こんにちは、尾張美也子です!

暮らしの中で感じたことを気ままに綴っていきます。

しょうがいある人もない人もみんな一緒に  第40回ふれあいスポーツのつどい

2016年10月19日 | 日々のつぶやき
先週の日曜日、朝9時半から国立市社会福祉協議会に設置された実行委員会主催の第40回ふれあいスポーツのつどいが開催されましたこのつどいは、しょうがいの有無に関わらず、地域住民同志がスポーツを通じてふれあい、交流を深めることを目的にした運動会です。市内の多くのしょうがいしゃ団体や老人クラブなどを始め、東京体育大学の学生さんや地域の多くの市民のみなさまが参加しています。今年は、昨年より参加が増えてる感じでした。
開会式えは市議会議員も来て紹介されました元気いっぱい楽しみましょうと。
各しょうがいしゃ団体の代表による聖歌入場聖火でなく聖花というのが、素敵です
東京体育大学のお姉さま方に合わせての恒例のラジオ体操お子様連れでの参加もみられ、校庭いっぱいに笑顔広がるつどい。
文字通りのふれあいの場となりました。

球ころがし娘と娘の友達と一緒に参加

いつもはパンくい競争にもでますが、11時から仕事が入っていたので、算ん絵ながら、途中で私はさようなら。

綱引きや車いすリレーなど、3時まで行われたつどいです。娘は最後まで参加して、車いすで一緒に走って感動賞をもらったと娘からメールがきました!

国立市は11年前に引っ越してきたときに、しょうがいと共に生きる方が、たくさんいらして、道でよくであっていて、しょうがいしゃがあたりまえに暮らしている町だと感じました。

議員になって、しょうがいしゃが運動を作ってきた歴史があると知り、なるほどと思いました。

しょうがいしゃがあたりまえに暮らすまち宣言(2000年)に基づく条例もできました。しょうがいしゃがあたりまえに暮らす社会というのは、誰もがあたりまえに暮らすことのできる社会だと思います。

24時間テレビで、しょうがいを持ったこどもを富士山に登らせるという、特別なことを頑張っている企画をみて、すごく違和感と怒りを感じました。

しょうがいしゃが頑張ることに涙を誘う、一見、美談だけど、その底には、しょうがいを持っている人は人より頑張ったり、苦労をしたりするから大変だという上から目線の感覚、差別の感覚が宿っていると感じました

この番組をみて、しょうがいを持って、人からみて、努力してないように見える人はだめなのかということになるのかも、

しょうがい持っていて、一見、社会的に活躍していなくても、その人の存在自体が回りの人に勇気や優しさやいろんなことを与えていると思うけど…うまくいえないけど…

しょうがい持つ人も持たない人も、社会的に活躍しているように見えても、見えてなくても、みんな人として、大切なんだということが大事だと思う。

それが、結局は平和の問題や命を大切にすることに繋がると思う



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