かたつむり・つれづれ

アズワンコミュニテイ暮らし みやちまさゆき

驚きと痛み

2016-10-30 18:06:36 | わがうちなるつれづれの記

10月20日朝、皇后陛下のお誕生日に際してのお言葉がテレビで

放映されていました。

8月の陛下のお気持ちの発表のとき、報道で「生前退位」という

見出しが出て、美智子妃は「大きな衝撃を感じました」と語られ

ました。

 

どんなことだろう?

美智子妃はどんなお気持ちだったんだろう、しばしそのことで、

どう受けとめたらいいのか、立ち止まっている感じです。

 

いくつか、調べてみると、「譲位」という表現はこれまでも使われて

きているらしい。

「生前退位」というのは、なんだかマスコミかどこかの造語らしい。

もしそれがそういうことなら、ぼくはすっかり、そういうものだとして、

受け取った自分のイメージに染まって、こういうニュースを見ていた

ことになります。

「生前退位」と言う表現に「衝撃は大きなものでした」と感じたという

美智子妃のお気持ちについて、宮内庁の人が「生前と言う言葉に”

死”を連想されたのではないか」とコメントしていたという報道も

ありました。

 

そのコメントについても、「そうかもしれないが、そうなんだろうか」

と感じました。

そこには万感の気持ちが籠められているのではないでしょうか。

そういうことは、ぼくなんぞが、どうこういってもはじまらないとも

おもいますが、内から湧いてくるモヤモヤ感はどうすることも

できないんですね

 

美智子妃のお誕生日に際してのお言葉のうち、陛下にかかわるところ

は、以下のようでした。

 

 「8月に陛下の御放送があり,現在のお気持ちのにじむ内容のお話が

 伝えられました。私は以前より,皇室の重大な決断が行われる場合,

 これに関わられるのは皇位の継承に連なる方々であり,その配偶者や

 親族であってはならないとの思いをずっと持ち続けておりましたので,

 皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされたこの度の陛下の御表明も,

 謹んでこれを承りました。

 ただ,新聞の一面に「生前退位」という大きな活字を見た時の衝撃は

 大きなものでした。

 それまで私は,歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度も

 なかったので,一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません。

 私の感じ過ぎであったかもしれません」

 

やはり、何回読んでも、どういうことを表現されているのだろう、と

湧いてきます。

こうです、と分かったらそれで済むものとも思えませんが、

「どんなことを言われようとしたか」というのは、ぼくのなかの

どこかでは、残っていくように思います。


このことについて、有識者の人たちが意見を述べる機会が

これからあるそうです。

政権を担う人やその周辺の人たち、メデイアの人たち、

それぞれ、いろんな意見が飛び交うのでしょう。

わが身も振り返り、何かあったとき、その人の気持ちより、自分の

ほうの考えを高しとして、それを優先しやすいです。

相手の気持ちを顧みない人については、そういうことだと受け取る

ほかありませんが、相手の気持ちを大事だとして、受け取っていこう

と思っていても、よく見てみるとそうじゃないときありそうです。


自分やその人の気持ち、それを受け取るって、どういうことだろうか、

その辺からはじまるのかなと・・・ちょっと切ない気持ちになっています。



 

 

 

 

 

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