イワン・アサノヴィッチの一日  畑と映画の好きな卒サラ男。

政官業癒着体質の某公共事業職場を定年退職。鞍馬天狗・鉄腕アトムの人類愛に未だに影響を受けっ放し。孫には目がない。(笑い)

「40回 「twitter」&フエースブック投稿(2022年 3月 15日)

2022-03-15 13:29:08 | うんちく・小ネタ
「twitter」&フエースブック投稿(2021年 1月 2日)
水泳:荻野公介の言葉は、狭い勝ち負けの世界から飛び出して、スポーツの楽しみの本質を語っている。
『応援があって、イチローさんが打って勝って、それで日本人みんなが元気になって。スポーツ特有の力というか。応援のパワーが詰まって選手のパフォーマンスが上がる。そこから感動が生まれ、みんなが笑顔になる。』

「twitter」&フエースブック投稿(2020年12月27日)
孫崎享のつぶやき より
桜を観る会前夜祭、ホテルが請求した額と、参加者から集めた額の差額を誰がどこから補填したのか。この補填が、なぜ公職選挙法:第二百二十一条 (買収及び利害誘導罪)当選の目的で選挙人に金銭、物品、公私の職務の供与、供応接待に該当しないのか。

「twitter」&フエースブック投稿(2020年12月26日)
一般人が国会で、平然と118回も偽証答弁をしたら完全にムショ入りだ。アベは日本の国民の一人じゃないのか? まさか偽証は首相の特権でもあるまいし。出でよ、庶民の味方、現代の“遠山の金さん”。国民は期待・切望している。

「twitter」&フエースブック投稿(2020年12月25日)
菅本人はやっと辿り着いた首相の座だろうが。しかし国民はアベと同様に小粒な男と観ている。麻生も然りだった。最早、自民党には昔のように大物の人材が居ない。何よりも党自体に理念・理想を語る姿勢も動きもない。強力な国民支持がない、今や倒産寸前の政党だ。

「twitter」&フエースブック投稿(2020年12月24日)
某県庁OBです。現役在職中、県当局は保健所の人員削減を執拗に行い、労組の抗議や反対運動を無視してほぼ半減にしてしまいました。それは、恰も「教育」「医療」「福祉」はカネ喰い虫だと言わんばかりの当局の対応で、それは某県庁のみならず全国的な動きでもありました。しかし、今コロナ禍で、其のツケが回ってきました。悲しい、国民無視の行政の結果と言える。

第39回 「twitter」&フエースブック投稿(20211028)

2021-10-28 18:45:01 | うんちく・小ネタ
「twitter」&フエースブック投稿(2020年12月22日)
 私達は、旧ソ連で芸術が弾圧されたことを知っています。 だが、特定の政治的内容を含む芸術作品の抑圧は何もソ連だけに限りません。
 ピカソの『朝鮮の虐殺』を知らない我々は、当然「信川虐殺事件」も知りません。そのことは我々の隣で起こった朝鮮戦争について我々は十分知らないことを示しています。【孫崎享のつぶやき】より

「twitter」&フエースブック投稿(2020年12月21日)
孫崎享のつぶやき
菅内閣は次第に苦境へ。コロナ拡大傾向続く中、菅内閣が真剣に取り組んでいる印象は伝わらず、大人数会食などむしろ逆。内閣支持率急落中。さらに菅内閣成立を支えた安倍首相周辺は、「桜を観る会」の処理に菅内閣に疑惑の目を向けている。GOTOキャンペーン中止で二階幹事長激怒


「twitter」&フエースブック投稿(2020年12月21日)
『森山議員は辞めろ』に同意します。アベに菅や二階と泥縄の如くに露呈する低劣・貪欲な自民党の実態。そして、アンタたち自民党国会議員に忠告する。アンタたちは、国会議員なんかではない!まさに庶民国民が忌み嫌う「泥縄」でしかない。高潔な所を見せてくれ!

「twitter」&フエースブック投稿(2020年12月13日)
無為無能のアベ政権と全く変わり映えのしない菅内閣。いまや期待の「き」の字も沸いてこない。石破あたりがせいぜいだね。もはや自民党は政党の体をなしていないし、そもそも人材も居ないようだ。

「twitter」&フエースブック投稿(2020年12月12日)
ビデオやネットの普及で、映画館に足を運ぶ手間とカネを節約する傾向が大きくなってきた。しかし、その内容は娯楽サスペンスなどが圧倒的で「名画」と言うものが放映されることはは希少です。いつの間にか国民の意識も政官財癒着ムラ住民の思考に依って流されて来ていますね。映画館で映画を観ることが大好きな人間。☻

「twitter」&フエースブック投稿(2020年12月8日)
日本人の国民性を悪用して、某党に支配されていたメデイアは小沢一郎さんを叩いた。言わば、政官財癒着ムラ住民達に寄って排除されたと言っても過言ではないでしょう。あれから政治にダイナミズムが無くなってしまった。そして、しそうと言論の活動においては世界の二流国に転落してしまった。

北山修が物語・夕鶴を語る。誰もが夕鶴。

2021-02-10 19:00:39 | うんちく・小ネタ
フオークソングが全盛だった50年前に、「あの素晴らしい愛をもう一度」と言う曲が大ヒットした。
歌手はフオークルセダーズで作詞家はグループ仲間の北山修だった。私の世代の人間ならば誰もが覚えている一曲だ。
東京新聞(2021年2月8日付け)が二面を使って、50年を記念してであろうか、作詞家の北山修のインタビュー記事が載っていた。見出しの一文が目に留まり読みたくなった。即ち、目に留まったタイトルの一文とは「横の連帯感失われた高度成長期」と「孤独は“私”を考える絶好の機会」だ。
 新自由主義なる政官財癒着ムラによる、いかさま思考が日本に「輸入」されて以来、国内には過剰な格差が蔓延するようになった。7人に一人の子どもが今晩の夕食にありつけないという事態が、「経済大国である筈の日本」で生まれるようになった。
そして、それは単に経済的な格差に留まらず、今や精神的な格差にまで拡大されて来ている事態が、この日本国内で生まれているのである。
 新聞記事は連日のように、乳幼児虐待死事件や高齢者強盗殺害事件、高齢者をターゲットの詐欺・詐称・・児童生徒へのセクハラ、労組の無くなった企業・役所でのパワハラとそれに伴う自死の増加。数え上げれば枚挙に暇がない。心肝を寒からしめる事態・段階になっている。
即ち、これらの事件や犯罪の本質は何かと問えば‥、それは間違いなく「弱いものイジメ」そのものなのである。
 過っての小泉・竹中政権時に「輸入」された“新自由主義”は成果主義だ競争主義だと言って過剰労働を企業や役所の勤労者に課し促した。
12年前に定年退職したイワン・アサノウィッチの役所でも、瞬く間に親睦会や旅行会などの職員相互の融和・親交を高める自主組織は壊滅させられて行った。
 過日、安倍首相辞職に伴い出発した自民党・菅政権では、此れからは「自助・共助・公助」の時代を迎えると声明した。
コロナ禍の最中に何をヌカスのかと思いきや、菅にはズル賢い計算がこの声明には織り込まれていたのである。即ち自己責任を強調し公助=公的扶助は当てにするなと言う事なのであった。
既に日本企業の内部留保は600兆円になんなんとしている一方での話しなのである。菅が何処を向いて政治を行おうとしているかが垣間見られるというものである。
 高度経済成長期を経て失われた庶民国民の横の連帯を、いま取り戻さねば孫子の世代には今にも増した過酷な格差拡大が待ち受けている。自民党支持者の皆さんにも掛値なく訴えたい。

第35回 「twitter」&フエースブック投稿集」

2021-01-14 13:14:20 | うんちく・小ネタ
 「twitter」&フエースブック(2018年1月30日)
中国人の日本人観だが、いちいちが正鵠を射ている。これは、ちょっと乱暴な言い方になるが「島国根性」と古くから自虐的に言われていることだ。単一言語・単一民族・他国からの支配がなかった、これでは密度が濃くなるだけの国・国民性の一面的な「成就」が為されてしまう。中国だって100数十年前には清族支配を受けたりして漢民族が後退させられた。しかし、逆にこの事実を逆手にとって真の統一行動・俊敏な運営・100%完成・etcは他国に真似の出来ない日本の姿だ。(戦前の軍国日本が僅か数年の右翼・軍部・保守官僚の策動で創られてしまった事は峻拒して行かねばならないが。)前途を明るく観てアイデアを出し合いましょう!

「twitter」&フエースブック(2018年1月30日)
アベ晋は稀代の嘘と詭弁の大家。代々甘やかされて、岸信介一家で育った人間の、自分本位と他者に寄り添う心情のない「我儘ボッチャン」首相。今や世界中から嗤われているが、「今だけカネだけ自分だけ」の思想しかないから、その場その場の言動で逃げる。思想の左右を問わず、日本人全体の恥と不幸だ。

「twitter」&フエースブック(2018年1月29日)
結構と派手な事をしでかしたもんだね。一ちゃんらしいと褒める訳にもいかないが、気持ちは分かるような気がする。似た話があります。昨年の暮れに「オリエント急行殺人事件」を観ました。探偵のポアロは難事件を解決するが、ポアロは真実を言い当てるのではなく、正義を貫きました。殺人を正当化するのではなく、「人間的な正義」のもとに事件を解決し最後の最後で、人間ポアロが観客を唸らせます。私は、それはアリだと思いました。

「twitter」&フエースブック(2018年1月28日)
前川前文部次官の会見での官邸報道関係を批判。「私に対する個人攻撃だと思われる記事が5月22日の読売新聞に掲載。私は個人的には、官邸の関与があったと考えております。私以外の人にも起きているとするならば、これは大変なこと。警察国家化の危険」(リテラ)


自助・共助・公助‥論のまやかし

2020-10-25 00:18:46 | うんちく・小ネタ
「新自由主義」たる社会は自己責任を強調し今般、何方か新米首相の迷言にもある通り「自助・共助・公助」の順で競争社会を生きていけ!としている。
加えて自民政権は『「格差はあって当たり前:小泉純一元首相言』だ!と声高にそして執拗に宣わっている。
確かにアメリカに在っては多民族国家なるがゆえに、人種・肌の色・言葉・宗教・主食などなどが千差万別・格差の存在は当たり前のようになっているのは至極当然であろう。
しかし、ここ日本に在っては人種としてはモンゴロイド(一部アイヌ民族が北海道に伝統的に存在)、主食はコメで漢字圏、宗教としては何となくお釈迦様を敬愛している・・というのが日本国民一般の実態である。
即ち、どこぞの総理が声高に宣う「格差」など、日本には明確には存在しない、存在させる必要も見当たらないのである。
日本の政官財癒着ムラの住民らの政策によって意図的に「雇用形態差別化」がもたらす恒久的な賃金格差が今や経済格差を生み、そしていわゆる貧困層が生まれて固定化されつつあるのである。
それは、意図的な政策の結果であるから政府もダンマリで、世に言う日本には7人に1人の子供が夕食を抜いていると言う忌まわしき事態が現出するようになってきたのである。大人の貧困は兎も角として、子供への貧困連鎖は絶対に認めるわけにはいかない!切なすぎる!
 私にも4人の孫が居るが、育ち盛りの彼らが毎晩、食事が無く臍(ほぞ)を噛むだけの夕食なんて、とうてい許せない。

敬愛する歌手の藤圭子氏の自死は、彼女所有の数十億円と言われていた財産では、決して幸福になれないという事実を知らされたからであろうと推慮する。
世は「今だけカネだけ自分だけ」思考に侵された日本社会ではあるが、そんな物とカネに狂奔されない国民社会の構築こそが真の幸せをもたらすと確信する。
「フツーで良い、健康であれば」・・これは50歳をすぎた頃から気づき始めた私のチッポケな人生訓の一つである。
35年前から始めた家庭菜園(120坪)は定年退職後の今でも日課となっている。「太陽と土と水の世界」、だれかに忖度したり阿(おもね)る必要も無い、純粋で確実な自然とのヤリトリの世界である。
そして今は、こども時代の泥遊びの延長線上に生きているのである。