたらこちらにたどり着きました。

同じ、経験の中でも同じように生きて生活されている方々が居る事。それが、私の勇気になります。

乱筆乱文で、大変申し訳ありません。

読んで下さってありがとうございました。
 
 
 
和さんへ ()
2013-06-15 09:22:23
初めまして。そうですか。家族を、二人も亡くされてるんですね。一人でも、とても、苦しいのに…


自分は、同じく、兄を、五年前に亡くしてます。自分の立場からは、兄弟姉妹の方で、返信しますね。


和さんの、お兄さんへの事、伝わってきます。あの自死という衝撃を、同じく嫌なほど、味わった同士なのに、同じ苦しみを、また経験させらた…悩んだ末の行動だったとしても、納得出来ない部分ですよね。兄弟姉妹遺族は、「怒り」みたいなものも発生する場合が多いです。


本当、日々の生活もしながら、遺族としての想いもめぐらせながら、遺族特有の波もありますよね。月日が経てば、また変化もあると思います。


コメントありがとうございます。同じ体験をした者でしか分からない部分ばかりだと思います。和さんの思った事を、そのまま、ここはコメントして良いですからね。いつでも、書き込んでみてください。


個々の遺族のペースで、ぼちぼちと歩んでいけたらと思っています。
 
 
 
ハーベストさんへ (あまねく)
2013-06-15 14:07:41
ハーベストさん

息子さんを亡くされたんですね。

でも、ご夫婦で一緒に悼めるのは良いですね。

息子に返ってきて欲しいです。
何でもできたのにと、ほんとに悔しいです。
どんな生き方だって、良かったのにと思います。
その息子の苦しみに寄り添いきれなかった後悔が、湧いてきます。
帰ってきてもらいたいです。なぜ帰ってこないのでしょう。
帰ってきて欲しいです。

 
 
 
和さんへ (sora)
2013-06-15 15:22:54
はじめまして。
私も家族ふたり 母と娘を自死でなくしています。
母は 私が小学生の時。娘は 一昨年です。

それぞれに訳が有り 苦しかったのだろうと
力になれる存在でなくて ごめんなさいと…

もう誰も失いたくない。
でも もしかしたら また…

いつも不安な気持ちがあります。
苦しみと不安を隠す為の笑顔にも 正直 疲れてしまう事もあります。

こんな私も 生きています。
そして
和さんがコメントしてくださった事で
ひとりじゃないと思えました。
 
 
 
ありがとうございます。 ()
2013-06-20 15:26:04
愛さん、soraさん、コメントありがとうございます。

お返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。

とても嬉しかったです。

本当に、なぜ自分の家族が?という思いが消えません。

まわりで、『本人が決めた事だから、あなたは悪くない、寿命だったんだよ。』と言って下さる方もいらして、そう思うようにしても心がついて来なくて、また自分で落ち込んでしまいます。

今までは、起きた事に静かに耐えるしかない。と思って来ましたたが、こうった場所があることにとても感謝しています。

また、書き込ませていただく事があると思いますが、宜しくお願いします。
 
 
 
Unknown (sora)
2013-06-22 16:39:36
こんちにちは
和さんのコメントを読んだ時
ここにもいるよ ひとりじゃないよって
伝えたくて 初めてコメントしてしまいました。

私は、娘が亡くなってから
人ごみが苦手になりました。
毎日の仕事で人に会うのが精一杯で

だから わかちあいの会にも参加した事はありません。
いつかは と思っているのですけれど。

初めてこちらへたどり着いた時
涙があふれました。
ここでは泣いてもいいんだと思えました。

母が亡くなった時から
ずっと強がっていた自分の本当の気持を
涙で出せたのかなと思います。
ありがとうございます
 
 
 
和さんへ ()
2013-06-23 09:14:22
こんにちは。
和さんのコメントを読んで、思わず投稿してしまいました!
お2人も亡くされているなんて、本当に大変で辛いことと思います。

私は、おととし妹を亡くしています。人前では我慢して泣かないけど、1人になると今でもいくらでも涙が出ます。
そして同じように、いまだにお墓に行ったり
仏壇に手を合わせるのが苦手で、あまり行けていません。なんだか怖いんです。

どうして?なんで?私たちにこんなに辛い思いをさせて!とも思ってしまうけど、本人が1番辛かったでしょう。
周囲からの言葉に傷つく事もたくさんありますよね。

無理に立ち直ろうとする必要はないと思います。だって、想像を絶するほど辛いです。
こうやって毎日を生きている事って、すごいことだと思います★
でも色んな方に助けていただき、少しずつ前向きになれたらと思います。
ここにも仲間がいますよ★無理しないでゆっくりいきましょう。
 
 
 
ありがとうございます。 ()
2013-07-01 15:03:20
soraさん、
花さん、コメントありがとうございます。

私も、分かち合いの会には参加した事はありません。

まだ、気持的に行ける状況では無いし、私も子供のPTAなどで精一杯です。

PTAなどに参加していると、和さん実家は?うちは近所に姉が住んでてね...。などという話が1番キツいです。

もちろん、笑顔で話してますが空っぽの笑顔です。

今、生きていたら動物園や、水族館、ディズニーランドにいったり、旅行に行ったりしていたろうに。

息子は、お兄さんに似て優しくて元気のいい子なんだよ。顔は、お父さんにそっくりでね、スタイルはお母さん譲りなんだよ。

人の死は、どれも同じですが亡くなり方でこれだけ違うのかと、つくづく思います。

早くに、天国に行ってしまった家族に、話したい事見せたい物、どれだけ冥土の土産が持って行けるかな...。

天国では、幸せでいてくれる事を願って、今日も下界で頑張ります。
 
 
 
一人っ子さんへ (あけ)
2013-07-03 08:43:56
一人っ子さん、せっかく書き込んでいただいたのに、申し訳ありません。
固有名詞を含むコメントでしたので、削除させていただきました。
何卒ご理解ください。重ねて、お詫びいたします。

 
 
 
わかちあいの帰り道 (れい)
2014-05-25 21:36:38
渋谷のわかち合いの帰りの電車の中、親子連れが目の前に座って楽しそうに会話していて、あんな時もあったと眩しくて羨ましくてちょっと心痛いような気持ちを感じ・・・あまり見ないようにして、車窓を見つめながら、あの時の息子とのやり取りを忘れないように頭の中で思い描き、ふと穏やかな想いに触れた一瞬・・・経験したことがない人には恐らく分からないでしょう。
少し切ない想いです。
 
 
 
まぶしい光景 (小夜)
2014-05-26 07:39:55
れいさん、街の中で見かけるまぶしいようなうらやましいような光景って、いろいろありますね。

そんな時は、亡き人と自分の間で交わされたかっての暖かな時間を思い出すのが、れいさんのやり過ごし方なのですね。

やりきれない気持ちを抱えたままでは辛すぎますもの、自分なりの対処法で重い気持ちを解放することも、大変な日々を生きていくためには大事なことなんだと、改めて思いました。

私も今度試してみます。
 
 
 
微笑み (れい)
2014-05-26 20:54:39
小夜さん、コメント有難う!

私の微笑みは、
ほんの一瞬、琴線に触れ、波静かに放射状に広がり地平線まで行って・・
息子に会っているときは本当に幸せだったと感じる心地良さ・・・

本当は大きくなった君に会いたいんだけどね。
幸せに思えるひとときを大切に生きたいです。
 
 
 
裁判 (お母さん)
2014-06-05 00:37:55
こんばんは。私の息子は昨年の5月24日に勤めていたカラオケボックスの非常階段で首を吊って自死しました。勤めていた会社を相手取って裁判を起こしいます。同じような事で戦っている方はありませんか?教えて下さい
 
 
 
般若心経 (美南)
2014-07-06 23:19:04
お経なんて聞きたくない・・・と思う方もいるかもしれませんが。こんなに素敵な現代語訳があるのです。少し長いですが、見てみてください。私は、涙が出てとまりませんでした。                                            「宇宙(そら)の約束  (「般若心経」山元加津子心訳) 」


自分の身体のその奥に
確かに確かに座っている
大きな宇宙の約束が
いつもいつもささやいている

いつかいい日の明日のために、いつもいつもささやいている

忘れないでね
大切なのは
心の目と心の耳をすますこと、そして自分を信じること

むかしむかしのことでした
心の目と心の耳をすましたある人が
宇宙の約束とつながって
本当のことに気がついた
すべてのものは 
どれもみんな 
その約束からできている

約束は
目にも見えず
重さもなくて
あるのかないのかわからないけど
でも
宇宙の何もかもが 
この約束からできている

「いいことに気がついちゃった」と 
その人は
苦しまなくてもいいんだなあ、悩まなくてもいいんだなあと
とても嬉しくなりました

宇宙に散らばっている
たくさんのつぶつぶは
約束のもとに集まって
海を作り
山を作り
花を作り
人を作る

約束は目にも見えず重さも持っていないけど
風をそよがせ
雨を降らせ 
ときには星を輝かせる

誰かと誰かを出会わせて 
誰かと何かを出会わせて
涙や笑顔を作り出す

私とあなた
あなたとお花
お花と
石ころ
みんな同じ
同じものでできている
違うのは
だれもが持ってる約束の
私が私である場所(とこ)や花が花である場所(とこ)に
光があたっただけのこと
スイッチが入っただけのこと

あなたは
私だったかもしれないし
私はもしかしたら
庭に咲くたんぽぽや
降る雪だったかもしれないね

約束は私を作り
私の中に宇宙の約束が座っている
すべてのものが
約束の中にあり
約束は
すべてのものの中にある

でもね
忘れちゃいけないの
約束には無駄がなく
必要なものだけを
いつもちゃんと作っている

花がそこに咲くことは
それが大切だという証
私がここにあることは
それが必要だという証

宇宙の約束とつながって
過去と今
今と未来
すべてのことを
見渡すことができたとき
きっときっとわかること

すべてのことは
いつもいつも
いつかいい日のためにある

嬉しいことも
悲しいことも
きれいなことも 
汚れたことも
増えることも 
減ることも
その約束の現れだけど
現れているすべてのことがいつかいい日のためにある

だから思うの
生きていると
いろんなことが
あるけれど

楽しいことも苦しいこと
悲しいことも嬉しいこと
雨や 雪や 月の光が
空から降ってくるように
手をひろげて受けとめていけばいいんだね

怖がらなくてもいいんだよ、悲しまなくてもいいんだよ
だってすべてが大丈夫
すべてがみんな大丈夫

揺れる、歌う、踊る、祈る……
跳ねる、描く、回る、思う……
約束とつながっていく方法はいつも私の中にある
揺れて踊って、飛んで思って心の目と心の耳が開いてく
そして本当のことを知る

さあ明日へ歩きだそう
大切なのは
心の目と心の耳をすますこと
そして自分を信じること

花が咲くように
雪が舞うように
月が照るように 
あなたといたい

鳥が飛ぶように
風が吹くように
海が歌うように 
あなたといたい

広い宇宙の中で
長い時間の中で
あなたと出会えたこと
きっときっと宝物

星があるように
山があるように
空があるように 
あなたといたい  

(「約束 般若心経は愛の詩」三五館)

 
 
 
般若心経 (ハーベスト)
2014-07-21 13:45:17
素晴しい般若心経有り難うございました。

何度も何度も読み返し、読む度に心が澄んでいくような心地よい想いになりました。
早速、山元 加津子さんの著書をネットで探し何冊かを読もうと思い、今NETで注文するところです。



 
 
 
3回忌 (さくら)
2014-08-29 22:17:27
夫の自死から3年が経とうとしています。一生懸命生きて来ました
でも…つらいです
今またつらくて仕方ないんです

会いたい

話しがしたいんです
苦しくて どうすればいいのか
ただただ会いたいんです…


 
 
 
さくらさんへ (しんじ)
2014-08-30 22:38:10
こんばんは。

3年が経ちますか・・・
何と申し上げればよいか言葉に詰まります。

亡くなった人は見ていてくれるのでしょうか?

わかりませんが、考えてしまいますね。
想いが届くのならいいですね。

さくらさん、また来てください。

 
 
 
初めて投稿します (ゆう)
2014-09-22 07:10:15
弟が自死しました。3日前のことです。
昨日亡くなってから初めて弟に対面しました。
そっとおでこに触れたら、あまりの冷たさに驚きました。人間ってこんなに冷たくなってしまうのかと。


私は小学生の頃に両親が離婚していたため、弟に会うのは実に20年振りのことでした。

久しぶりに会えたというのにこんな形で会うことになるなんて、本当に無念で悔しくてなりません。


私の中の弟はずっと可愛いやんちゃ坊主のままです。
あんなに可愛かった子が立派に大きく成長していて、そのことがよりいっそう心を掻き乱して辛くなりました。

弟が赤ちゃんの頃、離乳食をあげたり可愛がってお世話をしたこと、一緒によく遊んだ神社、毎日一緒に通った通学路…
楽しかった頃の思い出がよみがってきて、とめどなく涙が溢れてきます。
 
 
 
ゆうさんへ ()
2014-09-27 14:34:35
コメントありがとうございます。返信が遅くなりすみません。私は、平成20年2月に、兄を亡くしています。


ゆうさんは、つい最近、弟さんを亡くされたとの事、お辛いですね。それも、20年ぶりに会ったら変わり果てた姿だったというのは、とても苦しいですね。やはり、兄弟姉妹の立場だと、小さい頃の思い出って、色々蘇ってきますね。


多分、葬儀などを終え、より哀しみが溢れでてる頃だと思います。遠慮なく、今の想いを、ここで良ければ、いつでも、書き込んでくださいね。皆さん、同じ自死遺族ですから。
 
 
 
愛さん (ゆう)
2014-10-10 13:48:36
コメントありがとうございます。遅くなってしまってごめんなさい。
気付いたらもう三週間経ってしました。

愛さんはお兄さんを亡くされたのですね。

気持ち的には落ち着きを取り戻してはいますが、乗り越えるにはまだまだ時間がかかりそうです。

隠すわけではないのですが、聞いたらショックを受けるだろうとか、哀れに思われるだろうと考えてしまい、仲の良い友達にも本当の事は話せません。
 
 
 
ゆうさんへ ()
2014-10-10 17:23:02
こんばんは。再び、コメントいただきありがとうございます。


そうですね。知り合いにいうのは、難しいですよね。私は、実際に近しい知り合いに言ってから、気まずくなり、縁がきれてしまった経験があります。やはり、同じ体験をした自死遺族でないとなかなか話せない状況で自分はいます。


亡くされ3週間、まだまだ、色々な想いが強く出る頃だと思います。また、いつでも書き込んでくださいね。ぼちぼちとまいりましょう。
 
 
 
愛さんへ (ゆう)
2014-10-12 16:13:18
コメント返してくださり、ありがとうございます。嬉しく思います。

やはり気まずくなりますよね。
私は職場では事故だったと説明しました。

昨夜火葬場のとき以来会っていなかった母が
訪ねてきて、夜更けまで弟の思い出話など、久しぶりに話し込みました。


死ぬのは怖いことじゃない、悲しむことなんかじゃない。年を取って、あの子が迎えに来てくれるんだと思うと全然悲しくないよって言っていました。最後はみんな同じところへいくんだからさみしくないでしょうって。

生きていくのってつらいけど、弟の分までこれから色々経験していきたいと今は思います。
 
 
 
お帰りなさい (お母さん)
2014-10-13 15:42:23
昨年自死した息子のお骨が結婚したお嫁さんの実家から、生まれ育った川崎に帰って来ます。分骨して貰った小さい骨とやっと一つの身体になります。大変だった現実の世界から解放されてゆっくりしてもらいたいです。
 
 
 
お母さんへ (小夜)
2014-10-19 01:22:50
息子さんは、
川崎に、帰ってこられるのですね。

旅立った人は大変だったこの世界から、今は解放されている。

遺された私たちにとって、そのことだけが、せめてもの慰めのように私も感じています。


 
 
 
小夜さんへ (お母さん)
2014-10-19 19:49:52
小夜さん
心暖かいコメントありがとうございます。
救われる気持ちになりました。後悔の毎日ですがまた明日から頑張ります。
 
 
 
忘年会 (お母さん)
2014-10-29 14:57:36
お母さん事青木久実です。

みずべのスタッフの皆様いつもお世話になっております。わかちあいもいきたいな~と思いつつ時間がありません。もし良かったら私のお店で忘年会をしませんか?原価だけ頂ければ良いのでいかがですか?私も一緒に飲みますよ。武蔵中原と言うローカルな所ですが、、
 
 
 
Unknown (なな)
2014-12-14 20:54:32
一週間前に父を自死で亡くしました。

ずっと鬱を患っていたようです。
中学を卒業後、両親は離婚しているのですが
父は再婚。
寂しがりやだったんです。

現在住む町と地元とは距離がある為、帰省した時にしか会わなかったのですが毎回美味しいところに連れていってもらいました。
最後に会ったのは11がつでした。
痩せて顔色も悪い父を心配していたのですがまさかこんなことになるなんて。
苦しいです。
親孝行なにもしてあげられなかった。
あの時話をきいてあげてたら少しは変わったのかなとかもっと連絡してあげてれば、とかぐるぐるしてます。
誰にも言えません。

いつか気持ちは晴れるんでしょうか
 
 
 
ななさんへ (しんじ)
2014-12-16 02:03:11
ななさん、こんばんは。
私は、5年前に妻を亡くしています。

色々なことが思い返されます。
あの時こうしていれば
あの時こう言葉をかけていれば
何度も何度もくりかえし考えてしまいますね。

5年過ぎた今でも気持ちは沈んだままですが、
それでも笑える時もあります。
そして、少しずつですが辛い想いを抱えていても、
なんとか過ごせる様にもなって来ました。

いつか以前の様に、気持ちが晴れる時を持てたらいいなと思っています。
 
 
 
初夢 (ハ-ベスト)
2015-01-15 17:08:21
 妻のすすり泣く声で正月二日目の朝を迎えました。

息子に夢で会えたそうです。

 笑いながら、振り返り、去っていこうとする息子に

妻は、彼を大きな声で呼び止め、手を握り、その手の温

もりと彼と交わした会話を事細かに私に話すんです。


 私もその場に居た様に穏やかな気持ちになれました。


 
 
 
 
ななさんへ (コウイチ)
2015-01-16 17:19:07
こんにちは、コウイチと申します。
私は8年ほども前に父を自死で失くしました。
本当に大好きな父でした。

父も数ヶ月うつ病を患い、会社を休職した3日後に自ら逝きました。
私の結婚式の3ヶ月後、私の誕生日の月でした。

職場から遠い実家の近くに引越し父の近くに居てご飯を食べに行ったり相談にのったり、ときには飲みにも行ったりしていました。
それなのに、という想いが今でも強く残っています。

今でもまだ父の自死は私の胸に色褪せることなく突き刺さっています。父が望んでいた孫も最近産まれすくすく育っていますが、子供が大好きだった父に見せてせてあげられない悲しみが旨をえぐります。

何かのイベントのたびに、お祝いの席なのに心は涙でいっぱいです。

止まない雨はあることを知りました。
でもときどき小雨にはなるんです。
そしてだんだんと小雨の日が増えてきます。
あんな豪雨の中の毎日でしたが。

 
 
 
ハーベストさんへ (あけ)
2015-01-19 21:50:31
ハーベストさん、ご無沙汰しています。

つねに奥様の思いを共感を持って受けとめられているハーベストさんに頭が下がる一方で、我が身を振り返れば…。

メッセージを読ませていただいて、記憶の底のほうに隠れかけていた夢を二つ思い出しました。
娘が逝ってまだそれほど経っていない時の夢です。

一つは、奥様と同じく「温もり」をはっきり感じたのですが、私には悪夢に近いものでした。
(もしかしたら、お話したことがあるかもしれません)

夢に出てきた場所は、娘が幼かった頃に親子3人でよく行ったディズニーランド。パレードを見せるために娘を肩車して…というシーンで目覚めました。
すると、娘の両ももの温もりと重みが私の両肩に残っている…。
そう感じた時、ひどく落ち込んでしまいました。
いま思えば、娘がこの世にいなくなったことを認めたくなかったのでしょう。

それからしばらくして、娘の声がはっきり聞こえる夢を見ました。それはとてもうれしい夢でした。

場所は自宅の中。玄関ドアの前で(高校生?の)娘が私に向かって手を振りながら笑顔で「父ちゃん、行ってくるね」と。とっても弾んだ声でした。
その声で目覚めると、無性に「ああ、よかった」と安堵の思いがありました。
10年近く前になりますが、あの最後の夜、娘は私の目を見ないで(いつもは目をそらさないのに)「父ちゃん、おやすみ」と言って自室に入りました。

あの弾んだ声をまた、聞きたい。

すっかり長くなってしまいました。
ハーベストさん、よろしかったら、またお会いしましょう。


 
 
 
夢で会えたら素敵です (ハーベスト)
2015-01-23 11:22:40
ご無沙汰いたしております。

去っていった直後は確かに夢は辛かった。
時間の経過と共に、会いたい気持ちが、増幅し、笑顔で
会話でき、温もりを感じられる夢は最高だなと、妻から
聞かされた時、正直、こんな夢を見ることができた妻が
とても、羨ましく思いました。

私も、まだ、夢の中では、笑顔で会話出来ていません。
 
 
 
はじめまして (くん)
2015-02-16 09:59:43
はじめて投稿させていただきます。

昨年9月に一人娘を亡くしました。
何が何だか理解もできず、現実と受け止める事が出来ずに日々を呆然と過ごしてきました。

ただ、日にちがたつにつれ娘がいない現実を感じはじめてからは自分を責める事しかできません。

誕生日のプレゼントを買ってくれるって約束したじゃん

キーケースを買いに行くって約束したじゃん

あの日「早く帰るから待っててね」って電話したら「うん」って言ったじゃん

娘を助けられなかった。
何をどう考えても自責の念と後悔以外考えられません。

これからの時期、卒業、入学と娘に身近なはずだった行事の季節になり、今以上に喪失感を感じます。

帰ってきてほしい。帰ってきてくれるのなら私なんてどうなってもいい。

こうやって生きている自分が許せないのと罪悪感でいっぱいです。
 
 
 
はじめまして (ゆめこ)
2015-02-20 12:58:46
初めて投稿します。
私は2013年に最愛の主人を亡くしました。まだ幼い一人息子がいます。
あと二カ月ほどで三回忌ですが、直後より今のほうがずっと寂しいです。唯一無二の親友であり、なんでも話せてとても気楽で安心できる存在でした、私からすれば。しかし主人からはどうだったのでしょうか。私は彼が安心してくつろげる家庭を築けていたのでしょうか。

家が狭く、親子で川の字になって布団を敷くことが出来ない部屋の中で一人離れた所に寝ていた主人、疎外感を感じさせてしまったかもしれない。授乳やスペースの関係で仕方なかったとはいえ、もっと思いやるべきだった。赤ちゃんだけじゃなく、あなたのことにもう少し気を回せばよかった。

今から結婚する同級生もいるのに、私は日常の些細なことを分かち合う人が、人生の荷物を背負い合う人がいなくなってしまった。

配偶者は家族の中で唯一自分で選んだ人、自分が生まれ育った家族を出て新しい家庭を一緒に持った人。帰ってきて欲しい、会いたい。

地元の分かち合いには行きたくありません。都内から実家へ戻り、役所に諸々手続きに行ったら職員が知り合いでした。なので、これまでいくつか遠い場所の分かち合いに参加しました。

あの、私の勝手な偏見で大変申し訳ないのですが、どの分かち合いも参加者はお子さんを亡くされた方がほとんどだったのですが、その場合、結婚していたお子さんを亡くされた親御さんは子供の配偶者に憎悪を抱いているのでしょうか。
私自身が経験したせいか、いつもそれが引っ掛かってしまい、子を亡くされた方の前で自分の気持ちを話すと大多数の参加者が気分を害するのではないかと思ってしまいます。せっかく分かち合いに来ている人たちが嫌な気分になるんじゃないかと、どんな発言なら大丈夫なのかと。

私にとってはまだ二年ですが、周りにしたらもう二年。半年過ぎた当たりから自分の心情を周りに話すことが出来なくなってきました。自分が思いもかけない準備していない時に急激な感情の波が押し寄せてきます。
 
 
 
ゆめこさんへ (しんじ)
2015-02-21 00:45:18
こんばんは。

ゆめこさん、そうですね。
配偶者は人生の中で唯一自分で選んだ家族、
新しい家庭を作り人生の時を共にした人。
それは言葉では表す事の出来ない
深い人生のつながりがあった大切な人ですね。

私はそんな妻を6年前に亡くしました。
時が経つに連れてまた新たな感情の波が
押し寄せて来ます。
たぶん形は変われど一生続くことと思います。

わかちあいですが、日常では話せない自分の心情を
そのまま話す場だと考えています。
また、聞きたくない話は聞かなくてもいい
持って帰らなくてもいい
お互いを尊重する
それが、言いっぱなし、聞きっぱなし
と言われるところではないかと思います。

みずべの集いでは、基本的にお子さんを亡くされた、
伴侶を亡くされた等、立場別のグループに分かれて
わかちあいを行っていますので、
ゆめこさんの心配はいらないと思います。







 
 
 
Unknown (ゆめこ)
2015-02-22 23:16:57
しんじさん、お返事ありがとうございます。
こちらの会では分けているんですね。今は遠方に住んでいるので、もしチャンスがあれば参加してみたいと思っています。
いつになってもあの日のことを思い出します。もう少し、少しだけでも主人の気持ちに寄り添っていたらこんなことにならなかったんじゃないかと。私一人ではもう限界だと、行政でも民間でもがむしゃらに助けを求めていたら死なせずに済んだんじゃないかと。年月が経つほどに周りとの温度差も広がり、表では普通に振る舞い、誰にも言えず自責の念と寂しさが募るばかりです。
 
 
 
ゆめこさんへ (しんじ)
2015-02-24 12:40:45
時が経つと周囲の目は、もう前を向いて、などと気を使って下さいますが、それが辛く感じられますね。まだまだ重い気持ちは変わらないままで、何か出来ることはなかったのか考えてしまいます。

会は毎月開催しています。
いつでも気持ちが向きましたらいらして下さい。
 
 
 
くんさんへ (ハーベスト)
2015-03-02 18:12:10
くんさんへ

 お辛さお察しいたします。
私も息子を亡くして、振り返れば半年頃は毎日をどのように過ごして来たのかが曖昧でした。

 自責,後悔の連続、運命を呪い.先祖や神仏をも恨み続けたころでした。

 そんな頃、この、みずべに辿り着きました。
皆様と哀しみ、辛さを少しずつ分かち合ううちに、少し
気持ちを軽く、穏やかにやり過ごすことができるように
なってきました。

 ただ、世間がイベントで盛り上がっていくこの頃が、とても苦しく感じますね。

苦しみ,哀しみは消すことは難しいと思いますが、柔らかく、ゆったりと、穏やかにお過ごしいただきますようにご祈念申し上げます。
 

 
 
 
ハーベストさん (くん)
2015-03-05 10:59:57
ハーベストさんへ

暖かなお言葉ありがとうございます。
なんでこんな私が生きているのかと自分自身が許せない気持ちを持ちながら日常生活を送っております。

主人の夢には笑顔で娘が出てくるのですが私の夢には出てきても「会話」だけで顔が出てこない。
主人を羨ましく思うと同時にどうして私には…と考えてしまう。
そんな中、こちらへおじゃまするようになり先日「わかちあいの会」に出席させていただきました。
皆様の哀しみや、辛さをお聞きし、また自分の支離滅裂な話も聞いていただきました。
帰り際なぜか心がほんの少しだけ軽くなったような気がしました。

そしてその夜、娘の夢を見ました。会話のみで顔が見れない…でもしっかりと「気配」を感じた夢でした。
朝起きた時、嬉しかった。
でも時間がたつにつれ今まで以上の絶望感に襲われました。

いつかは気持ちを軽く、穏やかにやり過ごすことができるようになれれば…と思いつつみずべの集いにお力をいただけたらな…と思いました。
 
 
 
くんさんへ  (ハーベスト)
2015-03-05 11:57:16
 
 夢で会えましたか?それはよかったですね。
今度は、笑顔で,思いっきりハグをしてあげてくださいね。(私の願望でもあります。)

 先日のスッタッフの方の書かれていた柳田氏の(悲しみは真の人生の始まり)を読んだとき、大きく心に響ています。

 天寿を全うして現世を旅立って行った父母や、先人にこれ程辛い哀しみの感覚は、あの時の私のは正直
持ち合わせていませんでした。

私もあの日から真の人生がスタートしたと感じております。

 
 
 
 
ハーベストさんへ (くん)
2015-03-06 09:58:27
ハーベストさんへ
細やかなコメントありがとうございます。

声だけではなく顔、体も出てきてくれたらおもいっきりハグしたいです。
夢でいいから触れたいです。
いつの日かその日が来るのを待ちます。
ハーベストさんが「笑顔で会話がしたい」と書かれていた書き込みを拝読して胸が熱くなりました。
私も同じ思いです。

私も「あの日から真の人生がスタートしたと」と思える日が来るでしょうか…。
今は書物を手に取るのですら辛いですが手に取る勇気が出たらぜひ読んでみたいと思います。

前向きにはなれないけれど後ろ向きにはならないようにしたいです。
 
 
 
心配なこと (ゆめこ)
2015-03-10 17:32:43
こんにちは。
私は主人を亡くしてもうすぐ二年、保育園児の子どもがいます。当時はまだ赤ちゃんでしたので、父親の記憶もないと思うし、もちろん何故亡くなったのかは知らないんですが、この先近い将来「どうしてパパはいないの?なんで死んでしまったの?」と聞かれる日が来ることでしょう。動揺せず静かに話せるように言葉を準備しておきたいのですが、なかなか言葉を探せません。子どもに大切なことを伝えるのに嘘は言いたくない、でもそのまま話していいものか、どんな影響を与えるのか想像出来ず怖いのです。
それと、主人と子どもは血の繋がった親子だから、もしかしたらどこか思考が似ている所があるかもしれず、事実を話すことで自死を身近なことと捉えたり、それに抵抗を覚えず普通のこととして受け入れるような傾向を持つようにならないか心配なんです。
 
 
 
ゆめこさんへ (しんじ)
2015-03-16 15:10:08
こんにちは。

いつどの様に伝えるかは、それぞれの人生観や生活環境で違いがある様に思います。すぐに教えると言う意見もありますが、現在の自死に対する社会の風潮では必ずしもそうとも言えない所があるかと考えています。

また、予期せぬ時に周囲から知らされる事もあるかも知れません。考えていると不安になりますね。

私自身このことに上手く答えることは出来ませんが、一つ言えることは、伝える側が落ち着いて説明出来ることが大切で、不安を抱えたままの言葉は相手に余計な不安を与えることになると思います。ゆめこさんが伝えたいと思い、息子さんが受け入れられると感じてからでいいのではないでしょうか。

そして、同じ体験をした人達と話し聞くことで、色々な考え方や経験からの知識を得ることが出来ます。そこから自身を客観視してどの様に伝えるかが見えて来ることもあります。「自死を身近なことと捉えたり・・」も同様だと思います。

 
 
 
主人との思い出 (sato)
2015-03-23 22:06:02
はじめまして!
今年、2月に主人は、47歳の人生にさよならしました。
5年前から会社でのストレスから、うつ病になり
ここ1年は、お酒の量も増え、入院を繰り返し、
クリスマス、お正月も一緒に過ごせませんでした。人と話す事も苦手になり、私が、お見舞いに
行くと病院の食堂の隅の席で、私を待っていました。
家に帰れる時は、セブンイレブンのバームクーヘンを買うのを楽しみにして。

ごめんね。あの日、私が、残業しなければ、悔やんでも、悔やみきれない。
テーブルの上には、お菓子の食べ残しと私が、
作ったお弁当を食べた空のお弁当箱。
きっと、私の帰りを待っていたんだね。
最後に、私は、大きな判断ミスで仕事を選んでしまい、大切な人を失ってしまいました。

1ケ月、会社休んだけれど、毎日、悲しくて、悲しくて、まだまだ仕事に復帰は出来ません。

色々な手続きをする度に、主人の存在が、消えていくみたいで、また悲しくなります。

大好きな主人が、本当にいなくなったと思うとドキドキして苦しくなってきます。

これから、この悲しみと苦しみとどうやって
付き合っていけは、良いのでしょう。
 
 
 
Unknown (ゆう)
2015-03-27 09:01:19
初めまして。

私は、2011年6月に彼氏を亡くしました。もうすぐ、4年経ちますが、まだ、独り身のままです。自分もうつ病になりましたが、今は、普通に生活しています。

分かち合いも毎月のように行っていましたが、恋人を亡くした立場だとなかなか、居場所がなく、辛い事が多く行かなくなりました。ですが、最近、いろんな感情が溜まってきています。4年も経つと、私の事情を知らない人も多いので、傷つく事がしばしば。

時間は、時薬だと思うけど、時間が経つと、また、違う悩みや感情になります。

難しいですね。いつか、分かち合い、参加したいです。
 
 
 
satoさんへ (しんじ)
2015-03-27 23:55:32
はじめまして。

satoさんのコメントを読んでいて、
私は当初の頃を思い出しました。
今まで感じた事のない強く途方もない哀しみ、
それを表現出来る言葉はいまだに見つかっていません。
妻が亡くなって6年になりますが、
悲しみも苦しみもまだ消えてません。
それでも何とか、
その想いとも少し付き合える様にもなってきました。

今は、時に耐えられない想いに駆られることがあると思います。
そんな時は宜しければコメントを書き込んで下さい。

無理せずに、ゆっくり歩んで行きましょう。








 
 
 
ゆうさんへ (しんじ)
2015-03-28 00:29:46
初めまして。

時の経過と共に周囲との感覚のずれは感じますね。
時薬と言いますが、時の流れは同じでも時間の感覚は人それぞれで、こんなにも切ない現実は、そう簡単には無くならないと思います。

哀しみの形は様々で固有のものであり、同じ自死遺族でも違います。私自身もその時々で哀しみに違いがあります。こんな想いを知らずに生きていけたら良かったのにと考える時もありますが、これも生きていることなのだと思うこともあります。

うまく言えませんが、気持ちが向きましたら「みずべの集い」にいらして下さい。
 
 
 
これから (sato)
2015-03-29 22:52:24
しんじさんへ
心暖まるお言葉ありがとうございます。

もうすぐ、主人の四十九日と納骨になります。
本当に毎日、主人を思い出して、涙が止まりません。季節が変わった事、桜がいつ満開になり、散っていくのも、興味がなくなってしまいました。
丁度3年前、新しいマンションに二人の母親を呼んで、皆んなで一緒に暮らし初めました。
あの頃の主人の笑顔が忘れられません。

大切な人との別れは、必ずいつか訪れます。でも
こんなに早く、こんな形で、訪れるなんて…
もっと、もっと一緒に過ごしたかった。

実家の相続の件で、主人とお姉さんがもめていた矢先、お姉さんは、同居している義理母と二人で弁護士に主人の相続について、依頼したと通知が来ました(義理母は、少しボケています)
主人には、悪いけれど義理母とは、もう一緒に
くらしていけない…

哀しいとか、悔しいとか、これが生きていると
いう事なのですね。

私が、これから進む道は、主人が導いてくれる
道だと信じて、進んで行きます。

きっと、天国から見守ってくれているから。

ゆうさんへ
彼も天国から見守ってくれています。
辛い時は、ご自分を大切に、無理をなさらないで
下さいね!
 
 
 
卒業 (くん)
2015-03-30 15:27:43
こんにちは。
明日で3月も終わります。
娘が亡くなって半年がたとうとしている中、先週火曜日は娘の学校の卒業式でした。

本来であれば卒業、そして入学のはずだったのに…
考えてもしかたがない事だけどやはり考えてしまいます。

担任の先生から「ご迷惑でなければ卒業まで荷物はそのままにしておいて欲しい。クラスにいて欲しいので」
と言われ卒業まで荷物は学校へ置きっぱなしでした。
先日学校へ引き取りに行きました。

当然卒業証書なんてないのだけれど担任の先生から「クラス終了証」をいただきました。
そしてクラスメートからは寄せ書きをいただきました。

気を遣って下さったのだろうけど私にとっては悲しいいただきものでした。

娘は空から見てるのだろうか?私にとってこの悲しいいただきものは娘には嬉しいのだろうか?
そう思いながら遺影を前にして読み上げてあげました。

担任の先生、クラスメートからこんなに慕われていたのに・・・・・どうして・・・・。

まわりの人は「暖かくなったら少しは気分も変わるかも」なんて事を言われましたがこの暖かな陽気は私には辛すぎるとしか感じられないのです。

今朝主人が「死にたい」なんて口にしました。
私だって・・・・・と思いましたが、「そんな事を口に出していわないで」と言ってしまいました。

生きる糧を失って主人も相当辛いのに毎晩遅くまで働いて土曜日まで出勤して・・・・
そんな主人をなんとか支えなきゃと思うのですが、せめて主人の前では泣かない、嘆かないようにするのが精一杯。
主人に申し訳ない気持ちです。
 
 
 
くんさんへ (小夜)
2015-04-01 20:56:06
くんさん、

毎日を過ごすのが精いっぱいなことでしょう。
世の中の人が楽しい気分、元気でいるときほど、私たちの気持ちは沈んでいくものですね。

ご自分のことでやっとの毎日ですのに、ご主人様にも気を遣われて苦しみをどこにも出せないのですね。

せめてこの場を使って苦しい気持ちを出してくださいね。
苦しいときに苦しい!、悲しいときに悲しい!と言えないことほど辛いことはありません。

明日が少しでも今日よりは穏やかな日でありますように。






 
 
 
satoさんへ (しんじ)
2015-04-02 16:11:03
こんなにも辛いことがあるのか。
そんな感覚がありますね。

そう、ご主人は見守ってくれているでしょう。
そう信じてもいいのではないでしょうか。
こんな時は、そう考えて過ごすことも必要だと思います。
 
 
 
くんさんへ (ハーベスト)
2015-04-02 16:35:31
くんさん


 この時期お辛いでしょうねイベントの一番多い時期ですからね。

私も5年程前、くんさんのご主人様と同じように妻に愚痴ったことがありました。また、妻も私に訴えたことがありました。、正直言えば、できることなら、今でも直ぐにも息子の傍に行きたいとさえ思っています。

 でも、できません。
遺される家族の思い,遺してゆく思いを重ねると行動には移せません。これが、健常者なのです。

 ですから、息子をこのような決断させた病気が憎いんです。                          私達は二人で思いっきり泣きます。いっぱい泣きました、共に。すると、不思議と少し気持ちが
穏やかになりました。流した涙はワンコが舐めてくれます。                                                 家業を一緒に営み本来ならば、今頃は彼が4代目社長を継承して、私達夫婦は隠居の筈でした。私に似ず立派な頼もしい4代目でした。

 歯車は大きく狂い、今はただただ一日を無難に過ごすことのみに専念し、喜怒楽や欲はなく、ただ、妻とゆったり、穏やかに、伴に、気遣い、二人に残された少ない時間を波風たてずにゆっくり過ごすことのみ考え生活しております。
 
 
 
 
 
小夜さん ハーベストさんへ (くん)
2015-04-03 10:16:56
小夜さん ハーベストさん

あたたかなお言葉ありがとうございます。

どうする事もできずに日々生かされているかのごとく過ごすしているようにも思えます。

私はありがたい事にこうやってこちらで語らせていただいて、語るだけではなく、お声もかけていただいています。
主人は私にさえ語ってくれません。

元々多くを語らない人なのでそっとしておくのが良いのでしょうがお風呂で急に大きな声で娘の名前を呼んでいたりするのを見ていると、このような状況をどう対処しているのか心配にもなります。

先日外でお茶をしていると主人が急に涙ぐみ出し、娘の姿が目に焼き付いて離れないとポツリと言いました。
よっぽどの事だと判断しました。
「いつでもいいから二人で泣こうよ」と声をかけても「ああ・・」と言うだけ。

主人も一緒に泣いてくれたら・・・・と思いますが、主人の性格からすると無理なようです。

そのような中でも月日は過ぎていくのでしょう。

ハーベストさんがおっしゃっている
「ただただ一日を無難に過ごすことのみに専念し、喜怒楽や欲はなく、ただ、妻とゆったり、穏やかに、伴に、気遣い」というお言葉とても心にしみました。

私たち夫婦にもそのように思える日が来ることを願っております。

こちらで語らせていただいて、お言葉までいただける事に感謝致します。
 
 
 
ご紹介 (やま)
2015-04-19 18:23:52
こんにちは。
急にすみません。こちらで良いのか分かりませんが、同じ自死遺族の方から聞いて是非紹介したいと思い投稿させていただきました。

今週の4月23日(木)午後8時から、NHKのEテレ(2チャンネル)ハートネットTVで自死遺族の声を取り上げるそうです。HPにも放送予定として載っています。
よろしければ皆様御覧になさってくださいませ。
 
 
 
初めまして (しろたん)
2015-04-26 23:49:31
初めて投稿させて頂きます。
2013年の11月に交際していた恋人を亡くしました。
まだ付き合って間もない頃でした。

鬱病だったとのこと、亡くなった後にご両親から伺いましたが、本人の口からは一度も聞かされていません。
友人にも悩んでいることを打ち明けていなかったようです。

私は彼の生きる支えにはなれなかった。
辛いことがあっても乗り越えて行きたかった。
思い上がりかもしれないけれど、彼もそう思ってくれると信じてた。
でも違いました。
彼を支えるには私は未熟すぎて、彼も人に頼ることができない、未熟な所があったのかもしれません。



彼が亡くなって1年半程になります。
一緒に過ごした期間より、亡くなってからの期間の方が遥かに長いです。
なのに未だに少しも前に進めていない自分がいます。
立ち直ろうという気持ちさえどこかにいっちゃったような気分です。
彼のご両親が「あなたはまだ若いから、他の人と幸せになってね」と言ってくれました。
私を憎むことなく、優しい言葉をかけてくださり本当に感謝しています。
だけどその反面のけ者にされてしまったような疎外感も感じます。
だってもしも他の人と付き合ったり結婚したら、彼との思い出には蓋をしなきゃいけないから。
元彼の話を聞きたいなんて人はいないだろうから。
私はずっと彼のことを思うのは許されないのですか。

結婚していたわけでも、家族でもなくて「遺族」ではないから、いつまでも昔のこと気にしている自分に罪悪感があります。
 
 
 
しろたんさんへ (しんじ)
2015-04-28 00:49:42
しろたんさん、はじめまして。
私は、しんじと申します。
妻を6年前に亡くしています。

しろたんさんが抱えている様々な哀しみは、彼を想う深さから来るものではないでしょうか。それは、共にいた時間の長さではなく、一緒にいた時間を大切に過ごしていたからこそあらわれて来る感情だと思います。辛くてどうしようもないかも知れませんが、彼を慕うことから来る反応だと思えば、少しはまぎれるのではないでしょうか。

私は、こんなにも辛い感情を経験したことはありませんでした。とても耐えきれないと思いました。でも今こうしてここにいます。笑って話すことも出来るようになりました。よくここまで来れたと感じています。

大切な人と一緒に過ごした時間は確実にあったのです。それを無理に消すことなど考えず、そのことを大切にすればいいのだと思います。そうしているうちに何かが見えて来るのではないでしょうか。

どうぞまた、ここへ来てください。
感情を表に出すことは大切です。
そうすることで少し落ち着くと思います。


 
 
 
最近思う事 (sato)
2015-04-30 20:38:02
主人を亡くしてもうすぐ3ケ月。
先日、主人のクローゼットを開けたらきちんと
衣料がたたんでありました。
何故か自分の物は捨てられても、主人の物は捨てれない。
几帳面だった主人は、部屋のいたる所に時計を置いていました。
復職を目指し買ったカバン、退院したら使う予定だった時計、まだ値札が付いています。
プラモデル、レゴ、CD、ラジコン、いろんな物を見る度に胸が痛くなり泣けてきます。

去年の私のお誕生日に沢山洋服を買ってくれた。
オペラ、バレエ、美術館巡り、主人と一緒に過ごした時間が愛おしい。
もう、どこにも行きたくないと思ってしまう。
ゴールデンウィークだから、余計に辛い。

スタッフの方々は、何年も前にこの様な思いを
感じたのでしょうか?

でも少し前向きに考えられるのは、10年先にこの様な別れになっていたら、会社も辞めて友人も少なくなっているだろうから、今以上に立ち直れないのは確実。
主人が決めた哀しい別れの時は、私に立ち直れと
教えてくれている気がする。
入院中の主人のノートに 天寿をまっとうして沢山の人に惜しまれて人生のピリオドをうちたい。とありました。天寿はまっとうできなかったけど沢山の人が来てくれた。

ずうっと見守っていて欲しいと思います。
 
 
 
satoさんへ (スタッフより)
2015-05-06 00:08:42
こんばんは。

ふと目にとまった思い出の品、
目や耳に入った懐かしい場所、
華やぐ街や時期、
何年たっても、形は変れど切ない気持ちになります。

あんなふうに笑って過ごした時が自分にもあったのか、
もう忘れてしまった様な気もします。

面影を想い、ゆっくり問いかけることもあります。
心の中でのことで返答はありませんが、
語りかけることは大切なのではと思います。

satoさんが想えば、
ご主人はじっと見てくれているのではないでしょうか。




 
 
 
皆様と絶対違う状況 (えびす)
2015-05-18 00:40:56
はじめまして。
先月主人を自死で亡くしました。
小学生の子供が二人います。

今回私がここに書き込ませて頂こうと思ったのは
皆様と状況が丸っきり違うからです。
そんな人もいるのかと、呆れて下さい。
批判覚悟の上で投稿させていただきます。

主人は2年ほど欝病を患ってました。
丁度住みたいマンションを見つけ購入し、引っ越した矢先の事です。

精神科に通い、薬も飲んでいましたが休職となりました。
2年の間に5度の自殺未遂。

処方された薬の過剰摂取と飲酒により酩酊状態となり子供の前で自殺宣言。
私への、暴言、暴力。

離婚を考えていました。

鬱病なんだから… と思っても、承服できない事が多すぎる。

そう思っていた矢先、夕飯時、娘が
「お母さ~ん、何かお墓みたいな匂いがするよー」

自室で練炭自殺しようとしてました。

警察、救急車、消防車 全部来ました。
主人に「勝手な事するんじゃねぇ」と言われました。

来てくれた刑事さんが
「子供連れて避難できる所があるなら、ご主人の状態がもう少し良くなるまで避難したほうが良い」
と指示を受けました。

「下手すると、子供が巻き込まれる…」

その刑事さんは弟さんを自死で亡くされたそうです。
なので「何が起きるか分からないからね。最善策を」と仰って下さいました。

子供が巻き込まれるのは絶対避けたい。
実家に避難しました。

それでも心配なので、翌日家に行ってみると
何しに来た とか テメェのせいで人生狂った とか
罵詈雑言の嵐…。

で、リビングにある椅子が飛んできた(笑)
笑えないんだけど、ビックリしすぎて笑っちゃった。

その2日後に、浴室全部目張りして練炭自殺しました。

悲しいの前に
怒りなのです

そして 気持ち悪さ でも怒り怒り怒り

子供には「お父さんの悪口は一切言いません」
「お父さんはカッコ良かったよね」
そのスタンスでいます。

でも疲れる。

昨日、旦那が夢に出てきて
「てめーが、オレを追い込んだんだろぉがッ」
って散々なじられた。

起きたら体が動かなかった。

日が経つごとに、悪い思い出しか出てこない。
困りました。

こんな場違いな思いを抱えて皆様とは違う辛い感情を
持て余してる人間もいるんだなって
思ってもらえれば幸いです。
 
 
 
えびすさんへ (しんじ)
2015-05-21 00:49:17
はじめまして。
私は6年前に妻を亡くしました。

このまま生きて行くことは出来ないだろうという苦しさでした。
悲しくて、辛くて、怒りがこみ上げて、
そして、気力も失いました。

わかちあいを通して様々な遺族に出会います。
同じ様でいて、それぞれが違います。
泣ける人、涙すら出ない人。
食べれない人、食欲が増す人。
動けない人、用事を絶やさない人。
気付かなかった人、気づいていた人。
感情も状況も様々です。

えびすさん、絶対違う状況ではないと思います。
違いはありますが、自死で大切な人を亡くしたのです。
表現のしようのない感情の起伏に悩むのは人の自然な反応です。
そう考えます。
またコメント下さればと思います。



 
 
 
コメント下さり有難うございます。 (えびす)
2015-05-22 01:16:47
しんじ様

コメント頂き有難うございます。
完全スルーを覚悟してましたので…
すいません、面倒くさい作業だったと思います。

自分の中のどうしようもない気持ちを記しました。

頂いた言葉、沁みますね…。
読んで泣いてしまった…。
ご自身も辛いのに…。スイマセン。

有難うございました。


 
 
 
えびすさんへ (しんじ)
2015-05-22 15:06:53
返信ありがとうございます。
この場所は、どうしようもない気持ちを書き込むところです。お気持ちを書くことは辛いことと思いますが、宜しければどうぞ遠慮なくいらして下さい。

私の文章力では上手く自分の想いをコメントに書くことが出来ず伝わるのかいつも悩みます。しかし、こうして返信が来ると少しホットします。
 
 
 
えびすさんへ (匿名希望)
2015-05-22 15:15:33
初めまして。いつもこの欄を読ませていただいている者です。
私は一昨日主人を亡くしましたが、未就学の子どもがいます。当時はまだ乳児でした。
主人は通院歴等がなく医者に診てもらわないままある日突然お別れを迎えたので、何かの病だったのか鬱だったのかはわかりません。ただ、いきなり大きな声で激昂したり理不尽な物言いをしたり、生まれたばかりの子どもの前ですら怒鳴り声をあげたりしました。一般的な少しの言い合いをすると二言目には「じゃあ俺が死ねばいいのか」と言い、急に目の前で自死を図ろうとして止めたことは何度も何度もあります。普通の会話が出来ず、私は本当に疲れていました。私は抱いていた赤ちゃんを布団の上に放り投げて止めたこともあります。夜中もハッと何度も目が覚め、布団で寝ている主人の生存を確認しては安堵する日々でした。こんな日々ならどうして病院へ行かなかったのかと思うでしょう。私も自責の念が強く、心からそう後悔したし、何でもいいから相談機関に連絡すれば良かったと思っています。他にもここへ書けないような出来事はたくさんありました。でも、もうあの尋常じゃない日々からは解放されたことに安堵しているのも事実なんです。直後からしばらく涙も全くでず、思考も感情も凍結しました。家族のいい思い出もあるけど、亡くなったからといって綺麗事にはならないこと沢山あります。全てを受け入れ許すことは私は出来ません。
 
 
 
今日、四十九日でした。 (えびす)
2015-06-04 22:29:40
しんじ様

ご返信有難うございます。
自分の心を整えるのと、事務処理で忙しくしておりナカナカ返信できずにいました。
申し訳ございません。
自分の考えを吐き出して良いと言って下さる方がいるだけで
救われます。ありがとうございます。


匿名希望様
辛い心中お話し下さり有難うございます。
拝読後「仰るとおり」と思いました。
亡くなったから帳消しになるって事はありませんし
黒いわだかまりの様なものは消せません。
私の現段階ではムリです。

周りは
亡くなっちゃったんだからきちんと供養してあげなさいって言うけど
生前されたこと考えると
はいそうですか。
って素直に言えない。

今日、四十九日でした。法要とかしないで家族で楽しく美味しい食事。
子供たち大満足、大人も大満足。お腹いっぱい食べました。
夫の遺影はまだ見たくないけど、その横に花をいけた。
これが今の精一杯でした。
 
 
 
えびすさんへ (匿名希望)
2015-06-06 21:41:47
私も直後は主人を許せない気持ちも強い反面、幸せだった時間を反芻しては混乱に陥り自責や後悔の念も強く供養しなければという思い、普通の人間らしい生活(夜普通に眠ることが出来る、普通の会話で人とのやり取りが出来るなど)が送れるようになったことに安堵するとか、様々で複雑な気持ちが1日の中だけでもどんどん移り変わっていました。
私はこれから子どもを育てながら生きていくわけだし、他人は私が経験した尋常じゃない生活は知らないわけです。何も知らないくせに好き勝手言われようと私は私が一番今生きやすい形で過ごすんだ、そのためには今の気持ちに逆らわず周りは一切無視してどんなこと思われようと自己肯定するしかないと思い日々を過ごしました。心の奥底には私の拙い筆舌では表せないトグロを巻くような色々な気持ちがありましたが、そうでなければとてもやっていけませんでした。
えびすさんも精一杯の気持ちでお花を活けたこと、想像出来ます。これから生きていくのは遺された者ですし、生きるために自分が一番過ごしやすいようにすることや出来ることに制限があることに対し誰かにとやかく言われる筋合いないし、過ごしにくい場所とは疎遠にして自分を守ることが悪いこととは私は思いません。分かち合いの会に行けばそういった気持ちを話したり聞いてもらえるのかもしれないのですが、私の考えや感情は激しすぎるかもしれず誰かを傷つけてしまうかもしれないので、ここのブログを読んで他の遺族の方の気持ちを聞いたりしています。
 
 
 
えびすさんへ (しんじ)
2015-06-07 12:41:57
いろいろ手続きなど大変な中、返信ありがとうございます。体調はいかがですか。どうぞご無理をなさらないように、少しさぼりながらですね。

お子さん達の食べる姿が目に浮かぶようです。
四十九日、家族の楽しい食事に花を添えて、心がこもった時だったと思います。

悲しみ、怒り、様々なご自身の気持ちにふれながら、または忘れて、許される限りゆっくりと時を過ごせばいいのではないでしょか。

返信、待っております。



 
 
 
匿名希望さんへ (しんじ)
2015-06-07 13:14:12
このブログへ来て下さりありがとうございます。
スタッフのしんじと申します。

おしゃる様に、社会での生きる場所も以前とは違って来ます。感情の反応が今までとは異なり、見るもの聞こえる音、なにげない人の話す言葉にも反応してしまいますね。疎遠になるのも自分を守るため自然なことだと思います。

わかちあいでは、感情の激しいところを話して構いません。参加される方は少なからず、皆さんそのような感情を持っています。日常では話せない、こんな激しい感情の起伏をどうすればいいか分からない、そんな気持ちを話す場が「自死遺族のわかちあい」であると考えております。

どうぞ気持ちが向きましたら参加して見て下さい。また、このブログ上も一つの「わかちあい」と考えていますので、宜しければコメント頂ければと思います。
 
 
 
ありがとうございます (匿名希望)
2015-06-12 10:38:00
初めまして。しんじさん、優しいコメントをありがとうございます。
前から分かち合いに行ってみたいと思いながらも、日曜はなかなか託児できる所がなく…
ここのコメントの皆さんは静かに大切な人の冥福を祈っているのに、私は同じように気分が落ち込み悲しく寂しい日もあれば、家族を置いて行った無責任で自分勝手な行為への怒り、私や子どもの人生に落とした影響への憎悪、一方で後悔や自責の念、自分の人を見る目のなさや子どもを巻き込んでしまったことへの罪悪感など様々な感情があります
。同じように小さい子のいる遺族が日本のどこかにはきっといることでしょう、どうしているのか、これからどうしていくのか話してみたいと思いますが、それは私のエゴであり質問してはいけないことなんだろうと思っています。
とにかく今は日々の出来事や子育て、将来について共有できる人がいないことがとても不安で不安で仕方ありません。私に万が一のことがあっては絶対にいけないと思いながら、心の中では毎日暗闇の中で細い綱渡りをする気持ちです。実生活で杖になるような場所を見つけたいのですが、一方的に励まされるばかりで、そのガサツさに正直傷つきます。
 
 
 
匿名希望さんへ (しんじ)
2015-06-17 13:06:24
こんにちは。
おっしゃる様に、様々な感情や将来の不安等に悩まされますね。
わかちあいでは、そんな事も話題の一つになります。こんな場合はどうしているか?こうして過ごした。こう対処した。不安なこと等、それは当事者が感じたこと体験した事として話されたり聞いたりします。

何とか参加できるといいですね。もし宜しければみずべにメールを下さいませんか、検討して見ますので。
お待ちしてます。
 
 
 
1年前 (くん)
2015-07-10 10:21:31
こんにちは。
娘がいなくなって10か月がたとうとしています。
なんで生きているのか?早く娘のところへ行きたいのにと自問自答の日々を送っています。

1年前は私の横で反抗しまくっていた娘。でもTDL・TDSに行っていたときはなぜかまったく反抗的な態度はなく、二人で2日間思い切り楽しんだ「楽しかったよね」あの日のあんな良い顔の写真がまさか遺影になるなんて・・・・。

先日娘が生きていたら女子サッカーの決勝はなんとしてでも応援しただろうと思い、10か月ぶりに娘の洋服ダンスからオフィシャルレプリカユニホームを出しました。娘がいなくなって1度も開ける事がなかった洋服ダンス・・・そこにはまだ娘のにおいがありました。もしかしたら「応援しなきゃ」と言って帰ってくるのでは・・なんて馬鹿な考えをおこしました。去年はこれを着て大きな声で応援していたのに・・・。

今年は声すら聞こえない。なんでこうなってしまったのか考えても考えても答えないなんて出ません。
それなのに先日心療内科の先生から「結局なんでこうなったの」などと無神経な一言を言われました。

医者なんて行かない・・・・そう決めました。薬がなくなってしまってもアルコールを飲んで寝てしまえば良い。そして体を壊して娘のところに行けたら本望。
そう思うばかりです。

主人は相変わらず帰宅は午前様、最近は土曜日のみならず日曜日も仕事で自宅では声を発することがなくなりました。
月曜日会社に行って2日ぶりに声を出すといった始末。

娘を失って何もかも狂ってしまった。
だからこそ「去年の今頃は〇〇だった」「本来なら今頃〇○しているはずだった」と考えてしまいます。
時には娘には申し訳ないですが思い出す事自体が辛くなってしまう時もあり、「ごめんね。思い出したくないよ。考えたくないよ」と謝っています。

2月に初めてわかちあいに参加しました。
その日はとても勇気をいただいたのですが日がたつにつれ落ち込む事が多くなってしまいそれ以降参加を見送っています。
というか外に出る事を避けているのかもしれません。

前にも進めない、後ろにも戻れないこうやって日にちだけがたっていく・・・・そして9月去年のあの日がやってきます。

その日まで私は自分自身を保っていけるのでしょうか?正直自信がありません。
 
 
 
くんさんへ (まるあ)
2015-07-13 02:58:04
こんなことを言ってはいけないのかもしれないとも思うのですが、正直なところ、ずっと、くんさんはどうしているだろうと気になっていました。

私も、自分はなぜ生きているのだろうと不本意ながら、日々、食べたり眠ったり、無駄に生命を維持して、時間だけがすぎていきます。

同じ季節がまた巡って来るという、至極当然かつ避けようのない事実。本当にこわい。
なんとなく、それがひとつのリミットのように感じているせいもあるかもしれません。

どうやら私は、時の流れが不可逆なものであることがまだどこかわかっていないみたいで、たとえば、どこで間違えてしまったのか正解にたどりつけたら、あるいは、もっともっと、自分をもっと責めたなら、まだ間に合うんじゃないか、やり直せるのではないかという、馬鹿げたアイディアに囚われたままでいます。

馬鹿げたなんて言ってるけど、でも、本当にそうだったらどんなにいいだろう。生きていてもいい理由も、死を選んでもいい理由も、もう探さないですむのなら、どんなにいいだろう。どうしようどうしようどこで間違えてしまったんだろうと焦りながら早朝に目を覚まさなくていいなら、どんなにかいいだろう。そう思います。

わかちあいに出ると、このような感情を持て余しているのは私ひとりじゃないんだと、世の中すべてからつまはじきにされているわけじゃないんだと、安心を感じます。
でも、皆、それぞれの哀しみに苦しみに向き合っているわけで、もっと言ってしまえば、具体的な策など誰も持ち合わせていないわけで、家に帰れば、また私はひとりでこの絶望と対峙するのだと、辛い思いが増したように感じることもあります。
では、何故、まるで義務のように参加し続けているのだろうといえば、単純に、似た苦しみを抱えたひと達が、とにかく生きている、ということが、それを目のあたりにすることが、励みというか、免罪符というか、やはり何かの形で私を支えているのだろうと思います。

はじめてお会いした際にひどい顔色でいらした方が、次にお会いした際にはすこし穏やかそうになっていたり、かと思うと、その次はまた調子が悪そうにしていたりして、ああ、浮き沈みがあるのも皆同じなんだな、と思ったり。それぞれの場所で共に歩んでいる感じというか、そういう形で時間の経過を感じるのは、季節が残酷に巡り来るのとは違って、なんとなく歓迎できるような気がしています。

くんさんの近況、伺えてうれしいです。
確かに外出自体、辛いですよね。週末は殊更。

今度、お会いすることがあったなら、お話なさっている最中にちょっと取り乱しすぎなレベルで泣いてしまったこと、謝りたいなと思っていました。

その日の自分の状態とか、お話なさってる方の世代や性別とかもあるかもしれないし、自責の念とかなのか何の都合なのかよくわからないんだけど、勝手なシンパシーを感じてやたらと泣いてしまうこと、たまにあるんです。
 
 
 
まるあさんへ (くん)
2015-07-14 10:27:44
まるあさんへ

こんな私の事を気にかけていただきありがとうございます。また、コメントまでいただき感謝致します。

私も時の流れが不可逆なものであることがわかってはいるようなわかっていないような感じです。まるあさんと同じように”やり直せるのでは”そのためにはどうしたらいいのか?などと考えます。で、ふとこれは希望的観測なんだよな・・・と我に返る自分がいます。

はじめてわかちあいに参加した時に皆さんいろんな思いを胸に苦しみ、悲しんでいらっしゃるお姿を拝見して悲しみの度合い、形、意味はそれぞれ違えど私だけではないんだと励まされた気分でした。その後何が理由なのか自分でも理解できていないのですが、翌々日から極度の絶望感に苛まれてしまって・・・それが怖くてわかちあいの参加を見合わせているような気がします。

それでも参加した時のなんとも言えない安心感が忘れられなくて見合わせてはいるもののわかちあい開催日にはずっと気にしています。渋谷に行くとお若い女の子をみかけてしまい、辛いというのもあるかもしれません。

「謝りたい」なんてとんでもありません。お気になさらず。今の私には泣かれたほうが安心します(へんな意味ではないのですが、不快に思われたらごめんなさい。)泣かれた理由がなんであれ私以外にも泣いている方がいるんだっていう気持ちになります。ある意味一緒に泣いているようにも思われてしかたがないのです。なので私にいたっては全然気になりませんので。

ごめんなさい、取り留めの無い事ばかり書いてますね。

わかちあい・・・・参加できるようになればいいなぁと思っています
 
 
 
再びくんさんへ (まるあ)
2015-07-16 03:31:08
ご気分害されたりなさらなかったなら、本当によかった。

くんさんは、またお会い出来たら、と勝手に励みに思っている方のひとりなので。

でも、無理なさらないでも、辛いときは、ここでどなたかと言葉を交わすだけでも心は寄り添えているとも思います。きっと、思っているよりたくさんの方と。

私も、今回は、くんさんとお話ししたい一心で、えいっ!とがんばって苦手なコメントを残してみましたが(すごく緊張しました!)いつもは基本的に黙ったまま、この欄を読んで、皆さんの思いをシェアさせていただいてます。そういう方も、それなりにいらっしゃるんじゃないかな、と思います。

あ、ついでなのでこの場をお借りして

勇気を持ってコメントされてらっしゃる方と、このような場所を設けてくださっているスタッフの方々のご尽力には本当に本当に本当に感謝しています。

ちなみに、渋谷の駅から会場までの道程は、それほど特別に子供たちであふれてるというわけではないみたいな気がします。たぶん、普通の街と同じくらい?ただ、お使いの沿線というか駅から出る場所によってはやっぱり駅周辺と、駅の中とか渋谷に向かうまでの道中に関してはもうどうにも。。って感じなのは、もうどうしようもないですもんね。

というより、これから夏休みでもあるわけですよね。。
お辛いでしょうけど、なんとかやり過ごしてほしいです。
 
 
 
まるあさんへ (くん)
2015-07-17 09:49:05
まるあさんへ

こんな私にコメントをしてくださり本当に感謝致します。

一昨日娘の同級生のお母様がいらっしゃって、その時はたわいもない話をして過ごせたのですが、昨日は急に気持ちの落ち込みが激しくて会社を休みました。

どうにも私は「話をする」と落ち込みが激しくなるのか?なんて考えてしまいました。


ここにおじゃまをして皆さんのお気持ち、思いを読ませていただいて自分の気持ちを落ち着かせている事に、この場を設けていただいていること、コメントをいただける事に本当に感謝するばかりです。

ここ2,3カ月は気持ち的に辛いのは覚悟しています。
なんとか乗りけれるように頑張れればいいなぁ・・・・・

これから暑くなりますね、まるあさんもお体には十分きをつけて下さいね
 
 
 
更に再び くんさんへ (まるあ)
2015-07-18 03:34:22
話すとか、言語化のプロセスで落ち込むのって、すごくわかります。

私も、取り繕って適当に喋ってると、自分が誰だかわからなくなってきて混乱したり、逆に、何か切実で決定的なことを話すっていうのも、後で自分の言葉にものすごくダメージくらったりします。(前頭野に整理された情報にもう一度大脳が驚いちゃうってないのかしら、とか思っちゃいます)

お構いなしに感情的になっちゃうタイプの私ですらそうなんだから、くんさんのように気丈に振る舞えてしっかりしてらっしゃる方は、会話ってものすごく消耗してしまうのかもしれませんね。

お気遣いありがとうございます。実は、暑さには、もう既にやられちゃったっていうか、今年はどの部屋の冷房を使えばいいんだろうと悩みはじめたら億劫になってしまって、我慢大会並みに暑いまま過ごしてて、日に日に重くなる頭痛も、他に心当たりがあったのでなんだか気づくのが遅れてしまって、気がついたら見事な熱中症になっていました。

でもやっぱり、氷枕したり、ビタミンミネラルの摂取に努めたり、グラグラフラフラしながらまだ生命の維持を優先している自分には本当に苦笑いです。
このまま死んだ場合、これはただのアクシデントだったってわかってもらえないかもとか思ってちょっと必死だったところがまたおかしいっていうか。

やはり気持ちが弱っているときは、思わぬ病気や怪我に見舞われたりしますね。
私も遅ればせながらこれから気をつけますが、くんさんも、働きすぎの旦那さんも、体調管理、できるだけ大事になさってください。

私にとって、あの時点で違う選択をしていたならと後悔ばかりの日々が、ちょうど去年の今頃から始まっていて、ひとつのパッケージのようになっています。逃げ出せるものなら逃げ出してしまいたい気持ちでいっぱいですが、既に、もうやめてくれっていうほど丁寧に、去年のことを反芻している自分がいます。

心細いですが、なんとか耐えようと思っています。今のところ。

お互い、なんとかやり過ごしましょう。
 
 
 
1周忌 (匿名)
2015-07-18 19:38:33
 あと1ケ月で、次男の1周忌を迎える。四十九日は2回目の葬儀のようだった。1周忌は3回目の葬儀を迎えるようで、辛い。
 気持ちはどうにか、平静を保てるようになり、どっかでけじめをつけようと、納骨をすると親族に言ったものの、本音はどうしようか、いまだに悩んでる。夫はいないし、長男は「おかあさんのすきにしたらいいよ」というし。
 遺骨ペンダントというものを通販で買った。なにも気づいてあげられなかったから、自分を戒めるためと慰めるため。寂しかったり悲しかったりしたとき、ペンダントをさすると、不思議に心が落ち着き、そこに次男がいるような気になる。只、このことは誰にもひ秘密にしている。
 

 
 
 
 
匿名様 (小夜)
2015-07-29 07:37:12
匿名様
みずべの集いの自由帳においで下さりありがとうございます。
スタッフの小夜と申します。
息子を亡くして長い月日が過ぎました。

ペンダントを触られるとお気持ちが落ちつかれるのですね。すぐそばに息子さんがおられるような安心感が湧いてくるのですね。良かったですね。大事な大事なペンダントですね。

私も息子が愛用していた指輪をペンダントにして長い間、身に着けていました。
匿名様と同じく辛くなるといつもさわっていましたが、
やはり、不思議に気持ちが落ち着きました。
あまりに触りすぎて、ある時鎖がきれてしまいましたが、
私の苦悩を慰めてくれた大切なペンダントでした。

1周忌が近づくと、1年前のそのころを思い出して、苦しくなってきますね。
暑い日が続きますので、くれぐれも体調崩されませんように。ご自愛ください。

またいつでも、ここにおいでくださいね。
お待ちしています。

 
 
 
Unknown (いこ)
2015-08-10 13:14:41
去年の10月に彼を亡くしました。
正式に「遺族」というわけではないのですが、7年付き合っており、口約束ですが結婚しようと言っていました。

今思えばいけない事なのですが、彼に頼りっきりの私で、いなくなってしまってから本当にどう生きていけばいいのかわからなくなりとてもつらいです。
また、周りが結婚妊娠ラッシュの時期で幸せオーラがむんむんで耐えられません…。

私は姉がいるのですが、彼が亡くなってから半年もしないうちに妊娠した、結婚する。などと出来婚が決まり、なんで妹が大変なこのタイミングに…と怒りが止まりません。

彼の友人と会っていても自分の彼氏の話などを普通にしてきて精神的に耐えられません…。


わかちあいの会に参加したいと思うのですが、なかなか勇気が出ずにもだもだとしています。何か変わるのなら行きたいと思うのですが。
 
 
 
いこさんへ (しんじ)
2015-08-11 23:43:04
初めまして、私は6年前に妻を亡くしました、しんじと申します。

生涯を共に生きて行くと思っていた大切な人が突然亡くなってしまうと、これからどう生きて行けばいいのか途方に暮れてしまいますね。

こうなって見て改めてその存在の大きさを痛感させられます。

どうぞお気持ちが向くようでしたら、みずべの集いへいらして下さい。おなじ経験をした遺族だけの「わかちあい」で、話したり聞いたりしながらの会です。気負うことなく、そのままでお越し下さい。何かありましたらまたコメントを頂ければと思います。
 
 
 
1年たって・・・ (くん)
2015-09-17 15:24:34
先々週娘の一周忌を終えました。

地獄のような1年。
あの時ああすればよかった、こうすればよかったと後悔し、自分を責め、それでも何も解決にはならないと理解し愕然とする毎日。それでも生きている自分が許せなくなります。

町を歩いていても小さい女の子を見れば「あの年頃の時は〇〇だったなぁ~」と思い、娘と同年代の女の子を見れば「今どこにいるの…」と落胆し、娘より年上の女の子を見ると「いつかはあんな感じになったのかしら」と想像してしまう。
想像すればするほど辛くなり出勤する以外はほとんど引きこもるようになりました。

そんな事ばかり考えて想像する毎日の中で、もしかしたら娘はいなくて私は空想の世界で娘と生きてきたのではないか?だからこんな想像ばかりするのか?などととんでもない事を思う時がありました。

娘のいない現実をどう歪曲して受け止めているのか?自分でもわからなくなっているようにも思えます。

月日が経てば経つほど現実と向き合う事の辛さを実感しているのかもしれません。

一休僧侶が残した「親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬ」という言葉。
「これほどめでたいことはない。親が死んだあと、次にその子供が死に、そしてその子供が(やがて老いて)死に、その後、孫が(やがて老いて)死ぬ。これが自然で、親の前に子供が死んだり、孫が死ぬことほど、悲しくて辛いことはない」と言う意味が込められた言葉。

人生いろんな時に順番が違ってしまう事があってもしかたがないと思います。でも子が親より先に逝ってしまうという番狂わせは絶対にあってはならないと実感しています。そしてそうさせてしまった自分に怒りさえ覚えます。

娘が夢に出てくるときは必ず「帰ってきたよ」と言ってくれます。私が帰ってきてほしいという願望の表れからこのような夢を見るのかもしれません。

でも帰ってきて欲しい…私の命と引き換えで良いから。
叶わぬ夢なんですよね。
 
 
 
お子さんを亡くされた方、ごめんなさい (ひかげ)
2015-11-07 15:58:34
私もえびすさんと同じです。
どこにも吐き出せない感情が渦巻いています。

半年前、28年連れ添った夫が自死しました。
結婚して少し経ってからの20年はずっとモラルハラスメントを受けていました。暴力こそ無かったものの、人間性を否定され続け、レイプまがいのセックスで妊娠して何度も中絶し、生活費もまともに渡されない日々。それでも長男の嫁としての義務だけは課せられ、夫の親戚の接待や法事、日常の家事、子育ては「嫁として当たり前」と言われる生活でした。

子供たちが自立して二人だけの生活などは想像もしたくなかったので、下の子が小学生になってすぐにフルタイムで働き始めて自立に備えてひたすら自分を抑えて生活してきました。

同居していた姑を看取り、子供たちが社会人として巣立ったとほぼ同時期に夫は会社を早期退職して「適応障害」となりました。原因は色々あったようですが、私との関係もその中の一つであったことは間違いないと思います。それからは急に私との仲を修復しようとし始め、私にも「申し訳ない事をした」と言ってみたり、それまでは「おい」としか呼ばなかった私を名前で呼んでみたり、甘えて膝に頭を乗せてみたり…

2年ほどそんな状態が続く中で、今年に入ってから「不安障害」が急激に進行し、5/10の夕方、仕事から帰った私はタオルと棒で自分の首を絞めて倒れている夫を発見したのです。

葬儀や死後の手続きを淡々とこなす中で、追い詰められていた夫を「かわいそう」と思う事はあったけれど心から悲しむことが出来なかった。むしろ「これで少し楽になる」という気持ちが湧きあがってきた。そして、そんな気持ちになる自分が冷酷な人間に思えて苦しかった。

夫は私を罰するために自殺したのかもしれないし、私を解放するためなのかもしれないし、ただ生きていることが耐えられなくなっただけなのかもしれない。

皮肉なことに、夫が生活費を渡してくれなかったことで貯まったお金と各種保険金・遺族年金のおかげで、今からはお金の心配をせずに生活出来ます。優しい末っ子と二人での生活は何の気兼ねも要りません。

正直、自分の気持ちをどこに向ければいいのか分からず迷子になっているような不思議な感じの中にいます。今でもまだ夫に対して憎んでいいのか、憐れむべきなのか、気持ちの整理がついていません。

大事なお子さんを亡くされた方々と比べてはいけないとは思いますが、ただ、苦しいのです。

 
 
 
無くなっていく遺品 (ハーベスト)
2015-11-15 17:58:09
 先日、息子が旅立つ半年前に購入して、結果、いくらも乗らずに遺していった車を知人に貸したところ、全損事故に遭遇してしまいました。          

、修理代が車両価格以上になる場合は保険金額以上は支払われないという規定から、やむなく廃車することにしました。

 またひとつ、息子の思い出の物が無くなってしまいました。

 
 
 
ひかげさんへ (しんじ)
2015-11-17 16:27:18
人生は様々、良く感じることです。
望まないのに、望んでもいないのに何故か好まない方へ行ってしまう。
それでも何とか生きている。
嘆いたり、悔んだり。

相手の痛みを感じて、と教えられますが、私は亡くなった妻の事をどれほど考えていたのだろうか、何も出来なかった自分をどう捉えればいいのか、7年目の今もただ困惑するのみです。

ひかげさん、これからも多くのことが思い浮かび、様々な想いに駆られると思いますが、そんな時はよろしければまた此処へいらして下さい。ゆっくり話しましょう。
 
 
 
息子がどこにもいません (ひろ)
2016-01-07 00:08:51
とても優しい子で本当に誰にでも優しい子です。周りの大人は誰も彼がそこまで悩んでいることに気づきませんでした。何よりも親である私達こそ気づかなければならなかったのに、何も気づかなかった。
前日に笑っておやすみと言った顔はいつも通りでした。当日に話した様子も変わりありませんでした。これからの約束もたくさんしていました。それなのに全てを置いていってしまいました。
まだまだ守られるべき子供なのに、優しい息子に甘え過ぎていたように思えます。心配して聞いても大丈夫と笑ってくれたから、それに甘えていました。
働いていたので小さな頃から鍵っ子で寂しい思いをさせました。家にいたらもっと親を頼ってくれて、こんなことにならなかったのかもしれないと後悔ばかりしています。
ああすればよかった。こうすれば結果は違っていたかもと考えます。
遺書は見つかっていないので直接的な原因ははっきりとはわかりません。でも頼れる親でさえいられたのならば、あの子が追い詰められることはなかったのではないかと思わずにはいられません。
あれから毎日、夢で会えることだけを願って眠っているけれど、夢でさえ会えない。会いたい。
でも同時に何事もなく普通に帰ってくるのではないかと気がつくと考えています。

辛くてネットで調べていたらこちらに辿り着きました。取り留めもなく、申し訳ありません。
 
 
 
ひろさんへ (ねむ)
2016-01-07 21:48:04
 
 ひろさんの息子さんもとても優しかったのですね。
8年前に逝ってしまった私の息子も優しい子でした。そして、私も気が付かなかった。本人は知られたくなかったのかもしれません。

何も言わず逝ってしまうのは、本当に悲しく寂しく辛く暗いトンネルの中にいるような気持ちだと思います。

どこにもいない、夢でも会えない、空に向かってあの子の名を叫んで答えてくれなくても・・・
もしかしたらいつか、見えなくてもあの子の存在に気付く瞬間が来るかもしれません。

こちらで少しでも気持ちを吐き出していただけたらと思います。
 
 
 
ねむさんへ (ひろ)
2016-01-09 10:14:58
コメントありがとうございます。

ねむさんのお子様も優しい子なんですね。神様の好みは優しい子なのかと思ってしまいます。

夢で会えることを願って眠り、この現実が悪夢であることを祈って朝を迎えます。けれど会えないし、悪夢は覚めません。

こちらでたくさんの方のコメント等で、同じ立場の方々が生き方を模索されているのを拝見して、言葉は悪いけれど自分達だけじゃない。他の方も耐えて踏ん張っているから頑張らなければ。と思いました。
どうして、なんで、こうすれば、が尽きる事はないけれど、いつか息子の存在を感じられるように毎日を精一杯過ごしていきたいです。
ありがとうございました。
 
 
 
Unknown (Unknown)
2016-07-28 23:50:13
暑かったりそうでもなかったり、お盆等の季節のせいか亡くなった夫の夢を頻繁に見ます。
大概、泣きながら目を覚まします。
お子様や肉親の方を亡くされた方から見たらいつまでも引きずってないで新しいパートナーを見つければいいじゃないかと思われるかもしれません。
分かち合いの会で肉親の方を亡くされた方の悲しみようをお聞きするにつけ、自分が加害者のような苦しさを感じています。
 
 
 
Unknownさんへ (しんじ)
2016-08-04 23:56:53
妻を亡くしてから随分経ちました。

どうして逝ってしまったのか、
と言う怒りと、
何故、何もできなかったのか。
その想いが今もまだ私を責めています。

生きている希望がない日々を送るのは虚無感しかありません。

二度と戻っては来ないのだと・・。
大切な人を亡くすとは計り知れないことだと突きつけられています。

何か些細なことでもいいので、
ほんの少し微笑みが感じられればいいのですが。
 
 
 
助けてください (P)
2016-09-29 16:02:25
ひろさん、ねむさん
最愛の息子を不慮の事故で亡くしました。本当にただ一生懸命生きていただけなんです。生き急いでしまったかのようです。そこまで重篤な鬱だったとは思えないのですが、事故を防げなかった事が悔やまれてなりません。苦しいです。どうやって生きていったらいいのか途方に暮れています。生きるヒントはありませんか。
 
 
 
Unknown (Unknown)
2016-10-08 05:41:49
だんだんと夜が長くなる季節になってきました。世の中が意気揚々としている春が疎ましく陽射しが燦々とする夏も辛く肌寒くなる秋は更に寂しく冬の年末年始は益々孤独が苦しい。
取り敢えず健康で生きているのに無気力で死に向かって消化試合の日々が情けなく思えます。
 
 
 
虚しいです (まる)
2016-11-04 00:05:26
弟が亡くなってもう2年になろうとしています。いまは毎日の家事や仕事を機械のようにこなし、ただ時間だけが過ぎて行きます。優しくて、いつも周りに人が集まるひまわりみたいな弟でした。死を選ばなければならない程苦しんでいたのに、私は自分のことばかりで、弟の苦しみをわかってあげられなかった。逆にもっとしっかりしなよと弟を責めていたのかもしれません。後悔ばかりです。もう弟に逢えないのだと思うと本当に寂しいです。
 
 
 
まるさんへ ()
2016-11-04 10:04:48
初めまして。私は、8年前、兄を亡くした者です。私も、虚しい日々が、最近は強くでています。年数が経つにつれ、少しは落ちついてきていましたが、今年は、遺族としての波が大いです。久しぶりに、このブログを見ましたら、同じ立場のまるさんのコメントがあり、返信コメントをしたくなりました。
 
 
 
愛さんへ (まる)
2016-11-04 23:18:31
コメントありがとうございます。ここ最近もやもやしていたので、書き込みをしてしまいました。お返事をいただいて、一人ではないんだなと心が暖かくなりました。お兄様が亡くなられて8年なのですね。8年という月日の重さを考えてしまいました。悲しみの波が大きくなったり、穏やかになったりということを繰り返していくのでしょうか。そんな悲しみの波とうまく付き合っていくしかないのでしょうね。
 
 
 
まるさんへ ()
2016-11-05 16:33:33
こちらの方こそ、心強い想いを感じました。ありがとうございました。正直、2年の方に、8年の私の想いを伝えて、この先も辛い想いが続くんだというように強く思われたらどうしようと考えながらコメントを躊躇した時間もありましたが、やはり、コメントしたいと思い書きました。

そうですね。遺族独特の波と、どう付き合うか、向き合うか考えますね。年数が経つにつれ、遺族として、自分なりの付き合いかたや向き合いかたが変化した時にこそ、遺族としての感情が、より大切になってくると今は、感じています。
 
 
 
愛さんへ (まる)
2016-11-07 20:49:19
私よりも少しだけ先に前を歩いている方々の言葉はとても心に響きます。悲しみがなくなることはないでしょうから、苦しいですが自分なりの付き合い方や向き合い方をしていこうと思います。コメント本当にありがとうございました。
 
 
 
まるさんへ ()
2016-11-11 16:09:52
私の方こそ、まるさんのやり取りで、大切な事を再度、考える機会になりました。ありがとうございました。毎日ではありませんが、時々、ふと、この掲示板にくる事があるので、次に、まるさんの書き込みがあれば、読みますので。
 
 
 
まるさんへ (まり)
2016-11-14 17:02:36
私は弟をなくしてもうすぐ20年です。
いろんな感情の波がありましたが、それでも平凡に過ごしてきたと思います。この20年、弟のことを思うと悲しみがなくなることはありませんが、普段の生活は普通にできるようになりました。
十分幸せです。
ただ自分でも不思議なのですが、なぜか自分の周りの大切な人ももしかしたら旅立ってしまうのではないかという恐怖が常にあります。
特に家でひとり家族を待つときや家族が疲れた顔をしているとき、遠く離れていて電話でしか話せないとき・・・激しく不安になります。
時がたつにつれて悲しみは和らいで普通に暮らしていますが、最近弟のことを思い出させる状況になり、遺族としての感情が再び出てきてつらく苦しくなりこの掲示板を読ませていただきました。

あのときの後悔はいまでもあります。
 
 
 
Unknown (Unknown)
2016-11-14 21:00:07
助けてください。狂いそうです。寂しい。虚しい。時間を戻して!あの子にもう会えないなんて信じられない!助けて!
 
 
 
11月14日のUnknownさんへ (菜の花)
2016-11-15 16:30:51
こんにちは。Unknownさんの苦しみの声に接して、ネット上で何もできない自分に無力感を感じています。
私のひとり息子は7年前に自死で亡くなりました。Unknownさんと同様に「気が狂ってしまうのではないか」「信じられない」という思い、「誰か助けて!」という心の叫びは、今も生々しく記憶に刻まれています。文字どおり地獄の底を這いずり回っているような苦しさでした。この自由帳にも、随分お世話になりました。

今も息子を思って涙しない日はありませんし、いつも大きな寂しさを抱えています。それでも、振り返れば、激しい苦しみにあえいでいた当時の自分とは違う部分もあるのです。

自死遺族でも、それまでの生活が一人ひとり異なるように、「その後」の道もそれぞれです。答えもマニュアルも地図もない道を、自分で手探りで切り開いて少しずつ進んでいくしかないように、今の私は感じています。

時間を戻すことはできないし、あなたの苦しみを代わりに背負うことはできないけれど、共通の苦しみを背負って生きている自死遺族として、あなたに少しでも安らぎの時間があるように祈っています。何も助けにならなくてごめんなさい。

それから、ひとつお願いがあります。最近はUnknownと表示される無記名の書き込みが幾つかあり、それがあなたなのか別の方なのか判断できず、混同や取り違えを生みそうで少し心配です。何でも結構ですから、次の機会には、できればご自身を識別できるハンドルネームを名前欄に入れてくださいませんか。どうかよろしくお願いします。
 
 
 
まりさんへ (まる)
2016-11-15 20:25:59
コメントありがとうございます。弟さんが亡くなられて20年ですか。とても長い月日ですね。私も悲しみとともに月日が流れていくのだと思います。どんなに後悔しても弟が帰ってくることはないのですが、何もしてあげられなかったことを悔しく、悲しく思います。
私も家族が電話に出なかったり、帰りが予定より遅い時などふとしたことで、何かあったのかととても不安な気持ちになります。弟が亡くなるまでは考えもしなかったことです。まりさんも同じなのですね。ありがとうございます。
 
 
 
マンションの総会があります (ゆうこ)
2016-11-17 22:43:03
今年の春先、息子がマンションの共有部分に転落死してしまいました。理事会では穏便に済ませて下さったし、その後も住人の方々と顔を合わせても特に以前と変わる事なく会釈する程度で済んでいましたが、来週年に一度の総会があります。細かいことにも目くじらを立てるご夫妻がいて、普段顔を合わせる事はない方々ですが、総会には必ず出席していろいろ文句を言っていたので、息子の件を放っておくとは思えません。こわくて委任状を出して出ないつもりですが、こういう時の対応はどうしたらよいのでしょうか?弁護士さんを紹介して頂けたりしますか?まだ今のところ動きはないのでとりあえず放っておいて大丈夫と思いますか?
 
 
 
ゆうこさんへ (スッタフ ヤマグチ )
2016-11-18 23:41:38
ゆうこさん、辛い中予期せぬことで心配なされて落ち着かない日々を過ごされていると思います。
理事会の対応は幸いでしたね。
これから何か請求されたりの心配と考えますが、すぐには返答はせずに相手の要望を聞くだけにして「後日に返答します」とだけ答えて下さい。

弁護士等、法律専門家に繋げることは出来ますので、下記にメールを下されば返信致します。

mizubenotudoi@gmail.com
 
 
 
スタッフヤマグチさま (ゆうこ)
2016-11-19 13:40:54
わかりました。どうもありがとうございます。この件を知らない住人の方もいると思うので、おおっぴらにせずそっとしておいて欲しいと願うばかりです。本当に息子が亡くなってから心の休まる時がひと時もありません。参りました。
家族4人一生懸命生きてきただけなのに何故こんな事になってしまったのか、虚しいです。
 
 
 
ねむさんとひろさんへ (ゆうこ)
2016-11-19 14:41:15
おふたりの投稿を読んでまるで自分の事のように思いました。同じです。まるで同じ気持ち。でもまだ認めたくないんです。息子は自死なんかじゃなかった。自分から死んでしまうなんてそんな事あり得ない。信じたくないんです。夫は自死ではない、事故だったんだ、と言うので、私もそれ以上原因について夫婦で話したりする事はなくなりました。
これからどうやって生きていったらいいのか途方にくれ今日も辛い1日を過ごしています。
 
 
 
Unknown (Unknown)
2016-11-19 19:26:13
だめだ、助けて、誰にも言えない、辛過ぎる、助けて、助けて
 
 
 
みなさんはどうやって毎日を生きているのですか (かあさん)
2016-11-21 14:50:02
こんにちは、こちらのブログを時々拝見させて頂いています。息子を失ってから8か月程になります。全く予期せぬ事でしたので、当初は何が起こったのか理解できず雷に打たれたように放心状態で、その後、徐々に現実味を帯びるに従って半狂乱の日々を過ごし、会社を休職し心療内科に通い、本当に少しずつですが、正気を取り戻しつつある感じです。それでも毎日が生き地獄な事は変わらず、また元々鬱とは無縁の明るい私でしたのが、今や暗闇と1人で過ごす事と将来を考える事がとても恐ろしく、時々とても「こわい!」と思う発作に襲われます。大好きな大切な息子にもう2度と会えないという深過ぎる哀しみに加え、PTSDのような症状やパニックなどが起きてしまうようになりました。本当にこの先あと何十年もこれを続けていくのかと思うと自信がありません。苦しくて死んでしまいたくなります。何かアドバイスをお願い致します。
 
 
 
途方に暮れています (えみこ)
2016-11-24 23:11:50
誰に言ってもどうしようもない。掛ける言葉がないとか、何もできなくてごめんね、と言われたり。身内も辛過ぎてもうメールしてくれるなと。家族も聞こえないように二階に行って泣いてくれと。こんなに苦しいのにどうしろというのですか?この先死ぬまでずっと、この地獄の苦しみの中にいなければいけないなんて、残酷過ぎます。どのくらいの年月が経てば少しは苦しくなくなるのですか。息子が亡くなって8ヶ月ですが、悲しみや虚しさは増すばかりです。本当に生き地獄とはこの事だと思います。
 
 
 
えみこさん、かあさんさん、絵里子さんへ (菜の花)
2016-11-25 21:36:36
こんばんは。身の置きどころのない辛いお気持ちを、お察しします。本当に本当に辛いですよね。私を含め、自死遺族の多くがあなたと同様の「生き地獄」に投げ込まれ、必死で生きています。
あなたの苦しさは同じ経験をした方の多くが直面している感情で、このような事態において決して異常な感情ではないと思います。こんなことがあって、泣き叫ばずにいられるでしょうか。我が子を愛するがゆえの自然な感情であり、深い悲しみなのです。親しい人でも、経験していないこの悲しみを心から理解することは難しいことですね。

私も当初は、壁を叩いて吠えるように号泣する夜が続きました。自分がバラバラになってしまいそうで、自分が何をするかわからず、自分自身でも恐かったです。夫に見られないように、買い物に行くふりをして夜道を歩きながら泣きました。

でも、この激しい苦しみが一生続くことは、決してありません。人の気持ちは、時の流れと共に否応なしに変わっていきます。時間は前にしか流れません。
「どのくらいの歳月が経てば?」というお尋ねですが、あまりにも少しずつの変化なので、自分でも気づかないほどです。ある日、ぱっと苦しみが減るものではなく、黒が白になるのでもなく、ふと振り返ってはじめて自分の心の変化に気づくかもしれません。

私自身は、遺族の方と会ったり分かち合いに出たりすると、ガス抜き、息継ぎ、休憩のような感じで、すっと気持ちが軽くなります。その後、悲しみが再び蓄積して苦しくなるのですが、「〇〇日には遺族の方と会える」とカレンダーに印をして、その日を目指して歩き続ける、ということを繰り返してきました。
行きつ戻りつ、浮き沈みを繰り返しながら、激流のような悲しみが少しずつ穏やかに沈殿しつつあります。悲しみの地雷は日常生活のあちこちにあって、そのたびに悲しみのさざ波や大波に翻弄されます。それでも、直後のような暴風雨ではありません。4年目に写真教室に入り、遠出して写真を撮るようになったことは、ひとつの転機と言えるかもしれません。

先が見えない時は、ただ足元だけをしっかり見て、今日一日をなんとかしのいでください。年末年始がお辛いのも、本当によくわかります。

きっと、あなただけではなく、ご主人は父親として、御兄弟は兄弟として、深い悲しみに耐えておられることでしょう。あなたに、そして亡くなられたご長男と同じように大切なご家族に、少しでも穏やかな時間がありますように。

(ハンドルネームは統一していただけると助かります。名前がたびたび変わると、読み手は混乱してしまいますので、どうぞよろしくお願いします。もし別々の方でしたら、失礼をお許しください)。

 
 
 
菜の花さま (かあさん)
2016-11-26 10:00:42
気持ちをわかってくださってありがとうございます。あまりに辛く、月日が経っても却って現実味を帯びて来て頭がおかしくなる時があります。自分でなくとも誰しもこんな状況に置かれたらおかしくなって当然だろうとは思うのですが、なんとか這い上がりたい気持ちもあります。遺された家族が不幸になったら息子は家族を不幸にするために産まれてきたようになってしまう。息子の人生はそんなものではなかったはず。ただ親の、私のせいで道半ばで短い人生を終わらせら事になってしまった。それが申し訳なく可哀想で無念で辛くて、どうやっても納得できず、苦しんでいます。また、時々書いてしまうかも知れません。本当に吐き出す場所がなく。でも吐き出してすっきりするものでもないのかも?とまたわけがわからなくなりました。
メッセージありがとうございました。
 
 
 
かあさんさんへ (菜の花)
2016-11-26 16:19:20
こちらこそ、私のつたない書き込みを読んでくださってありがとうございます。

「私のせいで」というお気持ちもよくわかります。私自身、息子を助けられなかった自分の愚かさを、今も許すことはできません。息子には手をついて詫びたいのに、その息子はもういません。本当に息子が不憫でたまらず、今も自分を張り倒したいほどの悔いを抱えています。

ただ、「その後」の自分の世間への不義理な行動や引きこもり、現実逃避の数々は、自分を許してやりたいと思っています。凡人の自分が歯をくいしばって必死に耐えて生きてきたことは、「よく頑張ってきたね」と言ってやりたい気持ちもあるのです。

最初の年は「今夜こそ自分の心臓が止まりますように、明日の朝が来ませんように」とすがる思いで毎晩祈っていました。本当に辛かったです。その自分がその後7年も生き続ける力があるとは、当時は想像もつかないことでした。

かあさんさんも、ご自身が置かれている厳しい状況の中で全力を振り絞り、ベストを尽くして耐えておられることでしょう。スポーツを再開されたり、お仕事を始められたことも、とても勇気のいることだったとお察しします。

苦しみを吐き出しても現実を変えることはできません。でも、もう取返しがつかないからこそ、現実を変えられないからこそ、重荷を下ろして一時的にほっとできる時間はとても貴重なのだと知りました。どうぞ、いつでも書き込みをなさってくださいね。そして、かあさんさんに合った「息継ぎができる」場所や機会が、少しずつ広がりますようお祈りしています。

師走に向かい世間が騒がしくなりますが、どうぞくれぐれもご自愛ください。
 
 
 
菜の花さま (かあさん)
2016-11-26 20:33:03
今でもやっぱり信じられません。
天国から地獄にいきなり引き摺り込まれたようです。
息子も何故亡くなってしまったのか今頃絶対後悔していると思うのです。
1つ1つはちょっとした偶然がいくつも重なってしまった事による事故のようなものだったと思うのです。悔やまれてなりません。
ごめんなさい、何度書いても愚痴にしかなりません。少しは前向きになれる事でも見つかればいいのですが、今の私には息子には申し訳ないのですが、思い出さない時が1番普通にしていられるという情けなさなのです。
母親失格です。
ずっと20年間、2人の子育てをしながら仕事も趣味も充実させて周りから凄いねと言われいい気になっていた自分が恥ずかしくてたまりません。
何もできなくても我が子の命を守れさえすればよかったのに、自分のやりたいことを欲張ってやり過ぎていたのだと思います。本当に愚かな母親でした。
せめて同じ過ちを2度と繰り返さないよう次男の命だけはなんとしても守りたいのですが、私の精神状態がこんなで、子育てをする自信もなくしていて心配です。
本当に不安です。
 
 
 
息をするのも苦しい、胸が痛い (かあさん)
2016-11-26 22:01:39
困ったものです。早く認知症になってすべて忘れてしまえたらどんなに楽かと思ってしまうほど。とても後ろ向きな発言ばかりで恐縮です。元は明るい性格で鬱とは無縁のわたしでしたが、今はこれは悲嘆なのか鬱なのか、わかりませんが、心療内科で薬を貰っている身です。
年の割にはアンチエイジングにも気を遣い若く見られる方で、息子も「友達が母さんのこと美人だね!って言ってたよ」と、よく誇らしげに言ってくれてたものでした。それが今や見る影もなく老け込んで、何より酷い表情をしています。
どうでもよくなってしまうとこんなにも変わるんですね… 実際おしゃれなんてものはまったくどうでもよくなってしまいました。息子に会いたい。帰ってきて欲しい。今まで自分の努力でどうにもならない事などなかったのに、こればかりはどんなに泣いてもお願いしても叶いません。残酷過ぎる。それでもあと何十年も生きろとはあまりにむごい運命です…
耐えられるのか、こんな人間のできていない、わがままで弱い自分に…
また愚痴ってしまいました。
ネガティヴな事を言わないように、かつてはしていましたが、この状況ではポジティブな事が何1つ思い浮かびません…
辛い…毎日がつらい、ただそれだけです。ごめんなさい。
 
 
 
身内とぎくしゃくしてしまう (かあさん)
2016-11-28 00:55:13
母や姉とも変な感じになってしまうし、1番協力し合わなければならない夫ともぎくしゃくしており、とても孤独だし不安です。自分の精神状態が不安定なのにこれではきついです。次男への影響も心配なので、しっかりしなければとは思うのですが、とても難しいです。悲しみの地雷が多過ぎます。何を見てもどこへ行っても楽しかった頃の思い出に溢れていてそれが何故こんな事になってしまったのかそのギャップでおかしくなってしまうのです。外では平静を装い明るく振舞っていますが、家では無理なのです。夫は外でできるなら家でもできるだろうと言うのですが、家だと無理なのです。そういうものではないのでしょうか。
 
 
 
かあさん様へ (菜の花)
2016-11-28 11:44:48
かあさん様、こんにちは。大切な家族を亡くした悲しみに加えて、周囲との関係の悩みも辛いものですね。

私も随分と悩みました。息子が亡くなった直後は、周囲も「こんな時こそ、夫婦で助け合って」と言うし、夫婦なんだから当然わかり合えるだろうと思っていましたが、違いました。夫と慰めあうどころか、夫との気持ちのギャップに愕然としたり、夫の無神経さに爆発したり、「同じ親なのに、なぜ?」という思いでした。

涙をこらえて台所仕事をする私の背後で、テレビを見て大声で笑っている夫。例年のように正月番組を平気で見ている夫。長年連れ添った夫婦なのに、信じがたい思いでした。

でも、今振り返ってみれば、「夫も私と同様に半狂乱だったら、ふたりで共倒れになっていただろう」と思います。夫は夫で、会社では何事もなかったかのようにふるまい、笑顔でお客さんを接待し、本当に辛かっただろうと思います。その辛さをひとことも口にしなかったのは、夫なりの私へのいたわりであったことを、今になって気づきました。7年過ぎて、ようやく少しずつ夫への感謝の気持ちが生まれてきました。

私も、実家の親兄弟を含め、親戚とは絶縁状態です。どん底であえいでいた頃に、身内からの心ないことばに崖っぷちまで追い詰められました。自分を守るために、そうした人たちを遠ざけるしかありませんでした。
もちろん、絶縁をおすすめするわけではないのです。周囲とも折り合っていけることがベストですが、一時的にしがらみや義理から逃げて避難することで、自分の心を守ることができる場合もあります。「あの時はそうするしかなかった」ということが数多くあります。

かあさん様は、外では心の悲しみにふたをして明るく装っておられるからこそ、ご自宅ではその疲れがどっと出ておられるのしょう。悲しみを隠して明るく振る舞うことは、本当にエネルギーを消耗しますね。悲しみが爆発してしまうのも、避けられないことでしょう。

一方で、ご主人様のおことばは、大切な奥様の悲嘆を目の当たりにすることが辛くてたまらない、といういたたまれないお気持ちから、ふとこぼれてしまったものではないでしょうか。

できれば、誰もいない時間と場所を選んで、ご家族にも気をつかわずに思いっきり泣き尽くすことができると、お互いのストレスが軽減できるかもしれませんね。

また、私自身は、自分の思いを日記のように書き連ねたり、わかち合いなどで交流が生まれた自死遺族の友人とお話ししたりすることで、苦しみをしのいできました。今も、夫とは息子の自死については話すことはありません。あまりにも辛すぎて、逆に傷つけあってしまいそうなのです。
ご家庭の事情はそれぞれ違うので、自分自身の限られた経験からしか推察できなくてすみません。




 
 
 
菜の花さま (かあさん)
2016-11-28 17:52:53
わかって頂きありがとうございます。
夫に関しては私も感謝もあります。両親とも半狂乱では次男までおかしくなってしまいます。菜の花さまのご主人さまも同じだと思います。よく耐えて泣き言も言わず、長男が亡くなった事を皆知っているのに、生活のために辛くても会社に行き仕事をし… 私には無理でした。会社はまだ休職中で、別のこの事を全く知らない小さな事務所でお手伝いをしているのです。事情を知っている人たちと仕事をする事はどうしてもできなくて…。天職と思って30年近く勤めた会社でしたが、このまま辞めることになると思います。あまり言うと長男がとてつもない親不孝になってしまうので、言えませんが、本当に何故こんな事をしたのか、本人に聞きたい… 気づいてあげられなかった親が悪いにしても、死ぬほど悩んでいたとはわからなかった。それなら一言助けを求めて欲しかった。それとも助けを求められないほど私は母親として信頼されていなかったのか、最後の砦になれないような冷たい存在だったのか?亡くなる直前まで模範的ないい子だっただけに、まったくノーマークでした。いい子過ぎたのがいけなかったなんて、そんな…!
あんまりです。ああ、毎日同じことの繰り返しです。すみません。また書かせてください。
 
 
 
かあさん様へ (菜の花)
2016-11-29 14:56:58
かあさん様へ
長く続けてこられたお仕事をお休みされたことも、お辛いことでしょうね。でも、そのままお仕事を続ける辛さを思うと、休職されたのはやむを得ないことですね。私も、在宅で長く続けてきた仕事を辞めました。納期の厳しい仕事でしたので、自分の精神状態ではとても責任を持って続けることはできませんでした。

亡くなられたご長男は、とても良い息子さんだったのですね。なぜ、どうして、と問いたくても、相手にはもう届かない、本当に辛いことです。

私の息子も、人並みの愛情のある環境で成長し、人並みの幸せな人生を歩んでくれるはずでした。まさか、こんな短い人生になるとは、こんな過酷な最期を遂げるとは、思いもよらないことでした。

親だからこそ見えなかったこと、親だからこそできなかったことも、あるのかもしれません。それでもやはり、自分の命と引き換えても我が子を助けたかった、と思わずにはいられません。

私自身は深い悲しみを背負って生きる人生となりましたが、「今の我が子は、苦しみも悲しみもない世界にいる」と思うことが、唯一の慰めです。

先の不安は限りなくおありでしょうが、今は答えが見つからなくても、積み重ねていく日々の中で少しずつ見えてくることも楽になってくることも、確かにあります。どうぞ今日一日を、少しでもご家族と穏やかにお過ごしになれますように。

 
 
 
心療内科とどうやって前を向くかについて (かあさん)
2017-01-19 20:52:51
大学生の長男を亡くしたのが昨年の3月でした。あまりに予期せぬ突然の衝撃で、わけがわからないまま辛い日々を過ごしてきました。直後にどうしようもなくて会社の医務室から紹介された会社のそばの心療内科に通っていましたが、当初から先生と合わず、また電車に乗って会社の近くに行くことも苦痛でした。でも他を探す気力もないし診断書もそこで出してもらい休職しているので仕方なくそこへ通っていました。でも今年に入りやはり他を当たってみようかなという気持ちになり家に比較的近い心療内科を受診する事にしました。自分は果たして精神病患者なのか最愛の我が子を亡くして激しく悲観にくれている正常な人間なのか、よくわかりません。ただできるなら薬漬けにならず仕事やまともな日常生活を送れるようになりたいです。ちなみに私は長男を亡くすまでは心身ともに健全そのもの、息子2人育てながら仕事もバリバリこなしマラソンなどのスポーツも楽しみ鬱とは無縁のハッピーライフを送っておりました。突然天国から地獄に突き落とされたように人生が一変したのです。
どうやって前を向くかを模索中です。
心療内科や投薬その他について何かアドバイスありましたら何卒お願い致します。
 
 
 
かあさん様へ (菜の花)
2017-01-24 01:11:42
かあさん様、こんにちは。年末年始の辛さがつのる時期をいかがお過ごしかと遠方から案じておりました。

私自身は、心療内科に通院したことはありません。でも、私が知る限り、通院や服薬の経験がある自死遺族の方は珍しくないようで、むしろ、私のような人間は少数のように思います。

当初、私自身も体重が10キロ減少し、げっそりした顔にくぼんだ目だけがギラギラしていました。「自分が何をするかわからない」「自分は気が狂ってしまったのか」という恐怖感もありました。以前とは全く違う自分、全く違う人生が、恐くてしかたありませんでした。かあさん様とおなじく、突然、生き地獄に投げ込まれたようでした。

受診を視野に入れて、自分が通えそうなクリニックをリストアップしたのですが、結局、身内の事情から通院に踏み切ることができませんでした。

一方で、息子が亡くなって2か月を過ぎた頃、はじめて自死遺族の分かち合いの場に参加しました。そして、私の心の痛みをやわらげてくれるのは、分かち合いの場や遺族の方々との絆であることを、はっきりと実感しました。

その後は、分かち合いに参加することが、私の苦しい日々の支えとなりました。それまでは投げやりな生活を送っていましたが、体調が良くなければ分かち合いには参加できないので、その日を目指して体調や食事に気を配るようになりました。

もちろん、これはあくまでも私個人の経験なので、同じ自死遺族でも、一人ひとり「その後」の経緯は異なることでしょう。これは私のごく限られた経験に過ぎませんから、「こういう人もいるんだ」というぐらいの感じで読み流してくださいね。

心療内科や投薬についても、自死遺族が100人いれば100とおりのケースがあります。かあさん様にとっては何がベストか、それがいちばん大切なことですが、素人が生半可な聞きかじりの知識や不確実な情報をお知らせしては、逆にかあさん様にご迷惑をおかけしてしまいますから、医療については何もアドバイスできなくてごめんなさい。

別の心療内科を受診なさるとのことですので、どうか信頼できる医師との良き出会いがありますよう、お祈りしています。どうかくれぐれもお大事になさってくださいね。
 
 
 
Unknown (りく)
2017-01-24 16:43:50
また来てしまいました。。

いつもは上手に忘れていれてるはずなのに、命日が近づいてくると思い出します。命日と、亡くなった時間までのカウントダウンが始まってつらいです。

あの時、どんなことをしていたかな?どんな気持ちでいたのかな?と兄のことを思います。これはもうきっとずっと続いていくことなのだなと悟り、激しい悲しみよりは今は静かな悲しみが続いています。

あれから四年。

まだまだですね。
 
 
 
りくさんへ (しんじ)
2017-01-27 23:02:03
もう4年なのか、まだ4年なのか・・

様々な思い出や出来事、そして、一緒に過ごした時間を数えきれない程繰り返し思い出しますね。

大事な人を亡くした想いは、その人がまだ自身の胸の中に存在して居るのではと思うことがあります。

消し去ることでは無く共に歩んで行ければいいなと感じています。
 
 
 
苦しくなるとこちらに来ます。 (千春)
2017-02-15 01:41:36
苦しくて、辛くて、胸が張り裂けそうな毎日に疲れ果てました。
あの子が居ない世界から逃げ出したい。
あの子は逝ってしまったのに私は生きてる。
なんでだろう。
訳がわからない。
頭を掻き毟り、心臓がバクバク、ジュワーと胸が熱くなり爆発しそうです。
どうしていいのかわからない感情になると、
こちらに来てお一人お一人のコメントを何度も読ませて頂くと心が穏やかになれます。
誰かが誰かに寄り添って思いやる言葉を
自分にかけてくださっているように感じています。
皆様には心より感謝申し上げます。
あの子の死を知っている人に会うと苦しくなります。
中学の部活の連絡網で回されたと知らされて驚愕しました。
どうして知らないフリをしてくれないの?
どうしてそっとしておいてくれないの?
お願いだからヅカヅカ入りこまないで、
 
 
 
千春さんへ (菜の花)
2017-02-15 13:14:15
千春さん、こんにちは。
驚き、苦しみ、悲しみ、怒り・・・いろいろな感情で爆発しそうなお気持ちをお察しします。御家族にとっては、本当にあり得ない、受け入れがたい過酷な現実です。疲れ果てる・・・本当にそうです。逃げ場のない一日をやり過ごすだけで精いっぱいです。

それなのに、中学時代の部活の連絡網で訃報が伝えられたとのこと、その無神経さに怒りを感じます。
悪意はなくても、当事者にとってはいたたまれないことです。千春さんや御家族には受け入れがたい現実で、足元の大地が崩れ落ちたような衝撃なのに、連絡網で、まるで手のひらで転がすように既成事実として簡単に伝えられていく、そして、そのたびに交わされる憶測や会話。想像しただけで心が痛いです。

私も知人に会うのが怖くて、買物は夜遅くに出かけ、交差点の信号待ちやバス停では、電柱や看板の陰に隠れていました。

「元気?」「どうしてる?」と聞かれることが嫌でたまらなかったからです。

―元気なはずがないです。どうして元気だろうと思うのでしょうか。

―「どうしてる?」って簡単に聞くけど、私がどんなに苦しんでいるか本当に知りたいですか。説明したらわかってくれるのですか。

「頑張って!」も嫌でした。
―これ以上、何をどう頑張れというのでしょうか。息をしているのがやっとでした。

世間ではありきたりの何気ない会話でも、私たちには本当に辛いのです。
そっとしておいてほしい。
傷だらけの心に無造作に触らないでほしい。
それだけですね。

どんなにことばを尽くしても、経験していない人には決してわからない悲しみというものがあることを知りました。今の私には、説明しなくてもお互いの苦しみをわかり合える自死遺族の方々や、物言わぬ自然の風景と共に過ごすひとときが、心の安らぐ時間です。

お返事のつもりが自分の愚痴になってしまいましたが、またいつでもお立ち寄りくださいね。

 
 
 
分かるわけないじゃない (うさぎ)
2017-04-06 15:59:55
2月の終わりに自殺して消えてしまった最愛の息子
人生に疲れた
目標が見つからない
母さんのために生きるのも辛いからごめんなさいと遺書残して
3月にまた会いたいから時間が出来たら連絡してねと電話で話したのにまた会ったらいっぱい話があったのに
会いたくないなら言ってくれたらいくらでもいいようにしたのに
死んだらなにも変わらない
私は何も出来ない
最初で最期の手紙が遺書だなんて
どう前に進んだらいいのかわからない
私も死ねたらいいけどそんな勇気なくてただ苦しいだけ
 
 
 
「心の風景」に ()
2017-04-17 17:18:13
初めまして。
今年1月に24歳の娘を亡くした母親です。

気持ちのやり場がなく自死遺族ブログジプシーと化していますが、美しく哀しい写真に引き寄せられるように今日初めてこちらにたどり着きました。

バックナンバーすべて拝見し、涙があふれました。
明るく元気にふるまいながら「蒼い夕べ」のような心象風景を胸中にひっそり抱えているような娘でした。そんな思いを、娘の苦悩を理解しきれていなかったどこまでも無力な母親です。

地元の分かち合いの会に参加し、救われる部分もありますが、「自死遺族だから同じ気持ちですよね、分かり合えるますね」とコーディネーターや参加者の方が繰り返し判で押したように言われることに強い抵抗を感じる自分もいます。そんな自分がひどく人の悪い人間にも思えてしまい…

菜の花さんが、
>>同じ自死遺族でも、一人ひとり「その後」の経緯は異なる、
と言ってくださって胸のつかえがとれた気がします。

カメラを通して菜の花さんが切り取られた風景、これからも楽しみにしております。ありがとうございました。
 
 
 
うさぎさんへ (菜の花)
2017-04-19 00:58:44
うさぎさん、こんにちは。私は大学生の息子を亡くした母親です。私の息子も、短い書置きを残して逝きました。この春は、あれから8度目の春になります。

大切な息子さんが旅立たれて日も浅いうさぎさんが、どんなにお辛い春を過ごしておられることか、わが身と重ねてお察しします。

繰り返し訪れる朝も辛く、一日をやり過ごすことだけで本当に大変な思いをなさっておられることでしょう。

うさぎさん、泣きたい時は思い切り泣いて、くれぐれもご自愛くださいね。遠くからお祈りしています。

 
 
 
楓さんへ (菜の花)
2017-04-19 01:04:42
私のつたない写真に温かいコメントを寄せてくださって、ありがとうございます。

旅立たれた娘さんは、快活にふるまっておられたのですね。私の息子も、親は「楽天的で明るいのんびり屋」と思い込んでいました。命を絶つなど思いもよらないことでしたが、本人が遺した日記から、繊細で豊かな感性を持ち、ひとりで苦悩していたことを知りました。息子の辛さをわかってやれなかったこと、温かく支えてやれなかったこと・・・後悔は尽きることがありません。

亡くなられた方が一人ひとり違うように、残された方々の思いもさまざまで、いろいろな感じ方があることは自然だと思います。自分の心の中でも、少しずつ変化する感情も、ずっと変わらない思いもあります。

「その後」の歩みも一人ひとり異なります。それでも、悲しみを背負って懸命に生き続ける自死遺族の方々は、私にとって戦友であり、かけがえのない支えです。

楓さんの温かいコメントを励みに、写真もまた少しずつ撮り続けるつもりです。楓さんも、どうかお大事にお過ごしくださいね。
 
 
 
菜の花さん、ごめんなさい ()
2017-04-19 16:45:26
前回の投稿は、私の言葉足らずなコメントだけでなく、菜の花さんのメッセージを中途半端に切り取って引用してしまい、読まれる方に誤解や不快な思いを生むようなものだったと反省しています。どうかお許しください。

直前の分かち合いの会がどこかもどかしい思いが残る展開でしたので、あのような書き込みをしてしまいました。

辛くなると覗く掲示板や遺族の方のブログには本当に慰められ、元気づけられていますし、書き込んだあと遡って読ませていただいたこちらの自由帳も共感の涙なしには読めませんでした。なのに…不用意な書き方になってしまい、本当に申し訳なく思います。

心よりのお詫びとともに、菜の花さんがやわらかく丁寧なお言葉で軌道修正?してくださったことに感謝しております。ありがとうございました。

そして、お写真だけではないんです、エッセイあっての哀しく美しい「心の風景」だと思います…蛇足ながら付け加えさせてくださいね。
更新を心待ちにしております。
 
 
 
楓さんへ (菜の花)
2017-04-20 00:25:50
楓さん、こんばんは。楓さんの前回のコメントには、違和感や不快感を感じるような部分はまったくありませんでしたので、お詫びなさるなんて、こちらこそ恐縮しています。楓さんの素直なお気持ちが自然に伝わってきて、私も共感してお返事を書かせていただいたのです。軌道修正の意図など全くなかったのですが、そう感じられたのでしたら、私のほうこそ申し訳ありません。

メッセージを引用する場合に全文を引用することは不可能ですし、私の言いたかったことを楓さんが的確にくみ取って引用してくださって、ありがたく感じました。

大切な方を自死で亡くされ、その衝撃にひたすら耐えて日々を過ごしておられる方々に、このブログが、つかの間でもほっとできる、ささやかな安らぎの場であることを願っています。

家族にも言えない自分の苦しみを文字にするだけでも、気持ちが軽くなることもあります。私も、自由帳には随分と泣き言を書かせていただきました。どうぞ、些細な点はお気遣いなく、いつでも何でもお聞かせくださいね。
 
 
 
どうしたらいいかわからない (Unknown)
2017-04-20 10:16:21
息子の後を追いたくなってしまうのですが、どうしたらいいでしょうか。薬を飲んでなんとか踏み止まっていますが、こんなのあと何十年も無理だと思います。助けてください。
 
 
 
Unknownさんへ (菜の花)
2017-04-20 12:17:14
息子さんを亡くされて、後を追いたくなってしまうお気持ち、私も何度も経験しました。激しい大波のように繰り返し打ち寄せてくる絶望に、何度もさらわれそうになりました。

それでも、
自死で大切な家族を亡くすことがどれほど辛いか―
自死がどれほどの苦しみを家族にもたらすか―

自死遺族となって誰よりもその苦しみを痛感していましたので、「周囲に二度とこのような打撃を与えることはできない。これ以上の苦しみを与えてはいけない」という思いが、私の歯止めになりました。

そして、息子の死から7年を経て感じているのは、人間の気持ちは少しずつ変わっていく、ということです。おそらく、「今の激しい苦しみが何十年も続く、一生続く」ということはありません。生きようとする人間の本能がなせるわざでしょうか。

激しい荒波も、少しずつ穏やかになっていきます。
悲しみを背負って歩きながら、自分自身も少しずつ強くなっていきます。
癒えることのない寂しさや悲しさと共存して生活するための自分なりの方法が、少しずつ身についてきます。少しでも心の重荷が軽くなる瞬間や方法が見つかってきます。
その中で、亡き人への深く切ない愛情は、いつまでも変わることはないでしょう。

さぞお辛い日々とお察しします。お苦しみはよくわかります。それでも、なんとか今日一日をやり過ごして、日々を積み重ねてください。先が闇なら、足元だけを見て歩いてください。前向きになれなくてもいいのです。

とどまることのない時の流れは、必ず優しい手を貸してくれます。
 
 
 
菜の花さん、Unknownさん ()
2017-04-22 14:55:09
菜の花さん、

再びのメッセージ、どうもありがとうございました。
いえ、最初の投稿後、言葉が足らなかったなあ、という思いが私の中に残っていたところでしたので、菜の花さんが温かく加筆してくださったように思えただけで、お言葉に軌道修正の意図を感じたわけでは決して!ないんです。ややこしい表現で改めてごめんなさい。

娘に言ったこと、言えなかったこと、言い足りなかったこと、繰り返し襲ってくるさまざまな後悔の中にあって、自分の選ぶ言葉に神経過敏になり自信を失くしてしまっています。過去の能天気だった自分が他人と交わした何気ない会話まで蘇って、自責の念にさいなまれることもあります。

今も娘の死はどこか現実味がないまま、それでも日々は流れていきます。以前菜の花さんが書かれていたように「あり得ない悲劇」が起こった以上、亡くなった子が元気で帰ってくる、という「あり得ない奇跡」も起こり得るかもしれない―私も全く同じことを真剣に願う日があります。

試行錯誤しながら、皆さんの後をよろよろ歩いてまいります。

Unknownさん、

お辛いですね。私も同じ思いです。
この先何十年…は想像するだに苦しいです。
菜の花さんがおっしゃるように、今日1日だけ、1日何とかしのいだらもう1日だけ、と1日単位で生きてみませんか。私もまずは今日1日生きますね。
 
 
 
Unknown (Unknown)
2017-04-23 10:21:01
結局は諦めるしかないんですよね。
そんな風に割り切れないから苦しむわけですが、遺された家族は生きていかなきゃいけないんですよね、でも狂ってもおかしくない状況ですよね。
何か考え方を変えるような行動を起こさないとただぼーっと寝転んでいるのではだめなんですかね。今はそんな気力がまったくないのですが…
 
 
 
精神薬 (Unknown)
2017-05-10 20:59:02
遺族の方々で精神薬を飲まれていらっしゃる方はおられますか?
私は1年以上安定剤と睡眠導入剤を飲んでおり、最近あまりに発作が酷いので別の精神科に変えてまた違う薬を処方されました。薬は飲まない方がよいと仰る方が多い中、薬なしではいられなくなっている私は危険でしょうか…
どなたか経験がおありでしたら伺いたいです。よろしくお願い致します。
 
 
 
お薬のこと (匿名)
2017-05-24 10:15:17
私も心療内科に通って、睡眠導入剤と、抗不安薬をのんでいます。

今は、仕事を止めてストレスの少ない生活になったので、量は減らせています。主治医はこの程度の量なら、依存にはならないと保証されてる分だけ服用しています。

ご心配なら主治医の先生に聞くことが一番かと思います。私も心配で、出されている薬の情報をネットで調べてみたりしましたが、睡眠薬ひとつとっても、種類によっては依存形成の少ないものもあるので、医師と相談して、あとはできるだけストレスになることから距離をおいたり、アロマスプレーやα波の音楽が、私には合うようです。
専門的なことなので、安易にお答えしえいいのか迷い、返信がこんなに遅くなってごめんなさい。
 
 
 
匿名様 (Unknown)
2017-05-26 02:05:31
コメントありがとうございます。私も医師と相談し依存にならない範囲で服用しています。脳が正常に働いていないので闇雲に薬はダメとも言えない状態と感じています。私はそこまで強くないのです。わかちあいの会に行く勇気もまだありません。会に参加して却って落ち込む事も予想され… これも個人の考え方次第なのでしょうね。会には追い詰められてどうしようもない人たちが集うのか、乗り越えて前を向けてる人たちが集うのかわからないのですが、参加したことで前向きになれるものなのか不安なのです。
 
 
 
私も、 (匿名)
2017-05-26 06:46:11
分かち合いの会に、いつかは参加させていただきたいと思いつつ、今も、一人で電車に乗ることすらできません。
一人娘を大変若い年齢で亡くしましたので、学生さん達の楽しそうな姿や親子連れの方々を見るだけで、胸が張り裂けそうになるのです。
スタッフの菜の花さんが、以前おっしゃって下さったように、今はただ 息継ぎをしながら耐えるのが精一杯です。
それでも、1日1日あらわれやりすごせた先の時の流れの中で、いつかは心穏やかに過ごせる時が来ると信じ歩いて行きたいです。
集いに直接参加はできなくても、同じ痛みを分かち合えるこの掲示板が、私にはとても救いです。
 
 
 
教えてください (Unknown)
2017-05-26 15:43:08
わかちあいにはどのくらいの段階の方がいらしていらっしゃるのでしょうか。
どうやって生きていったらいいか、ヒントを頂けたりするのか、より一層落ち込んで救いがなくなってしまうのか、自分もそこでご迷惑を掛けてしまうのではないかとか、怖くて足が向かないのですが、絶望の淵にあってあと試していないのはわかちあいの会に参加することなのですが…。ちなみに傾聴電話では却って落ち込んで辛くなってしまいました。
 
 
 
Unknown (こがらし)
2017-05-27 18:42:25
自死遺族に共通なことはただ一つ、大切な人をとても悲しい形で喪った、ということだけだと思います。
そんな状況でも生きていく上でのヒントや励ましを分かち合いの会で得られることもあるとは思います。けれど会の性質上、参加はやはりご自身のお気持ちが大切なような気がします。
分かち合いの参加者はこういう人達、とは一概に言えないと思うのです。本当にあらゆる意味で皆それぞれなのではないでしょうか?
お気持ちが向いた時が参加の時ではないでしょうか?

掲示板への書き込みに、unknown や匿名より何かハンドルネームをつけていただくと読みやすいのですが…
よろしくお願いいたします。
 
 
 
やっと… (モノクロ)
2017-06-08 12:33:10
以前こちらの『初めまして』板にて、挨拶と(切羽詰まった)余裕の無い質問を書き込んでいた者です。

十代の娘を亡くしてから、まだ半年も経っていませんが、このところこちらのブログや画像作品(&詩文)に、落ち着いて目を通せるような精神状態になってきました。

これから歩んでいく悲しく、そして薄暗くも感じる道の、灯りにもなってくれそうなブログの記録に癒されています。

『星月夜』…美しい画像ですね。もちろんどの画像も美しいものばかり。

自身の人生で最愛の宝を亡くしましたが、美しいものを美しいと感じれる心が少しずつ戻ってきていたことに自身驚いています。

辛いときに、時間を割いて声をかけてくれるまわりの方々に、ただただ感謝して生き続けています。

このサイトの方にも感謝。
ありがとうございます。
 
 
 
モノクロさんへ (菜の花)
2017-06-09 21:03:13
モノクロさん、お久しぶりです。モノクロさんに「はじめまして」でお会いしたのは、まだ春も浅い頃でしたね。今はもうアジサイの花も咲き始めています。まもなく雨の多い季節になることでしょう。私たちにあれほどの衝撃が襲いかかっても、時間の流れは変わることがないのですね。

大切な娘さんを亡くされたモノクロさんは、この数カ月、どれほどの苦しみに耐えてこられたことでしょう。そのようなお辛い中でも、美しいものを美しいと感じたり、周囲の方に感謝したりするお気持ちが、少しずつ芽を出してこられたのですね。モノクロさんのお言葉に、私もほっと気持ちがなごみました。
私も、野辺の花や夕焼け空、風のにおいにも季節の移り変わりを感じながら、息子への変わらぬ思いと共に8年目の日々をなんとか過ごしています。

厳しい現実を抱えながら、少しずつ少しずつ、進んだり戻ったり、浮いたり沈んだりの毎日です。この募る寂しさや悲しさとつき合いながら、自分なりに生きていく道を手探りしています。「心の風景」を見てくださって、ありがとうございます。

 
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