君と歩んできた道

いつかたどり着く未来に、全ての答えはきっと有る筈。

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第十八章 荒野に吹く風 3

2016年10月08日 | 第十八章 荒野に吹く風
 陸は再び顔を逸らす。そして答えた。

「いいよ。そんな事しなくて」

 小さな声だが迷いはない。魔女が見つめる前で、陸は大きく息を吸うと顔を上げて言った。

「俺に気を使わなくて良いよ。こうなることは、ずっと分かっていたんだから」

 言い聞かせるように。
 魔女にではなく、自分に言い聞かせるように、陸は言う。

「・・・俺は、それに逆らおうって気は全くない」

「何だ」

 そう言い切った陸に、魔女は冷めた声で言う。

「お前の気持ちは、その程度か」

「・・・」
 
 その侮辱に似た言葉にも、陸は何の反論もしない。魔女は更に言った。彼女らしく、苛立った感情を顕わにして。「お前の気持ちは、そうやって止められる程度のものなのか」と。

 そして呆れたように、ため息を付く。

「馬鹿みたいだ。お前の気持ちを過大評価して、手伝ってやろうとした自分が」

「俺は・・・」

 その言葉に、陸は僅か顔を上げた。そして、迷いながらも言葉を口にする。
 魔女の、その気持ちが分かったのだろう。だから向き合おうと思った。その魔女の気持ちに。そして自分の気持ちに。

 その為の勇気は、割合に少なくて済んだ。空が、ここにいないから。これから空と自分の間に存在する人が、ここにはいないから。

「・・・空のこと」

 そしてそう思ったことで、本当は誰にも言う気の無かった、隠し通そうと思っていた気持ちが外に向かってしまうのを感じた。でも、それを止める気も今は無い。今、それが外に出るのを拒めば、自分は一生この重い気持ちを背負って生きていくことになってしまう。誤解された苦しみと一緒に。

 思い詰めたような陸の声に、魔女は口を噤んだ。無責任に嗾けてしまったことを少し後悔しながら。

 しかし陸は、逆にその気持ちが嬉しくもあった。礼の代わりに、自覚したくなかった気持ちを、だから誰にも言わずにいようと思っていた気持ちを、初めて口にする。

「本当に大切に想ってるよ。俺なりに・・・」

 空。

 もう、二度と触れられない。そう呼ぶことも許されない。この気持ちを伝えることも出来ない。
 だからその名を呼ぶ。「空」と。誰かに許してほしくて。

 応えるように、空の笑顔が見えた。その笑顔さえ守れればいいと思っていた、あの頃。今と何の変わりもない。今だって、強くそう思っている。せめて、あの笑顔だけは失わずにいたいと。

 この気持ちは、どこまでも真実。せめてそれさえ守れれば、それ以上のことは望まない。だから。

「・・・愛しているって言ってもいい位、想ってる」

 それ程、大切に思っている。何よりも。誰よりも。だから、触れない。

 けれど、それを今更自覚することは、誰かに伝えることは、陸にとって予想以上に本当に辛いことだった。言った後、陸は緊張からか、それとも本当の諦めからか、大きくため息を付く。その吐息は少し乱れていた。

「だったら・・・」

 魔女は、小さな声で言う。珍しいほど。
 自分の言った言葉を後悔していた。だからこそ、強い言葉で陸を押そうとする。しかし、それ以上のことは陸が許さなかった。

「あいつさ」

「・・・」

 陸の言葉に、魔女は言葉を飲み込む。
 陸は言いたかった一言を言って、吹っ切れたように滑らかな口調で言った。笑顔すら浮かべて。

「両親のことも、城にいる家来のことも、皆の事が好きなんだと思うよ」

 空と過ごした、僅かな時。そんな短い時間に何度思っただろう。空が、いつまでもずっと同じ様な幸せを感じられるといいのに、と。それは恵まれた王位という事だけではない。そこにある人間関係が、いつまでもずっと恵まれたものであったら。

「俺には、無理だよ」

 陸は、半ば懺悔するような口調で言った。

「空を連れ出しても、あんなに沢山の人の代わりは出来ないから」

「・・・」

「今以上の幸せなんか、俺には上げられない」

「空姫が」

 魔女は、それでも陸を動かそうとする。これが、最後の切り札だった。

「お前のことを強く思っていても、か?」

「空が?」

 陸は、素直に驚いたような声で聞き返す。そんなこと、考えたこともなかった。自分の気持ちを抑えるのに一生懸命で。
 そして、しばらく魔女から目を逸らして遠くを見ていた。思い出しているのかも知れない。空と過ごした日々を。

 魔女は無言だった。これが最後の質問。これ以上は言っても意味のないことだ。

「・・・考える必要、無いと思うよ」

 やがて陸は、そう言った。そしてやっと、魔女の方を向き直る。魔女は無言で、その視線を受け止めた。

「空は、現に答えを出したわけだから」

「・・・」

 それでも魔女は何も言わない。そして顔を逸らした。それが陸の答えなら、それ以上突き詰めてもしょうがないことだ。そう諦めてしまえるなら、かえって苦労はない。

「・・・でも」

 再び陸は魔女から視線をずらして呟く。
 魔女はその言葉に顔を上げ、陸の横顔を黙って見つめた。

「もし・・・そうだな・・・。空が、俺を選んでくれたら」

 陸は、ため息混じりに笑って言った。どこか照れ臭そうに。

「もしかしたら、一緒に逃げようとするかも、な。俺」

「・・・」

 その向こうに虚しさと寂しさを感じて、魔女は黙った。

 それを、してしまうかも知れない程の、強い気持ち。それをしないでいられる、強い気持ち。
 陸は気持ちが止まらなくなったか、独り言のように呟く。

「分かってたのにな・・・」

 高い天井に吸い込まれていく、小さな声。陸の弱さが、空気に溶けていくように聞こえた。

「ずっと、分かってたんだけどな。こうなることも」

 陸の気持ちは、声と一緒に外に吐き出されていく。空の前では見せることの出来なかった強い気持ちが、弱々しい声に乗って。

「一線を越えるなって言うのは、空へじゃなくて、俺の戒めだったって事も」

 そう言って陸は、小さなため息を付いた。魔女は、その気持ちを察して目を細める。

 その、彼女の気持ちを陸も察する。だからこそ。

「馬鹿だなぁ・・・俺」

 そう言って陸は笑った。





 本当に馬鹿だよ・・・

 治療後、陸は再び外の景色を見ながらそう思った。

 結婚か・・・。

 改めてその言葉を聞き、思った以上に自分が動揺しているのが分かる。そう、ずっと分かっていたことなのに・・・。

 けれど有り難いことに、今は陸の人生における「日常」からはかけ離れたところに居られたことで、ほんの少し、気が楽だった。こんな風に一人になって、それが良いのかどうかは分からないが、仕事もなくゆっくりしていられる。いつもなら、外の人間に悟られないように顔色を変えずにいる筈が、ここにいるというだけで自分の表情が変わるのが分かった。それも、良いのかどうかは別として。

 心が癒されるような光景はそこにはない。陸の目に映っているのは荒野だけ。じっとしたまま、陸はその風景に向き合っていた。人間の目にはその僅かな変化が分からない、砂と岩だらけの荒野。それが今は、多分有り難かった。無機質な世界が、陸の心に静寂と寂しさを植え付けていく。その静けさの中で、陸は自分と改めて向き合わざるを得なくなった。

「・・・」

 小さなため息を付いて、陸は俯いた。

 もう、どうしようもない。

 そう言い聞かせても治まらない胸の重みに耐えるように、陸は目を閉じた。



 全く・・・。だから言ったのに。

 魔女は扉の向こうから、その後ろ姿を見ていた。そして陸とは違う種類のため息を付くと、魔女は陸に背を向けた。

 本当に馬鹿だねぇ・・・。

 そう小さく呟くと、魔女は肩を竦めて歩き出す。しかしその足取りは、決して重くはなかった。


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