Dying Message

僕が最期に伝えたかったこと……

「花言葉は“叶わぬ恋”」

2014-03-12 00:06:17 | 小説
 草木さえもまどろむような穏やかな日差しが降りしきる桜咲くある春の日、満面の笑みを浮かべながらゾウさんのじょうろに水を汲む男の姿があった。
 パンジーやビオラに話しかけながら水をやる様子は、花を擬人化しているというより、もはや花を本当の友達と見ている風であった。

 男は近所でも評判のバカだった。小学生の頃からテストはいつも0点で、九九も満足に言えなかったし、英語では関係代名詞の非制限用法さえ理解できずに挫折した。彼の在籍する学校の校長が盗撮で逮捕されたとき、警察の取り調べに「デキの悪い生徒がいて心労が募っていた」と動機を述べるほどだった。
 やがて高校に進学したものの、県下で最も偏差値の低い学校でも落ちこぼれ、3年生にならずして中退。なだれ込むようにフリーターになり、単発の派遣アルバイトで最低限の食い扶持を稼いだ。しかし生来の物覚えの悪さがここでも仇となり行く先々で叱られる日々。心の花はいつも悲しく枯れるばかりだった。

 そんな男に転機が訪れたのは、いつものようにある派遣先に出向いた時のことだった。一緒に働く女性にひと目ぼれしたのである。
 声を掛け、あわよくば電話番号を交換したいと考える彼であったが、自分に自信が持てず、また奥手な性格でもあったため、淡い恋心は淡いままに、花びらは涙に濡れた。

 男は来る日も来る日も女性のことを想い続けた。いつしか再会できることを願って、自らの茎をひたすらに擦った。受粉の夢叶うことを願いながら必死に子供の名前を考える毎日だった。

 セミさえも熱中症になってしまいそうな特別暑い夏のある日、男はベビー用品を買い揃えるべくホームセンターに向かった。すると、途中で偶然にも愛しき女性の姿を見つけたのである。
 ――この機を逃したら本当にもう会えないかも知れない。
 そう確信した彼は、一瞬躊躇したものの、勇気を振り絞って彼女の元に駆け寄った。

「お久しぶりです」
「え? 失礼ですけど、あの……」
 男は精一杯気取った声色を使って言った。
「花子を!僕の花子を!産んでくれませんか!?」
「あの、そういうのは、ちょっと……」
 ハイヒールの音は急速に遠ざかっていった。

 ひぐらし鳴く夕暮れ時。男は普段と変わらぬままに花に水をやっていた。西日に照らされた横顔で、おしゃぶりがきらりと光った。


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