社長ブログ

ユーミーマンションを手がけている宮崎建設の社長ってどんな人?
少しでも理解して頂ければと思います。

少女バレアナ

2011年11月04日 03時49分40秒 | Weblog
 私がこの本を知ったのは、二年前のセミナーの先生であった山崎啓支氏
から教えてもらいました。

この本は、少女が幼少期に父親から授かった考え方で生涯を生きる物語。

主人公である少女の名は「バレアナ」
少女バレアナは、幼くして両親を亡くしたかわいそうな子です。
でもたった1つ、お父さんから素敵なゲームを教えてもらいました。

それは、「なんでも喜ぶ」ゲームなのです。

ある日、慈善団体からプレゼントをもらいました。
パレアナは、人形が欲しくてワクワクしていました。

しかし、もらったのは松葉杖です。
こんなもの貰って、どうすればいいの?

お父さんは、これで何か喜べないかやってみようと、
パレアナに提案します。

うーん、そうだ。
私は今、この松葉杖を使わなくても歩けるし、
スキップだってできるわ。

松葉杖をもらうことで、健康な体を持っていることに気づいたの。
気づかせてくれてありがとう、松葉杖さん。

そうやって、松葉杖をもらったことを喜んだのです。

大好きだったお父さんは、パレアナが11歳の時に亡くなりました。
それから気難しいおばさんに引き取られます。

そこからがパレアナの真骨頂です。
パレアナを邪魔者扱いするおばさんに対しても、
文句一つ言いません。

どんなに辛い時でも、「なんでも喜ぶ」ゲームをして遊ぶのです。

しかし、そんなパレアナに、さらに追い打ちをかける出来事が・・・
と言った内容の本なのです。

そしてパレアナの「なんでも喜ぶ」ゲームは、心理学で言う
「リフレーミング」と言う心のあり方を改善する手法そのものだと
深く心に残っていました。

たとえば苦手な人と何かをする時
・新しい個性の人と仲良くなれるチャンス
・苦手な人とうまくやっていける自分になるチャンス

起った出来事の肯定的な意義を見つけて物事を進めていくと
意外とうまくいったりもする。

パレアナはたくましくて発想が素敵で読んでいて感心する場面も多い。

現実に起きた出来事や他人を変えようとしても、それは無理なことです。
それよりも、自分の受取り方(思考)を変えれば良いのです。

出来事と感情の間にはすき間があって、そこには思考があります。
思考を変えれば、どんな出来事に対して色んな受取り方に気付けます。
簡単に出来る事では無いと思いますがこの事を心掛けるだけでも良い
と思います

「少女パレアナ」は、1913年に書かれました。
1962年に角川文庫から翻訳出版されています。

中学生以上のお子さんや現代社会のストレスに悩む方々への
プレゼントにも良いと思います。

自信を持ってお薦めできる良書です。
そして心のあり方さえ考えさせられる本だと思います。
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秋の古城公園

2011年11月02日 22時37分06秒 | Weblog
今日は久し振りに仕事の合間を縫って、高岡の古城公園に行って来ま
した。
前回きた時は、池のほとりに亀が沢山いて亀の餌を買って来てぼんや
り亀の姿を眺めていました。
今日も亀の餌を買って古城公園に来たのですが、前回と違い亀の姿を
見つける事ができません。
池の水草が綺麗に取り除かれて、池の底が見えるようになっているのも
原因の一つかもしれませんね。
前回きた時は、大小の亀が20匹位重なり合う様に寄って来てあっと
いう間に餌が無くなってしまう位でした。
そんな亀達と同時に今一つおぼつかない飛び方をするカラスも気が付く
と傍に寄って来たりして餌をやる時間は、お疲れ気味の私にとって程良
いほのぼのとした癒しの時間でした。
しかし今回は亀の姿も一匹しか姿が見えず淋しく感じながら帰ってき
ました。
まだ冬眠には少し早いような気もするのですが…
また来年の春にでも覗いて見ますか。
そして、もう11月だと言うのに暖かくまだ藪蚊が飛び回っていたり、
水草の無くなった池の中に、ブルーギルの群が泳いでいるのを見ると
多少複雑な思いでその場を後にしました。
我が家の池にも亀があんな風にいたら楽しいかも知れませんね。
どなたか亀を捕まえれるスポット教えて下さいませんか?
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夢の中で(ゴンタ)。

2011年10月18日 03時42分58秒 | Weblog
前回、母の夢について話しましたが今回は先月死んでしまった愛犬ゴンタの
夢について話したいと思います。
夢の情景は、私が脱走したゴンタを探して歩き回っている光景から始まりま
した。
私が探し回っている場所は、私が昔通っていた小学校のグランドでした。
そして現在の小学校のグランドとは違っていて40年前のグランドの光景です。
その光景にとても懐かしさを覚えながら、夢の中でゴン太を探している自分
の周りには色んな種類の犬達がドッグランサークルの様に走り回っていまし
た。
そんな光景の中で一人の女性。
白のタートルネックに、白のパンツと言ったいでたちで、そしてブロンド女
性が佇みその女性の横には、真っ白なピレニーズ犬。
大きく真っ白な長毛種です。
私はピレニーズ犬の実物は見た事が無く夢から目覚めてネットで調べた位の
知識でしかありませんでしたが、その真っ白なピレニーズ犬の背中にゴンタは
なんと背後から乗りかかり、マウンティングの真っ最中!
当然飼い主である私は駆け寄り、ピレニーズ犬の飼い主と思われる女性に
「すみません」そして「ゴンタ!」と叫ぼうとしましたが女性が一言。
「いいのよ、気にしないで」と…
その女性の「いいのよ、気にしないで…」言葉はとても静かで、そして優し
い声でした。
そしてその女性は、そこに居る全ての犬達の母の様にも感じられました。
そしてゴンタ本人はまだピレニーズ犬の背に居ましたが、少し疲れた表情で
その大きな背中にもたれ掛かっていました。

今、ゴンタの遺骨は私が寝て居る部屋に置いて花と水を取り替えながら傍に
おいてます。
この夢を見る事が出来たおかげで、何故か「あいつ…幸せな環境なんだ」
と安心出来た様に感じます。
名前も国籍も解らないブロンド女性の醸し出す優しそうな雰囲気。
この人の元なら安心してゴンタをお任せで来ます。
どうかゴンタをよろしくお願いします。

夢って不思議なショートストーリー!
脳って凄いね。
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夢の中で。

2011年10月16日 11時21分18秒 | Weblog
前回「夢の演出家」などと言った変わった事を書いてしまいましたが、自分
にとって辛く感じた出来事が時の経過によって辛さが和らぐのも事実なの
ですが、私の場合和らいだ原因に自分の見た「夢の内容」も確実に辛さを軽
減してくれました。
我々は「死」を理解する事はとても時間を必要とし同時に「究極の別れ」に
対して免疫など出来ないと思います。
そんな中で例え夢の中ですが、確認出来た様に感じた夢には感謝しています。
母の夢は、生きてる時と同じ様に構える事も無く自然に話せたり自然な会話
で、そしてつないだ手の温もりすら残っていました。
母は事故で殆ど即死状態という事もあり、様々な後悔が心に浮かびひどく自
分を責めていました。
夢の中の会話は
「なんでこんなに待たせるんだ!どれだけ待ったと思ってるんだ!」
「もっと早く夢に出て来てくれれば良いじゃないか…」
「そんな事言われたって、私も覚えなきゃならない事も沢山あるし大変忙し
かったわよ!」
「死んでまで、何がそんな忙しいんだよ!」
「空を飛ぶ練習だって大変なんだよ。」
「飛べる様になったの?」
そう聞くと母は私の手を取り私を空の散歩に手を繋ぎながら連れて行って
くれました。
飛行高度は電柱位の高さで不思議な浮遊感でしたが、生前母の運転操作
にも何かと文句をつけてた私はその空の散歩にも多少の不安を夢の中で感
じながら
「へ〜上手いもんだね。」と…
そして、生前と同じ様に何の違和感も無く
「私、忙しいから…」
一言残し夢から目覚めました。
あのマイペースな空気の読めない母らしい行動。
身体に気を付けてとかお父さんをお願いとか言い残せよ!
と後から思ったりしましたが、何故かその夢で悲しみが軽減されて行く自分
に気付いたりしました。
また変な話ですみません。

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夢の演出家は誰?

2011年09月23日 21時39分34秒 | Weblog
夢を見る事は誰もが経験する事だと思います。
そして、その夢の内容を目覚めて尚鮮明な記憶として残る夢。
反対に夢を見た事すら記憶に無い物も中にはある様に想像します。
夢は、人間だけが見るわけでは無く今月亡くなった我が家の愛犬も
良く夢を見て、夢の中で吠えたり走ったり...
それは見ていてとても微笑ましい光景でした。
年老いて歩く事もやっとの状態の愛犬ゴンタは、一体どの年齢の記憶を
辿って走ったり、夢の中で何を見て何に対し吠えているのか私には解ら
ないのですが。
確実に夢の中で彼は、走りそして何かに向かって吠えてました。

私も当然夢を見る訳ですが、鮮明に覚えている夢がいくつかあります。
そして、鮮明な記憶の夢はどの夢もこの世を去ったかけがえの無い人や
ペットなのです。
その夢の中でも、母を無くした時、兄弟の様にしていた従兄弟を無くし
た時、そして今回の愛犬ゴンタの夢が鮮明に覚えている夢の順番です。

それぞれの夢は、どの夢もショーストーリーで生前の性格や表情を始め
感情表現までとても夢とは思えない鮮明な記憶として刻み込まれていま
す。
母と愛犬ゴンタの夢は、私が安心出来る様に死後の世界での生活環境を
私に伝える様な夢でした。
内容はまたこの次にでも話したいと思いますが、「夢」の演出家は私自
身で私自身の記憶から生成され、私自身が勝手に思い描く死後の世界。
最愛の亡くなった人やペットが過す環境がこんな世界だったら・・・

安らかにと心から望み、死後の世界はこんな環境だったら良いだろうな
と...
そんな風に望む私自身の希望が私の見る夢の演出家かも知れない。
夢の中の光景を眼を閉じれば何時でも思い出せ、そして心が穏になる。

そして誰が演出家であれ、救われます。
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ただ純粋に生きる!

2011年09月12日 23時12分06秒 | Weblog
「生きる」の定義を考えた事ありますか?
と質問されたら、私は答える事ができるだろうか。
多分今の段階では、明確な答など導き出せないと思います。
我が家で飼ってるラブラドルレトリバーの雄なのですが、
以前ブログで、獣医の診察では長くは持たないだろうと昨年年末
に聞かされていましたが今尚横で頑張っています。
但し、今度こそ覚悟をしなければならない様です。
餌を食べなくなってここ二週間位は、獣医さんから貰っている
犬用の流動食しか受け付けず、唯一生命を維持する頼みの綱でした。
しかし最近その流動食も食べなくなってしまいました。
いや、食べなくなったと言うより食べれなくなった様です。
身体を支えてやって、少しずつ何とか水は注射器みたいな器具で
喉に流してやる事意外受け付けない状態なのです。
そんな状況でも、眼だけは変わらない優しい眼差しを保っており
じっと横たわっていると単に寝ているだけじゃ無いのかと錯覚する
位です。
静かにそっと最後の時を理解しているがのごとくただ優しい眼差しを
私に向け私を見る眼だけが、私を追います。
全てを悟り、そしてただその時を静かに待つかの様に見えます。
多少昨夜も一時呼吸すら辛そうな時がありましたが今夜は本当に穏やか
に見えます。
本当は穏やかなんかじゃ無く、最後の時が近づいているだけだと思います。
私達は、こんなに穏やかに最後を迎える事が出来るのでしょうか?
雑念無く、純粋な動物だからこそこの様な最後を迎える事が出来るのかも
しれません。
そして、純粋にただ精一杯生きて来たんだと思います。
一切の打算も、駆け引きも、見返りも求めずただ一向に帰りを待っていてくれる。
ただ純粋に、生きて来ただけ。
ある意味我々人には出来ない生き方をこの子達は全うしようとしている様に
思えてなりません。
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自然な表現

2011年09月10日 00時17分34秒 | Weblog
何から話せば良いのか心の整理がつかない時はまず思いのままに、指に任せてキーを叩く。
そうする事によって一切制限の無い自然な形の文章になる事がある。
しかし全ての場合がそうなるとも限らず支離滅裂な文章に成り、何を言いたいのか全く意味不明の場合もある。
しかしよく考えて見ると、このブログに一切の制限を外して文章を表現するにはかなり勇気がいると思う。
そして勇気がいる様に感じていると言う事は、多かれ少なかれ自分を偽り本音じゃ無い表現、文章を綴っている事になる訳ですね。
現在個人が色んな主張をする手法としてブログ、Twitter、Facebook?多種多様の方法があるのですが
「社長ブログ」なんて場ではつい本音をスポイルした表現になってしまいがちです。
そこで現在自分の身の廻りで気になる事や、自分にとって重要な話題だけは、ありのままの感情を文章に変えて行きたいと思っています。
でも本当に自分を100%出して行くと、とんでもない方向に行く様に感じます・・・
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iphon4とiPad2

2011年08月30日 22時12分45秒 | Weblog
今月中旬からiPhoneに加えてiPadを使い始めました。
仕事上出先での情報管理は、iPhoneでも十分に対応できるのですが、
やはり、画面のサイズが大きい分iPadを一旦使い始めると議事録整理
などはiPadしか触らなくなりました。
そして何より、バッテリーのスタミナのタフな事言ったらピカイチですね。
フル充電で使い方にもよりますが4〜5日は平気で使えてしまいます。
iPhoneで使ってたナビアプリなんかは断然大きく視認性も良くて
ナビの無い車はiPadで十分に使えたりします。
Apple IDをiPhone,iPad共同じに設定すると同期した時にアプリも一緒に
使えたり、つまらない事ですがとてもお得感を感じております。
いつもの事ですが、もっと早く買っとけば良かったと、、、
これで、仕事の効率が上がると思われがちですが書類の整理が悪く相変わ
らずあれが無いこれが無いと、周りに迷惑を撒き散らしながら仕事に取り
組んでおります。
全ての書類や、メガネや、財布、免許証もiPadとiPhoneの中に入れば言う
事なし?
ついでに会社ごと入ってしまえば完全に映画のトロンの世界ですね。
あまり度が過ぎると管理の小島君に「社長はAppleのまわしものですか?」
とまた、言われそう。
そうなんです!実は私はAppleのまわしものなのだよ小島君。
いやいや、ほんと便利だわ小島君!
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時間の定義

2011年08月22日 01時19分24秒 | Weblog
 ブログ更新が暫く間が開いてしまいました。
ここ二ヶ月くらいの間に、仕事の方も順調に進み出し一段落といった所でしょうか。
しかし、この二ヶ月間で色んな事があり色々考えさせられる出来事もあり
中身の濃い二ヶ月間ではなかったかと自分なりに感じております。
人は、(特に私は)自身の置かれている立場が年齢と共に重要になってい
る事に気付かずに時間だけを無駄にしがちですね。
色んな出来事に遭遇した時に「自分の年齢」を再認識する事があると思います。
毎日必ず朝が来て一日が始まり、そして昨日の続きの一日を過ごしていく。
何があろうと時は規則正しくそして太古の昔より「時間」は止まること無
く刻まれその時「時間」だけには、始まりも終わりも無いのだと思います。
決して終わらない物が「時間」まさしく「永遠」なのだと考えたりします。
何事にも、始まりと終わりがあるが「時間」だけには終わりは来ない。
星が輝く宇宙空間と時間こそ「無限と永遠」なのかもしれません。
そんな計り知れない膨大な空間や果てし無い時間の流れの中において
僅かな一部分や一瞬が我々の人生に与えられた「全て」なのかも知れませんね。
最近大極的に物事を捉えれる様になると言う事はこんな感覚の様に感じています。
そして、限り無く永遠に流れ続ける膨大な時間の中で「一瞬」に我々は、
生きる希望や大切な人に出会えるからこそ「生きてる実感」を見出せる
のかも知れませんね。
変なブログ内容ですみませんでした。
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足りなかった思い。

2011年06月05日 08時04分56秒 | Weblog
以前心のあり方について、そして身の回りに起こる良くないと
感じる出来事についての対処法を自分なりに
書いたことがありました。
やはり心が折れそうになる出来事と言うのは続いたり重なった
りする場合が多いと痛感しております。

但しその様に次々に起こる出来事も冷静に振り返ると
いろんな過去の節目の様な局面で、反省すべき点や予兆と思わ
れる出来事を見逃していたり、その都度対処せずに先送りにし
てきた事にも気付いたりするものなのですね。

そして自分に言い訳をするみたいに、出来ない理由を正当化
してきた事にも気付いたりします。

心のどこかで、しっかり理解出来ていながら
自分が自身を都合良く正当化するための言い訳。

しかし自分に対し嘘は通用するはずも無く
すっきりしない自分の過去の判断、行動に気が滅入る事もありますね。

そして同時に周りの様々な好意にも後から気付いたりします。

最近、「ありがとう」と言う感謝の気持ちが足りなかったと気付く今日でした。
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