読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

『素顔の動物園』 休園中の熊本市動植物園の動物たちとつながることが、一日も早い再開の後押しとなることを信じて

2016-10-11 19:41:36 | 本のお噂

『素顔の動物園 The real zoological garden』
熊本日日新聞社編著、熊本日日新聞社、2016年


先月の連休に出かけてきた、2泊3日の熊本への旅。そのときに行ったことの一つが、市内中心街にある書店(古書店含む)めぐりでありました。
そのときの詳しいお話は、拙ブログにまとめたこちらの記事に譲るとして(熊本よかとこ味なとこ、がまだせ!応援旅(第5回)文化の都・熊本の豊かさと底力を実感した、中心街の書店めぐり)、その熊本書店めぐりのときに立ち寄った、明治時代創業の老舗「長崎書店」で見つけて購入したのが、この『素顔の動物園』であります。

熊本市の中心街から少し離れた、下江津湖のほとりにある熊本市動植物園。本書『素顔の動物園』は、この動植物園で飼育されている102種の動物たちを、カラー写真と短い文章で紹介した地元紙「熊本日日新聞」での連載記事を一冊にまとめた写真集です。

本書を開いてまず惹きつけられるのは、紹介されている102種の動物たちの多彩さです。
チンパンジーやライオン、カバ、カピバラ、フラミンゴ、クジャクなどの、動物園ではお馴染みの顔ぶれはもちろんのこと、国内で飼育されているのはここだけという中国の珍種ザル・キンシコウや、国内での飼育頭数はわずかだというマサイキリンやユキヒョウなども飼育されています。中でもユキヒョウは、その高貴な姿に魅了された熱烈なファンが熊本県外からも訪れていて、開園から閉園まで飼育舎の前を動かない人もいるほどなのだとか。
さらには、熊本で生まれた5種類の地鶏「肥後五鶏」といったものも飼育されていたりします(ニワトリの展示は全国の動物園でも異例なのだとか)。わたしも熊本の居酒屋で食し、その濃厚でコクのある味わいに惚れ込んだ肥後五鶏の一つ「天草大王」は、大王という名前にふさわしいような威厳あるツラ構えが、またいい感じであります。

動物たちの種類の多彩さも魅力なのですが、本書に収録されている写真一枚一枚がまた、実に素晴らしいのです。
「あとがき」によれば、取材を担当した2人の写真部記者は、「一般の来園者と同じ場所から撮影する」という自主ルールのもと、「図鑑のような写真じゃダメ。喜怒哀楽が伝わる1枚にとことんこだわりたい」と、動植物園に通い続けて写真を撮っていたといいます。そうして掲載された写真には、1000枚以上撮影して、ようやく納得がいった1枚も少なくない、と。
とことんこだわり抜いて撮影され、さらにその中から選び抜かれた写真の質はまことに高く、写真集としても十分に楽しめる一冊となっております。

圧巻なのが、超望遠レンズで撮影された動物たちの顔のどアップ写真。見開き2ページにわたってどどーんと掲載されているアムールトラや、ワニの一種メガネカイマンの鋭い眼光には、思わず「うっ」と言いつつたじろいでしまうような迫力がありました。
一方で、派手な原色で彩られた顔が特徴的な霊長類の一種・マンドリルの顔のアップは、ケバケバしい顔の奥にある優しい瞳が、まことに印象的です。また、まるで少女漫画のような長いまつげにつぶらな瞳のダチョウが、ぽかんと口を開けている顔のアップは、なんか微笑ましいものがあります。
微笑ましいといえば、マダガスカル島に生息している絶滅危惧種・エリマキキツネザルの父娘の写真は、父親が娘にお説教しているような構図がすごく面白く、わたしのお気に入りであります。とりわけ、いかにも済まなそうな目つきをした娘ザルの表情には、なんだか萌えそうになりますなあ。
さらに、野生では絶滅したという中国原産の珍獣・シフゾウ(これも熊本以外での飼育は全国で2ヶ所のみ)の写真は、「ひづめは牛、頭は馬、尾はロバ、角はシカ」という4つの特徴がすべてわかるポーズを決めた瞬間をバッチリ捉えていて、これもお見事でありました。

それぞれの動物たちを紹介した文章には、担当する飼育員さんたちのコメントも織り込まれています。そこから窺える動物たちの「素顔」も、なかなか面白いものがありましたし、飼育員さんたちの動物へ寄せる愛情も垣間見えて好ましく思いました。
漆黒をバックにした、華やかで美しい頭部の飾り羽に魅せられる、ニューギニア島に生息するハトの仲間・オウギバトを紹介した文章では、熊本市動植物園が国内11園・33羽のオウギバトの戸籍簿を作り、全国の血統を管理して繁殖計画を進めていることを説明し、担当飼育員さんのこんなコメントを載せています。
「まだ熊本では繁殖実績がない。近年中に成功し、他園との連携で絶滅危惧種を保全したい」
そう、絶滅の危機にある動物たちを保全していくことも、動物園の大事な役割なんですよね。

多彩で個性豊かな熊本市動植物園の動物たちですが、残念なことに現在、熊本の皆さんはこれらの動物たちに会うことができません。
ちょうど半年前の4月に発生した熊本地震により、「再開まで1年以上かかる」といわれるような大きな被害を受けてしまった熊本市動植物園は、目下長期の休園を余儀なくされているのです。本書の末尾には、園内の通路がひび割れていたり、ミニSLなどが倒壊したり、液状化した泥で覆われたりしている園内のようすも伝えられております。
幸いなことに、動物たちはすべてケガもなく無事だったそうですが、ライオンやトラなどは県外に緊急避難したのだとか。

地震前に取材して新聞の紙面に連載され、期せずして地震を挟んで一冊にまとめられることになった本書『素顔の動物園』。その売上の一部は、熊本市動植物園の復旧に向けた救援金に充てられるとのことです。熊本ローカルの出版物とはいえ、もちろん注文すれば全国どこででも購入は可能であります。
本書の存在が1人でも多くの方に知れ渡り、ここに紹介されている多彩で個性豊かな動物たちとつながることで、熊本市動植物園が一日も早く復旧し、再開するための後押しになれたらいいなあ、とわたしは思います。

熊本の皆さんが一日も早く、熊本市動植物園の動物たちと再会できるよう、願ってやみません。


(職場である書店のHPに書いた一文に、大幅に書き加えた上で掲載いたしました)

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