かーちゃんはつらいよ

特別支援学校6年の超多動そうちゃん(自閉症重度知的障害あり)と、本と歌が大好きな中3のみゆみゆを、働きながら子育て中。

映画「ぼくと魔法の言葉たち」

2017年04月25日 20時16分52秒 | みゆみゆとの生活
久々のオフ。
ゆっくりするつもりだったけど、
ふと思いついて映画を見てきました。

「ぼくと魔法の言葉たち」
センチュリーシネマ(名古屋パルコ東館8階)

自閉症の青年とその家族をめぐる、ドキュメンタリーです。
ディズニーアニメをきっかけに言葉を覚え、コミュニケーションを獲得していった様子や、
生き生きと自立に向かって歩む姿が映し出されていました。


私、ここのところメンタルが弱っていたのだと、映画館が暗くなってすぐに気付かされた。
なにせ、泣けて仕方ない。
予告編のひとつひとつに涙ぐむ。(はやっ。)

本編が始まってからも、主人公が赤ちゃん〜幼児だったころの映像が映るたびに、
そうちゃんの小さい頃を思い出して、苦しくて泣けちゃった。
重症だな。

けど、スクリーンに次々とディズニーアニメが映り、現在の話が進み出してからは、次第に引き込まれました。

主人公オーウェンの笑顔につられて笑った。
何度も。

それでまた、切なくなったり心配したり、感動したりして、泣きました。

印象的だったのは、主人公を囲む周りの人達の自然なサポートです。

スペシャルニーズのある人を対象とする大学があること。
ケースカンファレンス(サポート会議?)は本人も出席し、自己選択・自己決定を尊重したものであったこと。
親の家から120キロも離れたところで一人暮らしを始めるという決断と、それをサポートするシステム。
恋愛の自由と苦悩を、家族も支援者も、程よい距離感を保ちながら見守っていたこと。

「対等である。」

という言葉が途中で頭に浮かんで、それが新鮮で輝いているものに思えた。
つまり、逆にいえば、知的障害のある人(自閉症含む)を「下に見る」ことが当たり前のような空気を感じながら普段暮らしているということだ、私は。

そして、「自立」。

親として、ズシンと重い二文字。
先日、金スマで金澤祥子さん(ダウン症の書道家)の一人暮らしへの道を見たばかりだったので、余計に。
親亡き後、この子がどう生きていくのか…。

考え出すと止まらなくなって、不安感に包まれてきた。
だからその考えは途中でストップして、
友人である先輩ママや、つながりのある障害児を育てるお母さんたちを思い浮かべました。

一人じゃない。
そう思うだけで、少し楽になる。

たくさんのことを考えさせてくれて、
いっぱい涙を流せて、
希望も持てる映画でした。
特に、支援者や教育関係の方にはぜひ観ていただきたい。

自閉症は、人が嫌いで避けているのではない。
むしろ、人が好き。関わりたいと思っている。
これは、そうちゃんも同じ。

こちらが何かを決めつけずに、可能性を信じたい。
私が思っているよりもはるかに、そうちゃんが知っていること・考えていることは多いのかもしれない。

そんなことを思いました。

最近のそうちゃんの、機嫌が悪いときの口癖は。

「たたかうのだけは いやだ

ショートステイで見てくるビデオ「ポケモンアドベンチャー」のセリフです。
ビデオから言葉を覚えるのは、自閉症あるあるですね。

これも、ただのエコラリア(反響語)だと笑って聞き流してたけど。
意外に深い意味があるのかもなー。

「戦うのだけは嫌だ。」

うん。深い。
昨今のニュースを見てると、特に。
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